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Episode.38

『場合によっては容赦せんぞ』


「──はい」


 のんの言葉に、彼女は静かに頷いた。

 覚悟を決めるように胸へ手を当て、低く言葉を唱える。


 その瞬間、覆っていた魔法が解けていく。

 威厳を纏ったエクリオンの姿は揺らぎ、代わりにまだ幼さを残す一人の少女の顔が現れた。


「……やっぱり髪の色は銀髪なんですね」

「ええ。エルフ族(エルフィ)は基本的に銀髪が多いんです……もしかしたら陸斗さんにもエルフ族(エルフィ)の血が混ざってるかも……なんて」


 照れ笑いを浮かべる少女──ファルシュリオン。


「ご存知の通り、私はエクリオンではなく、その娘……ファルシュリオン・ミドナ・ドラクロードと申します」

「えっ──!?」


 ──密かに育てられた王女が、自らの父を殺し、クーデターを起こした。

 かつてゴイルが告げた言葉が脳裏をよぎる。


「ま…まさか──」


 陸斗の声は震えていた。


「え……あ!!いや、あの!ゴイルという商人の話は、ほとんど嘘ですからね!!」

「ほ……ほとんど!?」


 一部は本当であるという響きに、陸斗の胸に再び恐怖が広がる。


「父を殺してなんていないですから!」

「あ……それなら」


 ファルシュリオンの言葉に、陸斗はようやく肩を撫で下ろした。


「でも一部は本当っていうことは……お父さんは……」

「いえ。父がどうなったのかは、私にはわからないのです」

「え──?」


 ファルシュリオンの表情が曇る。


「旅に出たのは、不思議な夢を見たからでした。どこか懐かしいような……けれど見たこともないような……そんな曖昧な夢でした。目が覚めると夜中で、精霊の囁きと直感が慌ただしく『今すぐ旅に出よ』と急かしてきたのです。それで国を出ました。その直後、国中で私を探している声が聞こえてきたんです……」


 彼女は拳をぎゅっと握りしめる。


「──耳に入ってきたのは、私がクーデターを起こし、父を殺したという噂。そしてその噂を裏付けるように、父は表舞台に姿を現さなくなっていったようです」


 父を語るその顔は、暗く、悲痛だった。


「父が無事なのか、国がどうなっているのか……私には全くわかりません。しかし──」


 言葉を詰まらせ、顔を歪める。


「私にはまだ、力も……支えてくれる仲間もいない!今はただ、精霊の導きに従って動くしかないんですッ──!」


 涙があふれ、頬を濡らす。


「私には……何もできないんです……!!」


 ついに膝を崩すファルシュリオン。


 後悔。懺悔。怒り。不安。

 押し殺してきた感情が、一気に堰を切ったように吐き出される。


 陸斗はその小さな手を取り、強く握った。


「リクトさん……」


(ファルシュリオン様は自分が辛いのに……あの時──)


 ──酷く、辛かったでしょう──


「酷く……辛かったですよね」


 ファルシュリオンの瞳が陸斗を見上げる。


 ──もう、大丈夫ですよ──


「もう……大丈夫です!」

「リ……クトさん──」

「全部あなたの受け売りですけどね……」


 陸斗の不器用な言葉に、ファルシュリオンは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま笑った。


『それならちょうど良いのう──』


「え──?」


『貴様の仲間はここにおる。力は道中でつければ良い』


「いい……のですか──?」

「もちろんです!……俺が役に立つかはわかりませんけど」

「ありがとうございます──!!」


 満面の笑みを向けるファルシュリオンに、陸斗は思わず照れた。


「あ……ただ、その……私が言うのも変ですが──」

「はい?」

「さっきの話、信じてくれるのですか?」

「あ、はい」


(か……軽ぅーーーっ!!!)


「もう名前も見えてるし──」

「──はい?」

「あ──いや!」


『その話は後回しだ。いずれにせよ安心せい。貴様の正体や行動理由など、とうに知っておるのう』


「なぜ……」


『我が誰だか忘れたか?』


「──ッ!?」


 ファルシュリオンは息を呑む。


「で…では……先ほど何故……」


『貴様の性格や選択を見極めるためじゃ』


「そう、ですか……」

「エクリオンさんの目的はエルフの国を救うこと。俺の目的は記憶を取り戻し、家族に会うこと。そのために協力して、一緒に強くなりましょう!」

「──はい!!」


『ところで小娘よ。お主は精霊を使い、どこまで使役できる?』


「私は中位精霊の力を借り、魔法を発動させることが基本的な戦術になります」


『……基礎中の基礎だのう』


「お…おっしゃる通りです……」


『であれば、一週間以内に上位精霊を操り、戦わせる術を身につけろ』


「一週間ッ──!?」


『出来ぬのなら、我らはエルフ族(エルフィ)の国へ動向はせん』


 ファルシュリオンの顔が曇る。


「そんなに大変なことなんですか……?」


 陸斗が小声で尋ねる。


「ええ……精霊を使役するには、まず契約が必要です。その上で信頼関係を築き、精霊に力を認めてもらわなければなりません」


 言い淀む彼女。


「……そもそも上位精霊を見つけ出さなければならないのです」

「え、精霊ってそこら辺にいるものじゃないんですか?」

「下位以上の精霊となると、全体の数自体が少ないのです。まして上位ともなると……」


 顔が暗くなる。


「現にエルフの大半は下位精霊と契約しています。中位ですら限られた者しか使役できません」

「え、じゃあ上位はどれくらい……?」

「……父を含めて、わずか五名のみです」

「ご…五人だけ!?」


 陸斗は絶望的な数字に声を上げた。


『やる前から弱音とは情けない』


「いやいや!無理に決まってるだろそんなの!」


『……と言われておるが、どうじゃ?』


 ファルシュリオンは唇を噛み、やがて強い瞳で言い切った。


「やります──!」

「え!?」


 驚く陸斗。


「いいんですか!?契約するだけでも大変なのに、上位精霊を見つけなきゃならないんですよ!?しかも一週間で──」

「……ひとつだけ方法があります」


 ファルシュリオンの声は澄み切っていた。


「いま契約しているシーラを、進化させます」

「進化……!?そんなことできるんですか!?」

「わかりません……ですが、現実的にそれしか道はありません」


『正解だの』


 のんの視線が陸斗へ移る。


『そして陸斗よ、主も人の心配ばかりしておる場合ではない』


「え、俺も上位精霊と契約するの!?」


『……そうではない』


 呆れたようにのんは前足を上げ、陸斗の目を指した。


『まずは全ての技の型となる基礎を身につけろ。そして──』


 その声が鋭く陸斗の脳に響く。


『その眼を制御できるようになれ』


「眼?……どういうこと──」


 のんの言葉に、ファルシュリオンの顔がみるみる恐怖に染まっていく。


「まさか──」


『貴様の目はこう呼ばれておる。原初の魔眼──〈君主の景色〉(ルーラー・オーグル)。その力を覚醒させろ』


 のんの声が、雷鳴のように陸斗の脳を打った。


「ま……魔眼──?」


 ファルシュリオンの反応に、陸斗は戸惑う。


「そんな、子供の夢みたいな……」


『ならば答えてみよ。今、お主には何が“見えて”おる?』


「え……」

「リクトさん……な、何が見えているんですか!?」

「ええ?あの……ええと──」


 困ったようにのんへ視線を送る。


『話すがよい』


「……ファルシュリオン様の名前が、浮かんで見えてます」

「そんな──!!」


 ファルシュリオンの顔から血の気が引いた。


「あの魔眼が……リクトさんに……」


 腰を抜かし、震える体。視線には恐怖と拒絶が露わだった。


「え……どうしたんですか──」


『其奴がこうなるのも無理はないかの』


「どういうこと?」


『主の眼が映しているのは──その魔眼の能力、状態表記(ステータス)だ』


「ステータス……?」


 のんは厳かに語る。


『魔眼とは、どの時代にも必ずひとつは存在し、例外なく世界に大きな影響を及ぼしてきた力じゃ。ましてや、主の目は“魔眼の始祖”とも呼ばれる存在……』


 のんの口調が、徐々に重みを増していく。


『その眼を発眼した者の多くは、世に混沌をもたらし、多くの命や文化を滅ぼしてきた……故に、人族からは“虐殺の眼”とすら呼ばれておる』


「なっ──!」


 ファルシュリオンの恐怖が、鋭く空気を張りつめさせる。


『だが──本来は違う。その眼は、世界を破滅から救うために生まれた〈君主の魔眼〉。正しき心を持つ者が発眼すれば世界に力を与え、平和を齎すこともできるのだがのう』


 のんは静かに陸斗を見据えた。


『主はどっちだろうかの……?』


「……俺は、何をすればいい?」

「リクトさん……?」


『まずは──その眼を扱うことに慣れるのだ』


「──わかった」


 陸斗はしばし考え、顔を上げる。

 その表情には迷いがなかった。


「俺が魔眼を使えるようになって、世界に平和を齎せばいいんだな!」


 希望に満ちた瞳。

 その真っ直ぐさに、のんは口元を綻ばせる。


『……やはり主は、そういう人間か』


「ファルシュリオン様!俺も負けないくらい頑張るから、一緒に強くなりましょう!」


 陸斗の言葉に、ファルシュリオンは目を見開いた。


(私は……なぜ、この人のことを──)


「……失礼しました。私も負けませんよ!」


 二人は強く握手を交わす。


『では、魔眼の使い方を伝えよう。覚悟はあるか?』


「やってやらあ!!」


『その言葉──忘れるなよ。では──ついてくるがよい』


 のんが歩き出す。

 二人と一匹は、森のさらなる深淵へと進み始めた。

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