Episode.36
【場所】ログリア町 西方 草原地帯
「ノーマンさーん──!」
双剣を腰に下げた黒髪の青年が、息を切らしながら駆けてくる。
その後方を、杖を携えたピンクのロングヘアの女性ヒーラーと、弓を肩にかけた金髪の青年アーチャーが追いかけていた。
「コルドか」
「やっと見つけた……!」
相当探し回ったようで、コルドの呼吸は乱れている。
「ちょっと……!速すぎるってば、コルド!」
「僕らのことを置いていくなよ……」
「二人が遅いんだって!」
後を追ってきた二人は、明らかにコルドよりも疲労困憊だった。
「ユーナとレオも一緒か」
「はい!今、俺たち三人でパーティ組んでます!」
「コルドがどうしてもって言うから、仕方なくね」
「デレるなよ」
「デレてないわよ!」
コルドとユーナが言い合いを始める。
「それで?どうした?」
「えっ……あ、さっき、ガンサイが見つかったって──」
「それは俺も確認している」
「えっ──」
「バカ……」
呆れたようにユーナとレオがため息をつく。
「で、どうしたいんだ?」
「え?あ、俺たち、どうすればいいですか?」
質問に質問で返すコルドに、さすがのノーマンも呆れ顔を浮かべる。
「お前たちの好きにしろ」
「えっ、いいんですか!?」
目を輝かせるコルド。
「俺はギルドマスターでもない。許可を取る必要などない」
「よっしゃ!じゃあ、ぶっ倒しに行こうぜ!!」
街の方向へ走り出そうとするが──
「ってあれ?ノーマンさんは行かないんですか?」
「俺は……」
ノーマンは草原の向こう、森の奥をじっと見つめる。
「先ほどから、あの方向から……ガンサイ以上の存在値を感じている」
「え、ガンサイより厄介ってことですか?」
コルドの目がさらに輝く。
「ああ。おそらく……俺よりもな」
「ノ…ノーマンさんより……」
言葉を失うユーナとレオ。
「ノーマンさんよりかあ……そりゃ、まだ無理かあ……」
コルドがあからさまに落ち込む。
「アンタは永遠に無理よ!!」
「ええっ!?」
ノーマンもつられて笑みを浮かべる。
「でも、その相手……大丈夫なんですか?」
心配そうな表情でレオが問う。
「まだ敵だと決まったわけではない。嫌な感じはせん……ただ、味方になるとも限らんがな」
「そ…そんなぁ──」
ユーナが青ざめる。
「ノーマンさんにも敵わないとしたら……人類滅亡しかないんですけど……」
「──とにかく、俺は森を調べてくる。お前たちは街へ向かえ」
「わかりました!」
「それと……」
ノーマンは言葉を切り、しばし考え込む。
(……もし教団が絡んでいるのなら、そう簡単には尻尾を出さんはずだ)
「ノーマンさん?」
「……今回見つかったガンサイは、偽物の可能性が高い。気をつけろ」
「は…はい……!」
ノーマンは踵を返し、森の奥へと消えていった。
「なあ……」
「ん?」
「偽物って、どういうことだと思う?」
「「さあ」」
三人の間に、微妙な沈黙が流れる。
「まあ、いっか!とりあえず、俺たちも──」
──ドォンッ!!
突如、魔法が炸裂する音が響き渡る。
「……え?」
「ど…どういうこと?」
「──あっ!あれじゃない?ガンサイとゴイルが別の場所にいたとか──」
──ドォンッ!!
再び、別の方向から魔法が打ち上がる。
「……」
ユーナの顔が固まる。
「なら……これはどう説明するのよ?」
「あ…あの、あれだよ!ガンサイが……二人いたとか?」
「……いや、どういうこと?」
的確に突っ込むレオ。
「知らないわよ!!」
ユーナが逆ギレする。
その直後──
──ドドドォンッ!!
今度は、同時に町中のあちこちから魔法が打ち上がる。
「おい!!これはマジでヤバいんじゃねえか!?」
「すぐ行こう!!」
「何がどうなってんのよ!!」
三人は混乱の中、街へと走り出した──
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【場所】ログリア町 中心地
「何がどうなっている!」
ウィリアムの怒声が響いた。
次々に魔法が打ち上げられ、町全体が混乱に包まれている。
「ガ…ガンサイが各地で出現しているようです……!」
「なに……!?」
(幻覚か……それとも何かの分身体か?……だが、そういった能力は聞いていない。ならば──)
ウィリアムは口元に手を当て、目を閉じる。
呪文を唱え始めると、淡い光が彼の身体を包んだ。
「──町を照らせ。〈探索〉《サーチ》!」
瞼の奥、脳内に流れ込んでくる情報に意識を集中させる。
強いオーラを放つ存在を、すぐさま感知した。
「……見つけた」
(他のはオーラが弱い。おそらくは囮だ)
ウィリアムは迷うことなく走り出す。
「全員、俺についてこい!!」
目指すは、街の中心に位置する教会──
(しかし……あの反応は……大きすぎる)
駆けつけた先、目にしたのは、まるで爆撃を受けたかのような惨状だった。
民家は粉々に吹き飛び、地面は焼け焦げ、兵士たちが次々と倒れている。
──だが。
教会だけは、そこだけが異質だったかのように、無傷のまま静かに佇んでいた。
まるで神聖な結界でも張られているかのように。
そして──
「グオオオオオ!!」
咆哮が響いた。
そこに立っていたのは、身の丈三メートルにも及ぶ獣──
ガンサイ。
しかし何かがおかしかった。
「どういうことだ……」
首を傾げるウィリアム。
「報告にあったガンサイの〈戦闘狂〉《バーサク》というスキルには、身体を巨大化させる効果はなかったはずだ……」
(何かがおかしい)
ウィリアムは再び詠唱に入る。
「──真の姿を見せろ。〈探知〉《ディスカバー》!」
眩い光が辺りを包み込む。
虚像が剥がれ落ち、幻惑の霧が晴れていく。
そして──
「なんだと……!」
正体が明らかになった。
そこにいたのはガンサイではない。
白銀の毛皮をまとい、獰猛な眼光を光らせる──
「これは……真・暴走した白熊……!」
ウィリアムの言葉に、その場の空気が一変した。
真・暴走した白熊──
それは、ただでさえ凶暴な暴走した白熊が、魔素を過剰に取り込み、異常進化した姿。
通常種はEランク相当で、若手の冒険者数人でも対処可能な存在だ。
だが、この個体は別格。Bランクに相当し、放置すれば街一つを壊滅させるほどの力を持つ。
熟練の騎士か冒険者でなければ、歯が立たない相手──
しかも、出現場所が最悪だった。
ウィリアムは歯を食いしばる。
(俺の技では、周囲に被害を出さずに倒すのは……難しい)
「五人一組で小隊を作れ!波状攻撃で体力を削れ!!」
「「「はっ!!」」」
兵士たちがすぐに陣形を整え、突撃する。
だが──
剣は弾かれ、魔法は毛皮に吸収される。
(……やはり防御が高い)
「僕たちも戦う!!」
前線に現れたのは、チリ、ドブ、そしてザコだった。
「マッドマジック:マッドエリア!」
足元が泥沼に変わり、魔物の動きが鈍くなる。
「アースマジック:ロックガン!!」
飛礫が熊の眼を狙って撃ち出された。
「グォオオオ!」
足元を奪われ、視界を曇らされた魔物が、苛立ちの咆哮を上げる。
その隙に──
ザコが、何かを手のひらに溜めていた。
「ウチらもいくよ!ダークマジック:ダークネス!」
ノミが辺りを暗闇に包み込む。
「アホ!ザコに合わせよう!」
「せやな!!」
三人が横一列に並び、魔力を放つ。
「ウィンドマジック──」
「アクアマジック──」
「サンダーマジック──」
三つの属性が同時に奔流となり──
「「「トルネード!!!」」」
怒涛のような豪雷が白熊を貫いた。
「ギャォオオオオ!!!!!」
電撃に包まれ、煙が舞い上がる。
ピリッ……ビリリリッ……!
白煙の中、巨体が膝を折る。
三人は息を荒げながら、その場に立ち尽くした。
「やったか──!」
アホが言った、その瞬間。
「グォオオオ……!」
白熊が、ゆっくりと立ち上がった。
「嘘やろ……」
「アホが余計なこと言うから……」
「な…なんでや!!」
カスが睨む。
「再生能力か……」
ウィリアムが静かに呟いた。
(ダメージは通っている。だが今ので倒しきれないなら……人数を裂くべきではない。それに──)
「一応聞いておく。同じ技を、もう一度撃てるか?」
「お…おそらく無理です……」
肩で息をするザコが、申し訳なさそうに答える。
「ならば君たちは、街に散らばった魔物の討伐に向かってくれ。そちらも危険な状況だろう」
「じゃあ、アレはどうします?」
「──私が相手をする」
その瞬間、ウィリアムの身体を青白いオーラが包み込む。
「ところで……彼女は大丈夫なのか?」
「彼女……?」
「クズのことや。今は、わいたちの中で一番力のある奴が見守っとります」
「そうか……ならば今のうちに──」
その時──
上空を見上げていた白熊が、突然、大口を開いた。
その口元に、禍々しい魔素が渦を巻く。
「まずいッ──!!全員、退避しろ!!」
ウィリアムの叫びに、場が一斉に動く。
「アースマジック:ウォール!!」
チリが壁を出現させるが──
「グォオオオオオ!!」
放たれたのは、空間そのものを抉るような高出力の魔素光線だった。
壁は数秒と保たず崩れ落ちる。
ウィリアムは咄嗟に剣を抜き、前へと飛び出した。
「ぐッ……おおおおおお!!」
圧倒的な力の奔流。
それに抗いながら、彼は剣を両手で握り締める。
「うぉおおおおおお!!!!!」
気合とともに、その光線を断ち切る。
魔素は消滅し、地に沈黙が戻った──
だが、周囲の兵士は数名、意識を失っていた。
「魔族たちはここから離れろ!街中に放たれた魔物たちを討伐してくれ!」
「了解!!」
「い…行こう!」
「数が多い。わいらは手分けした方がええ!」
アホの提案に、皆が頷き、それぞれの方向へ散っていく。
「ここに残る騎士団は、奴を街の外へ誘導しろ!」
「はっ!!」
兵士たちが声を上げ、魔物を挑発しながら外へと引きつけていく。
だが、真・暴走した白熊の足取りが通るたび、家々は無残に崩れ落ちていった。
「くっ……!」
「今は被害を最小限に抑えることだけを考えろ!」
声を掛け合いながら、懸命に誘導を続ける兵士たち。
──その時。
「お!なんか強そうなのがいるぞ!!」
草原の向こうからコルドたちが駆け込んでくる。
「コルド……これは、私たちの力じゃ無理だって……」
「一瞬でやられるぞ」
ユーナとレオが冷静に言う。
「冒険者か!」
ウィリアムが振り向く。
「手伝うぜ!!」
「いや、ここは任せろ!お前たちは街中の魔物を頼む!」
「お…おう……!」
コルドは思わぬ返答に面食らった。
「こいつはどうするんですか!?」
「私が一人で相手をする」
その言葉に、三人は目を見開いた。
「え、大丈夫──」
「コルド、行くわよ!」
ユーナが手を引く。
「わかった!」
三人はその場を後にした。
ウィリアムは深く息を吸い込む。
「さて──化け物よ。覚悟はいいか?」
「グオオオオオオ!!」
咆哮と共に、白熊が突進してくる。
ウィリアムは無駄な動きなく身を捻り、その巨体をかわすと、振り向きざまに大剣を一閃する。
──ガキィンッ!
硬質な音が響く。
「……本当に、硬いな」
その後も、的確に斬撃を加えるも、白熊には傷一つつかない。
「ガァアアア!」
怒号と共に、白熊が腕を振り下ろす。
だが、ウィリアムはそれを大剣で受け止めた。
「……やはり、生半可な攻撃では通じんか」
口元に笑みを浮かべるウィリアム。
「ならば──”斬る”ぞ。恨むなよ?お前の防御力の高さが悪いのだからな──!」
白熊の腕を弾き飛ばすと、ウィリアムは剣を構え直す。
「おおおおお──!」
その声と共に、大剣が光を帯びていく。
「グオオオオオ──!」
白熊もまた、大口を開き、再び魔素を溜め始める。
「ガアアアアアアア!!」
咆哮と同時に、光線が放たれる──
「──全てを切り裂け!〈光斬〉《こうざん》!!」
ウィリアムの大剣が一直線に振り下ろされる。
その瞬間──
世界が、裂けた。
大地が、空間が、魔素の光が──全てが断ち切られた。
白熊の光線は、塵と化して消え失せ──
ウィリアムの一閃は、そのまま白熊の巨体を貫いて背後の岩山へ到達する。
──ドゴォンッ!!
大爆音と共に、大岩が砕け散る。
「ガ……ア──」
白熊の体が、ゆっくりと真っ二つに崩れていった。
「……手加減できなくて、すまんな」
ウィリアムの言葉と共に、辺りを静寂が包み込んだ──




