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Episode.34

「皆さん、ゆっくり移動してください!ご協力ありがとうございます!」


 人々を落ち着かせる声を張るクズに、アホが駆け寄った。


「こっちは片付いたで」

「ありがとう。こっちももう間もなく──」


 クズの視線がふと宙に止まる。


「どないした?」

「……ちょっと、ここお願いするね」

「あっ……おい!……まあええわ」


 渋々頷き、クズの代わりに誘導を続けるアホ。


「はい、皆さんゆっくり!慌てずに──」


 クズは一人の女性に近づいた。落ち着かない様子で周囲を探し回っている。


「どうかされましたか?」


 女性は震える声で答える。


「……うちの子が、見当たらなくて」

「ミラちゃんがいないのか?」


 顔見知りらしい中年の男が割って入った。


「ええ……ニトくん達と遊んでるのは見たんだけど」

「あの悪ガキなら路地裏へ行くのを見たな」

「ほんと!?」


 女性の顔に希望の色が浮かぶ。


「私が探してきます」


 クズが前に出た。


「その路地裏はどこに繋がっています?」

「……スラム街だ」

「スラム街!?」


 女性が膝から崩れ落ちた。


「悪かったな。あのガキと一緒にいるとは思わなくて……」

「そんな……ミラ……!」


 泣き崩れる母の肩をクズが強く支える。


「大丈夫。私に任せてください」

「で…でも──」

「やめとけ、姉ちゃん」


 中年男が制した。


「お前が魔族だからって言うんじゃねえ。あそこは無法地帯だ。避難中とはいえ、踏み込んで無事で済むとは──」

「ご心配ありがとうございます」


 クズは毅然と立ち上がった。


「ですが、そんな場所にお子さんが取り残されていることの方が、よほど心配です。──スラム街はどちらですか?」

「……あっちだが……俺たちゃ今まであんた達を……」

「子供を助けるのに立場なんて関係ありません。すぐ戻ります。待っていてください」

「……ありがとう」


 その背に、ノミとバカが合流した。


「こっちも片付いた。一緒に行くぞ」

「ありがとう。バカも頼むね」


 バカは黙って頷いた。


「それじゃ──探しに行きましょう」


 三人は駆け出した。


 残された母は胸の前で手を結び、震える唇で祈る。


「お願い……どうか無事でいて──」


 一方、カスとアホは人々の誘導を続けていた。


「クズ達……どうしたの?」

「何かあったんだろうさ。あっ、おじさん!そっちちゃいます!」


 笑いながらアホを見やるカス。その背後を、影が一つスラム街へと抜けていった。


「あ、ちょっと!?」


 呼び止めるも影は速く、もう見えなくなっていた。


「今の……魔族の誰かがクズ達を追ってったみたいだけど」

「見たことない奴なら、この街の奴隷やろ」

「そうかな……」

「手伝いに行ったんやろ。ほな、こっちも片付けるで」

「うん!」


 二人は誘導に戻っていった。



 ────────────


 その頃、クズ達はスラム街に入っていた。


「なんだこの臭い──」


 ノミが鼻を押さえる。


「空気まで淀んでるね」

「長居はできないな」


 ガシャン──


 十字路の先で何かが割れる音。


「行こう!」


 駆け出す三人。


「うわぁあああ!!」


 泣き叫びながら二人の子供がこちらへ走ってきた。


「大丈夫!?」


 クズが身を屈めて声をかけると、少年・アインの顔に安堵が浮かぶ。


「ミラか?」

「ちがう……!」


 アインは息を切らしながら叫んだ。


「おっさん達に捕まったと思ったら、魔物が出てきて……ミラが立てなくなっちゃって……ニトが守ってるんだ!」


 アインが拙くとも必死に説明した。


「魔物──!」

「急ぐよ!!!」


 ノミが叫ぶ。


「二人は真っすぐ行けば安全に避難所にいけるから!すぐ逃げて!」

「うん!!」


 ジュリとアインを送り出し、三人は声の方へ走った。


「ギュオオオオオ!!!」


 耳をつんざく咆哮。


 路地を抜けると──泣き崩れるミラを庇い、立ちはだかるニトの姿があった。

 その正面からは、二階建ての建物を凌ぐ巨大なカマキリ型の魔物が現れる。


「ミラちゃん!ニトくん!」


 二人が振り返り、絶望に染まった顔で後退る。

 その瞬間、鎌が振り上げられ──


 ガキィン──ッ!


 鋼の音が響いた。


「な…なんだこいつ!?」


 バカが鎌を素手で受け止めていた。

 盛り上がる筋肉に目を奪われながらも、彼は振り返り、優しく子供たちに微笑む。


 その笑みに、ニトとミラは逆に身を竦ませた。


「……バカの筋肉はどうなってんだよ」

「強化魔法、相性抜群だね」


 クズとノミが苦笑する。


「二人とも大丈夫?」


 ニト達に駆け寄る。


「な…なんなんだよお前ら!?」

「勝手にどっかいくガキ達を助けに来たんだよ」

「は!?」

「コラ言い方!」


 拗ねた様子を見せるノミ。


「怪我はない?」

「触んなよ!!」


 ニトはクズの手を乱暴に払った。


「お前ら奴隷だろ!?なんで奴隷に助けられなきゃなんねぇんだよ!!」

「ニトくん!」

「このガキ──!」

「ダメよ!!」


 ニトを殴ろうとするノミを抑えるクズ。


 ──やがて、兵士の足音が近づいてきた。


「お!アイン達が助けを呼んできてくれたんだよ!お前らなんか必要ねえんだよ!!」

「もういい……このガキは兵士に任せてバカを手伝うぞ!」

「ノミ!!」


 ノミを呼び止めようとするクズの服をミラが引っ張った。


「ん?どうしたの?」

「ニトくんが……本当にごめんなさい──」

「謝んなよ!!」

「ニトくん!この人たちは私たちを助けてくれたんだよ!?」

「うっ──」


 ミラの本気の様子に口籠るニト。


「君たちが無事なんだったらそれでいいよ」


 優しくミラの頭を撫でる。


「お姉ちゃん……」


 ミラは嬉しそうな顔をする。


 顔を赤らめながら目を逸らすニトの視界に兵士たちが走り込んでくるのが見えた。


「あ!こっちだこっち!!」


 ニトは兵士たちに向かって駆け寄る。

 その声に反応し、三人の兵士たちが飛び込んでくる。


「助けにきてく──」

「ガンサイはどっちに行った!?」

「えっ……?」


 ニトは唖然とした。


「あ…あっちだけど──」

「よし!いくぞ!!」

「た…助けに来てくれたんじゃないのかよ!?」

「ガキの保護など後回しだ!」


 ニトの脇を通り過ぎる兵士達はそのままクズ達に怒鳴り散らした。


「貴様ら何をしている!?」

「……魔物が子供達を襲っていたので、救出しておりました」


 相変わらず自分達に対する態度を改めない兵士たちに辟易とし、クズは低い声で冷静に答えた。


「馬鹿者!!この近くにガンサイがいるのだぞ!?魔物なんて放っておいて何故追いかけない!?」


 そのまま子供達を置いて先に行こうとする兵士たち。

 ニトは自らの愚かさに気付き、拳を握る。


「待ちなさい!!」


 先ほどまで優しさからは考えられないほどのボリュームで怒鳴ったクズにミラの体は驚きのあまり跳ね上がった。


「まずは子供達の安全が優先でしょう!!」


 クズの言葉にハッとするニト。


「奴隷のくせに我らに口答えをするか!?」

「ふざけるな!!子供を助けるのに立場なんて関係あるか!」


 クズの表情は鬼のような形相になっていた。


「あんたら……まさかとは思うけど、うちらがすでにエクリオン様によって奴隷解放を宣言された国賓扱いだということを忘れたわけじゃないよな?」

「ぐっ……!」

「──どうしようもないくらい頭が悪いみたいだな──ん?」


 兵士を煽るノミが何かを察知する。


「クズ!何かいるよ!!」


 その瞬間──


 ヒュッ──


 飛来した矢。


「危ない!」


 クズはミラを抱き、ニトを庇って身を翻す。


 ザシュッ──


 矢が背を貫いた。


「っ……!」

「クズー!!」

「お姉ちゃん!!」


 痛みに顔を歪めながらも、彼女は笑みを浮かべた。


「だ……大丈夫よ」


 矢を掴み、呼吸を整え、一気に引き抜く。

 吐息に混じって苦鳴が漏れた。


「っ……!」


 ニトの顔が恐怖に引き攣る。


「怖い思いさせてごめんね……」

「な…なんで謝ってんだ……なんで俺なんか助けたんだよ!? 自分が怪我してるじゃんか!」


 クズは微笑を崩さず、血に染まった手で少年の頭を撫でた。


「心配してくれたんだね……でも、君を守るのは私の責任だから」


 その言葉に、ニトの瞳に涙が滲む。


 兵士に向き直るクズ。


「それで……あなた達は手伝わないんでしょうか?」

「我々が奴隷如きに指図を受ける覚えはない!」

「この──」

「ノミ!!いいわ、行かせましょう」


 走り去る兵士たちを見送りながら、氷魔法で傷を塞ぐクズ。


「とにかく……弓矢隊は私たちでどうにかしましょう」

「わかった──でも何体いるかもわからないぞ」

「ええ──」


 ──雨のように矢が降り注ぐ。


「全員私の後ろに!アイスマジック:ウォール!!」


 ガキキキキィン──


 氷の壁が立ち上がり、矢を弾いた。

 しかし数本が抜け、クズの頬を掠める。


「この野郎──!ダークマジック:ダークネス!!」


 ノミの魔法で辺りが暗くなる。

 その隙に子供達を抱えてその場を離れようと試みるも、今度は四方八方に矢が飛んでくる。


「これじゃ……迂闊に動けない──!」

「でもどうするんだよ……うちの魔法じゃ攻撃できるものはないし──」

「私は近距離じゃないと……」

「クソ……相性が悪すぎるッ!!」

「とにかく建物の影に──」


 手詰まりを感じていると──


「おいおい……しっかりしろよ」


 突如背後から気配を感じた。


「誰!?」


 反射的に振り返るも、誰も見当たらない。


「グギャァァ──!」

「ギィヤアア──!


 直後──矢の方向から魔物の断末魔が響いた。


「何がどうなって──」


 そして──


 ドサリ、と音を立ててカマキリの鎌が地に落ちた。

 数秒遅れて、自らの腕を失ったことに気付いた魔物が絶叫する。


「ギョエエエエ!!!」


 その隙を突き、バカの筋肉が爆ぜる。


「おおぉッ!!」


 渾身の拳で魔物を吹き飛ばした。


「なんだありゃ……すげぇな、ハハッ」


 再び背後から声。

 振り返ったクズとノミは、言葉を失った。

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