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Episode.32

 【場所】旧ガンサイ邸 別館 書斎



「見張はつけていなかったのか!」

「いえ……檻の前に二名を立たせておりましたが、中に抜け道があったようで──」

「抜け目のない──!!」


 ポルディアは短く吐息を漏らし、思案に沈む。


 やがて鋭く顔を上げた。


「大至急五班に分けろ!お前のいる一班は伝令、ノルディへ全情報を集めよ!ノルディをすぐにここへ呼べ!」

「はっ!」

「二班は追跡、三班は館内で痕跡を洗え。四班と五班は区分けをして街中を捜索!行け!!」

「はっ!!」

「──見事」


 采配の鮮やかさに、ノーマンは思わず感嘆の声をもらした。


「しかし……守護兵を残さず、全兵を捜索に回すとは。ご自身が狙われたらどうなさるのです」


 若さゆえの軽率さ、とノーマンは警鐘を鳴らす。

 だがポルディアは眉間に深い皺を刻み、低く応じた。


「私が狙われるだけで済むのなら、それに越したことはありません。ですが──」


 声が沈む。


「恐らく最悪の想定で事が進んでいる可能性が高い」

「スタンピードのことであれば、兆候を掴み次第、我々が発生源を叩けば問題はないでしょう」

「スタンピードだけであれば、そうですね──」


 歯切れの悪い答えに、ノーマンは不審を募らせる。


「では……何を疑っておられる」

「三人目の存在です」

「三人目……?」


 ポルディアの眼差しは鋭さを増す。


「今回の件は、ガンサイ一人では到底説明がつかない三つの点があります」

「三つ?」

「一つは、スタンピードを引き起こすと言われる黒い水晶の入手経路。二つ目は──陸斗殿との戦闘で、奴が魔族隷術(マージスレイブ)の再刻印を試みたという証言」

「なッ……!それは真実か!」

「私も耳を疑いましたが、ここにいるギル殿が直に目撃しています」


 ギルは頷き、淡々と回想を口にした。


「私はガンサイの命を受けたふりをし、事前に待機されていたポルディア様へ合図を送りました。その後現場へ戻ると……奴は幾度も刻印を試みました。しかし上手くいかぬとわかると突然冷静になり、陸斗さんを執拗に辱め続けていた。そして、彼の心が折れた瞬間を狙い、再び刻印を試みたのです」

「……つまり刻印の成立条件を知っていた、ということですね」

「馬鹿な!刻印は教会に属する司祭以上の者でなければ不可能だ!その上、条件は教団しか知らぬ秘儀──何故奴が知る!」


 ノーマンの否定をよそに、ポルディアは冷然と続けた。


「それだけではありません。奴は国を乗っ取るという、身の丈に余る大望を抱いていた。それもかなり具体的な計画として」

「そんなわけが……奴の知能では到底──」

「だからこそ、背後に第三者の存在を疑わざるを得ないのです」


 ギルが眉を寄せ、ふと呟いた。


「……奴隷解放の声が高まっているのは、国王様が逝去され、跡を継いだ皇太子──現国王様が奴隷制度非推奨派だから……ですよね?まさか──」

「私も同じ想像をしています」


 ノーマンが戸惑いの声を漏らす。


「ど…どういうことだ」


 ギルはノーマンの疑問に答えるべく、言葉を選びながら答える。


「歴史を紐解けば……魔族(マージ)を戦犯と記した書を編んだのは教団の始祖とされます。そして彼らこそ、種族間の戒律に基づき、魔族隷術(マージスレイブ)を執行する機関でもある。つまり──」

「黒幕は、教団……ということかッ!?」


 ノーマンが声を荒げた刹那、ギルがその口を制した。


「お話の最中、失礼いたします」


 ノルディが静かに部屋へ入ってきた。


「ポルディア様、ご報告がございます」

「このまま話しなさい」

「御意──王国軍が到着し、こちらへ向かっております」

「わかった。下がれ」


 一礼し、ノルディは足音を残して去っていく。


「ここにどんな目が潜んでいるか分かりません。ご用心を」


 ギルが小声で囁く。


「……王国軍にも、この件は伏せておかねばなりません」

「確かに不用意であったな。承知した」


 ポルディアは一息つき、顔を上げた。


「いずれにせよ、ガンサイが第三者と合流する前に捕らえねばならぬ。ご助力を願えますか」

「無論」

「しかし……何とも間の悪い時に」


 ギルが肩を落とし、同情の色を浮かべる。


「こうなった以上、致し方ありません。まずは応対しましょう」


 彼らは入り口へと向かった。



 ────────────



 入口前に着くと、蹄鉄が石畳を叩く音が響いてきた。

 一団はポルディア達をそのまま通り過ぎ、邸内へと入っていく


「領主はいるか!!」


 力強い声が邸内に轟く。


「私が領主、ポルディア・エド・ログリア、爵位は伯爵にございます」


 最後に入ってきた団長と見られる男が振り向く。


 貴族間における上下関係はかなり厳しく、場合によっては難癖をつけられ領地取上げなどもあり得る。

 その為、間違いがないように初めて会う家族に対し、爵位を名乗るのがマナーであった。


「随分と若いな……」


 騎馬から重装の男が降り立つ。


「私は王国騎士団団長、ウィリアム・ナル・ゴードン──爵位は侯爵である!」


 名乗りを上げた爵位はポルディアより上であった。

 この瞬間立場ははっきりとする。


「途中、戦犯労働者の反逆があり、領民に死傷者が出たと聞いた。事実か?」

「……概ね事実です」

「止めもせず、むしろ扇動したのは領主だと耳にしているが?」

「随分と勝手な物言いをされますな」


 立場が上の相手であるにも関わらず、ポルディアは態度を崩さなかった。


「ふむ……いずれにせよ、奴らは連行させてもらう」

「なにゆえです!」


 ウィリアムは副官を呼びつけ、厳命する。


「一人残らず捕縛せよ!」

「はっ!」


 兵士たちが一斉に動き、元奴隷たちへ迫った。


「や…やめて!」

「急になんなんだよ!」


 混乱する声。抵抗の動き。兵士の怒号。


「大人しくしろ!」

「逆らうな!」


 武器を抜く者まで現れる。


「全員、やめなさい!」


 クズの声が鋭く空気を切った。


「落ち着きなさい!」

「だけど──」

「話し合いを求める声が、暴力でかき消されたら、誰も私たちの言葉に耳を貸さなくなる。信念なき抵抗はただの賊と同じよ」


 一瞬で静寂が訪れる。


「ほう……」


(暴徒寸前の群衆を、たった一言で鎮めるとは……この娘──)


「とはいえ──」


 クズはウィリアムへ向き直る。


「確証もなく、一方の言い分だけで強制的に連行されるなど、到底納得できません」

「……我らに、貴様らを納得させる必要はない」

「もし抵抗したなら、どうなさるおつもりで?」

「我らに死傷者が出れば──即刻全員処刑するまでだ」


 緊張が走り、魔族たちが息を呑む。


「その場合、あなたは必ず後悔されるでしょうね」

「ほう、どういう意味だ」

「私たちは既に奴隷紋を解かれた。すでに“民”です。武器を持たぬ者に武力を振るえば──あなたは愚かな暴君として、歴史にその名を汚すことになります」

「貴様……!」

「加えて現国王は奴隷制度非推奨派と伺っております」

「ッ……!?」


 驚愕したのはウィリアムよりも、むしろポルディアだった。


(まさか……この距離でギル殿の囁きを聞き取ったのか!?)


「解放された元奴隷を問答無用で連行し、虐殺まですれば──国王陛下はどのような裁きを下されるでしょうね」


(先ほど仕入れたばかりの情報を巧みに操り……弱者の立場を力に変えるか。この娘──天才か)


「私たちはこの場を離れるのはリスクが大きく受け入れ難いです。お話を聞いていただけるのであれば良き友となりましょう。しかし──」

「……なんだ」

「要望すら聞き入れぬのであれば、この場にいる五百の魔族(マージ)、死に物狂いで抗いますが……いかがなさいますか」


 クズの眼差しは揺るぎなく、覚悟に燃えていた。

 ポルディアはクズの政治力の高い交渉に舌を巻く。


 しかし、最後の過激な発言は政治としてはよろしくない。下手をすれば相手が短慮であれば怒らせてしまい、戦争へと動いてもおかしくなかった。

 ポルディアは少しだけ手を貸すことにした。


「ウィリアム様。ここは彼女の言に従うべきかと。彼らはエルフ族(エルフィ)女王陛下の勅命により解放された身。現時点で国賓に等しい存在です」

「な……に……!?」


 ウィリアムの瞳が大きく見開かれる。

 決断ひとつで戦闘に突入する、その張り詰めた空気が場を支配した。


(さて……どう転ぶか──)


 ポルディアがごくりと唾を飲む。


「ハッハッハッハッハ!!!」


 突如として、ウィリアムは腹の底から笑い声をあげた。


「一番の切り札を持ちながら、それで私を屈服させはしない……肝も据わっておるし、知略もある。面白い娘だ!」


 クズは微笑を返す。


(……なんと可憐な)


「お褒めにあずかり光栄です。あなたの“試し”に合格できたようで、嬉しい限りです」

「試し……?」


 ギルが困惑し、言葉を漏らす。


「気の利く娘よ……名は?」

「クズ……いえ、まだ名はございません」

「ならば私がつけてもよいか?」

「有り難きご厚意ですが──」

「よいよい、いい名がついたら教えてくれ」


 ギルは眉をひそめ、ポルディアに小声で問う。


「……一体どういうことです?」

「ウィリアム殿の誤った判断を彼女は“資質を見抜くための試験”と見做した。つまり無かったことにする……そういうことでしょう」

「何とも強引な……」

「だが彼女もまた──紛れもない傑物です」


 ウィリアムは振り返り、全兵へ声を張った。


「この国をエルフ族(エルフィ)との戦争に陥れるわけにはいかん!全員控えよ!」

「はっ!」

「ご配慮、感謝いたします」


 ポルディアは深々と頭を垂れた。


「では改めて、現状を簡潔に」

「ええ──」


 ポルディアはこれまでの経緯を語った。ただし巧みに、いくつかを伏せたまま。


「……なるほど。で、現在は捜索中というわけか」

「我々冒険者も手を貸します」

「ええ。しかし、それでも人手が圧倒的に足りません」

「ならば我ら騎士団も力を貸そう」

「ありがとうございます」

「采配はポルディア殿に任せたい」

「かしこまりました。──冒険者諸君は元の依頼通り、外の警戒を。とりわけ、スタンピード発生予定地を重点的に探ってください」


 ノーマンの号令で冒険者たちは散っていく。


「王国騎士団は領民への被害を防ぐため、避難と誘導、領内捜索をお願いします」

「承った」


 そのとき──


「あの!」


 鋭く割り込む声。クズだった。


「私たちにも、避難と誘導を手伝わせてください!」


 場が凍りつく。魔族(マージ)たちも、兵士たちも、思わず息を呑んだ。


「……」


 ポルディアが前に出る。


「避難させるのは人族です。これまであなたたちを虐げ、先ほどは暴力で蹂躙しかけ、挙げ句には全責任を押し付けようとした相手。その者たちを前にして──憎しみを持たずに接することができますか?」


 答える声はなかった。重い沈黙が広がる。


「ここにいる皆が、決して憎しみに身を委ねず、危害を加えぬと約束できますか?」


 ポルディアの問いかけに、誰も顔を上げなかった。




 ──お前だけ助かったわけじゃないからな──




 ガンサイの言葉が──行動が脳裏を過ぎる。




 ──死ぬまで延々とこの地獄を味わわせてやる──




 魔族の尊厳を奪い、友を奪い、人生を奪った。




 ──貴様らは世界の汚物だ──




 街に出れば軽蔑の目、些細なことで拳が飛んだ。

 ひかりとノミはおもちゃのように陵辱され、自分たちの人権を訴えた結果が「戦争」だった。


 憎まずにいられるはずがなかった。


「……そうでしょうね。余計な火種は抱え込めません。ご理解ください」


 ポルディアが締めくくろうとしたそのとき。


(許せるわけがない……憎まずにいられるはずがない……! ……でも、彼なら──)




 ──自分の家族に会ってみたい──




 脳裏に蘇るのは、あの夜に彼が口にした、ただ一つの願い。


 クズは顔を上げ、真っ直ぐポルディアを見据えた。

 その瞳に、迷いはなかった。


「……私たちの仲間がガンサイに打ちのめされたその日に、傷も癒えない中、彼は希望を語りました」

「……」

「憎しみも、恨み言も、口にできたはずなのに。彼の口から出るのは、いつだって希望ばかりでした」


 静かで、透き通った声。その言葉は不思議と全員の胸を打つ。


「どんなに絶望の底でも、彼が立ち上がる理由は常に“人のため”でした」


 沈んでいた魔族たちが、一人、また一人と顔を上げる。


「そんな彼が──私たちのリーダーが、私たちのために理不尽へ立ち向かい、こう言ったのです」


 大きく息を吸い、叫ぶ。


「例え刃が折れようとも、俺たちの心は折れなかった!例えこの身が傷つこうとも、俺たちの誇りは決して汚されなかったッ!」


 その声が空気を震わせる。皆が一斉に顔を上げた。


「これは歴史を塗り替える俺たちの初陣だッ!!!」


 轟くクズの声に、覚悟の火が灯る、


「……確かに、言っとったな」

「僕らも負けてられないよ!」


 アホが笑い、カスは胸を張った。

 明るさが一気に広がる。


「確かに憎い……許せない!でも──私たちの戦いは復讐ではない!」


 クズは拳を握りしめる。


「私たちの戦いは、歴史を塗り替える戦いだ!」

「「「うぉおおおおおお!!!」」」


 声が夜空を震わせる。


「せやな」

「まだ……何も終わってない」

「始まったばかりだもんね!」


 皆が頷き合う。


「いくらでも誓いましょう!決して憎しみをぶつけぬと!」


 その言葉を聞き、ポルディアは静かに目を閉じた。


「そうですか──」


(陸斗殿といい、この娘といい……)


 胸中で、ただ一言「勿体ない」と呟く。


「では、ぜひ頼みます」

「はい!」

「それであれば、騎士団の大半を捜索に回す。避難誘導の隊と協力して動いてくれ」

「かしこまりました」

「ウィリアム様、騎士団は何名ですか?」

「六百だ」

「……予想以上ですね。では五百を捜索に振り分けてください」

「心得た」


 ポルディアは深く息を吸い込み、全軍に響く声を放った。


「ガンサイを止めねば、この街ばかりか他の街まで危うい! 皆の家族を守るため、一刻も早く見つけ出せ!発見した者は空へ魔法を撃ち、合図とせよ──取り掛かれぇ!!」

「「「はっ!!」」」


 怒号のような返答とともに、部隊は散っていった。


「ギル殿は、どうされますか?」

「少々所用がありまして……しばらく離れます」

「そうですか」


 ギルの背が人波に消えていく。


「私達も班に分かれて避難誘導に向かおう」

「せやな!」


 クズたち一班と、ノミたち二班が肩を並べる。


 その背後で──


「奴隷ごときが……調子に乗りやがって」


 兵士たちの間から、不満が低く漏れ出す。

 舌打ちが空気を裂き、視線が刃のようにクズへ突き刺さる。


 昂揚に満ちていた空気は、いつしか濁流のような不穏を孕んでいた。


 それがやがて、大きな軋みに変わることを──この場にいる誰ひとり、まだ知らなかった。

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