幕間 ガンサイ
人物紹介を入れておきます。
【日時】ミルス歴385年7月9日
【場所】ログリア町 ギルド館内
ギルド一階には、依頼の受発注や冒険者の報告を受け付ける窓口、素材を鑑定するブース、そして冒険者たちが依頼の合間に休息を取るための酒場が併設されている。
だがログリア支部は王都から遠く離れ、規模も小さい。マスターも複数の支部を兼務しており、滅多にこの町を訪れない。
そのため冒険者は育たず、古参と新人の実力差ばかりが大きく開いていた。
閑散とした酒場で、ただ一人。
巨体の男が無言でエールをあおり、身の丈ほどの大剣を机に立てかけている。熊のような筋骨隆々の体躯と、漂わせる只者ではない圧──。
「……つまらねぇ」
深く椅子にもたれながら吐き捨てるその男は、支部最古参にして最高位のB級冒険者。
──ガンサイ。
本来ならA級へと昇格していても不思議はなかったが、ギルドマスターの元まで足を運ぶのを嫌い、手続きを放置していた。
「ガンサイさん……」
声をかけてきたのは受付嬢だった。
「この度は本当に──」
「何も言うな」
その一言に、彼女は続きを飲み込み、一礼して踵を返す。
「……本当に、残念です」
数日前、彼の母が病に倒れた。
そして彼には、冒険者を続ける意味すら消えてしまったのだ。
虚空を見つめる視線は、遠い過去を映し出していた。
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それは彼が十二歳の頃。
父と弟、そして家で奴隷として雇っていた魔族のノトと共に、隣町へ買い物へ出掛けた日のことだった。
世間では魔族を奴隷として酷使していたが、ボルバード家は違った。
ノトに名を与え、奴隷紋を解呪し、家族のように扱った。気さくで、弟や妹の面倒もよく見る存在だった。
その日も護衛として同行していたノトは、帰り道、突然姿を消す。
用を足しているのかと思い待ち続けたが、いつまで経っても戻らない。
不審に思った刹那──十数人の盗賊に囲まれた。
「本当にいたとはな……笑いが止まらねぇ」
その瞬間、理解した。ノトに売られたのだ。
「逃げろッ!!!」
父の怒声と同時に走り出す。
出来の悪い弟の手を引き、必死に駆け抜けた。
だが──
「僕は父さんと一緒じゃなきゃ嫌だ!」
愚かな弟は兄の手を振り解き、父のもとへ駆け戻った。
「待てッ──!」
制止も虚しく、弟は突如現れた虎型の魔物に一瞬で食いちぎられた。
「嘘……だろ……」
魔物は弟に夢中で、こちらには気づいていない。
絶命しているのは一目で分かった。
悲しむ暇もなく、彼は走った。
何かに追われるように。何かから逃げるように。振り返ることなく、ただ街まで。
街へ戻ると、盗賊の出現と魔族に裏切られたこと、弟が魔物に喰われたことを触れ回った。
冒険者たちが救援に駆けつけたときには──父は見るも無惨な死体となっていた。
この事件を契機に、ログリアではさらに奴隷への扱いが苛烈さを増していく。
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四年が過ぎ、彼は十六歳で冒険者となった。
学はなかったが力は誰よりも強く、病弱な母と二つ下の妹を支えるためには、それしか道がなかった。
通常は十八歳以上でなければならなかったが、彼の実力は特例として認められ、最年少で冒険者となった。
十年後には最速でB級へ昇格し、信頼も厚かった。
妹にも婚約者ができ、幸福はすぐそこにあるかのように思えた。
だが、ある夜。
妹が戻らないとの知らせ。
婚約者と共に探しに行った森で、彼女は倒れていた。
衣服は剥ぎ取られ、肌には裂傷と涙の跡。
陵辱の痕跡はあまりにも生々しく、彼の目に焼きついた。
そしてその傍らに横たわる魔族の顔を見たとき──
「ノト……!」
怒号と共に、何度も蹴りつけた。
「この裏切り者がッ!!!」
その夜、妹の婚約者は首を吊った。
以降、彼は憎しみだけを糧に戦い続けた。
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必死に冒険者を続け、母を養った。
だが、彼女は息を引き取った。
それは奇しくも彼が四十歳を迎える十日前の事だった。
理由も目標も失い、ただ酒に沈む日々。
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ギルドに一人の冒険者が勢いよく飛び込んできた事で、彼の意識が覚醒する。
「十二歳のガキが冒険者になったって本当か!?」
十二歳。それは、彼がすべてを失った年齢だった。
嫉妬と興味に突き動かされ、洗礼を浴びせに向かった。
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【場所】ログリア町 西方 森林地帯
かつて盗賊に襲われた場所で出会った少年は、片刃の刀を帯びていた。
「お前がノーマンか?」
「そうだ」
平然とした態度に、怒りが沸騰する。
「口の利き方を教えてやる!」
剣を振り下ろした刹那──
キィィィン。
少年の刀は彼の剣を真っ二つに割った。
さらに背後を取り、刃を首元に添える。
「一手指南、感謝する。これ以上は不要だろう?」
声が出ない。
「……では失礼する」
踵を返す少年に、理性は吹き飛んだ。
「ふざけんなァ!!」
全力の一撃。
武器をメインの大剣にし、魔力でパワーとスピードを上げた。
しかしそれでも空を切る。
背を斬りつけられ、血に倒れる。
意識が遠のく中、最後まで睨み続けたが、捉えたのは少年の背中だけだった。
翌朝目を覚ますと、傍らには魔除けの香炉が置かれていた。
「……何なんだ、あいつは……」
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ふらつきながら歩き続けると、弟を失ったあの場所に辿り着いた。
熊に襲われる魔族の少年。
気まぐれで熊を斬り、魔族を助けた。
何もできず、怯えるその姿は弟と重なった。
奇しくも今日は、彼の誕生日だった。
「……必ず復讐してやる。この魔族にも……この世界にも」
新たな憎悪を胸に、彼は再び歩き出す。
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十五年の歳月が流れた。
ガンサイは武器商人となり、
そして十二歳で当時最高ランクの冒険者を打ち倒したノーマンは──いまやSS級冒険者となっていた。
〈 人物紹介 〉
ノト:ボルバード家で雇っていた奴隷魔族




