Episode.24 交差
目の前で繰り広げられた惨劇に、ゴミはただ立ち尽くすしかなかった。
「それにしても……ゴイルの野郎、やっぱ使えねぇな。不良品ばっか寄越しやがる」
「──あ?」
クズを抱き締めたまま、ガンサイの言葉が耳の奥で反響する。
人の言葉とは思えなかった。冷たい悪魔の宣告にしか聞こえない。
「ああ、気分いいぜ。最初から反抗的な奴隷は、処分しておけばよかった」
ブチッ。
ゴミの中で何かが切れる音がした。
背後で剣を構えるガンサイ。油断した背を狙い、踏み込む。
「──こうやってなぁ!!」
刃が閃く。
ガキンッ!
「なっ──!?」
「これ以上の狼藉は、許さん!」
エクリオンの剣が、ガンサイの刃を弾き飛ばしていた。
「そこ、代わって!」
押しのけるように前に出たエクリオンが、クズへ手を翳す。
「治癒!」
淡い緑光がクズを包む。しかし深く穿たれた傷は容易く塞がらない。
「少し時間がかかります……その間、任せられますか?」
ゴミは答えなかった。
だが、その顔がすべてを語っていた。
エクリオンはそれ以上、彼を見なかった。
──瞳の奥で、底の知れない何かが灯っていたからだ。
次の瞬間。
「このアマがァーーーー!!」
ガンサイが咆哮し、突進する。
ゴミがその前に立ち塞がった。
ゆらり──
重力を無視したかのように、音もなく間合いに現れる。
「邪魔だッ!」
振り下ろされる剣。
ガシッ!
寸前で懐に潜り込み、両手で柄を掴み込む。
「てめぇ、このやろうッ!!」
拳が頬を打ち抜いた。
ゴッ!
一瞬、体勢が揺らぐ。
(──しめたッ)
次の一撃に全てを込めようと、ガンサイが拳を構える。
だが。
ガシィッ!
ゴミは再び柄を握り、微動だにしない。
「くっ……!離せッ!」
拳が何度も叩き込まれる。
皮膚が裂け、血が滲む。だが、彼はびくともしなかった。
意識は戦場の外へ、遠くへと沈んでいく。
(なんで、俺は……こんなにも、クズを──)
(助けてもらったから?)
(──それだけじゃない)
(ここで一番古い仲間だから?)
(──それだけでもない)
(そもそも……クズと出会う前の、俺って──)
視界が歪む。血の味が広がる。
ガンサイは確信する──今なら殺せる。
血管が浮き上がるほど拳を握り、腰を捻る。
「しねぇッッ!!」
その瞬間、ゴミの瞳がわずかに揺れた。
だが、避けきれず意識を手放した──
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「全員、何かに掴まれ!!」
立っていられないほどの揺れが走り、矢崎が叫ぶ。
だが、自らも足を取られ、体勢を崩した。
拘束を解かれた袴田が、這いながら落ちた銃へ手を伸ばす。
「さ……させねえ!」
陸斗が追う。
揺れが収まりかけた刹那、二人同時に立ち上がった。
「くそ──!」
一歩早く銃を掴んだ袴田が、撃鉄を起こす。
「クソガキが!死ねぇ!!」
「陸にぃ!!」
引き金に指がかかった瞬間──
「うおらぁあああ!!」
怒号と共に、袴田の横顔に衝撃。
バキッ!
「ガッ!!」
袴田が吹き飛んだ。
駆けつけた浩之が拳を振り抜いていた。
「ひろ!!!」
「大丈夫か陸斗!!」
「おせぇよ!」
「ごめん、電車止まってて」
「……いや、ありがとな」
二人は構え直す。
少し遅れて綾乃とゆのが到着した。
「ひろくん……速すぎ……」
その息遣いも荒い。
そこへ──
『何をしておる!!』
「のん!?」
いつの間にか現れたのんが叫ぶ。
『今すぐマテリアルキューブを飲み込め!!』
「わ…わかった!」
異様な迫力に、陸斗と綾乃はすぐ取り出し、飲み下す。
浩之とゆのは呆然と見つめていた。
「そうか……聞こえないのか!」
「ど…どういうこと?」
「のんの声は、僕と先輩にしか──いや、それより二人とも!今すぐ石を飲め!」
「お…おう」
二人が従ったその時、ゆのが空を仰いだ。
「り…陸斗先輩……そらが!!」
「そら?チョーカーがあるから大丈──」
「違うの!!」
振り返った陸斗が凍り付く。
そらが両腕を広げ、銀髪を揺らしながら宙に浮かんでいた。
「な──!」
現実離れした光景に、誰も声を発せない。
『ようやく……見つけた』
のんが身構える。
『使者よ、よもや忘れたわけではあるまい』
そらの口が動く。
低く冷たい響きが空気を震わせた。
『──地は蠢き、空は赤く染まる。種は交わり、世は始まりを迎える』
「何言ってんだよ……!」
『正しき世界にて生命は存える。
産まれた資源は永久と成す。余は万物なり』
「ふざけんな!目ぇ覚ませ!!」
陸斗が腕を掴む。
『触れるな』
「ぐっ……!」
不可視の衝撃に弾き飛ばされ、地面を転がる。
『約束の刻限はとうに過ぎた。代償を払うがいい!!』
その言葉と同時に、そらの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「そら!!」
駆け寄るゆの。そらが微かに目を開ける。
「ゆ…ゆの……」
「よかった──!!」
陸斗も立ち上がりかけた時──
「探し物はこれかい?」
袴田が箱を手にしていた。
「くっ……!こんな時に!」
「動くな!!」
銃口が向けられる。
「陸斗」
浩之が小声で囁く。
「よくわかんねえけど、あれがあれば何とかなるんだよな?」
「……おそらくな」
「おそらくかよ」
薄く笑った浩之が、決意を宿す。
「なら、あれは俺が死ぬ気で取る。あとは任せる!」
次の瞬間──
ゴゴゴゴ……!
再び地が裂けるような揺れ。
全員が体勢を崩す中、浩之だけが立っていた。
一歩、また一歩と袴田へ近づく。
「な…なんだこの野郎!」
袴田が引き金を──
パァン!
乾いた銃声。浩之の身体が赤く染まる。
「ひろー!!」
「先輩!!」
「ひろくんッ!」
青ざめる陸斗。泣き叫ぶゆの。
撃たれながらも彼は笑った。
「何笑ってんだ、ガキが」
「こんなもんかって思ってよ。こんなんじゃ俺は──」
肘を突き出す。
「死なねえよ!!」
体重を乗せ、袴田を押し倒す。
メキッ──
「ガハッ!!」
袴田は崩れ落ち、動かなくなった。
「陸斗!!」
浩之が箱を投げる。
陸斗が受け止めた瞬間──
『今すぐ開けろ!全てが無に帰すぞ!』
叫びに押され、箱の蓋を開く。
中には、眩く光る白い水晶。
「きれい──」
綾乃の呟き。陸斗が触れた瞬間──
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そこは、真っ白な空間だった。
何もない。
音もなく、風もなく、影すらない。
ただ閉ざされた、無限の白。
「な…なんだここ──」
呼吸が浅くなる。
陸斗は周囲を見回しながら、名前を呼んだ。
「そら?……綾乃先輩!」
反応はない。
「隠れてんだろ?出てこいよ、ひろ!……ゆのちゃん!!」
声が虚しく反響する。
誰の名を呼んでも答えは返ってこない。
「誰か……いないのかよ!!」
振り返ったその先──
「うおっ!」
立っていたのは、黒髪で額から角を生やした、明らかに人間とは思えない姿の人物。
「……誰?」
相手は首を傾げ、わずかに眉を寄せた。
その仕草が妙に人間くさく見えるのに、額の角がすべてを否定している。
「君こそ……誰?」
声は、自分の声だった。
いや──“音”まで同じだ。息の抜け方、喉の震え。
耳の奥で自分が喋っているような錯覚がする。
足が一歩、後ずさる。
無音の白い床が、やけに冷たく感じられた。
──まさか。
胸の奥にひとつの可能性が浮かぶ。
それを口にするのが怖くて、喉が一瞬固まる。
「もしかして──」
相手の唇が、同じ言葉を紡ぐ。
「別の世界の俺──」
声が重なった瞬間、空気が歪み、視界が揺らいだ。
「え……どういう──」
問いかけた途端、視界が揺れ、色が抜け落ちていく。
真白は溶け、代わりに戦場の空気が戻ってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──陸斗くん!陸斗くん!!」
綾乃の声で意識が引き戻される。
揺れは収まっていたが、何が起きたのか頭が追いつかない。
「何が……どうなって──」
「陸斗くん!!そらちゃんがいなくなったの!!」
「え!?」
跳ね起きた陸斗は、周囲を見回す。
そらの姿がないが、それだけじゃなく、ゆのもいない。
「ゆのちゃんは!?」
「そらちゃんを探しに、街へ」
「くっ──」
駆け出そうとしたその時。
「り……くと」
弱々しい声が背中を止めた。
振り返ると、血まみれの浩之が地面に倒れている。
「ひろ!?」
大量の血が、傷の深さを物語っていた。
「おい!!ひろ!!」
慌てて駆け寄る。
「大丈夫かよ!?」
「で…でかい声出すなよ……はは」
笑いながらも、声は震えていた。
「なんて顔……してんだよ」
「もう喋るな!」
陸斗の腕を掴み、浩之がかすれた声を漏らす。
「んなことより……上手くいったか?」
問いに、一瞬言葉を詰まらせたが──
「ああ。お前のおかげでな」
「なら……早くそらちゃんを──」
浩之は陸斗の腕を投げるように離し、行けと促す。
だが陸斗は動けない。
「お…俺は大丈夫……だから、行ってこい」
その笑顔に背を押され、歯を食いしばって立ち上がる。
「陸斗くん──」
「綾乃先輩、行きましょう」
「それで……いい」
陸斗は拳を握りしめ、振り返った。
「ひろ!!」
覚束ない様子で顔を向ける浩之に、陸斗が叫ぶ。
「死ぬんじゃねえぞ!」
「──当たり前だろ」
遠くで様子を見ていた矢崎が近寄る。
「もう救急車は呼んである」
「ありがとうございます」
矢崎は迷いを見せながらも言葉を続けた。
「本来なら刑事として行動すべきだと分かっているんだがな」
浩之へ歩み寄り、傷を抑える。
「ゔっ!!」
「我慢せい」
「う…うっす」
「何が正しいのか今はわからん。だから私は自分の勘に従う」
「勘?」
「古臭いがな。君たちが何をすべきかも、何が起こるのかも分からない。ただ──やれることをやれ」
矢崎の刑事としての覚悟に、陸斗は深く頭を下げた。
「人を探すなら警察署に行って後藤という人間を頼るといい。警察のネットワークを使って力になってくれる」
「ありがとうございます!行ってきます」
「ああ、ここは任せなさい」
陸斗と綾乃は、街へと駆け出した。




