Episode.23 崩芯
自らの所有物だと思っていた者に反抗され──
挙げ句の果てには奴隷紋すら破られた。
ガンサイの我慢は、とうに限界を超えていた。
「てめえ……忘れてねぇよな?貴様ら魔族には、もう一つの“縛り”があることを!」
その“縛り”とは──
魔族隷術。
「アレはなぁ、てめえらの能力を抑えるだけじゃねぇ。俺の意思ひとつで──あの地下牢で味わった痛みを、幾らでも与えられるんだよ!こうやってなぁッ!」
ガンサイの手が、ゴミへと向けられる。
「魔族隷術・業!!」
「グァッ──!!」
稲妻のような衝撃が、ゴミの全身を駆け抜けた。
悲鳴が、街の空気を震わせる。
「ぐぁああああああああっ!!!」
あまりに常軌を逸した叫びに、町民の何人かは思わず顔を背けた。
──バイバイ──
灼けつくような痛みの中で、陸斗はひかりの最後の声を思い出す。
(……ちくしょうがぁ──!!)
「ゴ…ゴミ……もう……やめて……」
あまりに無惨な光景に、クズが顔を歪める。
「ばかやろう!そんなもんに負けるなよ!お前がやられたら、誰がひかりの無念を晴らすんだよぉ!」
ノミが涙を浮かべ、叫んだ。
「そ…そうだッ──!俺はひかりの仇を……!!」
「主人に向かって仇だと……!?ナメるのもいい加減にしろぉ!!!」
電撃の威力がさらに強まる。
「ぐぁあああああああ!」
(こんな……こんなとこで──)
痛みに耐えきれず、膝を折るゴミ。
「おい!負けんなや!!お前そんなもんちゃうやろ!」
「ゴミ、頑張ってよぉ!」
アホとカスも声援を送る。
カスは奴隷たちに向き直り、叫んだ。
「みんな、何してんだよ!ゴミは僕たちの希望だろ!!応援しろよ!!」
その声に揺らぐ奴隷たち。
「そんなことしたら俺たちも……」
「そうだ!ガ…ガンサイ様に逆らうなんて……」
次々と口にされる言い訳。
「そんな恐ろしいことできな──」
「できる!!!」
カスの一喝が、場を切り裂いた。
「さっきゴミが見せてくれたじゃないか!いつだって……これまでも、あいつは僕たちに可能性を見せてくれた!」
「そうやぞ!いつまでも縮こまっとってええんか!?立ち上がるなら……今しかないぞ!」
カスとアホの訴えに、奴隷たちが拳を握りしめる。
「僕だって怖い……でも──」
カスは大きく息を吸い込んだ。
「こんな奴に負けたくないじゃないか!!!」
その瞬間、カスの首の奴隷紋が弾け飛んだ。
「な──!!」
「カスも──!?」
空気が変わる。
「貴様もか……!余程死にたいみたいだなぁ!」
足も手も震えている。
それでもカスは睨み返した。
「お…お前なんか……怖くない!」
「なら……お前も──」
ザッ──
ガンサイがカスへ手を翳した刹那、膝を折っていたゴミが立ち上がる。
「ま……負けねえ!!」
「なに──!?」
心底驚くガンサイ。
「が…頑張れ……」
「負けるな!」
「いいぞー!!」
ドブ、チリ、ザコの三人も声援を送る。
それを皮切りに、少しずつ──しかし確実に、ゴミを応援する声が広がっていった。
そして──
──うぉおおおおおおお──!
奴隷たち全員の応援が、龍の咆哮のように街に響き渡る。
「ゴミどもが……調子に乗るなあ!!!」
ガンサイの怒号も、大歓声にかき消された。
「くっ──」
制御を失い、奴隷紋の効果が薄まった奴隷たちの勢いに押され、ガンサイは後退る。
「貴様ら……そんなに死にたきゃ、全員に食らわせてやる!!」
両手を広げる。
「魔族隷術・大業!!」
「「「ぐぉおおおおおおお!!!」」」
迸る稲妻が、周囲の奴隷たちを一斉に包み込む。
阿鼻叫喚。
悲鳴が交錯し、町は地獄の如き様相を呈した。
町民たちは、その惨状に──震える者もいれば、笑う者もいた。
エクリオンは剣の柄を握り、震える声で呟く。
「……狂ってる」
踏み出そうとしたその腕を、苦痛に耐えるゴミが制した。
「こいつは……こいつだけは!!!」
ゴミの目は、燃えるように激しかった。
「こんなもん……っ!」
「ガッハハハ!!笑わせるなよ!!これはなぁ、ただの紋じゃねぇ。何重にも魂に食い込ませてる!我ら人族が、お前ら魔族に刻む──至高の支配術なんだからよォッ!」
「ぐぁああああ……!!」
耐えても、苦しみは終わらない。
ついに、何人かの奴隷が気絶して倒れた。
「カス!起きろ!!」
アホが歯を食いしばって叫ぶ。
同室で過ごした弟のような存在──その姿を見て、クズの胸に影が差す。
呻きながら地を這い、血に濡れた石畳を指先で掴み──やがて、ガンサイの足元へ辿り着く。
「ガ…ガンサイ様……」
「あ?」
「どんな命令でも、お聞きします……この身も……心も……あなたに差し上げますから……どうか……お助けください……!」
「今さら命乞いか。みっともねぇな」
その言葉に、奴隷たちの間にどよめきが走る。
クズは誰よりも面倒見がよく、姉のような存在だった。
そんな彼女が──自分だけ助かろうとしているのか?
「そんな……」
「裏切るのかよ!」
胸の奥が、急激に冷えていく。
地獄の底に沈んでいたはずの心が、さらに突き落とされたかのようだった。
「どうか……」
「ガッハッハ!助けてやってもいいが──仲間を見捨てるなんて、お前も薄情な奴だな」
「私はどうなってもいい!!」
「……あ?」
辺りを静寂が包み込む。
クズはゆっくりと頭を地面に擦りつけた。
「ですから……どうか皆の命を、お助けください」
空気が揺れる。
彼女は、自らの命を差し出して皆を救おうとしていた。
その事実に、感謝や後悔──さまざまな感情の涙が、奴隷たちの頬を伝った。
「本当に……どうなってもいいんだな?」
「構いません」
迷いのない答えに息を呑むガンサイ。
彼はガンサイ邸の門へ歩き出した。
「や…やめろよ、クズ……!」
「ゴミ……」
「そんなこと……すんなよ!一緒に夢の話しただろッ──!あ…諦めんなよぉ!」
涙を流しながら訴えるゴミに、クズは微笑んだ。
「もしかしたらね、私とゴミはこうなる前に、どこかで会ってたんじゃないかなって思う時があるの」
「え?」
「あなたが言葉を覚えた時、本を読めた時、修行した時……いつも懐かしさを感じてた。そんなわけないのにね」
クズが一粒、涙をこぼす。
そして──
「あなたは、生きてね──」
その言葉を残したクズの唇が、かすかに震えた。
彼女の視線は、まるで何かを託すように真っ直ぐゴミを捉えている。
一瞬──時間が止まったかのように、音が消えた。
遠くの歓声も、稲妻の音も、何も届かない。
ただ、互いの呼吸だけが、はっきりと聞こえていた。
その静寂を裂く、重く鈍い踏み込み音。
ザシュッ──
「ガハッ……!!」
耳を裂くような衝撃音と共に、クズの身体がのけ反る。
その背に、冷たい鉄の感触──
振り返ったその先で、ガンサイが獰猛な笑みを浮かべ、刀を深々と突き立てていた。
「……え?」
何が起きたのか、誰も理解できなかった。
奴隷たちに運ばせていた荷の中から刀を抜き、迷いなく背後から──クズを突いたのだ。
隣にいたバカですら反応できないほど、一瞬で、冷酷だった。
「命乞い?笑わせんな。反抗する奴隷なんざ──もう、いらねぇんだよ」
刀を抜き去り、汚らわしげに投げ捨てる。
同時に、クズの口から鮮血が溢れた。
真紅の液体が、音もなく石畳を染めていく。
誰も声を出せない。
叫びも嗚咽も、すべてが──凍りついた。
「このまま全員、処分してやる」
別の武器を取りに向かうガンサイ。
「まてよ……まてまてまて!!」
クズへ駆け寄るゴミ。
倒れ込む身体を抱きかかえる。
「おい……クズ!」
返事はない。
「クズ……クズ!!」
返事はない。
思い出が、脳裏をよぎる。
涙が止まらない。
「待てって……待ってくれよ、クズ!!」
どんな時も、彼女はゴミを助けてくれた。
「死ぬなよ……死んじゃだめだよ!!」
どんな時も、褒めてくれた。
「クズーーーーーー!!!!」
悲痛な叫びが、街に轟いた。




