Episode.12 プレゼンテーション
【日時】ミルス暦400年6月15日 8時00分
【場所】ログリア町 ガンサイ邸 奴隷小屋
狭い奴隷小屋の一角。
そこでは一班と二班の奴隷たちが身を寄せ合いながら、熱のこもった魔法の修練を続けていた。
〈 一班 〉
ゴミ:火魔法
クズ:氷魔法
アホ:風魔法
バカ:強化魔法
カス:水魔法
〈 二班 〉
ビッチ:魅了魔法
ノミ:闇魔法
ドブ:泥魔法
チリ:土魔法
ザコ:雷魔法
ドブ、チリ、ザコはビッチたちと同じ部屋の男奴隷で、もとは訓練に参加していなかったが、ビッチらが修行に加わるようになってから、自然とその輪に溶け込むようになっていた。
いまや一班・二班すべての者が何かしらの魔法を習得しており、それぞれが着実に威力と精度を高めていた。
とくにゴミは火を飛ばすことに加え、少し離れた対象を発火させることも可能になっていた。
ただ、部屋があまりに狭く、誰もが本気を出せないのが実情だった。万が一、魔法が暴発すれば、大惨事にもなりかねない。
現に以前、ビッチの魅了魔法がアホに誤ってかかった際、阿鼻叫喚の混乱が起きた。それ以降、全員が壁側を向いて練習する決まりができたほどだ。
──ドゴォン。
突如鉄の扉が打ちつけられるような音とともに開かれた。
ゴミ達は部屋から飛び出て入り口の方を見ると、外から差し込んだ光の向こうに、ガンサイがいた。
その姿を見た瞬間、空気が凍りつく。
「今から女どもは全員、俺について来い!!!」
怒鳴り散らすように言い放つと、ガンサイは踵を返して歩き出した。クズたちは顔を見合わせながら、急いでその背に従う。
取り残された男たちの間に、沈黙が落ちる。不穏な空気が、じわじわと肌を這っていた。
その沈黙を破ったのは、バカだった。
何も言わず立ち上がると、扉のほうへと歩き出す。
「貴様!何をしている!!」
見張りの怒声が飛び、槍の穂先がバカの胸元に突きつけられた。ゴミが思わず息を呑む。
このままでは、殺される──
そう思った瞬間、バカは見張りをじっと見返し、黙って扉を閉じた。そして自分のスペースに戻り、再び外を見つめ始めた。
「び…びっくりした……驚かせないでよ」
カスが小声で言い、バカを軽く小突く。ゴミとアホも何も言わずに部屋へ戻った。
「にしても、なんやったんやろな……?」
「……わからない」
「何事もないといいけど……」
カスの呟きに、誰もが同意するように頷いた。
ガンサイに連れられたクズたちは、本館の大広間に案内された。
部屋の中央には、煌びやかで布地の少ないドレスが整然と並べられている。誰もがその意図を察し、息を飲んだ。
「三十分以内に、全員これに着替えろ」
そう言い残し、ガンサイは部屋を出ていった。
動揺を抱えながらも、クズたちは無言でドレスを手に取り、着替え始める。
同時刻、商会主執務室に戻ったガンサイは秘書を呼びつける。
「ゴイルを呼んで、馬車も用意しろ。準備のできた奴隷どもは、馬車の近くで待たせておけ」
命令を下すと、ガンサイは分厚い羊皮紙に何かを書き始めた。
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【時刻】8時35分
ガンサイが馬車で本館を出ると、露出度の高いドレスを着たクズたちが馬車の横に並び、そわそわとした面持ちで待機していた。
通行人たちは異様な視線を投げかける。男たちの目はあからさまに彼女たちの身体をなぞっていた。
噴水広場では、すでにゴイルの商会の奴隷百名ほどが同じような装いで整列していた。
演説台の上にガンサイとゴイルが立ち、各商会から五名ずつの奴隷を壇上に引き上げる。
徐々に町民が集まり、やがて広場は押し寄せた群衆で埋め尽くされた。
「……はじめろ」
「へい」
ゴイルが一歩前に出る。
「皆様、本日はようこそお集まりくださいました! ガンサイ様が代表を務めるボルバード商会様と我がディルダック商会が協業し──この四百年祭を彩る、特別な催しを準備してまいりました!」
歓声が上がる。
ガンサイが羊皮紙を手渡すと、ゴイルはそれを広げて満面の笑みを浮かべる。
「このサービスによって、皆様の日々の疲れを最大限に癒すことができると確信しております!」
熱のこもった語り口から一転、急にため息をつく。
「……いけませんね、私としたことが。これほどのサービスを、またしても言葉で語ってしまうとは。説明など不要というのに……!」
その芝居がかった言葉に、町民が引き込まれていく。
「結論から申し上げましょう。このサービスとは──!」
羊皮紙を高く掲げ、叫ぶ。
「奴隷たちによる格安性サービス店……『ドラグリア』!!」
町民は一瞬響めいたが、すぐに興味を失ったように声を落とした。
「なんだ、風俗かよ……」
「魔族の奴隷なんかで誰が行くかよ」
空気は冷え、期待感は失望へと変わった。
その時、ゴイルが高らかに笑った。
「ハッハッハッハ!皆様、まだお気づきではないようですねぇ?」
町民が振り返る。
「この国の法律では、風俗において女性の身体に触れることは禁止されていますよねぇ?」
「それがどうした?」
「当店は、その抜け穴を見つけました。奴隷を使うことで、法の制限を受けないのです」
町民からざわめきが起こる。
「どうか、ご安心を。奴隷ですが、見ての通り──容姿端麗、スタイル抜群!」
「奴隷なんざ買ったほうが早ぇだろ」
「ですが、お買い上げいただくには莫大な費用がかかりますよ?“試す”だけなら、当店の方が断然お得!」
ゴイルの煽動に、町民の反応が変わり始める。
そのとき、ガンサイが壇上のビッチとノミに近づく。
「貴様ら、部屋でコソコソ何かしてたな?」
ビッチたちの顔が引きつる。
「あぁ……安心しろ。そんなことで殺しやしねぇよ」
不敵な笑みを浮かべながら、ガンサイは二人の背中を押す。体勢を崩しかける二人に、ゴイルがそっと手を添える。
「まずは商品の質をご覧くださいませ!」
そう言うや否や、二人のドレスが一息に引き裂かれた。
晒された肌。恐怖と羞恥に凍りついたビッチとノミの顔。
「うおおおおおお!!」
町民から歓声が沸き起こる。
──いつかここを出られるとき──そのとき、生き残るためにも──
ノミの言葉を思い出し、クズの顔が引き攣る。その光景に、視線を逸らすことができない。彼女たちは何も身に着けておらず、ガンサイがいる手前、身を隠すことすら許されていなかった。
「これは先行サービスです! 思う存分にお楽しみください」
ゴイルの嫌らしい笑みと共に、二人の背中が押された。
「えっ──」
高台から突き落とされたビッチとノミに、町民たちが一斉に群がっていく。
「きゃあああ!!」
ビッチたちの悲鳴が広場に響き渡る。
クズは恐怖と怒り、そして何もできない自分への絶望に打ち震え、涙が頬を伝った。唇を噛みしめた口内には血の味が広がり、呼吸は速く浅くなる。
そのクズに、背後から冷たい声が囁く。
「お前だけ助かったわけじゃないからな」
ガンサイの低く冷たい声に、クズの体がわずかに跳ねた。
ガンサイがゴイルに合図を送る。
「では私共はこれで失礼いたします……あぁ、それと、それらは後で回収しに来ますので。お楽しみが済んだら、その辺に置いておいてくださいね。一応“商品”ですので」
不気味な笑みと共に、ガンサイとゴイルは残りの奴隷たちを連れて馬車へと乗り込む。
「大成功でしたねぇ」
「お前の口の上手さには感心するよ」
「それは嬉しいでやす」
二人の悪意が、確かに広がりはじめていた。




