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Episode.11 野望

後書きに人物紹介があります。

 ガンサイは扉を開き、脇に立っていたバカに指示を飛ばす。


「おい、今から言う面子(めんつ)を揃えろ」


 商談に同行させる奴隷たちの名前を並べると、バカは無言のまま頷き、静かにその場を離れていく。まるで音も感情も持たない存在のようだった。


「……不気味な野郎でやすな」


 ゴイルが、その無表情な背中に眉を寄せる。


「あいつはいいんだよ。無駄口叩かねえ分、お前よりマシだ」

「ひでぇや!」

「それより、準備は整ってるのか?」

「何を仰るんで?あっしの準備といやあ、この口ひとつで十分でやすよ」

「なら、出るぞ」


 ガンサイは煙管を咥え、緩やかに吐息を吐いた。(くゆ)る煙を置いて、部屋を颯爽(さっそう)と後にする。


 屋敷の外では、十名の奴隷たちが待機していた。馬車も既に整備されている。ゴイルとガンサイは馬車へ乗り込む。


「国を乗っ取るってのは豪快ですが……実際、どうやるんで?」

「……お前はすぐにボロを出す。商談が成立したら教えてやる」

「うひょー!頑張らねぇといけませんな!」


 馬車の外では、炎天下の中、奴隷たちが重荷を担ぎながら必死に走っていた。一つ三十キロの正体不明な袋を抱え、地面を踏み締める。


 選抜されたのは、ゴミたちの一班と、ビッチたちの二班。容赦のない選出だった。


「ハァ……ハァ……」


 カスの足取りが乱れ、倒れかけた瞬間、涼しい顔のまま走るバカがその体を支える。


「あ、ハァハァ……ありがとう……」


 何の躊躇もなく、カスごと荷物を肩に担ぎ上げる。


「そ…そこまではいいってば!」


 カスの抵抗も無視して、バカはそのまま走り出した。


「す…すごぉ……」


 ビッチは唖然とし、すぐさまゴミにすがるような声を上げる。


「ゴミぃ……私も倒れちゃいそう!」

「が…頑張ろう!!」


 ビッチの色仕掛けは空振り。クズが笑いを堪えながら歩調を合わせていた。

 やがて馬車が止まり、ガンサイたちが降り立つ。


「この距離を走りきるとは……旦那の仕上げた奴隷は、まさに逸品でやすな」

「……行くぞ」


 門の前に立つと、自動で開く。

 中央には、痩身(そうしん)で鋭い眼差しを持つ執事が静かに待ち受けていた。


「これはこれは……ガンサイ様にゴイル様。よくぞお越しくださいました」

「ノルディ殿!?……もしかして、我々が来ると読んでいたのか?」

「もちろんでございます。貴方のような方が動けば、自然と情報は私のもとへ集まります」

「いやいや……恐れ入る。本日は突然の訪問で申し訳ないが、領主ポルディア・エド・ログリア様はご在宅か?」

「ポルディア様は本日、すべての予定を取りやめてお待ちしておりました。どうやら、貴方が訪れると予感されていたようで」


 背筋にひやりと冷気が走る。ガンサイは内心、警戒を強めた。


(……ただの商談では済まねぇな)


「では、ご案内いたします」


 ノルディの導きで館内を進み、装飾の少ない質素な廊下を抜けて執務室前にたどり着く。


 扉をノックする音が響く。


「ポルディア様。ガンサイ様とゴイル様をお連れしました」

「ご苦労。通しなさい」


 ノルディが扉を開くと、重厚な空間に凛とした声が満ちる。

 中に入ると、まだどこか幼さを感じさせる青年が待ち構えていた。

 彼はずれるメガネを整え直しながら、挨拶をする。


「やあ、ガンサイ殿にゴイル殿。誠に久しいな──」


 青年は両手を広げて二人を歓迎する。


「先代が亡くなって還魂祭を上げた時以来ではないですか?」

「──ポルディア様。お久しゅうございます」


 ガンサイは片膝をつき、敬意を示す。ゴイルもその姿に(なら)った。


「突然のご訪問、誠に申し訳なく存じます」

「顔を上げてください。本日は、何か興味深いご提案があるようですね?」

「……そこまで見抜かれているとは」


 ガンサイが立ち上がる。


「では、率直に申し上げましょう」


 その表情が一変する。

 先ほどまでの柔和な面影は消え、冷たい鋼の意志を秘めた声が部屋を打つ。


「七月末の四百年祭……その日我々と手を組み、スタンピードを起こしていただきたい!」


 ポルディアの顔が、一瞬で曇る。


「今……なんと仰いましたか?」

「もう一度言おう。魔物を暴走させ、街を襲う“演出”を仕掛けてほしい!」


 その言葉はもはや提案ではなく、宣言だった。

 ポルディアの瞳が細くなる。ガンサイは応えるように視線を逸らさず、真っ向から圧を送る。

 しばしの沈黙の後、ポルディアは重たく息を吐き、静かにソファへ腰を下ろした。


「……そのような話、正気の沙汰とは思えません。街の安全を脅かす行為など、許されるはずもない。それに、場合によってはここで貴方を拘束することも──」

「話は、最後まで聞いていただきたい」

「……どうぞ」


 ゴイルは内心、手汗を握っていた。だがその口元は緩まず、タイミングを見計らっていた。


「我々が望んでいるのは、襲撃ではない。“襲撃に見せかけた危機”だ」

「つまり……被害は出さないと?」

「いや、“出すフリ”はする。が、誰も死なせない。むしろ、街を守るための布石だ」


 ポルディアが黙って耳を傾ける中、ガンサイの言葉に力が込もっていく。


「この街は他国との境界線にあり、商業も立地も不利。防衛にばかり費用がかさむ。だが、魔物の脅威が可視化されれば、国に防衛費を倍増して請求することも可能となる」

「……成程」

「もちろん、国は“信憑性”を求めるだろう。だから、我々がその手伝いをする。魔物の制御も含めて、演出は万全だ」


 ゴイルが一歩前に出て、流れるように言葉を繋ぐ。


「我々の利益の二割を、貴方様へ献上いたします」

「……随分と豪気ですね」

「そしてこれが、制御用の水晶です」


 ゴイルが取り出した水晶球。淡く脈動する光に、ポルディアの目が細められる。


「特殊な音波で、魔物の動きを制御できます。本来なら、まだ公開したくなかった代物ですが」

「……信頼の証、というわけですか」


 ガンサイは頷き、扉の方を向く。


「入れ」


 奴隷たちが静かに入室し、重い袋を部屋の隅に置いていく。


「街への寄付品です。ささやかではありますが」

「ふむ……ありがたい」


 ポルディアの口元にかすかな笑みが浮かぶ。だがその目は、依然として真意を明かしていない。


「では、貴方の返答を──」

「……ここでは、多くの"目"があります。追って返書を出させていただいても?」


 その曖昧な一言に、ガンサイは静かに微笑んだ。


(“今は答えられない”とは、“裏では応じる”ということ)


 ポルディアの唇もわずかに緩む。表情は穏やかだが、その奥に揺れる思惑は読み取れなかった。


「返書、心よりお待ちしております」

「お待たせすることはないでしょう。それで、よろしいですね?」

「……上等だ」

「それでは本日は、これにて」

「失礼いたします」


 

 ────────────



 帰路の馬車の中。ゴイルが小さく息を吐いた。


「いやぁ……本音を言えば、あの場で約束を取り付けたかったですけどねぇ」

「まあ、これで十分だ。あの場で約束させるのはリスクが高すぎる。領主の館ともなれば、どんな耳が潜んでるか分からねぇ」

「……へぇ」


 ゴイルは改めて感嘆していた。この男はただの成り上がりではない。

 ガンサイは、まるで天気の話をするかのように呟いた。


「街は……実際に壊滅寸前まで追い込む」

「……へ?」


 その響きの無慈悲さに、ゴイルは戦慄する。


「で…でも……街そのものがなくなったら、領地も、市場も潰れてしまいやすよ? 奴隷を買う金持ちも……」

「違う」


 ガンサイは即座に断言する。


「街は壊れても、“土地”は残る。人はその土地に帰ってくる。そして、導く者が必要になる」


 ゴイルが呟いた。


「それを……ダンナが」

「そうだ。壊滅寸前の街を、俺が救ってみせる。旧体制を切り捨てて、“英雄”として立ち上がる」


 言葉に、確かなビジョンと熱が宿っていた。


(……やっぱ、あっしの目に狂いはなかった)


 ゴイルは自らの選択を誇った。だがそれはまだ序章にすぎなかった


「街が再興に向かえば、当然失うものも多い……娯楽もその一つだ」


 ガンサイの目が細まり、静かに語り出す。


「家を失い、魔物の恐怖に晒される日々を生きる町民どもは、精神的に摩耗する。だから俺たちが提供してやる──奴隷を使った性サービスをな」

「おおお!こりゃまたボロ儲けができそうでやすな!」


 ゴイルは満面の笑みを浮かべたが、ガンサイは首を横に振った。


「商売としてはな。だが、真の狙いはそこじゃねえ」

「へ?」

「そのサービスを通じて、貴族どもを抱き込む。そして、奴らの“弱み”を握る」


 ゴイルの顔がこわばる。


「ま…まさか……」

「そうだ。頃合いを見て“奴隷解放宣言”を出せばいい。利用してた奴らは公に晒され、逆らえねえ」


 ガンサイの目が、まるで先の未来を見ているように据わっていた。


「手中に収めた貴族どもを使って、王政を潰す。あとは“民意”の旗を掲げりゃいい」


 ガンサイの瞳が細まり、声に熱を帯びる。


「血も、家柄も、関係ねぇ……“民”が選ぶって名目さえあれば、俺がこの国を支配できる」

「……!」


 ゴイルは震えた。その言葉に、これまでの人生で感じたことのないスケールの野望を見た。


「俺が表舞台に出ず、裏から操れば何百年でも支配し続けられる。貴族の代弁者、民の代行者を名乗らせてな。演出は任せる」


 ゴイルは息を呑む。気づけば手が汗ばみ、鼓動が跳ね上がっていた。


(この男で間違いなかった……)


「奴隷解放後、お前は“職業斡旋業”でもやれ。斡旋先から金をもらって、奴隷を低賃金で使い続けりゃいい。形だけ変えた奴隷制度を継続できる」

「ありがてぇ……!ダンナ、あっしは一生ついていきやすよ!!」

「まずは性サービスだ。お前のとこから百人、いや、ゆくゆくは千人用意しろ。広告も忘れるな」

「へい!広告もばっちり打ちますぜ!」


 ガンサイは懐から一枚の紙を取り出して、ゴイルに手渡した。


「俺のとこからも、こいつらを出す」


 ゴイルが目を通すと、そこには見知った名が並んでいた。クズたちの班の名だ。


「へぇ……こりゃ楽しみでやすね……」


 ガンサイの口元がゆるむ。


「……駒は揃った。あとは転がすだけだ」


 静かな声が、確信に満ちていた。


 その夜、馬車を包むように、底の見えない笑い声が広がっていった。

[ 人物紹介・異世界 ]

〈 その他 〉

ポルディア・エド・ログリア:領主・23歳


ノルディ:執事

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