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Episode.10 企み

異世界パート


正直ここから何話かは胸糞が悪くなる話ではあります。


新キャラクター出るので後書きに人物紹介を入れてます。

【日時】ミルス暦400年6月5日

【場所】ログリア町 ガンサイ邸 奴隷小屋



 小屋の奥、石畳に薄く灯る火光(かこう)が揺れていた。

 ゴミたちは身を寄せ合いながら、魔法の修行を続けている。


「どっこい……しょっと」


 重たい腰を下ろしながら、アホが思いつめた表情のカスにちらと視線を送る。


「どないした?」


 問いかけるアホに、カスは俯いたまま呟く。


「僕たちのせいで、みんなにまで迷惑をかけちゃったなって」

「あぁ……見張りのことか」


 あの夜以降、小屋の出入口には常に一名の見張りがつくようになった。

 ゴミは掌に火を、クズは氷を浮かべながら、カスの声に片耳を傾けていた。


「でもま、そんなもんで済んでよかったやん」


 アホが口角(こうかく)を緩めて言う。


「そうだよね……本当なら地下牢に送られてもおかしくなかったんだよね……」


 カスは自らが発した言葉に、ぞっとしたように肩をすぼめる。

 地下牢──誰一人として戻った者のいないその場所を想像するだけで、血の気が引いた。


 その時だった。

 クズが動きを止め、ふと遠くを見るような目をした。


「……クズ?」


 様子に気づいたゴミが声をかけるが、返事がない。


「おーい?」

「……おかしい」


 ようやく返ってきた声に、皆が動きを止める。


「え?」

「まだ答えが見つからないけど……おかしいと思わない?」

「何がや?」

「夜中に奴隷が、()()()()()で小屋を抜け出して集まってたのよ」

「……おう?」

「”思考を制限されてるはずの奴隷”が、よ? 自分たちの預かり知らぬところで、そんな自由行動してたら、いずれ、勝手に脱走する恐れすらある」

「……だから、見張りがついたんだろ?」

「その処置が、軽すぎるとは思わない?」


 全員が口を紡ぎ、クズの言葉を反芻(はんすう)する。

 確かに──何かが引っかかる。


「ごめん、わからん」


 アホが素直に首を傾げると、クズは氷を消してから口を開いた。


「少なくとも私たちは……何故か、自分の意思で判断して、ルールを破り、修行をしていたの。これは、ガンサイ様からすれば完全に“制御不能のイレギュラー”」

「確かに……」

「ただでさえ奴隷の管理に手が回ってない状況で、自我を持った奴隷を見逃すって……あり得ないのよ。カスの言う通り、本来なら地下牢行きでもおかしくないはず」

「そういうことか──!」


 アホが目を見開いた。


「言われてみると……たしかに変だな」

「でもなんでなんだろう?」

「そこまでは──」


 トントン。


 扉を叩く音に、全員がぴたりと凍りつく。

 この時間帯に、誰かが訪れることなど──これまで一度もなかった。


(まさか、やっぱり……)


 全身に力が入る。

 誰かが、扉の向こうで鍵を開ける音がした。


 ──ガチャ。


「……ごめん、入ってもいい?」


 姿を現したのは、ガンサイではなかった。

 細い体つきの少女が二人、扉の向こうに立っていた。


 先に入ってきたのは、ビッチと呼ばれる奴隷。

 金のロングヘア、大きな胸と整った肢体。目はぱっちりと大きく、背には蝙蝠のような小さな翼が生えている。


 その後ろにぴったりとついているのが、ノミ。

 藍色のボブヘアにうさぎのような垂れ耳。華奢な体つきで、どこか影のある少女だ。


「なんだ……」


 安堵の息をつくゴミ。


「え、な…何?」

「……いや、なんでもない」


 クズが問う。


「それより、二人はなんで来たの?」

「みんなが魔法の練習をしてるって噂を聞いて……」


 ドキッ。


 ゴミたち全員が一斉に顔を強張らせる。

 魔法の修行の話が外に漏れている……?

 それがガンサイの耳に届けば──本当に、地下牢は避けられない。


「い…いや、探りに来たわけじゃなくて──!」


 慌てて言い訳するビッチを遮り、ノミが一歩前に出た。

 拳を強く握り、真正面から見据えてくる。


「私たちにも、教えてほしい」

「……え?」

「いつかここを出られるとき──そのとき、生き残るためにも」

「わ…私も!」


 真剣な眼差しに、クズは一瞬の迷いもなく頷いた。


「わかったわ」

「え、いいのかよ?」


 アホが心配そうに聞くが、クズは断言する。


「大丈夫」


(──この流れは、明らかに“異変”)


 彼女たちもまた、自我を持ち始めている。

 理由は不明だが、意識の枷が緩み始めているのだ。


「私たちは、全員で強くなる必要がある」


 その言葉に、ビッチとノミが静かに、しかし力強く頷く。

 他のメンバーも戸惑いを振り払い、前を向き始めていた。


「よっしゃ! やろか!」

「そういえば──」


 ビッチが辺りを見回す。


「もう一人のおっきい人は?」

「バカは今ガンサイ様の護衛についてるわ」

「そうなんだ!そんじゃあ早速教えてー!」


 いまだ魔法を出せているのはゴミとクズだけだった。

 だが、他の者たちにも──何かが芽吹き始めている。


 ゴミが集中する。


 ボウッ──


 現れた炎は、初めて出したときよりも遥かに大きく、安定していた。


「す……すごい……」

「こんなに……」


 ノミとビッチが目を見張る。


「ふー……」


 火を消して息を整えるゴミに、ノミが声を弾ませる。


「すごい……!すごいよゴミ!!」

「きゃー!かっこいい!」

「え、あ、いやあ……」

「どうやってるの!? 私に教えて!」

「私も私もー!」

「お…教えられることはないよ! 全部クズから教えてもらったし!」

「えー!そうなのー……」


 わざとらしく大袈裟に肩を落とすビッチ。


「というか、ビッチはともかく、ノミってそんなキャラクターだったっけ……?」

「ともかくってなに!?」

「いや、同じ部屋だった時もこんな感じだったもんなって……」

「ひどぉい!!」

「え! ゴミとビッチって同じ部屋だったの?」


 カスが興味津々で訊くと、ビッチが笑いながら答える。


「そうだよ! 最初は私とゴミ、ノミとクズが一緒だったんだ。あともう一人……男の子がいたんだけどね」


 ふいに声が沈む。


「え、だれだれ?」

「ノーブラッドよ」


 クズの声が場を包む。

 空気が一変した。


「あいつかいな……」


 アホの顔から笑みが消えている。


「かっこいい名前の人だね。どんな人なの?」

「ノーブラッド……穢れた血って意味よ」

「え……」

「彼は私と一緒にここへ連れてこられた奴隷だったの。ゴミとはまるで兄弟みたいに仲が良かった」

「……ゴミ……」


 カスがそっと様子をうかがう。


「じ…実はさ!もう記憶が薄くなってて。あまり……覚えてないんだ!……へへ」


 笑顔を浮かべるゴミ。

 誰も言葉を返せなかった。


「……ノーブラッドは、今どこにいるの?」

「五年前に、地下牢へ連れていかれた」

「そんな……」

「彼とゴミがふざけ合って、ビッチが色仕掛けでちょっかい出して、私が説教して、ノミが遠くから眺めてて──そんな日常だったのに。ある日を境に、彼の様子が変わって……」

「……何をしたの?」

「それは、わいが見とった。護衛が近くにいたのに、ノーブラッドは叫びながらガンサイ様に飛びかかったんや。拳は護衛に止められたけど……」

「そのとき、なぜか奴隷紋が外れてたらしいの。裏切り者がいるって探されたけど、結局見つからなかった」

「……それからあいつは、地下牢にぶち込まれた」

「地下牢に行った人は……本当に誰も、帰ってきてないんだよね……?」

「ええ。おそらくは──」


 クズは「殺された」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 

 ────────────



【場所】ログリア町 ガンサイ邸 書斎



 油の匂いと煙草の香りが交じる部屋。

 静かな空間に、筆の音だけが響いていた。


 ガンサイは分厚い羊皮紙にペンを走らせている。


 コンコン。


「……入れ」


 呼吸のように短く答え、ガンサイはペンを置いた。

 書きかけの紙を脇に避け、机の角にある煙管(きせる)を手に取る。


「失礼いたします!」


 勢いよく扉が開き、門番の男が入ってくる。


「なんだ」

「ハッ!ギルド職員のノーマンと名乗る者が、お見えに──」

「通せ」


 短く吐き捨てるように言うと、先ほどまで書いていた紙を机にしまい立ち上がる。

 机の前へ回り込んでそのまま机に腰をかけた。

 煙管に火を点け、煙をゆっくり吸い込む。


 再び、コン、コン。


「ノーマンだ。入るぞ」

「……勝手にしろ」


 重厚な扉が開き、細身の男が滑るように入ってきた。

 その名は──ノーマン。


 身のこなしは異様なほど滑らかで、殺気も気配も剥き出しにはしていない。

 だが彼の右目は刀傷で潰れており、その傷跡が凶器のような迫力を宿していた。


 艶のない長髪を後ろで束ね、動きやすい正装を纏っている。

 片脚を一歩踏み出すたび、床板が微かに軋む。


「……何の用だ」

「お前に“共有”と“頼み”があってな──」

「さっさと話せ!」


 ガンサイの語気が荒くなる。

 だがノーマンは動じず、懐から折りたたまれた羊皮紙を取り出し、机の上に広げた。


「この地図を見ろ。ここと……ここ──」


 指差されたのは、ログリア近郊の二つの村。

 そこに、**“魔物の異常発生”**が報告されていた。


「……何か知らないか?」

「知るわけねぇだろ」


 即答するガンサイ。

 目の奥に一瞬、何かが閃いたが、すぐに煙で覆い隠された。


 ノーマンは沈黙し、ただじっと──ガンサイの目を見ていた。

 ガンサイも目をそらさない。

 薄い笑みの裏に、何重もの探り合いが隠されていた。


 空気が軋み始めた、そのときだった。


 コンコン。


 再びノックの音が響く。


「ダンナー? 入りますぜ」


 扉が開き、入り口から現れたのは──ゴイルだった。

 その瞬間、彼の顔が一気に引き攣る。


「の……ノーマンの旦那……! い…いらっしゃってたんですかい……!」

「やあ、ゴイル。店の方は繁盛しているかい?」

「ま…まあ……ぼちぼちですかね」

「そうかい。ま、君の商売は“繁盛しない”方が、俺としては嬉しいんだけども、ね」

「へ……へへ……」


 ゴイルの額に玉のような汗が浮かんでいた。

 背筋を真っ直ぐに伸ばしているが、その足元は明らかに震えている。


 ──無理もない。

 ノーマンはギルドの職員でありながら、SS級冒険者とも称される人物。

 その名に纏わる武勇伝は数え切れず、血の伝説も残っている。


 そんな男が、今目の前にいるのだ。

 ゴイルにとっては──“最も関わりたくない存在”そのもの。


「話を逸らすんじゃねぇ」


 ガンサイが煙を吐き捨てながら睨む。


「おぉ、悪い悪い」


 ノーマンがガンサイから距離を取りソファに腰を下ろす。


「……それで我々は今回の件を〈魔物の暴走スタンピード〉の前兆であると睨んでいる」


 ノーマンはガンサイの目を真っ直ぐに見つめる。


「……驚かないんだな?」

「てめえがここに居座ってる神経の太さには、驚いてるがな」

「今日はやけに噛みつくじゃないか」


 火花が散るような会話の応酬。

 その中で、ゴイルはすでに部屋の隅まで下がり、存在を消していた。


「それで、頼みなんだが──」

「聞く気はねぇ。帰れ!」


 言下に拒絶するガンサイ。

 ノーマンは肩を(すく)め、緩やかに立ち上がる。


「じゃあ、またねゴイル」

「へ…へへ……お達者で……!」


 扉が閉まると、部屋に静寂が戻った。


「ダンナー! あ…あんな強気な態度で……ほんとに大丈夫なんですかい!?」


 焦るゴイルに、ガンサイはゆっくりと煙を吐いた。


「……あの野郎には十五年前の借りがあるからな……あれでいいんだ」

「へ…へぇ……」

「そんなことはどうでもいい。例のモンは持ってきたんだろうな?」

「もちろんでやす!」


 ゴイルがカバンから風呂敷を取り出し、机の上に広げた。


 中から現れたのは、どす黒く塗りつぶされた水晶玉。


「おぉ……これは……」


 ガンサイの目が爛々と光る。


「てめえに預けて正解だったな。たった数日でここまで育つとはな」

「最初に頂いたやつで、何ヶ所か試してみやしたが……あの様子じゃ、“成功”だったみてぇで」

「……あぁ。クックック……笑いが止まらねぇ」


 ガンサイが上機嫌に喉を鳴らす。

 煙管を机に置き、水晶を掴んだまま、ぐるりと部屋を歩く。


「それじゃあ、そろそろこいつを持って、領主様のところへ商談しに行くか……」

「承知でやす! それにしても……ダンナもえぐいこと考えますなぁ。〈魔物の暴走(スタンピード)〉を“利用する”だなんて……」

「奴隷商ほどじゃねえさ」

「耳が痛え……」

「さあ、ここからが本番だ」

「何がでやすか?」


 ガンサイは水晶を握り締め、ふてぶてしく宣言した。


「──国の乗っ取りだ!!」


 声が天井を打ち抜いた。

 その笑い声は、壁を伝い、地の底にまで染み込んでいった。


 そして、誰も気づかぬところで──

 世界は、確かに歪み始めていた。

[ 人物紹介・異世界 ]

〈 冒険者 〉

ノーマン:SS級冒険者・ギルド職員・周囲から怖がられている


〈 奴隷 〉

ビッチ:二班 金髪ロングヘア・巨乳・蝙蝠のような小さい翼・過去にゴミたちと同じ班


ノミ:二班 藍色ボブヘア・ウサギのような垂れ耳・影のある雰囲気・過去にゴミたちと同じ班


ノーブラッド:過去にゴミたちと同じ班・ゴミと兄弟のように仲良かった・地下牢にぶち込まれる

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