悲しみ
差し出した手を叩かれた。
慈悲で伸ばした手を叩かれた弾みで、自分は孤独なのだと再認識させられた。
今日も私の心の中に悲しみの雨が降る。空はこんなに晴れているのに、纏わりつく水の重みで頭を上げることができない。
気を落としたまま、バスに乗り車窓から流れる景色を眺める。街や道行く人々は照り輝いていて、私との間に明確な壁があるように感じる。
今朝も両親は喧嘩をしていた。十何年も一緒に暮らしている者同士にしか分からないものがあるのだろう。私は、いつものように逃げるように家を飛び出し、心の中に降る雨でできた泥に足を持っていかれそうになりながら登校する。バスを降り、矍鑠とした校舎を目指す。周りの生徒の明るい声が私の心を更に陰鬱なものにさせる。私には、そのような明るい声を出す事が出来ない。
嗚呼、その孤独感が私の気を更に削いでくる。
両親の不仲に気付いたのは、いつ頃だろう。気付いたらギクシャクとした黒い雲に覆われていたように感じる。という事は、私が物心つく前に、二人の仲は険悪だったのかもしれない。
娘の私が二人に口を出して、蛇でも出てきたら取り返しがつかなくなるかもしれない。
私は耐えるしかない。二人の仲が元に戻ることはない、と分かるような年になってしまった。
校門前では生活指導の教師が、制服の乱れがないか確認している。
いっそのこと、校則違反をして教師から説教でもされれば、この孤独感は少しは霧散するのかもしれない。だが私にはそのような度胸が無い。いつもと同じように教師に会釈して校門をくぐる。
悲しみの雲に覆われた私に話しかけてくる友達もいない。二メートル先しか見えないぐらい、顔を俯かせて歩く私に声をかけてくる酔狂な同世代はいないのだろう。
ちょっと抗うように首を上げてみた。太陽が目を射る。私には太陽が似合わない。すぐに顔を落としてしまった。下駄箱の並ぶ湿気の籠った暗い空間に辿り着いた時に、ようやく肩の強張りを解くことが出来た。
階段を登り、教室へと重い足を進ませる。教室の扉を開けても、挨拶の一つも飛んでこない。私は机の間を進み、自分の席へと進んだ。
狭い視界の隅に一つのキーホルダーが落ちていた。あれは私の席の後ろの人のものだ。気に入っているのだろうか、いつもそのキーホルダーを鞄につけているのを知っている。
その主人を失ったキーホルダーが寂しそうな雰囲気を漂わせている。
嗚呼、君も孤独なんだ。
せめて主人の元に送り届けてやらないと、という憐憫にも似た感情が押し寄せ、私はそのキーホルダーを拾い上げ、主人の机に置いた。その机に主人はいなかった。恩を着せて、私は会話を求める気も起らない。でもキーホルダーが元の住処に戻れて良かったと感じている。
私みたいな孤独を味わなくて済むからだ。
この悲しみの雨はいつ上がるのだろう。