八話『護り手』
人というのは、時間が経てばどんな出来事でも忘れてしまえるものだ。
俺も、川中ミハルの事を、頑張って忘れようとして、ようやくあの時の事を忘れることが出来てきた。
それも全て、凛月千夏がいてくれたからだと、そう確信して言える。
もし彼女がいなかったらと思うと、考えたくもないが、嫌な運命になっていたことに違いはないだろうと思う。
「優咲!こっちこっち!足元気をつけてね!」
もちろん千夏以外にも、塁や静、美鈴や海音が居たのも大きいと思う。
彼女らのおかげで、今の俺は苦しまずに済んでいる。
「千夏、もう目隠しはとってもいいか?」
7月14日、何故か目隠しをされている俺は、千夏にそう尋ねるが、千夏は笑ってばかりで、何も答えてくれない。
「ここで、声をかけたら目隠しを外して!」
そして、千夏の声をかけてくれたので、俺は言われた通り目隠しを取り外す。
すると、パァンとともに、紙吹雪が宙を舞った。
驚いた俺に、皆は声を揃えて言った。
「「誕生日おめでとう!!」」
その言葉を終えた皆は、各々が俺に話しかけてきた。
「俺は聖徳太子じゃないぞ…。でも、ありがと…!」
皆にツッコミを入れながら、感謝を伝える。
何故か塁が泣いていたが、俺の誕生パーティーを盛大に行ってくれた。
「いやぁ~、優も16かぁ〜。早いねぇ」
おじさんみたいなことを言う静に、美鈴がツッコミを入れる。
「こん中で一番誕生日が遠いから気にしてるんだね。」
「若い方がええやろ!というか、お前も言うて変わらんやろ!」
何故か関西弁でツッコミを入れる美鈴に、笑いながら、皆ケーキを食べる。
そして、日が暮れてきたため、俺達は解散することになった。
千夏が塁に家を貸してくれたことに感謝を伝えると、俺の方へと駆け寄ってきた。
俺も塁に感謝を伝え、帰路についた。
「ありがとな、あんなに楽しい誕生日、初めてだった。」
「楽しんでくれて良かった♪」
嬉しそうに左右に揺れる彼女を見て、少し真似てみる。
「えっ、今の可愛い!」
そう言われ、俺はすぐにやめた。
「えぇ~!?やめなくてもいいのに〜!ほら!ほら!」
彼女は揺れながら、俺に催促するが、恥ずかしいから無視した。
隣ではムスッとした千夏が、俺を凝視してくるが、目を逸らして今日の振り返りをしていた。
そんな俺の手を取ってきた彼女は、恋人繋ぎに直し、
「仕方ないから、これで許してあげる!」
ふんっ、とそっぽを向いた彼女が愛おしくて、ごめんと誤りがら頭をなでる。
「えへへぇ〜、いいよぉ~」
と言いながら、まるで犬のようになった彼女は胸を頭で小突いてくる。
千夏の自宅に着いた俺達は、玄関で別れようとした。
「…優咲。」
小さな声で、彼女に呼び止められた俺は、彼女に向き直る。
「どうした?」
彼女は黙ったまま何も言わなかった。
心配になり、俺は彼女に近づいた。その瞬間、俺の口に柔らかいものがくっついてきた。
「っ?!」
驚いた俺に、彼女は容赦なくその行為を続ける。
しばらくして、彼女は俺から離れると、口元を隠した。
「…私は、貴方のモノだから。…だから、その誓いって言うか…」
恥ずかしそうに、俺から目を背ける彼女に、俺はその返しをした。
「……っ」
そして、それを終えると、俺は彼女を抱きしめた。
「俺も、お前のモノだよ。」
「……嬉しい。…ありがと、優咲。」
抱きしめ返してくれた彼女の温もりを、俺は離すまいとしっかりと抱きしめるのだった。
ーーー
夏休み前の、期末テスト。
その学習習慣のある日、俺は突然、同級生の小野健次郎というサッカー部の男子に土下座されていた。
「頼む!オレに勉強を教えてくれぇ!!」
クラス内では、皆のムードメーカーである彼が、頭を地面にこすりながら懇願してくる。
俺は彼を起こすと、理由を尋ねた。
「…オレ、今好きな子がいんだよ。
…でも、その子は頭のいいやつが好きらしくて、だから!」
再び土下座をしようとする彼を、制止し、一つ提案することにした。
その提案を聞いた彼は、「それは無理!」と断固として拒否した。
「それだとカッコ悪いだろぉ?…オレはアイツに、カッコいいって思われたいんだ!
だから頼むよぉ〜!」
しつこい彼に、俺は根負けしてしまい勉強を教えることにした。
感謝を述べた彼は、「今日はサッカー部の奴らとカラオケがあるから」と、走ってどっかへ行ってしまった。
取り残された俺は、大きくため息をつくと、スマホを取り出し千夏に連絡した。
ーーー
「ーという話があってな。俺はどうすりゃ良いんだ…」
コンビニで合流した優咲は、私を抱きしめながら愚痴っていた。
「小野くんは誰が好きなんだろうね?」
私はアイスを食べながら考えた。
優咲な「ウ~ン」と唸り、肩をガックシと落としていた。
励ますため、私は食べていたアイスの残りを彼の口に突っ込んだ。
「うぐ?!」
「恋が実るように、勉強を教えてあげるしかないよねぇ〜。」
口からアイスを引っこ抜き、彼は「それしかないかぁ」とアイスを食べ始めた。
そこへ、見覚えのある女子生徒が近づいてきた。
「……優、聞きたいことがある。」
彼女は険しい表情で、優咲に話しかけた。
そう言われた彼は、彼女に目を向け、目を見張っていた。
「お前…。」
何か言おうとする彼の肩に触れ、彼女は真剣な表情で見つめた。
その顔に、彼は何か気づいたようで、頷いた。
「…分かったよ。…場所を変えようか?」
「あぁ、二人で話したいから…。頼む。」
そう言うと、彼は立ち上がり、私にアイスを返すと彼女のあとについて行った。
私は心配で追いかけようとも考えたが、後ろを向き、私を見る彼にそれを拒まれた気がして、その場で留まることになった。
「…優咲。」
私は受け取ったアイスをちまちまと食べながら、彼の帰りを待つのだった。
ーーー夕咲西第二公園
久しぶりに来たこの公園に、俺は昔の事を思い出していた。
「…お前、中学の時より可愛くなったな。」
「…お世辞か?…そういうのは間に合ってるんだ。」
彼女はそう言い、俺の方へ顔を向けた。
「単刀直入に聞く。…ミハルは、どこへ行ったんだ?」
その質問に、俺は身震いした。
「……言いたくなければいいんだ。」
恐怖心が顔に出ていたのか、彼女はそう言うとベンチへ向かった。
ベンチに、ぐったりと座り込むと、大きなため息をついた。
「…私は、あいつを家で匿っていたんだよ。」
その事実に、俺は驚いた。
「……私は油断していた。
…あそこならバレないと思っていた。私がいながら、奴らにミハルを攫われて…、守れなかった…」
彼女は悔しそうにそう言うと、目元を腕で覆った。
「…私は、結局誰も守れないって…そう思って…」
そんな彼女の隣に、俺は座り、彼女の右手を握った。
「…お前は悪くない。…悪いのは俺の方だ。」
「えっ?」
俺は7日間の真実を語った。
それを、彼女は真剣に聞いてくれた。
この空白の7日間を、誰にも話さなかった逃避行を、俺は知るべき人間である、彼女に、佐賀美恋歌に打ち明けた。
「そんな事があったなんて…。」
「…結局、こっちへ戻る時、俺はそいつとやり合って…」
その時、恋歌は勢いよく抱きついてきた。
「れ、恋歌!?」
突然のことで、俺は慌てて引き剥がそうとした。
しかし、彼女の泣き声で、それはできなかった。
「……ありがとう…。…ミハルを、あの子を護ってくれて…」
嗚咽混じりに、彼女は感謝を述べた。
俺はそんな彼女の事を、優しく撫でる。
「…お前も、ありがとな、…ミハルのことを、一人にしないでくれて。本当にありがとう。」
彼女は珍しく、自身のクールさを捨て去り、ずっと泣き続けていた。
やがて泣き止んだ彼女は、恥ずかしそうにそっぽを向いて、髪を触ってた。
その様子に、俺は思わず笑ってしまった。
「な、何を笑ってるんだ…」
ムスッとしながら、恋歌は言う。
「いやさ、保育園の時のお前はさ、ずっと泣いてたなって思い出してさ。」
「んな!?」
彼女は顔を真っ赤にした。
俺は彼女をからかうように、昔の事を話した。
恥ずかしそうにポカポカと叩いてきた。
「……覚えてたんだ…。私の事。」
手を止めて、彼女は小さく呟いた。
「当たり前だろ。…俺たちは一生の親友なんだからな。」
頭をポンポンと優しく叩くと、俺は立ち上がった。
「俺は千夏のとこに戻るけど、お前はどうする?」
「…私に、彼女に会う資格はないよ。」
悲しそうにそう言うと、彼女も立ち上がり、俺に笑顔を向ける。
「ありがとう。優のおかげで、少しは吹っ切れた気がするよ。」
それを伝えた恋歌は、手を振りながら走って行った。
そこへ、タイミング良く千夏がやって来た。
「あ!優咲遅いから迎えに来たよ〜!」
俺は彼女の方へ向くと、手を同じように振ると駆け寄った。
「ありがとな千夏。…そろそろ行こうか。」
「そうだね!皆もそろそろ着くころだからね♪」
そして、俺と千夏は歩き始めたのだった。
小野健次郎
サッカー部のエース。
クラスでは人気者で、男女問わず仲良くしている。
彼には好きな人がおり、その子を振り向かすために学業に励もうとしている。
彼は下ネタずきでもある。
佐賀美恋歌
保育園の時の親友。
黒和のことを、『優』と呼ぶ程には仲が良い。
彼女は千夏と優には、すでに忘れられていると思っていたため、優に認知されている事に、とてつもない幸福感に包まれている。
彼女はミハルにとっての、最後の希望であった。