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嘘は真実へ  作者: 文記佐輝
一章『嘘から始まる恋』
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七話『嗚咽の真実』

私は走っていた。

息がし辛い。胸が苦しい、それでも私は走るのをやめなかった。

そして、病院に着いた私は、受付に向かった。

「すみません!優咲は、黒和優咲はどこですか!?」

大声で受付に聞く。

受付は驚きながらも、冷静に教えてくれた。

受付に感謝を伝えると、早足で三階へ向かった。

305号室、そこへ着いた私は、扉の前で一度息を整えた。

ノックし、失礼しますと病室に入った。

「…優咲?」

「……千夏」

優咲は虚ろな目でこちらを見つめた。

彼に近づくと、先ほどまで泣いていたことがわかった。

目元は腫れ、目が少し充血していて、私は胸が苦しくなった。

「…優咲、無事でよかった。」

彼を優しく抱きしめると、彼は少し間を置いて、抱きしめ返してくれた。

しかし、その力は弱く、まるで力が入っていなかった。

ーーー

一週間前。彼は何も言わずに、私たちの前から突然消えた。

静達を含めた私達は、必死に探したが、どこを探しても居なかった。

今まで無遅刻無欠席だったのに消えたことに、私達だけでは無く学校の先生達も探していた。

二日目から警察にも捜索願を出し、捜してもらった。

いつも通りある学校に、私はムカついてしまったが、それでも大人は学業に専念しろと言う考えは正しいのだろうと思う。

だから、日中は警察に任せ、私は夜探した。

彼が消えてから、五日目で目撃情報があった。

場所は、ここよりも遠い場所で、新幹線を使ったのだとすぐに分かった。

私も追いかけようとしたが、それはできなかった。

親に強く反対されてしまったのだ。

それからは早かった。

六日目、警察は彼と接触を試みて、話を聞くことができたと聞く。

この調子なら、すぐにでも帰ってきてくれると、そう思った矢先。事件が起きた。

彼は、男と激しい殴り合いになり、その末、男ともども彼は電車にはねられてしまったのだ。


私はそのニュースを見て愕然とした。

きっと私だけじゃないはずだ、塁や静、美鈴も海音も驚いたことだろう。

そして、運良く生き残った彼は、七日目の今日、こうして病院へ入った。

その事を私の母が優咲の母から聞き、私はそれを聞いた瞬間、急いで病院へ向かったのだ。

ーーー

「優咲…。何があったの?」

私はここ一週間の事を訪ねた。

彼は話そうとしなかったが、それでもよかった。

思い出したくないことを思い出したのか、彼は険しい顔になっていた。

落ち着かせるために、彼の背中を擦った。

過呼吸気味になった彼は、私の手を取ると、弱々しく握った。

その手は小刻みに震えており、必死に何かから目を背けようとしていた。

「大丈夫、大丈夫だよ。…ゆっくりでいいからね。」

私は優しく彼を諭す。

少しだけ落ち着いたのか、私の手を握る手は、震えが止まっていた。

そして、彼はゆっくりと口を開き、話し始めた。

「…ミハルに会ったんだ。傷だらけで、痛々しかった…。

それで、俺はミハルが家族に売られたって聞いたから…。逃げたんだよ、遠くに…。

だけど、あいつはずっと追いかけてきたんだよ。

『ミハルは俺のガキだぞ』って。『俺のガキなんだから、お前に関係ないだろ』って。ミハルの事を売り飛ばそうとしてるクズが、血相を変えて襲いかかってきたんだよ。」

彼は拳をギュッと握りしめ、悔しそうに顔をしかめる。

「何度も、何度も、あいつは俺達を、ミハルを襲ったから。

…だからあの日。襲われた俺は、…死のうと思ったんだよ。」

いやと否定すると、彼は言い直した。

「……俺は、あいつを殺すために、一緒に飛び込んだんだ…。」

憎悪のこもった声で、「確実に…」と小さく呟いた彼の目は、いつもよりも瞳孔が広がっており、光が入っていなかった。それに加え、収まっていたはずの震えが、またおきていた。

そんな彼を見て、居ても経っても居られなかった私は、彼を再び抱きしめた。絶対に離すまいと、力強く、しっかりと。

「…もう、これ以上無理をしないで…。

私、優咲が居なくなったら…。どうしたら良いのかわからないよ…」

自然と涙が流れ始め、私は胸の中にいる彼に懇願するように言った。

彼は何の反応も示さなかったが、震えは収まっていた。


ーーー

病院を出る、凛月千夏りつきちなつが見えた。

アタシは彼女が見えなくなるのを待って、病院へ入った。

黒和優咲くろわゆうさくの病室を聞き、向かった。

病室の前へ来ると、アタシはノックをしようとしてやめた。

「……ごめんなさい。」

アタシは小さく呟き、ノックをせずに静かに病室へ入った。

ベッドでは、小さく寝息が聞こえてくる。

きっと疲れで眠ってしまったのだろうと、近づいて確認する。

彼の寝顔を見ると、汗をかいていることに気づいた。

「……ミハル…ダメだ…」

小さく寝言を言った彼は、とても苦しそうにしていた。

アタシはそっと黒和の手を握り、彼の肩を優しく撫でる。

「…アタシ、また助けられちゃったな…」

中学の時を思い返しながら、彼の寝顔を眺めた。

「あの時の黒和、ほんとにかっこよかった…。

こんなアタシでも、黒和だけは見捨てなかったよね。」

眠る彼に向け、今まで伝えてこなかった感謝の気持ちを、一つ一つゆっくりと話した。

おそらく、これで最後になるから。

アタシは黒和のカッコいいところを、思い浮かべながら話していく。

「…黒和、小学校の時のこと、覚えてるかな?」

返事がないのはわかっていて聞く。

「…実はね、黒和の事が本当に嫌いでさ。

理由は…まぁ、他の奴らと同じで。貴方が正直者だから…。

…でも、中学の時、貴方が正直者で本当によかったって思ったんだ。

おかしな話だよね。…正直者の貴方が嫌いだったのに、あの時、あの瞬間だけは、貴方の正直な所に救われて…。」

気づけば大粒の涙が流れていて、少しだけ手も震えて。

聞いているかもわからない彼に、私はすべてを告白する。

「…アタシ…私ね、ホントに最低な女なんだ。

…貴方の彼女、凛月さんの事を逆恨みしてさ。小学校の時、彼女と喧嘩になって、それからずっと、バカみたいに彼女を一方的に恨んで。

…本当に、私ってクズで…。私もやっぱり、あの人たちの地を受け継いでるんだって…、今回のことでハッキリ分かっちゃった。」

涙を袖で拭い、再び彼の手を包み込む。

「……ごめんなさい。…小学校で貴方を利用しちゃって。ごめんなさい。

…貴方の彼女を傷つけちゃって…ごめんなさい。

…こんな私のことなんて、もう忘れてくれていいから。

…せめて、貴方を私の好きなヒトのままで居させてください。」

そう言うと、私は彼の手の甲に優しくキスをした。

くすぐったかったのか、彼は少し顔をほころばせた。

「……ありがとう、黒和くん。私を、あの人から護ってくれて。

…さようなら。」

そう告げ、アタシは彼から離れようと椅子から立った時。

ぐっと、彼の眠るベッドに引き寄せられた。

体勢を崩し、彼に当たりそうになった体を、なんとか両手で支えることで、ベッドに倒れ込むのを避けた。

「…手…」

アタシと彼の手が繋がれたままだった。

疲れているのだろうと、アタシは一度息を整え、ベッドから降りる。

そして、彼と繋がった手を話そうとした時、彼が強く握りしめてきた。

起きたのかと思い、焦ったが違ったようだ。

彼はまだ眠っていて、寝息も聞こえる。

安心したアタシに、彼は小さく、けれどハッキリと言った。

「…何度でも助けてやる…ミハル…」

その言葉に、アタシは驚き、同時に涙が再びこみ上げてきた。

焦ったアタシは彼の手を離し、急いで病室を後にした。

そして、病院から離れた公園で、我慢した涙は、ダムの崩壊のごとく、一斉に溢れ出してきた。

公園には誰もいない、ただ一人、嗚咽し子供のように泣きじゃくるアタシが、川中ミハルがいるのだった。


ーーー

『昨日、男二人が電車に轢かれるという事故が起きました。

二人は言い争っており、誤ってホームから転落したとのことです。

一人は助かったものの重傷です。

もう一人の男性に関しましては、今も捜索中とのことです。

それでは次のニュースです。ーーーー』

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