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嘘は真実へ  作者: 文記佐輝
一章『嘘から始まる恋』
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六話『信用なんて』

俺は五分ほど、千夏に抱きつかれ、ようやく話してもらえたと思うと、今度はしっかりと俺の手を握ってきた。

「千夏、今日はやたらと甘えてくるが、風邪でも引いてるのか?」

その問いに、こちらを見てきた千夏の目に、一瞬ハイライトが入っていないように見えた。

すぐにいつもの笑顔を見せると、千夏は答えた。

「こうしておいたほうが、離れずに済むでしょ?」

可愛らしい笑顔の中に、何かドス黒いものが見えかけたが、俺はそれから目を背け、今日のプランを頭で思い浮かべていた。

そんなこんなでバスが到着し、水族館に着いた俺達は、チケットを使い中へと入った。

「そのチケット、どこで手に入れたの?」

「ずっと前から狙ってたんだよ。それで、運良くチケットを取れたから、お前と二人で来たかったんだ。」

そう言うと、千夏は嬉しそうに俺の腕を絡め取った。

「優咲大好き…!」

いきなりそんな事を言われ、俺は困惑と恥ずかしさでいっぱいになった。

それからは、二人で楽しい時間を過ごした。

大きなサメを見たり、イルカショーを見たり、水族館で出来ること見れることすべてを行った。

そして、そんな時間が過ぎ、俺達はクレープ屋でクレープを買い、食べ比べをしていた。

クレープを食べ終え、ようやく帰ろうということになった。

「今日は楽しかった〜。」

「それならよかった。俺も、お前とこれて良かった。」

そう伝えた時、千夏は足を止めた。

「千夏?」

俺は彼女に近づき、返事を待った。

「……優咲はさ、優しいから私といるんだよね?」

突然、彼女はそんな事を言い始めた。

「え?」

「だって、普通はさ、自分の人生を滅茶苦茶にした奴となんていたいわけないじゃんね。」

昨日の晩から、ずっと様子がおかしいと思っていたが、精神的に不安定になっているのだと、この時のようやく分かった。

「千夏、俺は本当にお前のことが…」

「……やめてよ、私に優しくするの…惨めになるからさ…」

「……千夏…」

彼女の顔は、いつもとは違って、とてもうつろな目をしていた、

なぜこんな事になったのか、俺には理解ができない。

だが、これだけは分かる。

「…分かった。お互い、しばらく距離をとろう」

俺は彼女にそう提案した。

彼女も頷くと、小さな声で謝った。

そして、彼女は俺の隣を通り過ぎ、一人バスに乗り込む。

俺はそのバスには乗らなかった。

バスは俺を置いて走り出し、突然の別れを認識した。

俺はベンチに腰を下ろすと、嘘がバレたのかと考えた。

「……もう嘘じゃないのになぁ」

俺は誰もいないバス停で、そうポツリとこぼすのだった。


ーーー7月8日、火曜日。

私は彼と距離を取り始めて、二日経った。

まだ二日しか経っていないというのに、私の心はすでに、崩壊寸前までていた。

「大丈夫?」

心配そうに、美鈴が話しかけてきた。

私は首を振り、机に突っ伏したまま動かない。

「…あいつと喧嘩でもしたのか?」

「……してない…。ただ、私がわがままを言っただけ…」

少し濁して彼女に伝えた。

納得はしていなかったが、そっとしておいてくれるようで、何も言わずに自分の席へ戻った。

何もかもがどうでもよくなっていたので、残りの時間すべて寝て過ごした。

気づけば全ての授業が終わっており、教室には私一人だけが残っていた。

「……何してんだろ」

ふと冷静になった私は、日曜日でのことを思い出した。

『私から取ってみろ』そう言ったのに、この有様だ。

彼のことを信じるなんて言っておきながら、信じて裏切られるのが怖いからという理由で、彼から距離をとってしまって。

「ほんと…。何してるんだ私…」

そうして、私は再び深い眠りに落ちたのだった。


ーーー同日。

俺は一人の女子と、再会してしまった。

「……川中…」

「……ゆう、さく…」

十分前。

俺は一人で帰路についていた。

塁や静に帰りを誘われたが、俺は千夏が一人になっていることを知っていたから、それを断った。

それで、商店街を一人で帰っていたのだが、数人の大柄の男どもが、路地に入っていくのが見えた。

最初はどうでもよかった。

そのまま見て見ぬふりをしようとした。

だがそれはできなかった。

男達が何かを囲うように、路地に立っていた事に目がいき。

そして、見つけてしまった。

「…川中?」

その問いに、服が乱れた彼女がこちらを見た。

男達もこちらに目を向けてきた。

彼女は傷だらけになっており、とても弱っていた。

涙を流しきったのか、目は充血しており、目頭も真っ赤に腫れていた。

そして、彼女は俺に弱々しく言った。

「…たすけて……、ゆう、さく…」

力を振り絞ってこちらに伸ばす手を見て、俺はいても経ってもいられなかった。

気づけば、男達へ突っ込んでいて。そして、彼女の手を取り駆け出していた。

後ろからは、先ほどの男達が叫んでいた。

路地をなんとか飛び出した俺は、傷だらけの彼女を抱きかかえると、全力で逃げた。

男達は路地を出てから、こちらを見失ったのか追いかけてこなかった。

商店街を抜け、そこよりも遠い公園へ向かった。

何度か黒服の男を見かけたが、なんとかバレずにやり過ごした。

公園へついた俺は、ミハルを連れて、トイレに駆け込んだ。

個室に入り、鍵を閉めて、ようやく一息つくことが出来た。

「……悪いな、こんな汚いところに隠れてしまって。」

「……」

彼女は乱れた服を両手で押さえながら、ビクビクと震えていた。

俺は彼女を落ち着かせようと、自身が来ていたブレザーを、そっと彼女にかけてやった。

便器の蓋の上に、俺は鞄を置き、彼女に座るよう促した。

彼女は大人しく従い、座った。

それで落ち着いたのか、彼女は再び涙をこぼし始めた。

「……あり、あ、ありが、とお……」

なんとか振り絞ってでしたその言葉は、俺にとって新鮮だった。

「……ミハルに感謝されたのって、今日が初めてかもな。」

「……ごめ…んなさい…」

「…悪い、そういうつもりで言ったんじゃない。」

「…ご、こめ…」

また謝ろうとした口に、俺は人差し指をかざす。

「謝らないでくれ。…なんか気分が良くないからさ。」

そう言うと、彼女は頷いた。

「……ありがと…」

少し笑って、感謝を述べた。

その時だった。男どもの怒号が聞こえてきた。

それに反応した彼女は、再び震え始め、恐怖で顔が歪んでいた。

トイレまでやってきたその男達は、個室を一つ一つ開け始めた。

「どこに嫌がる!?」

「出てきなさいやー、もうメンドーなんだわ」

野太い声で個室の扉を蹴破る男と、白い服に身を包んだ華奢な男がめんどくさそうに話しかけてくる。

一つまた一つと、個室が破られていく中。

一番奥にある、俺達の個室までやって来た。

「……こん中にいるんでしょう?」

そう言うと、爪で扉をゆっくりとひっかく。

嫌な音が耳を通り、全身に駆け回る。

ゾワゾワとするその感覚に耐えながら、俺は川中の耳を必死に押さえるように、抱きしめた。

「…ヒーローぶらないでさ、あきらめなー、どうせここでやり過ごしても別のところで見つかるんだからさー」

嫌な音が止んだと思うと、扉が力強く殴られた。

「いい加減にしたしなよ…。これ以上仕事増やすんじゃないよ」

冷めきったその声に、ミハルは身震いする。

俺を抱きしめる力が強くなり、震えが直に伝わってくる。

「チッ……、メンドーだなー。…やっちゃって」

そう言うと、男は離れ、先ほどまで蹴り壊していた男が立った音がした。

俺はミハルを一度離し、一か八かに賭けた。

そして、その男が蹴りを入れようと片足になったのを感じとった俺は、すかさずその扉を蹴り開けた。

驚いた男はバランスが取れず、その場で倒れ込んだ。

それを見た俺は、その男を殴打した。

全力でひたすら殴り続けた。

やがて、その男は動かなくなり、白い服の男に目を向けた。

「わーお…。君なかなかやっちゃうねー」

飄々としたその態度に腹が立った俺は、そいつに近づこうとした。

しかし、それをミハルに止められる。

「ミハルちゃーん。…君はほんとに迷惑ばかりかけるよね。」

男は一歩こちらに近づいた。

ミハルは俺の腕から離れようとしない。

徐々に近づいてくる男に、俺はミハルの手を振りほどき、殴りかかった。

しかしその拳は軽くいなされてしまう。

そして、気づけばトイレから投げ出されていた。

「カハッ!?」

何が起きたのか分からず、その場で血を吐く。

ミハルが俺に駆け寄ってきて、白い服の男も近づいてきた。

俺は痛む体に鞭打って、男と向き合う。

「君さぁ、何も知らないでミハルちゃんを守ってるわけ?」

そう言われ、少したじろいだ。

「…知らないよ、でも、助けを求めたから。」

ふ~んと興味なさそうに相槌を返すと、男はそれを言った。

「ミハルちゃんはね、親に売られたんだよ。」

「………っ!」

一瞬思考が追いつかなかった。

ミハルが、親に売られた?

ミハルは一生懸命親の期待に応えてきたというのに、そんな彼女を売ったのか?

俺は怒りで体が震え、そしてその男に飛びかかっていた。

「…ミハルちゃんはね、これから遠い所に行かなきゃいけないんだよ。…だからね、早く捕らえなくちゃいけないんだー」

攻撃を避けながら、そんな事を言う。

「そんな事許されるわけ無いだろ!」

「ミハルちゃんの親はそれを許した。」

その瞬間、俺はまたその場に倒されていた。

起き上がろうとした時、上に男が乗りかかってきた。

「やめときなー。こんな事しちゃったら、ミハルの親の会社本当につぶれちゃうよぉ」

「…潰れる?」

それに反応したのは、ミハルだった。

「そそ、だからね、ミハルちゃんを売って金に換えて、その金で立て直そうとしてんのよ。」

その言葉に、ミハルは崩れ落ちた。

そして何かを悟ったように、花壇に目をやった。

「…ミハル!ミハルやめろ!」

「ミハルちゃん?」

ミハルはその花壇の方へと歩き出すと、その場で膝をつき、レンガを取り外した。

そして、手に取ったレンガを、ミハルは何の躊躇いもなく、自身のこめかみをめがけ、振りかざすのだった。

川中かわなかミハル

川中商事の令嬢。

その価値は高く、多くの富豪から迫られている。

彼女はその事を知らない。

親はもしもの時のために、教育を欠かさず行い価値を上げた。

愛情など無く、彼女はただの道具であった。

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