五話『私のモノ』
千夏と付き合い始めて、早くも三ヶ月を過ぎていた。
俺は千夏に何かプレゼントを贈りたいと思い、女子に協力をお願いした。
「で、なんでオレなんだよ?」
一緒にショッピングモールへ来ていた静に、突然聞かれた。
「なんでって、誕生日プレゼントで渡したウサギのぬいぐるみをえらく気に入ってくれたみたいだからな。」
「理由になってねーし…!
それに、貰いもんだから嬉しかっただけで、別にウサギが可愛いからとかじゃ…」
もじもじと照れくさそうに、頬をかいていた。
そんな静を横目に、あらかじめ決めておいた物を、商品棚から取り静に判定してもらった。
「…うーん。ま別に悪かねーよ、でもそれだとありきたりすぎると思うぜ?」
そう指摘され、俺はそのネックレスを棚に戻した。
二番目の候補を取り、静に見せた。
「…これもいいけどなぁ、チナツらしさがもうちょい欲しいよな。
例えば、こういう四葉のネックレスとかよ、相手のイメージに合ってそうなもんを考えるのも良いかもな。」
なかなかにいい提案をしてくれる静に、俺は感謝しつつ、千夏らしさを考えた。
最初の候補はハートのネックレス。二番目は蝶のネックレス。
確かに、この二つは見た目が良いからという理由で買うか悩んでいた。
しかし、静に言われた通り、その両方ともに千夏らしさは無い。
俺は千夏の笑顔を思い浮かべ、たまたま目に入った物を手に取る。
「…これとか千夏っぽいかな」
「なるほどなぁ〜。…犬のペンダントか、確かにチナツに似てるかもしれないな。」
可愛い犬の装飾品がついたネックレスを買うことにした俺は、買い物の手伝いをしてくれた静に、なにか欲しいものはないかと訪ねた。
静ははじめ、そういうのは良いよと言っていたが、俺の押しに負け、じっくり考えた末、静は言った。
「じゃあ腹減ったし、メシ奢ってくれ!」
俺はその答えに、任せろと返し、犬のネックレスを購入した。
ということで、近くにあった少しオシャレなカフェへ入り、静と二人でご飯を食うことにした。
静は紅茶とランチメニューのサンドイッチを頼んだ。
俺も珈琲と静と同じサンドイッチを頼むことにした。
注文を終えると、静はスマホをいじり始めた。
俺もスマホを取り出し、千夏から届いていたメールに目を通した。
「なぁなぁ、お前とチナツはさ、こういう所には来ねぇのか?」
突然聞かれたその問いに、俺は少し考える素振りを見せ、首を横に振った。
その答えに驚いた静は、ふ~んとスマホを伏せ、テーブルに両腕を立てた。
いたずらっぽく笑うと、静は俺の目をしっかり見た。
「じゃあ、ユウサクの初めては、オレのもんか。」
少し語弊がある言い方だが、ある意味ではあっているからツッコミづらい。
困っている俺を見て、静はクスクスと笑い出した。
「冗談だよ。こんなの、奪われてもなんとも思わねぇつの!」
「…静はからかうのが好きなんだな。」
俺は少し皮肉を込めてそう言った。しかし、彼女からしたらその言葉は褒め言葉だったようで、恥ずかしそうに笑った。
そこへ、注文した食事が運ばれた。
「ここの紅茶は美味しいって有名なんだぜ。」
そう言いながら、一口すする。
美味しさのあまり、まるでスライムのように溶けていった静を見て、少し紅茶に興味が湧いた。
それに気付いたのか、静は自身のカップを俺に差し出した。
「飲んでみろよ、まじで美味しいぜ」
そう言われ、俺は何も考えずに一口飲んだ。
「!…確かに美味いな!」
「だろ〜?」
なぜか静が誇らしげに問いかけてきた。
俺は頷き、それを返した。
その時、どこからかシャッター音が聞こえた。
周囲を見渡してみるが、客が多く、その音の正体を見つけれなかった。
「…どした?」
「いや…今なんか撮られた気が…」
「まぁここのは映えるからな、客が料理でも撮ったんだろ。
そんなことより、サンドイッチ食おうぜ!」
静の言う通り、周りの客の大半がスマホを構え、写真を撮っていた。
それを見て納得した俺は、少し自意識過剰だったかと反省し、静との時間を過ごすのだった。
ーーー
土曜日、私はある一通のメールと、それに添付された数枚の写真に困惑していた。
「この写真…どういう事?」
そこに写っていたのは、優咲と静が買い物をする姿、カフェで食事をする姿があった。
それだけなら良かったのかもしれない。だが、その数枚の写真の中から、目を疑う物があった。それは…
「…静のカップで、飲んでるの…?」
彼を信じたい気持ちと、まさか浮気をされたのかという気持ちが、私を追い詰める。
しかし、そのはずは無いのだ、だって彼と静は出会ってまだ間もない。それに、静は優しいし、そういう事は嫌いな性格だったはずだから。
…いや、私こそ、なぜ彼を、彼らの事を知った風にしているのだ?
私は高校に入るまでの四年間、彼と離れた場所にいたのに、彼を本当に理解しているのか?
いや。私は、彼のことを何も理解していない。幼馴染ではあったのは確かだが、小学生の頃はほとんど関係がなかった。
それに加え、私は彼から川中ミハルを離してしまった張本人だ。
そんな奴を、彼は本当に好きなのだろうか?
私だったら、そんな奴のこと思い出したくないほど恨むかもしれない。
……きっと彼は、無理をしているのだ、私を、私なんかを傷つけまいと、嘘が嫌いなのに、嘘をついて…
私は、完全にそのメールを真に受けてしまって、どんどんとネガティブな思考になり、それが私にのしかかってきた。
その時、スマホが震え、優咲から電話が来ていた。
一瞬出るのに躊躇したが、私はそれに出ることにした。
「…もしもし。」
『もしもし、千夏。明日、久しぶりに一緒に出かけないか?』
優咲は優しい声色で、そう誘ってくれた。
その誘いに、私は嬉しくなったが、すぐに先ほどの写真が脳裏によぎった。
「……私なんかで良いの?」
『私なんかって…どうした?お前らしくないぞ…』
心配そうに彼が問いかけてくる。
私は拳を握りしめ、写真のことを言おうか、言うまいかで悩んだ。
『どうしたのか知らないけど…明日、渡したいものがあるんだよ。』
少し恥ずかしそうに、スピーカー越しに言った。
「渡したいもの?」
『それは言えないな。…それに、こういうのは黙っておくんだ
ろ?』
とそんな事を言いながら、彼は恥ずかしそうに笑った。
『で、どうなんだ?明日は空いてる?』
私は彼を信じたい。だから、私はその誘いを。
ーーー日曜日、午前10時。
バス停に到着した私は、彼が来るのを待っていた。
結局、気持ちが落ち着かなかった私は、早めに家を出て、集合場所に40分早く着いてしまった。
待っている間、私は昨日のことを思い出していた。
一日経って、少し冷静に考えてみると、あの写真は本物なのかという疑問が湧いてきた。
近年、AIが発達しており、人を騙すのに利用する輩が後を絶たないと言う。
もしかしたら、あれもAIに作らせた偽物かも。
それにAIじゃなくても、あれぐらいの加工、普通の人でもできるのではないか?
そう考えると、あのメールを送った者は、私に何らかの恨みがある者のだろうと推測できた。
自己解決した途端、今日の呼び出し、もといデートはいったい何のためのものなのかと言うドキドキが迫ってきた。
先ほどまで落ち着いていたのに、ドキドキし始めてから私は不審な行動が増えた。
落ち着くために、私はベンチに座った。が、やたらと鞄をいじいじし始めてしまった。きっと周りから見たら確実に変な人だろうと思った。
ソワソワする気持ちを押さえつつ、腕時計を確認する。
約束の時間を約一分過ぎていることに気付いた。
深呼吸をして少し冷静になった時、私に声を掛ける者がいた。
「…アンタ、なに浮かれた格好してんの?」
その声は、見なくても分かる人物だった。
私は彼女に顔を見せず、彼女、川中ミハルの問いに応える。
「これからデートなんです。」
「デートねぇ~…。そのお相手さんはどこにいるのかしら?」
「…今から来るところなんです。」
ふ~んと、素敵な笑みを浮かべながら、彼女は私に近づいてきた。
そして、私が被っていた麦わら帽子を取った。
「ちょっと、返してください!」
「ぷふ、アンタメイク本気じゃん。」
彼女は笑いながら、私の麦わら帽子を地面に落とした。
私はそれを拾おうと、帽子に手を伸ばした。
その時、帽子は彼女によって踏み潰されてしまった。
「……なんでアンタなんかがアイツに好かれてんのよ」
その言葉に、私はあの日の事を思い出した。
震える手を必死に抑え、彼女を見た。
「…アンタなんかより、アタシの方がアイツにふさわしいのに!」
彼女は目尻に涙を浮かべていた。
そんな彼女に、私はつい当たってしまった。
「……だったら、私から取ってみてくださいよ。私から彼を。」
「…は?」
「取れるもんなら取ってみろって言ったんですよ!」
私は彼女の胸ぐらを掴み、彼女を威嚇するように眼前まで顔を近づけた。
言い返されたのが意外だったのか、彼女は私の手を振り払うと、大きく距離を取った。
その時だった、彼女が何かに気付き、その場を去った。
「すまない!遅れてしまった!」
後ろから聞こえたその声に、私は安心し、彼が近づいた瞬間に抱きついた。
彼は何が何だか分からない様子で、私を心配してくれた。
「…絶対、誰にもあげないから…」ボソッ
小さく呟いたその声が彼に聞かれたかはわからないが、彼も恥ずかしそうに優しく抱き返してくれたのだった。
本当は静にプレゼントを渡すシーンを書きたかったのですが、わざわざ書く必要があるのかと思い、書くのをやめました。
一章完結まで、だいたい三、四話くらいまで書こうと思います。
今後ともお楽しみに、お願いします。