四話『幸福の犠牲』
黒和優咲は、凛月千夏を誤解していたことを知り、優咲は罪悪感が湧いてしまった。
嘘を付いた自分が許せなかった優咲は、同時に、本当に彼女に惹かれていることに気づいた。
そして、改めて彼女に真剣に向き合うことに決めたのだった。
凛月千夏、俺はずっと彼女のことを誤解していた。
彼女が俺の為に、川中ミハルを遠ざけてくれたのに、俺はそんな彼女を疑い、距離を取ってしまっていた。
その上俺はあろうことか、彼女に復讐をしようとも考えていた。
その事実が、俺へ罪悪感を与え、そして深い後悔が押し寄せてくる感覚に襲われた。
この事は彼女には話してないし、話す気もない。
もうこれ以上悲しませたくなかったから。俺はこの事実を、一生掛けて清算しようと、あの日そう誓った。
「今日はどこに行こっか?」
あの日のことを思い出していると、隣から千夏が声をかけてきた。
今までは校内で話しかけることを控えさせていたが、あの日の朝に俺たちを見ていた女子グループによって、俺達の関係がバレた。
バレたのなら仕方ないと、いっそ堂々と関わろうと二人で決めたのだ。
結果、千夏は恥ずかしげもなく抱きついて来たるするようになってしまった。
流石に恥ずかしかった俺は、何度も辞めるよう懇願したが、それらは華麗に避けられてしまっている。
「…距離感がおかしすぎる。以前までそこまでじゃなかったろ?」
「優咲が私を甘やかしたんだからね。
恨むなら自分を恨みなさーい。」
さらに抱きしめる力を強くする千夏と、そんな他愛のない会話をする。
「お前らほんとに仲いいよなぁ。うらやましいぜ。」
こちらを向きながら、工藤塁はからかうように言った。
「塁くんも好きな人いるんじゃないのぉ〜?」
「なっ、何を言うだ!オレに好きなヒトなんているわけ!」
カウンターを食らった塁は、分かりやすく動揺していた。
そこへ、三人組の女子がやって来た。
「工藤〜、見つけたぜぇ〜♡」
一番背の高い女子が、妖艶な声を出しながら塁に近づいてくる。
塁は驚き、慌てて教室を出ていった。
それを追いかけるように、その女子も高速で塁を追ってどこかへ行ってしまった。
「なんであんなチビを溺愛してんだぁ?」
取り残された金髪の女子は不思議そうな顔をしながら、背の小さな女子に問うた。
「まぁ塁は顔と性格はいいからな!」
その問いに、背の小さい女子はケタケタと笑いながら答えた。
そこで、俺達のことに気付いた金髪の女子は、後ろにはね飛んだ。
「い、いつからいたんだ!?」
「いや最初から塁と一緒に居ただろ」
冷静にツッコミを受ける金髪の女子は、恥ずかしそうに顔を両手で隠した。
「悪いな、アイツも悪気があるわけじゃないんだよ。
…ただ、好きな人の前で自分を制御できないだけで…」
ボソッと二言目言ったが、しっかり聞こえた。
「とりあえず、塁の友達ってことは、これから何かと縁があるかもしれないし、お互い名乗っとこうぜ」
そう言うと、教室に入り、塁の席に深く座り込んだ。
「アタシは美鈴、笹野美鈴ってんだ、よろしくな。」
美鈴が自己紹介を終えると、金髪の女子もやってきて、俺の机に手をダンっと置いた。
「そしてオレは、加藤静。静かって書いてセイだ。
よろしく頼むぜ!」
静はそう言うと、右手を俺達に差し出した。
その手を迷わず取った千夏は、簡単に自己紹介を終え。
俺も、なんとなく自己紹介をしておいた。
そしてこの日だけで、知り合いが一気に三人(三人目名前不明)増えたのだった。
ーーー次の日。昼。
早速その三人となぜか飯を食うことになっていた。
「…塁、頼むから俺の背中に乗るのやめてくれ…疲れた。」
「イヤだ!唯一の救いがお前なんだよ!オレを守ってぇ!」
半泣きで俺の背中から離れようとしない塁は、俺に炙られるような形になっていた。
「今日は静と美鈴があの女子を全力で止めるから大丈夫、って言ってたぞ。」
「信用したらいけない!アイツら、オレのことハメたもん!」
いったい塁たちの間に何があったのかと、とても気になってしまったが、とりあえず置いておくことにした。
中庭へ着くと、すでに待っていた千夏と三人が談笑していた。
「おまたせ千夏。」
「私もいま来たとこだよ。」
眩しい笑顔で俺の目を潰してくる彼女の隣に俺は座る。
塁が俺のすぐ右隣に座ると、背の高い女子がいつの間にか塁の隣に来ていた。
「ひょわっ!?」
「情けない声出してる工藤、かわいい~♡」
手を伸ばし、塁に触ろうとする。
しかし、理性が表れたのか、その手をもう一方の手でそれを阻止する。
「よく耐えたな。成長してるじゃねぇか!」
静は嬉しそうにそう言った。
背の高い女子は咳払いをすると、名乗り始めた。
「すまないな、少し取り乱しかけた。
ボクの名前は、鐘川海音だ。よろしくね。」
ウインクをしてニコッと微笑んだ。
俺も名乗り、昼食を食べ始めた。
塁は最初から最後まで俺から離れようとしなかった。
その塁のとなりで弁当を分け与えようとする海音で、俺のとなりはずっと騒がしかった。
(…久しぶりに弁当が美味しく感じたな…)
俺はそう思いつつ、ご飯を食べた。
ーーー
楽しい時間というものは、早く終わってしまうもので、気づけば放課後になっていた。
俺は塁と話しながら、荷物をまとめていた。
「お~い、お前ら二人だけかよ?」
男二人で駄弁っていたところへ、静がやって来た。
「お前こそ一人かよ?」
「今日はな。あいつらなんか予定あるらしいぜ。」
ふーん、と俺と塁が反応すると、スマホがメールを受け取った。
それを見ると、その予定というものが分かった。
「……塁。」
「…おう。」
俺達は顔を見合わせ、互いに頷くと、静に向き直った。
「悪いな加藤、ちょっとオレ達にも用事が出来たみてぇだ。」
「はっ?」
「静、ここは俺達に会ってなかったことにしよう。」
「…はっ?」
困惑する静を置いて、俺達は急いで学校を出た。
そして、校門で待っていた美鈴と合流して、その足でショッピングモールへと向かうのだった。
ーーー
私は海音と共に、ショッピングモールへと来ていた。
「これ似合いそうだよねぇ。」
「こっちの方が良くない?」
「そんなに可愛いのじゃ、静が恥ずかしがるよ。
やっぱりこっちの方が静っぽい。」
「分かってないですね、静らしくないのをあえてプレゼントするんだよ。
こっちの方がギャップが狙えるでしょ?」
私達は静の誕生日プレゼントを探していた。
正直、私と優咲は昨日知り合ったばかりなので、それで誕生日プレゼントを渡すというのは、なかなかにハードルが高く感じた。
しかし、海音も美鈴も、気にすることじゃないと言ってくれた。
せっかく誘ってくれた二人のためにも、私は静に似合いそうなアクセサリーをプレゼントしようと決めた。
そして、アクセサリー売り場についたというのに、私と海音はどっちが静に一番似合うアクセサリーを持ってこれるかの勝負となっていた。
バチバチな私達の元へようやく来た優咲達に、私と海音はプレゼン勝負を始めるのだった。
その後、五人で決めたぬいぐるみを買うこととなり、アクセサリーはまた次回ということとなった。
小腹が空いた私達は、モール内にあるモックへ行き、食べることにした。
注文を終え、皆が席に着くと、私は我慢していた便意に急いでトイレへ駆け込んだ。
なんとか間に合った私は、用を済ませると、トイレを出ようとした。
個室の扉に手をかけた時、外から聞きたくない声が聞こえてきた。
「アイツ、なんで楽しそうにしてんの?!」
がシャンと大きな音を立て、洗面所でうなだれていた。
そこへ、あの日会ったボーイッシュの女子がやって来た。
「なんでそこまでアイツに固執すんだよ?」
その問いに、川中は彼女の胸ぐらをつかみ上げた。
身長差的に、少し無理をしているのは見なくても分かった。
「アタシは別にアイツに恨みがあるわけじゃないの!
むしろ、アタシはアイツの事を好きだったし…でも…!!!」
意外な言葉が聞こえたが、今出ることはできなかった。
その言葉を聞いた以上、私にはもうどうしようもできなかった。
「…でも…どうしても許せないのよ…あの女が…!」
あの女。…きっと私のことだ。
「あの女が居なかったら…アタシ…アタシだって…!
…………アタシだって…」
次の言葉が、嗚咽でかき消された。
だが、これだけは分かった。
彼女の、川中ミハルという一人の人生を、私が邪魔してしまったのだと。
やがて、二人はトイレから出ていったのを確認し、私も個室から出た。
私は洗面台の鏡を見ながら、自分が悪いことをしたのかと、自問自答を始める。
しかし、どれだけ考えても答えが出ることはなく。そして、なぜだか涙が出始めた。
ポツポツと洗面台に涙が落ち、その場で崩れ落ちる。
「…私のせいで…川中さんは傷ついてる…?
…どうして?…私は……私、は…」
ついこの前まで、川中はただの嫌なやつと思っていた。
だからこそ、わからなくなった。
…彼女が、優咲に恋をしていた。
「……そんな素振り。…貴女はしてなかったじゃん…」
工藤塁
クラスのムードメーカーであり、いつもニコニコしてる。
鐘川とは旧知の仲で、幼馴染とは言えないものの、仲は良好。
しかし、彼は自身のことをあまり語ろうとはしない。
鐘川海音
学校内の女性たちの中で、最も身長が高く、177センチとなっている。
工藤の事をとても好いており、彼の男友達だけは受け入れ、それ以外の男には興味すらわかない。
彼女もまた、自身のことを特定の人にしか話していない。
加藤静
名前とは裏腹に、めっちゃおしゃべり。
見た目も相まって、ヤンキーだと思われがちだが、実は金髪は地毛である。
彼女はオープンで、男女関係なく仲良くできるやつとは仲良くしてる。
笹野美鈴
背が低く、ショートツインテールがアイデンティティ。
背が低いことに誇りを持っており、たまに背の高いやつへマウントを取るのが好き。
また、誰よりも慈悲深い性格である。