二十三話『早まる鼓動』
俺の膝の上で眠る海音を見つめ、頭を撫でる。
結局、彼女の過去は知ることができなかったが、きっと深い事件があったのだろう。
俺はそれを、無理に聞き出す気はない。
彼女が目覚め、その時俺に話したいかそうでないかで、俺は対応するだけだ。
海音 「……」
優咲 「無理すんなよ。海音。」
まるで幼子のようになった海音の目元をタオルで拭き、俺は彼女の頭を撫でる。
そこへ、海で泳ぎ疲れた千夏が戻ってきた。
千夏 「優咲ぅ…また私以外の女の子を口説いてた〜?」
ニヤニヤとしながら、彼女は俺の隣に座る。
優咲 「バカ言え。昨日も言ったが、俺はお前以外は眼中……俺の心は変えられんさ。」
千夏 「今明らからに目線が水着姿の女の子たちだったよね…?」
ギクッとしながら、俺は視線を落とした。
優咲 「…まぁなんだ…、海音は、疲れてたんだ。」
千夏 「…ふふ。そっか…」
彼女は優しく微笑むと、海音の頭を撫でた。
千夏 「なんか…子供みたい。」
優咲 「学生の俺らもまだ子供だがな。」
千夏 「そういうマウントしてると、嫌われるよぉ〜」
優咲 「いででで…悪いって…」
千夏に引っ張られた頬を擦りながら、海に目をやる。
皆が楽しそうに遊んでいる。
ビーチバレーをする者たちに、ビーチフラッグをする者たち。海で日光浴する者たち。
皆が楽しそうにはしゃいでいる。
千夏 「なんだか…いいよね。こういうイベントってさ。」
感慨深そうに、彼女は俺の肩に頭を乗せた。
千夏 「いつか…、海音とも一緒に遊びたいね。」
優咲 「そうだな。…俺も、海音があそこにいないと、寂しいからな。」
千夏 「そそ、欠かせないメンバーだもんね!」
ニコッと明るい笑顔を見せると、彼女は俺の頬にキスをすると、再び皆の元へ走って行った。
優咲 「………敵わねぇな…千夏には……」
俺はそう言いながら、皆の姿と、千夏の事を見ながら、微笑むのだった。
【視点:鐘川海音】
目を開けた僕は、寝落ちしてしまったことをすぐに理解した。
体を起こし、寝ぼけ眼であたりを見渡す。
海音「…」
優咲「おはよう、よく寝れたか?」
ゆっくりと立ち上がり、彼は軽くストレッチを始めた。
ボクは嫌な予感を感じ、恐る恐る尋ねた。
海音「…どのくらい寝てた?」
優咲「10分くらいだよ。」
彼は優しく微笑むと、そう答えた。
顔が火照りだし、ボクは顔を両手で覆い隠す。
海音「…忘れて…」
恥ずかしくて死にたくなりながら、彼にそう頼んだ。
それから少しして、ようやく気持ちが落ち着いたボクは、彼に小さい声で謝った。
優咲「そんなに気にしなくていいよ。
俺は、お前に頼られたみたいで、正直嬉しかったよ。」
本当に嬉しそうに、彼は頬をかいている。
それを見て、ようやく安心したボクに、彼は微笑みかける。
海音「…っ」
彼の微笑みを見た瞬間、何故かボクの胸は一瞬ドキッと鳴った。
ボクは咄嗟に顔を背け、地面を見つめる。
優咲「大丈夫か?」
心配そうに見てくる彼に、ボクは胸の高揚感を落ち着かせながら「大丈夫」とだけ返す。
深呼吸を大きく一回行い、もう一度彼に向き直る。
海音「…ごめん、当分顔見れないかも…」
優咲「え?…な、なんか嫌なことしちゃったか?」
海音「いや…そういうんじゃないんだよ。
こっちの問題だから…その、ごめんだけど、顔見たくない…」
優咲「お、おう…そうか。」
落ち込んだ表情で、優しく微笑む。
その顔を見て、ボクは更に鼓動を早める。
(うるさいっ)と自身の鼓動に言い聞かせながら、ボクは気を紛らわせようと、彼に話そうとしていたことの続きを話そうとした。
優咲「いや、流石に無理して話さなくていいよ。」
と、彼はボクを置いて歩き出した。
怒ってしまったのかと、内心焦ったが、どうやら彼は遊びたくなったらしい。
彼は放置されたボールを拾うと、ボクのことを見て微笑んだ。
優咲「これなら、海に入らなくても一緒に遊べるだろ?」
海音「優咲…」
ボクの事情もろくに聞けていないのにも関わらず、彼はボクに配慮してくれた。
それだけで、ボクの鼓動はうるさく高鳴る。
優咲「少しは、夏っぽいことしようぜ!」
笑顔でそう言ってくれた彼のことが、無性に、愛おしく感じた。
海音「…ボク、どうしちゃったんだろう…」
いつもなら、ボクは動きたくないと断るバレー。
けれど今は、こうして彼と適当にバレーをしている。
海音「…」
優咲「うまいな、こういうの、得意なのか?」
そう言いながら、彼はいつもよりもトーンを上げて、楽しそうに喋る。
ボクはボールを返しながら、彼を見続ける。
海音「…もともと、バレー部だったんだ。そういう優咲も、構えが綺麗だね。」
優咲「俺は、運動するのは好きだからな、ある程度の基礎ぐらいは網羅してるつもりだよ。」
彼との何気ない会話。
ボクは、違和感なくラリーできているだろうか。
言葉を交わすたび、無意識に頬が緩む。
宙を舞うボールを見る余裕がないくらい、彼から目を離せない。
海音「…知りたいな…」
関わるたびに、彼のことが気になる。
知らなかったことが明らかになるたびに、ボクは嬉しくなって、幸福感に包まれる。
優咲「海音、俺にできることがあれば、何でも言ってくれよ。」
どこまでも優しい彼に、ボクは、心を惹かれていく。
そして、ボールがボスッという音を立て落ちる。
海音「ごめん…ミスっちゃった。」
ボールに駆け寄り、彼にボクの顔が見えないように小さく屈み、綻ぶ顔を必死に手で抑え込む。
海音「ボク…おかしいよ…」
火照る顔を手で仰ぎながら、ボクは彼の方へ向き直るのだった。




