二十一話『近づく距離』
千夏に対する疑いが晴れ、俺は少しだけ、身体が楽になった気がする。
優咲 「ハァ〜…」
塁 「深い溜め息だなぁ。なんかあったのか?」
何も知らない塁が、軽くストレッチをしながら尋ねてきた。
俺は彗憐のことを隠しながら、呼び出された内容を濁しながら話した。
塁 「そりゃ大変だなぁ…。オレ巻き込まれなくてよかったぜ〜。」
優咲 「本当に怖かったんだからな。」
塁 「千夏ちゃんがそんな怖いかなぁ…?」
呑気な事を言いながら、ストレッチを終えた塁は、ベッドに倒れ込んだ。
塁 「ま、とりあえず今日はもう寝よーぜ。
寝りゃ明日だ。明日になりゃ千夏ちゃんもいつも通りになってくれるさ〜」
優咲 「…そういうもんか…」
塁の言葉に少し納得しつつ、俺も塁と同じようにベッドに横になった。
目を閉じた俺は、懐かしい夢を見ていた。
優咲 「……ん…ここは?」
辺りを見渡しながら、暗闇を歩き始める。
いつも通り、何があるのかもわからない空間を、俺はただ歩く。
優咲 「…あれは…」
それを見て、俺は足を止めてしまった。
優咲 「…ミハル?」
それは、小学生の時の記憶だった。
ミハル 「誰にやられたの?」
優咲 「……転けただけだよ…」
ミハル 「…本当に?」
優咲 「……うぅ…」
ミハル 「ホント…嘘苦手だね」
ミハルそう言うと、小学生の俺を、優しく撫でる。
ミハル 「大丈夫。私に任せて!」
優咲 「な、何する気?」
ミハル 「…ちょっと話すだけだよ。だから…」
ミハルは優しい声で、そこにいる俺に対して、"その言葉"を伝えるのだ。
目を開けた俺は、夢のことを振り返った。
優咲 「………ミハル…」
彼女は今、どこにいるのか、もし生きているのなら、もう一度会いたい。そして、確かめたい。
なぜ、俺から距離をとることを選択したのかを。
なぜ、千夏に嘘をついてまで、俺に嫌われようとしたのか。
優咲 「…わかりやすいのは、お前もだよ…」
彼女の笑顔を思い出しながら、俺は無意識に、顔をほころばせていた。
ー…翌日、八月八日早朝【視点∶新星彗憐】
ボクはリュックを背負い、スマホを片手に持ち、行きたいところを目指した。
彗憐 「やっぱり、一人のほうが気が楽ぅ…」
そんな事を言いながら、ボクはルンルンで歩いていた。
少し歩いて、朝日も昇ってきた時、ボクの目に目的地が見えてきた。
ボクは歩くスピードを速め、そこに近づいた。
彗憐 「ここ…昔のまま!」
気持ちが高ぶり、ボクはリュックからカメラを取り出し、それを撮ろうとした。
その時、背後の草むらから音が聞こえた。
彗憐 「っ?!」
音のした方向にカメラを向け、何かに対して構えた。
彗憐 (誰?!ここまで誰にもつけられてなかったはずなんだけど…?)
カメラを構えたまま、草むらから距離を取った。
リュックを取ろうと、片手を伸ばしたとき、草むらから何かは飛び出した。
彗憐 「キャッ?!」
咄嗟にシャッターをきったボクは、その場で尻もちをついてしまった。
目を閉じてしまったため、その何かが何だったのかは分からなかったが、人ではないことに安心した。
ボクは一息つき、カメラを見る。
彗憐 「…なんだ〜、イノシシかぁ…。びっくりしたぁ…」
大きくため息をつき、安堵した。
ボクは立ち上がると、改めてその地を写真に収めることにした。
一時間ほど留まり、風と波の音を聞いていたボクは、そろそろ宿に戻ろうと立ち上がった。
カメラをリュックに収め、その場を離れようと振り返った。
彗憐 「…ん?」
草むらの方に目を向けたとき、人影が一瞬見えた気がした。
ボクは恐怖心が今にも噴火しそうだったが、ぐっと拳に力を込め耐えた。
リュックの肩紐を握りしめ、早足でその場を去る。
もし、ここでボクが襲われでもしたら、皆に申し訳が立たない。
しばらくして、道路沿いまでなんとか戻ってきたボクは、少しだけ乱れた息を整える。
優咲 「何してんだ?」
彗憐 「ぴゃぁーっ!?」
優咲 「うおっ…?!…どうした?」
突然現れた優咲に、ボクは腰を抜かしてしまった。
彗憐 「ゆ、優咲、くん?…は、早いん、だね。」
できるだけ冷静を装うが、優咲には見透かされていたようで、困ったような笑みを浮かべると、彼は手を差し出した。
優咲 「俺はいつもこんなもんだよ。そう言うお前も早いな。散歩か?」
ボクは差し出してくれた手を掴み、立ち上がる。
彗憐 「ありがとう…。うん。散歩…みたいな、ものかな。」
彼は「良いな」とだけ返すと、海を眺めた。
優咲 「…この旅行、例えお前を守る事が理由だったとしても…楽しかった。」
少し寂しげな表情を浮かべながら、彼は少し目を閉じて、ボクを見直した。
優咲 「俺は…、何があってもお前を守るからな。彗憐。」
彗憐 「…!」
優しい声色で、いつもボクの心臓を乱してくる。
ずっと、彼の目をみていたい。
ずっと、一緒にいたい。
彼女じゃなくてもいい。ただ、一生側でこの人だけを、見ていたい。
彗憐 「…ありがとう。優咲…。」
彼の手を握りしめ、千夏には勝てないと悟りながらも、ボクは彼を欲するのだった。




