二十話『頼ってもらうこと』
優咲「千夏!!」
千夏「…な~に?」
千夏のいるバルコニーに着いた俺は、息を整えつつ、ゆっくりと千夏に近づく。
優咲「…千夏、さっきのは誤解なんだ。美鈴達が勝手にやってきて…」
千夏「…勝手にねぇ。」
千夏はバルコニーの柵に手を置き、夜空を眺める。
近くまで来た俺は、千夏に触れようと手を伸ばした。
千夏「ねぇ、私のこと好き?」
目を合わせず、千夏はその問いを俺にぶつけた。
優咲「当たり前だ。好きだよ。」
千夏「…ふーん。」
なぜか納得がいかないというふうに言うと、ゆっくりとこちらを見た。
千夏の目には、相変わらずハイライトが無く、ずっと俺が嫌いな表情をしている。
優咲「その…、千夏、その顔やめてくれないか…。正直、怖い。」
千夏「…誰のせいだろうね?」
含みのあるその言い方に、俺は少しだけ苛立ちを覚える。
俺は千夏の手を取ると、彼女に質問した。
優咲「お前こそ、…俺のこと、今でも好きなのか?」
千夏「…」
俺の質問に、彼女は沈黙を返した。
修羅場とも言えそうなその場所に、よりによって健次郎が現れた。彼は俺たちを見ると、「どういう?」と、状況の説明を求められた。
俺は簡潔に状況を伝え、意見を求めた。
健次郎「う〜ん。…まぁとりあえず、飯でも食って落ち着こうぜ?」
呑気なことを言う健次郎に呆れ、俺は健次郎から千夏に向き直り再び問い詰めようとした。
海音「やめておいたほうがいいんじゃない?優咲。」
そこへ遅れてやって来た静たちと共にやって来た海音に、俺は止められた。
優咲「海音、これは俺たち夏の…!」
海音「優咲…、やめて。」
海音は真っ直ぐな目で俺を見る。
そんな海音を見て、俺は少しだけ心を落ち着かせることができた。
優咲「…ごめん…。みんな…」
俺が落ち着いたのを見た海音は優しく微笑み、俺た千夏に近づいた。
海音「ボクたちは、君たちが楽しそうにしている姿のほうが好きなんだ。
…だから、しっかりと話し合ってくれ。もちろん、ボクたちに頼ったっていいから。」
千夏「…海音ちゃん…」
優咲「…そう、だな…」
俺と千夏は顔を見合わせ、一緒に皆に頭を下げた。
ーーー
食事を終えた俺たちは、それぞれの部屋に戻り、寝る準備をすることになった。
優咲「……」
布団を敷きながら、俺は焦っていた気持ちと、訳がわからないという気持ちに支配され、いかりを表に出してしまったことを反省していた。
そんな俺に同室の塁も、何を話せばいいか分からず、ただ静かな時間を過ごしていた。
そんな部屋に、ノックの音が響いた。
健次郎「優咲、ちょっといいか?」
扉を開けた健次郎は、いつになく落ち着いた声で俺を呼んだ。
俺は彼に従い、部屋を出た。
優咲「…悪い…、せっかく誘ってくれたのに…」
健次郎「いいよ別に。
そんなことよりも、お前たちの仲が悪くならないようにするほうが大切さ。」
普段は役に立たない奴だと思っていたが、この時ばかりは頼もしい存在だと感じた。
健次郎に連れられ、やって来た場所は、バルコニーから見えていたビーチだった。
優咲「…千夏。それに…」
彗憐「…こ、こんばんわ…優咲くん。」
なぜか千夏と共に、彗憐と海音が待っていた。
なぜこのメンツなのか考えていると、健次郎が俺に頭を下げた。
突然頭を下げられた俺は、どういうわけなのかを聴くことにした。
健次郎「実は、千夏には彗憐の護衛…みたいなものを頼んだんだ。」
優咲「…彗憐の、護衛?」
俺が困惑していると、海音が説明してくれた。
海音「優咲には前話したと思うんだけど…、
過去に彗憐を狙っていた組織が、また動き始めているらしいんだ。」
優咲「あのヤバい組織が?」
海音は頷き、どこからの情報なのか、それが分かる手紙を俺に手渡した。
その手紙には、短い文でこう書かれていた。
『満月の日、彗星を狙う隕石アリ。』と…
海音「正直、イタズラにも近い内容ではあるんだけど…
実際、叶さんに聞いた情報と、かなり合致するものだと分かったんだ。」
優咲「叶さんはなんて?」
彗憐「…家にも似た文章のが届いてて、ボクの身辺で怪しい行動をする人がいたって…」
彗憐は怯えるような表情で話してくれた。
俺は話を整理するため、頭をフル回転させた。
優咲「…つまりだ…、
その手紙は彗憐に忠告するためのモンで、叶さんの調べによると、彗憐の周辺に怪しい行動をするヤツがいたと…。
それで、この旅行は彗憐を守るために計画されたものだってのか?」
健次郎「んま、あながち間違いじゃないな。
お前の言う通り、この旅行は親睦を深めるためのもんじゃねぇ。
彗憐を家から離し、限られたメンバーで彗憐の事を守るというのが目的なんだ。」
最初からその目的だったことを聞き、俺は深くため息をつく。
優咲「…つまり、俺は健次郎と千夏を見て、勝手に浮気だのなんだの思い込んでた恥ずかしい奴ってことかよ…」
頭を抱え、俺は千夏に歩み寄る。
千夏の表情はよく見えないが、きっと怒っているに違いない。
俺は千夏のことを信じる的な事を言っておきながら、結局、こうして誤解してしまった。
これは、俺が千夏を信じていなかったということになってしまう、彼女は怒って当然なことだろう。
俺は深々と頭を下げ、今日の非礼と、一昨日からずっと勘違いしていたこと謝った。
優咲「…本当にごめん、千夏…。俺は、お前のことを信じてやれてなかった…。ごめん…」
千夏「……」
千夏はそっぽを向いたまま、返事を返してくれない。
きっと寂しかったのだろう。俺のことを好きだと真っ直ぐに言ってくれる彼女を、俺は疑っていたのだから。
千夏「…好きなの?」
優咲「…えっ?」
ボソッと彼女が何か言ったので、俺は聞き返した。
千夏「だから…、わ、私の事、まだ、好きなの?」
優咲「…当たり前だろ?」
夕食の時と同じことを聞いてきた彼女に、俺は本心を伝えた。
千夏「…ふ、ふ〜ん…。」
彼女は、夕食の時とは違い、少し動揺が見える声で返事した。
千夏「…好きだよ…。」
優咲「……」
俺はなぜいきなり好きと言われたのか分からず、ポカンとしてしまう。
ポカンとする俺に、彼女は恥ずかしそうに顔を向け、睨みながらもう一度言った。
千夏「好きだよ…、夕食の時、君が聞いてきたでしょ。その答え!『好き!』ってこと!」
優咲「お、おう。」
彼女は俺の嫌う目をやめ、いつもの可愛らしい目で俺を見てくれた。それだけで満足した。
健次郎「そろそろいいか?」
俺達のことを優しく見守っていた健次郎が、痺れを切らしたやうに割り込んできた。
優咲「わ、悪い健次郎…」
とりあえず謝り、俺は健次郎に向き直った。
優咲「…その、お前のことも勘違いしてた。ごめん。」
誤解していたことを手早く済ませた。
健次郎はやれやれとため息をつき、改まった口調で話し始めた。
健次郎「…ここに誘った以上、俺は彗憐を守るし、みんなのことも守る。
だから、このことを知るお前たちは、俺と一緒にみんなを、彗憐を守ってほしい!
千夏も海音も、自分を守ることを第一に考えてほしいが、優咲!
頼む、俺は優咲ほど強いわけじゃないから、彗憐を、なんの心配もなく任せれるのは、お前しかいない…。
彗憐を、守ってくれ!お願いだ!」
健次郎はあの時以上に頭を下げ、地面にまで額をつける土下座をした。
優咲「…」
正直、頼まれなくても俺は彼女を守るつもりではあった。
だが、健次郎に頼まれたことによって、俺は一人だけの問題ではないことを再認識することができた。
俺は何の躊躇もなく、「任せろ」とだけ返した。
健次郎が俺に、千夏と海音に頼んだことは、俺も見習わなければいけない姿勢なのだと思う。
あの時、千夏が言ってくれた『頼ってくれないと寂しい…』その気持ちが、こうして頼られたことで、より鮮明に理解することができたのだった。




