十六話『今したいこと。』
俺たちは無事に終業式を終え、各々が帰宅の準備をしていた。
塁「なぁ優、このあとカラオケでも行かね?」
優咲「…カラオケ?」
塁「そ!クラスのみんなで打ち上げ的な?」
優咲「打ち上げねぇ〜…、俺はいいかなぁ〜…。」
塁は鞄にこれまで溜め込んでいたプリントを詰めながら、楽しそうに笑って話しかけてくる。
俺はそんな塁の鞄を見ながら、「それで行くの?」と聞いた。
塁「…オレは一旦家に帰ってからかなぁ。」
トホホと言いながら、ギチギチに詰められた鞄を背負った。
そんな塁を見て、俺は不覚にも笑ってしまった。
塁は恥ずかしそうに「笑うなよぉ〜…!」と怒った。
俺は適当に謝り、自身の鞄を背負った。
塁「なんでお前の荷物そんな少いわけ〜?」
優咲「お前とは違ってちゃんと持って帰ってんの。」
そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは笑い合った。
下駄箱に着くと、見慣れた四人がすでに待っていた。
静「オメーら遅ぇーぞ!何分待たせんだ!?」
美鈴「待ちくたびれたぜ〜、まぁその様子を見るに、遅かったのは塁の方だろうけどな〜。」
海音「…ギチギチの鞄を背負った塁。…かわいい〜…。」
三馬鹿は相変わらずの様子で、塁にちょっかいを出しに行った。
優咲「待たせちまったな、千夏。」
千夏「ううん。実は私も、今来たところなんだ。」
千夏も俺と同じように、ほとんど持って帰るものがなかったのか、ほとんど手ぶらの状態だった。
それを見ながら、さすがだなと思った。
下駄箱から靴を取り出し、俺たち六人は談笑しながら帰った。
こんな青春を送れるなんて、きっと昔の俺には想像もつかなかったことだろうと思う。
俺はそんな青春の思い出を、これからはちゃんと噛み締めていこうと思った。
ーーー次の日。
その電話は突然やって来た。
優咲「……今なんて…?」
健次郎『だーかーらー!夏休み暇なら、俺の親が持ってる別荘に遊びに行かねぇか。って。』
その電話の相手は、以前いろいろと頼んできた小野健次郎だった。
優咲「…別荘だと?お前の家そんなに金持ちなのか?」
健次郎『まぁそれなりにな。んで、行くの?行かないの?』
正直まだ、俺はコイツのことをよく知らない。
色んな奴らから話は聞いたことはあるが、それもただ聞いただけだ。
何か目的があるのかもしれない。
しかし、ここで行かないと答えるのもそれはそれで失礼な気がする。
…考えれば考えるほど頭が回らなくなってきた俺は、とりあえずその誘いに乗ることにした。
健次郎『オッケー、じゃあ三日後に夕咲北公園に来てくれ。そこで合流するから。』
優咲「分かった。一応楽しみにしておくよ。」
健次郎『一応は余計だ。それじゃまたな!』
そう言うと、健次郎から電話を切った。
俺はスマホを机の上に置き、ベッドに倒れ込んだ。
優咲「……別荘ねぇ〜…。すごいなぁ。」
そんな事を思いながら、少し目を閉じた。
少しだけ夢を見た。
その夢は俺にとって最悪の夢だった。
簡単に言うと、大切なモノを失う、そんな夢。
目を開けると、すでに日が沈んでいた。
先ほどまで真っ昼間だったにも関わらず、少し目を瞑っただけで時間が過ぎてしまった。
俺は体を起こし、スマホで時間を確認しようとした。
「…ん?」
スマホを開くと、Moinに通話の履歴があった。
それを開くと、かけてきたのは千夏だった。
俺は折り返しをしようとしたが、時間を確認して止めた。
すでに四時間も前の通話に対し、今さら折り返しても無駄だろうと考えたからだ。
俺はスマホをその場に置いたまま、階段を降りた。
そしてリビングを通り過ぎようとした時、二つの影が視界の端に映り込んだ。
俺は足を止め、再びリビングの入り口まで戻り、その二人を見た。
優咲「……父さん…?」
父「…あぁ、起きたのか。遅ようさんだな。」
父さんはコーヒーを手に取り、歩いた。
父「…優咲、彼女が家に来てるぞ。…大切にしてやれよ。」
優咲「…っ…。大きなお世話だよ、父さん…。」
そう言い返すと父さんは優しく微笑み、俺の肩をポンと叩き、そのまま自室へと向かった。
俺は父さんの背中を見送り、彼女に目をやった。
千夏「…久しぶりに見たかも、…優咲のお父さん。」
千夏は麦茶の入ったコップを口元に運びながら笑った。
そんな彼女を見て、俺は少しだけ落ち着けた。
優咲「…俺もだよ。ここ数年、ずっと部屋に籠もってたから。」
そう言いながら、俺もコップに麦茶を入れた。
麦茶を飲みながら、とりあえずなぜ千夏がいるのか気になり聞いた。
優咲「なんでうちにいるんだ?」
千夏「…なんとなく、かな…。夏休みに入ったし、優咲とこれからのことを話したいなぁ〜、なんて。」
俺は千夏の向かいに座り、「これからのこと」について聞いた。
千夏「そ、夏休みってさ、長い割に特にやることないでしょ?
課題なんてすぐに終わっちゃうし、外で遊ぶにしても暑いしで、私ってあんまり夏好きじゃないんだよね。」
優咲「…夏って付いてるのに?」
千夏「夏ってつけたのは親だから。私自身は、あんまり好きじゃないって話。」
千夏はコップを持ったまま、考え込む。
千夏「…優咲はさ、夏好き?」
突然振られた質問に、俺は悩み、答えた。
優咲「…夏は好きでも嫌いでもないかな。
俺にとっちゃ、誕生日もあるし、嫌いにはなれない。だからといって、特に好きになる要素もないかなって。」
千夏「そっか…。確かに、誕生日があったら、嫌いにはなれないかもね。」
うんうんとなぜか納得したように頷いている。
なぜそんな事を聞いてきたのか、俺にはわからなかった。
千夏はコップを置き、俺の目をじっと見つめた。
千夏「……今したいこと、何かある?」
優咲「…今したいこと?」
千夏「うん。例えば、旅行に行きたい、とかさ。何でもいいから、何かない?」
優咲「……特には…?」
千夏「えぇ〜、私はあるよ?」
優咲「え、何?」
千夏「それはね〜、まだ内緒♪」
優咲「なんだよそれ…。」
困惑する俺の手を、千夏は左手で握ってきた。
それに驚いた俺を見て、彼女は少しだけ笑った。
千夏「…今日は、本当に会いたかっただけ。夏休み初日、優咲は何してるのかなぁって。」
優咲「…今日はずっと寝てたよ…。」
俺は恥ずかしくなり、千夏の手を退かした。
千夏は軽く微笑み、「そっかぁ〜」と言った。
しばしの沈黙がリビングに訪れた。
先に口を開いたのは俺だった。
優咲「…今日はもう遅いから泊まってけよ。」
その誘いに、千夏は「いいの?」と聞いてきた。
俺は構わないと返し、風呂の準備を始めた。
準備をしながら、俺は父さんのことを思い出していた。
久しぶりに見たその顔は、まるで記憶の中にはいる父となんら変わらく、心から安心した。
父「…なぁ。」
風呂の準備をしている俺の下へ、再び父さんが姿を現した。
軽く驚いた俺は、父さんを思わず凝視してしまった。
父「そんな怖い顔で見ないでおくれよ…。」
優咲「あ、ごめん。なに?」
俺は風呂場から出て、父さんに用件を聞いた。
父「…仕事が終わったから、当分は暇な時間ができたんだよ。」
優咲「そうなんだ。久しぶりの休暇ってことね」
父「そうだね。…それでぇ、もしよかったら俺が車を出してあげるから、どこかへ行かないかい?」
父さんはそう言いながら、冷蔵庫からブラックコーヒーを取り出した。
優咲「どこかか…、三日後に旅行に行くから、その後でなら良いよ。」
父「つまり旅行以降ね、分かった。じゃあ開けといておくれ。」
父さんは嬉しそうに笑い、俺の頭を撫でてきた。
いきなりのことで、俺は思考が止まった。
父「…千夏ちゃん、裕子の部屋が確か空いているから、そこで寝るといいよ。
…もちろん、優咲のところでもいいけどね。」
優しい笑顔を向けながら、父さんは最後に変なことを言いやがった。
俺は耳が熱くなるのを感じ、父さんの背中を押して自室へ戻るように促した。
父「…後は若いお二人で、ごゆっくりとね〜。」
優咲「うっさい!!」
リビングから追い出すと、俺は一息つき、心を落ち着かせた。
心音がようやく小さくなってきて、冷静になれた俺は千夏に向き直り謝罪をしようとした。
「…っ」
千夏の顔を見てみると、とても赤くなっていることに気がついた。
それを見た俺は、再び暑くなってきて、心音も爆音へと変わっていた。
父「…やっぱり、優しいお父さんだよね。」
千夏は平静を装いながら、そんな事を言ってくれた。
俺もできるだけ平静を装い、「そうなんだよ。」と一応同意しておいた。
「……」
リビングが静かになり、しばしの沈黙が流れた。
気まずさを覚えた俺は、コップにお茶を入れ直し、それを口にした。
冷たいお茶は俺の火照った体を冷ましてくれるようで、体中にヒンヤリとした感覚が広がっていく。
千夏「優咲、三日後旅行に行くの?」
優咲「ん、うん。健次郎に誘われたから。」
千夏「…ふ〜ん、そっか。」
千夏は少し微笑みながら、どこか満足げに頷いた。
なぜ微笑むのかと聞いてみると、「別に〜?」と返されてしまった。
変なやつと思いながら、この日は千夏を家に泊めて一晩を過ごすのだった。
ーーー次の日
朝目覚めた時、千夏の姿は既になかった。
俺は体を起こし、洗面台で顔を洗い流し、ボサボサになった髪を適当に直した。
ボサボサを直した俺は、リビングへ顔を出した。
父「おはよう、優咲は休みになると、遅ようさんなんだね。」
優咲「……父さん。…いや、おはよう。」
父さんが朝からいることに違和感を覚えつつも、挨拶を交わし、俺はテレビでニュースを見ている千夏に話しかけた。
千夏「おはよう優咲。今日は雨だって。」
そう言いながら、可愛らしい笑顔を見せてくれた。
朝から癒しをもらった俺は、千夏の頭を撫でた。
突然撫でられた千夏は恥ずかしそうにしながら、困惑した。
父「…朝からいいものが見れたな…、今日はいい日になりそうだ…。」
そんな事を、父さんは小さな声で言っていた。
聞こえていないと思っているのか、クスクスと笑いながら朝食を作っている。
ルンルンで朝食を作ってくれているので、俺はあえて何も言わずに癒しの時間を堪能した。
父「ふたりとも〜、朝食ができたから、運んでくれるかな?」
父さんは満足げな笑顔を見せながら、できたての朝食をカウンターの上に並べていく。
俺と千夏はそれらを手に取り、テーブルに並べていく。
美味しそうな香りを漂わせる食事は、俺たちの目を覚ましてくれるものだった。
優咲「相変わらず、父さんは料理がうまいんだな。」
父「まぁね。」
当然だと言わんばかりに微笑んだ父さんは、決して自ら自慢をしたり、その出来に満足したりはしない。
父さんは昔と変わらず、改善できる部分をメモにとっている。
慢心を決してしない、父さんはそういう人なのだ。
俺はそんな父さんを自慢に思いながら、早速朝食に手をつける。
朝食を食べた俺はさらに感動した。
千夏「こんなに美味しい朝食、初めてです!」
俺が口を開くより先に、千夏がその感動を口にした。
父さんは嬉しそうに笑い、「ありがとう」と照れくさそうに感謝を伝えていた。
父「…また、裕子や七湖にも食べさせたいな。」
そう言うと、少し寂しげに俯いた。
千夏「どうして別々に暮らしているんですか?」
父「それはね、僕と裕子の職業が関係しているんだよ。
僕はホームワークで、彼女は大手企業の営業。
必然的に、僕と彼女が一緒にいる時間が少なくなるものでね。
二人で効率を考えた結果、彼女と七湖で会社の近くで住み、すでに学校へ通っていた優咲と僕でここに残ることにしたんだよ。」
千夏「そうだったんですね。てっきり、仲が悪くなったのかと…。」
父「はははっ!確かに、喧嘩はよくしていたけどね。
…でも、互いのことを愛していたからこそ、喧嘩をしてしまったんだがね。
それに、裕子にとってもそのほうが楽だろうからね。」
父さんは微笑み、トーストをかじった。
俺と千夏は顔を見合わせ、ようやく朝食を食べ始める。
(…互いに愛していたからこそ、か…。)
その言葉が、俺に深く突き刺さったように感じた。
それはきっと俺だけじゃなく、彼女も同じように感じているのだと分かる。
「……」
俺は、彼女に本当のことを言える日が来るのだろうか?
俺に、そんな勇気が持てるだろうか?
たぶん俺には無理だ。
いつかはバレる嘘…。
ならば、その日までは隠し通そうではないか。
その時伝えれば良い。俺が、彼女のことを本当に愛しているということを…。
もしそれで、彼女にこっ酷く振られたとしても、今度は俺から彼女に近づこう。
今度は嘘も偽りもなしで、しっかりと愛そう。
そして彼女が許してくれたその時、もう一度話そう。
『今したいこと』を…
黒和 誠
優咲の父。
普段は自宅で仕事をしていて、あまり家から出ることがない。
料理が上手く、それを怠けることだけは決してしない。
裕子とは幼馴染で、結婚してからも多少の喧嘩を除いて、互いのことを愛し合っている。
誠は裕子や家族以外の人間のことを、歩くカカシとしか思っていない。
それだけ家族に一途ということ。(誠の視界からは、千夏でさえカカシに見えている。)
実は、料理以外のスキルも満遍なく素晴らしいスペック。
ただし、運動は平均よりも低い。(低いだけで、出来ないわけではない。)




