十五話『傷跡』
ー…鐘川海音
目を開けると、気づけば二時間が経っていた。
ボクはベッドから降り、スマホで時間を確認する。
時刻は10時を回って、20分を示していた。
バスタオルを身から離し、椅子にかける。
下着をタンスから取り出し、それを身につける。
その時、姿見に映る自分を見た。
「……ひどい顔…。まるでゾンビだね…。」
苦笑しながら両手で口角を上げた。
しかし手を離してしまうと、すぐに口角は下がり、ボクが嫌いないつもの顔になった。
ため息をつき、再びスマホを開いて静からのメッセージを見た。
静『風邪ってまじ?』
ボクはそれに返事を返す。
『うん、40度超えかな。』
静『嘘だろ。お前が風邪とか。』
『熱測ったら40度超えてた。』
ボクは適当に返しながら、時間を見た。
スマホを机の上に置き、適当に選んだ服を着る。
帽子もかぶり、小さなカバンに貴重品や鍵を入れる。
再び時間を確認し、スマホをパーカーのポケットへ入れる。
階段を降り一階へ来ると、今朝リビングに居た父はすでに居なくなっていた。
ボクは飲み物をとるために、冷蔵庫のあるキッチンへ入った。
「……」
シンクを見ると、今朝あった洗い物がすべて洗われていた。
昔から家事だけはちゃんとするため、ボクは何も言えない。
ボクはシンクから目を逸らし、冷蔵庫を開ける。
水の入ったペットボトルを取り出し、それをカバンに入れる。
玄関へ来ると、ボクの靴ともう一つ、男物の靴があった。
ボクは綺麗に並べられた二つの靴を見た。
「……アイツもサボってんじゃん…」
ボクは父の言葉を思い返しながら、頭をかいた。
階段の方へ少しだけ目をやり、ボクは靴を履いてすぐに家を出た。
………
ボクには二つ下に、中学生の弟がいる。
だがそこの間に血縁関係は存在していない。
ボクは正真正銘、鐘川家の子供だが、その弟は母の従兄弟の子供なのだ。
彼が家へ来たのは、彼の両親が亡くなったからだ。
理由は交通事故で、逆走してきた車によって、二人は命を落としたのだという。
逆走してきた車の運転手は生きており、今もどこかで過ごしているということも父から聞いた。
しかしそれも、もう十三年も前の話だ。
その十三年間一度も部屋から出て来たことがない。
それでは進学できないのではないかと言われそうだが、彼は自宅で学習をして、学校から出された課題もすべて完璧にこなしていた。
そのおかげかは知らないが、進学もしたし、なんなら学年一位の学力を持っているらしい。
なぜまともに学校へも行かず、家で引きこもってるだけの彼のほうがボクより頭がいいのかは納得がいかないが、彼とわざわざ話す気にもならない。
……
そんな事をダラダラと考えていると、指定された病院に着いていた。
「…ここに。」
病院を見ていると、車のエンジン音が背後から聞こえてきた。
ドアが開き、中から紺色のスーツを着こなした白石叶さんが降りてきた。
叶「お待たせ。待たせてしまったかな?」
彼は帽子を取り胸に当てて頭を下げた。
海音「ボクも今着いたばかりなので、気にしないでください。」
叶「それならよかった。」
相変わらず優しい笑顔でボクのことを気遣ってくれる。
彼は運転手に、一時間ほどの休憩をとるように言い、車から離れた。
運転手は頭を下げ、車を発進させた。
叶「…さて、約束通り妹に会わせてあげるよ。おいで。」
彼はボクの前を歩き、病院へと入った。
受付と軽く会話を交わし、白石柳のいる201号室へ向かった。
階段を歩いていると、向かいから松葉杖を落としてしまったであろう患者と出会った。
彼はそれを見て、すぐに松葉杖を拾い上げ、困っていた患者にそれを渡していた。
患者は彼に感謝を伝え、何かを渡そうとしていたが、彼はやんわりと断り相手のことを気遣いつつ去った。
ボクはその患者を一瞥し、彼に駆け寄った。
海音「…昔から叶さんは優しいですよね。」
すれ違う患者や看護師、医師などを見ながらそう言った。
彼は恥ずかしそうに頬をかき、「そんなことはないよ。」と笑いながら言った。
なぜそんなに謙虚でいるのか、ボクにはわからなかった。
それを尋ねる前に、ボクたちは201号室の前に着いていた。
叶「…先に聞かせてほしいことがあるんだ。」
彼は改まった様子で、ボクのことを見た。
叶「どうして、柳に会いたいんだい?」
きっと心配しているのだろう。
柳とはほんの二、三年しか関わったことはないが、それでもわかるくらい、彼女は周りを敵に回す性格だった。
そのため、彼女は多くの人から恨みを買っているのだ。
そしていきなり会いたいと言ったボクもまた、叶さんにとっては怪しい存在だったのだろう。
海音「電話でも話した通り、ボクは、彼女に会っておきたかったんです。」
ボクは軽く笑ってみせ、そう伝えた。
彼はしばしボクの顔を見た後、いつもの笑顔を見せた。
叶「…分かった。君を信じるよ。」
そう言い、彼は扉をノックしてから中へ入った。
叶「柳、キミにお客さんだよ。」
その言葉に返す声は無かった。
ボクは「お邪魔します」と言い、病室へ入った。
病室内はカーテンが開けられ、日差しが室内を照らしていた。
叶さんは柳の寝ているであろうベッドへ近寄ると、彼女の頬を優しく撫でた。
叶「…海音ちゃん、こっちへおいで。」
海音「ぼ、ぼくは…。」
その誘いに少し躊躇っていると、彼はボクの方へ近づき、手を取ってくれた。
叶「…近づかないと、お話できないよ?」
優しい声色でそう言うと、ボクのことをベッド横の椅子に歩かせた。
ボクは叶さんの顔をうかがいながら、その椅子に座る。
海音「……っ」
柳の顔を見て、少しこみ上げるものがあった。
ボクは柳の頬に出来た痣を、ソっと触る。
とても痛々しかった。
海音「…これは…、何があったんですか…?」
ボクは彼女の傷を見ながら、叶さんに聞いた。
叶さんは僕と反対側に行くと、傷について話し始めた。
……
叶「あれは、十年ぐらい前かな…。
柳はとある組織が彗憐を狙っている事を知ったんだ。
彼女はそれを知ってから、私にも内緒で作戦を考え、彗憐と親しかった君や他の友人を一度切り離したんだ。
きっと彼女は、君らが巻き込まれてしまうことを避けたかったんだろうね。
彼女は彗憐が再び一人になったタイミングで、私にそれらの情報を共有してくれたんだ。そこで、私もあることを聞いたんだ。
それは、『身内に内通者がいる』という内容だったんだ。
そこからは私も彼女と行動を共にしていたんだけどね。
ある日、彗憐が攫われてしまったんだ。
それが彗憐にとって初めての誘拐だった。
そして、それを許してしまった柳はひどく後悔して、後先を考えずに行動を起こしてしまったんだよ。
その結果、彼女は見ての通り、この数年間一度も目を覚ますことがなくなってしまった。」
海音「……その組織って、なんだったんですか?」
叶「…人身売買を生業にしているマフィア、暴力団だよ。
奴らは若い子を狙って誘拐してる。そして、誘拐した子は海外へ売り飛ばされ、後は購入者側の自由って感じで生きているクズさ。」
海音「それに狙われていたなんて…、その事、彗憐は知ってるんですか?」
叶「知るはずがないよ。」
海音「どうして伝えないんですか…?」
叶「……トラウマだよ。」
海音「トラウマ…ですか。」
叶「彼女は見てしまったんだろうね。
…多くの子供が売り飛ばされたり、人が解体されるのを…。」
海音「…解体…。」
叶「…臓器売買も同時にやっているような、どうしようもない組織だったんだよ。
そんなどうしようもない組織と正面からやり合ってしまった。
その事を知ったのは、彼女が病院に運ばれてから知ったんだ。」
海音「叶さんは一緒には行かなかったんですか?」
叶「……彼女に騙されてね。私は別の場所に行かされてしまったんだ。
…もし私もその場にいれば、少しは結果が変わったのかもしれないけどね…。」
叶さんは悲しそうな表情になった。
叶「…コイツは本当に、大馬鹿者だよ。…ホント、誰に似たんだが…。」
涙を拭いながら、彼はボクに背を向けた。
叶「…彼女と話したいんでしょ?
私は少し席を外すよ。…ゆっくり、二人で話して。」
そう言い、彼は足早に病室を出ていった。
………
病室に残されたボクは、彼女の手を触る。
手にも多くの傷跡があり、見ているだけでこっちまで痛くなる。
ボクは彼女の手を握り、何を話そうか一旦頭で考える。
海音「……。ボク、彗憐と再会しましたよ。」
最初に口から出た言葉は、ボクにとって一番大切なことだった。
海音「…柳、さんがボクと彗憐を喧嘩するように仕向けた犯人だったんですよね。
…ボクはずっと悩んでいたんです。どうして彗憐と喧嘩してしまったのかって。
…でもその真相を彗憐から聞いて、なぜか納得したっていうか、仕方がないことだったのかもって、そう思ったんです。」
ボクは柳の手を両手で包み、言いたいことを絞り出していく。
海音「……柳さん。…柳さん……。
どうして、…言ってくれなかったんですか…。」
気付けば涙が出ていた。
海音「…もし言ってくれたら、ボクもできる限り手伝いました。
…彗憐を守ってほしいと言ってくれれば、ボクは全力で彗憐を守りました…!
それなのに…、どうして自分一人でやっちゃうんですか…!」
ずっと言いたかったことを口にする。
久しぶりに感情がコントロール出来なかった。
海音「……答えてください。…ボクじゃ、彼女を守れませんか…?」
「……」
海音「…ボクじゃ頼りないですか…!?」
「……」
海音「……答えてよ……」
ギュッと、自然と手に力が入ってしまった。
ボクはすぐに力を弱めた。
そこで気づいたことがあった。
海音「…この傷…」
ボクがそれを確認しようとした時、病室の扉が開いた。
叶「すまない、急用が入ってしまって。今から出なくちゃいけなくなったんだ。」
海音「あ、はい…、分かりました。」
ボクはそれを確認できずに、病院を後にした。
ーーー現在
海音「…てな感じだったんだ。結局何も聞き出せなかったや。」
アハハと笑ってみせる。
ボクの話を聞いた黒和優咲は、小さく息を吐く。
優咲「…そうだったのか。」
彼は軽く頷きながら、ボクの肩を軽く二回叩いた。
優咲「次からは俺や、他の連中にちゃんと連絡してくれよ。」
優しく微笑み、そう注意してくれた。
ボクは謝り、感謝を伝えた。
彼は安心してくれたのか、今日は解散することにした。
優咲「海音、明日は終業式だ。絶対に休むなよ?」
海音「分かってるよ。明日はちゃんと行くから。」
彼は笑い、「まあ明日」と言った。
ボクも同じように返し、彼の背中を見送った。
ボクも家の方角へ足を向け、歩いた。
そして、昨日見たあの傷のことを思い返した。
海音「……あの傷は、間違いなく最近できたものだった…。」
そこでボクは立ち止まり、自身が言ったことで気づいた。
海音「…つまり、最近どこかへ行った…、ってこと?」
叶さんの言う通りなら、柳はまだ目を覚ましたことがないはずだ。
そうだと言うのに、彼女の手首には新しい傷ができていた。
海音「…柳は、また何かを企んでいる…。」
そう確信したボクは、彼女の再び会うことを決意した。




