十三話『鐘川海音の葛藤』
静「なぁ、海音が風邪って信じるか?」
突然そんな事を聞かれた。
俺は首を傾げて、聞いてきた加藤静を見た。
静「…いやさ、今日アイツから連絡があってよ。
『熱を測ったら40度超えてた』ってさ。
…オレに連絡してないで病院行けって話だよな。」
意外とまともなことを言う彼女に驚きつつ、それに同意した。
「お前もそう思うよなぁ〜!」と嬉しそうに笑いながら、俺の肩に腕をかけた。
そこへ、塁と美鈴、そして彗憐がやって来た。
彗憐「…仲いいんだ、二人とも…」
彗憐がなぜか睨んでいる。
塁と美鈴はあたりを見回し、静に海音の事を聞いていた。
静は俺に話したことをそのまま伝えていた。
二人は驚いたような反応を見せ、その文面を確かめていた。
彗憐「海音ちゃん、様子おかしかった…。」
さりげなく俺の隣に座っていた彗憐は、そう言った。
俺はそれに反応し、どのような様子だったか聞いた。
彗憐「…なんだか、怖かった…。」
静「怖かった?…というか、昨日一緒にいたのか?」
彗憐「うん…、実は…。」
そして、彼女から昨日の放課後のことを聞いた。
彗憐「ボクと海音が喧嘩別れしたのはね、ある人がボクに言ったことが関係してたんだ。」
優咲「ある人?」
彗憐「…うん。その人の名前、白石柳って言うんですけど。その人にこう言われたんです。
『彗憐は色んな人に嫌われているから、もしこのまま海音と関わっていると、彼女も周りから嫌われちゃうかもしれないよ』って…。」
優咲「彗憐はそいつの話を信じたのか…?」
彗憐「最初は信じなかったよ…。だって、ボクにとって一番大切な親友だったから、失いたくなかったんだよ。でも、陰で彼女の悪口を聞いちゃって…。それで…。」
静「…お前は海音に話さずに、勝手に別れたと?」
彗憐「…まぁね…。その時は、それが正しいことだと思ったから。
だから、ボクはあえて彼女に嫌われるようなことを率先してやったんだ。
それで、彼女が怒ったことを理由にして、彼女とはもう関わらないようにしたんだ。でも…。」
優咲「…陰口は消えなかった?」
彗憐「……うん…。でも、それを知ってたのに、ボクは彼女を助けなかったんだ。
…周りから避けられるのが、…怖かったから…。ボクは彼女に手を差し伸べずに、ボクだけ逃げちゃったんだ…。
だから…、ボクが全面的に悪いっていうか…。つまりはそういうことなんだよね。ボクは自分可愛さで、彼女を避けてたんだよ…。」
「……」
確かに、世間一般かは見れば彼女の行動は、あまりにも自分本位というか、自分勝手というか、少なくとも相手のことを考えた行動ではなかったと思う。
しかし、どうしてか俺には彼女が悪いようには思えなかった。
美鈴「…それは本当に、彗憐が悪いのか…?
いや、彗憐は確かに海音のことを考えていなかったけど…、それはそれとして、彗憐が悪いのかどうかと言われると、難しくないか?」
彗憐「…それ、海音にも言われた。…でも、どれだけ言われても、ボクはボクが悪いと思う…。誰が何と言おうとね…。」
彼女は頑なに自身が悪いと言っている。
それはまるで、自身に言い聞かせるかのように、『自分が悪い』と言い続けている
今の彼女に、俺が何かを言えると思えなかった。
そのため、話題を少しずらすことにした。
優咲「どうして真実を話したんだ…?」
彗憐「…海音ちゃんには、もう隠したくないと思ったんだ…。
…でも、言うのは間違いだったのかな…。」
彼女は自身がしたことを少し後悔したように言った。
優咲「…間違っては、ないと思うよ。」
俺は彼女が真実を伝えたことに、正直羨ましく思った。
千夏にはまだ、俺がなぜ彼女と付き合ったのか、その本当の理由を話せていない。
それに、彼女に真実を伝える勇気が俺にはない。
嘘をつき、隠し事をすると、どうしてか真実を伝えることは難しく感じる。
それこそ、嫌われる覚悟がないと出来るものではないと、俺は考えている。
だが彼女はそれをすべて受け止め、真実を海音に伝えた。
それだけで素晴らしいと、声を出して言える。
優咲「お前はもう少し、弱っちい奴だと思っていたよ。
…でも、本当は俺よりも強いんだな。」
彗憐「…それは、褒めてるの?」
優咲「褒めてる。正直のすごいことだと思うよ。」
俺はそう伝え、彼女の頭を撫でた。
そして、そんな彼女のためにも、俺は海音と話してみようと思った。
その日の夜、俺は海音を公園に呼び出し、彼女が来るのを待っていた。
海音「…どうしたの〜?こんな時間に呼び出しちゃってさ〜。」
彼女は半袖のパーカーを着てやって来た。
優咲「悪いな。…実は、彗憐に関していろいろと話したくてな。」
海音「スイに関して?」
彼女は不思議そうにそう尋ねてきた。
俺は頷き、とりあえずベンチに座ることにした。
ベンチに座った俺の隣に、彼女も座る。
優咲「…彗憐から聞いたよ。…昨日、お前と一緒に帰ったってこと。」
海音「……そうだね~。ボク、彼女と喧嘩した時のことを聞きたくて一緒に帰ったんだよ。」
まだ何も言っていなかったが、どうやら彼女は、俺が何を聞きたいのか既に分かっているようだった。
優咲「…聞いて、何か得られたか?」
海音「得られたよ。彼女は何も悪くなかったっていう真実が。」
彼女は笑っているが、それはあまりにも不気味に見えてしまった。
何かを隠していることはわかる。だが、俺にはやはりそれを見破ることはできない。
優咲「…お前、まさかだとは思うが、そいつに復讐でもしようとしてるのか?」
海音「そいつ〜?……何のことやら。」
優咲「…さっきも言ったが、俺は彗憐から話をすべて聞いている。
ある程度のことなら、わかっているつもりだぞ。」
「……」
彼女の目からハイライトが消えた気がした。
深く息を吐くと、彼女はベンチから立ち上がり、伸びをした。
海音「…わかるわけないよ。優くんには…。」
彼女はそう言うと、トボトボと歩き始めた。
俺はそんな彼女を呼んだが、彼女は止まらなかった。
仕方なく、俺は彼女の前に立ちはだかった。
優咲「確かにな、俺はお前や彗憐じゃない。
…お前たちの気持ちをどれだけわかったつもりになっても、お前たちの本当の気持ちまではわかったやれない。
だがそれは、お前や彗憐が俺や友達を頼らないからわからないんだ。」
海音「……」
優咲「…なぁ頼む。俺たちを頼ってくれ、一人で悩まないでくれ。」
海音「……まさか君に言われるとわね。困ったな…。」
彼女は頬をかき、困ったように笑った。
海音「…確かにそうだね。少し、冷静さに欠けていたよ。」
そう言いながら、彼女は再び歩き始めた。
今回は、俺のことを手招きして。
そして彼女は話し始めた。
海音「…白石柳とは少し縁があってね。
彼女は彗憐のボディガードを務めていたんだ。でもね、その性格に少し難があってね。
…彼女、だいぶ捻くれた奴だったんだよ。
それだけなら良かったんだけど…、彼女はそれを、わざわざ彗憐に共有するくらいには変な子だったんだ〜。」
アハハと笑ってはいるが、目は一切笑っていなかった。
海音「……、そのせいなんだよね…。」
優咲「…彗憐と喧嘩別れしたのが?」
海音「そ。」
優咲「なんで喧嘩したんだ?」
彼女は俺を一瞥し、空を見上げた。
海音「……柳にハメられたんだよ。」
優咲「ハメられた?」
海音「…アイツ、彗憐がボクに疑いをかけるような事を言ったんだ。」
優咲「それはいったい、なんだったんだ?」
海音「……ボクが、彗憐のことを笑ってるだとか、そう言うよくある告げ口だよ。」
「でも…」と続けて、彼女は深くため息をしてから言った。
海音「…そう言うよくある告げ口が積み重なって、彗憐は人間不信になったんだよ。
…柳のせいで、彗憐は信用できる人を限られてしまったんだ…。」
海音は顔にこそ出していなかったが、手は血が出るほど握りしめていた。
彼女は不器用で、たまに距離感が壊れている時はあるが、それでも彼女なりに頑張って来たということは、なんとなく理解することができた。
優咲「…今日休んだのは、気持ちを整理するためだったのか?」
海音「……それもあるのかもね。」
「ボクにもわからない…」と言いながら、彼女は歩き、少し離れたところで振り返った。
海音「…会ったんだ…、白石柳に…」
優咲「……っ」
彼女は「えへっ」と言い笑顔をつくる。
しかしその笑顔には一切の感情も乗っていなかった。




