十話『ただできることを…』
優咲「ただいまー…」
………
いつもと同じように、返事は返ってこない。
父は家で仕事をしている。
しかし、その姿をここ数年は見ていない。
なぜなら部屋から出てこないからだ。
一応生きて入るみたいだが、心配はしている。
毎日二食、部屋の前に食事を置いている。
その食事は取ってくれているようだが、やはり心配なことに変わりはない。
俺はとりあえず風呂へ入ることに決め、洗濯機に脱いで服を入れる。
その時、毎回父の服があるかを確認する。
優咲(今日もちゃんと風呂に入ってくれたんだな…)
父の萎れた服を見て安心する。
ーーー
俺が九歳の時から、父は部屋から出てこなくなった。
その時からすでに、母と妹は別の遠いところへ行っていた。
その頃から俺が家事を全て請け負っていた。
昔の父は普通の人で、普通のサラリーマンとして会社へ出社し、帰宅し、就寝してまた出社。
そんなどこにでもいるような生活をしていた。
だが、何かがきっかけで父は部屋から出てこなくなった。
最初の頃は父を部屋から出そうとアラあらゆる手を試した。
しかし父は出てこなかった。
いつしか父を外へ出すことは諦め、ご飯だけを与えるようにした。
そんな父の声は、もうとっくに忘れてしまっている。
どんなものが好きで、どんな事に気持ちを踊らせるのか、それら全て、俺は何も知らない。何も覚えていない。
俺は…
ーーー
浴槽で目が覚めた俺は、ふやけた指を眺める。
優咲「…そろそろご飯か…」
浴槽から体を起こし、適当に体を拭き服を着る。
台所へ来ると、俺は下準備しておいたものの仕上げにかかる。
料理をするのにも、ずいぶん慣れたものだ。
ぼんやりと母と料理をしていた父の姿を思い出した。
優咲「…母さんと父さん、よく一緒に作ってたな…」
そんな事を思いながら、俺は料理を完成させる。
それをトレーに乗せ、父の部屋の前に置く。
扉を三回ノックし、晩ご飯ができたことを伝える。
それだけ伝えると、俺は自身の分を適当に作るため、台所へ行く。
冷蔵庫開き、昨日の残りを取り出しレンチンする。
優咲「いただきます。」
温めた残り物を、一人で食べていく。
辺りの光は消している。理由は電気代の削減だ。
少し暗いリビングで、いつも通りゆっくりと食事をするのだった。
ーーー次の日
優咲「ふあぁ〜…」
俺は昨日、少しだけ夜更かしをしたせいであくびが止まらないでいた。
千夏「昨日夜更かしでもしたの?目の下に隈出来てるよ?」
隣を歩いていた千夏に、心配されてしまった。
俺は「大丈夫だ」とだけ伝え、今日の授業を聞いた。
千夏「なんか誤魔化されたみたいで嫌だなぁ〜」
優咲「…誤魔化したわけじゃない。」
どうやらすでに感づいているようだった。
それでも俺は隠す。
千夏「…ま、後ろめたいことを隠すのは、誰にでもあるよね。」
千夏は無理やり納得すると、俺の手を引いた。
千夏「なら早く行って、朝礼まで寝よう!」
優咲「…眠たいから走りたくない…」
千夏「寝るために走るのよ!」
俺は千夏に引きずられるように学校へ向かった。
学校へ着いた俺たちは、教室で机に突っ伏して眠っていた。
千夏「早く着いたから、まだ人少ないね。」
千夏が小声でそんな事を言ってきた。
眠たい頭を起こし、千夏を見た。
千夏「健次郎君の頼み事、今日もあるの?」
優咲「…あぁ、だけど、正直アイツは信用できん…」
千夏「信用できないの?」
意外そうな声を出した千夏は、なぜかを聞いてきた。
俺は眠たかったせいで、その時点では意識を失っていた。
ー…凛月千夏
千夏「…寝てるし。もう…、あんまり自分を追い詰めないでね…」
千夏は心配な気持ちを抑えながら、眠る優咲のおでこにキスをした。
周りの目を気にせずに、彼女は優しく彼の頭を撫でるのだった。
ーーー放課後
再び図書室へ来たのだが、どうやら今日は当番じゃなかったらしい。
今日受付にいたのは、奥田史菜子という女子生徒だった。
一応新星のことを聞いてみたが、やはり「担当ではない」という返事が返ってきた。
俺は仕方なく、健次郎が来るのを待つことにした。
今日はあらかじめメールを送り、確実に忘れないようにしたつもりだったのだが…
健次郎『悪い!今日も行けない!
弟が高熱出しちゃったみたいで、病院に連れて行かなくちゃいけなくなった!
本当に申し訳ない!!』
…連日行けないと言われ続け、そろそろ本当に腹が立ってきた。
とりあえず本を元あった場所へ戻し、図書室を出ようとした。
史菜子「あ、ちょっと待って!」
扉を開けたところで、俺は奥田に呼び止められた。
彼女は受付から出てくると、こちらへ駆け寄ってきた。
史菜子「明日、あの子当番だから、これを渡してあげて。」
奥田は手に持っていた巾着を俺に差し出してきた。
優咲「これなんすか?」
史菜子「それは秘密、女の子には色々とあるのよ。」
小悪魔的に笑うと、奥田は手を振って背を向けた。
俺はその巾着を鞄の中へ入れ、また明日来ることを強制されたことを少し気にしながら帰った。
ー…新星彗憐
史菜子「それは秘密、女の子には色々とあるのよ。」
その言葉の後、図書室から黒和君が出てきた。
ボクは咄嗟に物陰に隠れると、彼が去っていく背中を見送る。
彼が完全に見えなくなるのを確認すると、ボクは図書室へ入った。
彗憐「…奥田さん、黒和君と、…な、なにを話してたんですか…?」
史菜子「ん〜?なんでもないよ♪」
ボクはどこか様子のおかしい奥田さん横目に見ながら、忘れ物を探した。
机の下を探すボクを、奥田さんはクスクス笑った。
彗憐「…まさか…」
ボクは奥田さんを見つめ聞いた。
彗憐「もしかして、…黒和君に渡しましたか…?」
史菜子「ん〜↑?」
この人はやってくれやがった…。
彗憐「…な、なんでいつも、そ、そうやってお節介をするの…!」
史菜子「あまり慣れない大声を出さないほうがいいよ~。」
彗憐「だ、誰のせいだと思ってるの…!」けほっけほっ!
史菜子「ほらぁ〜。水飲んで飲んで。」
彼女の言うように、やはり慣れない大声を出すんじゃ無かったと少し後悔した。
受け取った水を飲みながら、一旦落ち着く。
史菜子「まぁいいじゃないの〜、スイも気になってんでしょ?」
彗憐「…べ、別にそんなんじゃ…」
史菜子「あ、照れてる!可愛い❤」
彗憐「んもう…!からかわないでよぅ…!」
史菜子「ごめんごめん♪」
反省してなさそうな彼女は飄々とした態度で、ボクをいつも通りからかってくる。
悪い気はしないけど、やっぱり彼女といると調子が狂う。
ボクはため息をつきながら、トボトボと帰るのだった。
ーーー次の日
再び図書室へ。
最近ずっと来ている気がする…。
そんな事を思いながら、俺は今日も扉を開ける。
扉を開けると、いつもの位置に新星が居なかった。
俺は扉を閉めると、適当に本を手に取った。
優咲(今日は当番じゃなかったのか?)
奥田の言葉を思い返しながら、そんな事を思う。
とりあえず適当に時間を潰そうと思い、適当に取った本を読んだ。
…案外悪くない本だった。
俺は図書室に常備されている時計を見た。
優咲「げ、もうこんな時間…、結局アイツ来なかったし…」
本を持ち、元あった場所へと返そうと立ち上がった。
その時、部屋の奥の方からドンッという音が聞こえた。
俺は不思議に思い、音にした方へ向かった。
優咲「んな?!何やってんだお前!?」
そこにいたのは、ガムテープで口を塞がれ、手足を拘束された健次郎だった。
俺は急いでその拘束を解き、ガムテープを剥がした。
健次郎「優咲!新星を助けてくれ!!」
突然そんな事を言われ、俺は訳がわからなかった。
健次郎「新星が攫われたんだ!!」
優咲「落ち着けよ、話が見えてこないぞ…?」
錯乱する健次郎を落ち着かせ、俺は全てを聞いた。
健次郎「それで、たまたまそこに居合わせたオレをロッカーに閉じ込めたんだ!」
俺は健次郎から聞いた全ての情報を頭でまとめた。
ーー30分前
新星は謎の男たちに連れ去られそうになっているところに、黒和との約束のためにちょっと早く来た健次郎は、運悪く出くわしてしまった。
健次郎「おい!何してんだてめぇら!!」
健次郎は果敢に男たちに立ち向かうが、数に押され拘束される。
男A「てめぇら…!誰なんだよ!?部外者どもが!!」
男B「黙りやがれ!」
逆上した男に頭を本で殴られ、気を失ってしまった。
それから少しして、目を覚ました健次郎は、必死に足掻き、やっとの思いでロッカーから出ることが出来た。
そこで黒和と出会った。
とこんな流れらしい。
俺は時計を見ながら、まだ何もされていないことを祈り走り出した。
健次郎は他の連中に任せる事した俺は、今はとにかく、新星の安否だけを考えて行動した。
きっと怖いはずだ。
知らない連中に取り囲まれるのは、最悪な気分のはずだ。
俺はまだ新星のことをよくは知らない。
知らないが、俺は新星のことがもっと知りたいと感じた。
今はただ、新星を他の汚い奴らに触れさせたくない。
俺は陽が沈む中、必死に駆けるのだった。




