01栗は栗でも食べられる栗
今日はご飯のために、山の中でとあるものを探すために、少女フィオナはさくさくと音をさせて目をあちこちにやっていた。
今は秋。この世界でも例に漏れず秋といえばの食べ物が豊富に取れる。フィオナはお目当てのものを鉄の棒を貰って作ったもので取った。
「栗、一つゲット!」
栗拾いのために頑張ったのだ。
意気揚々とカゴに栗を入れていき、視界の広くなった場所まで出てしまう。そこに大きな岩があるのだが、今日は先客がいたらしい。その男は手にイガのついたままの栗を手にしていた。
「イガグリを素手で……すごい。皮が厚いなんてもんじゃない」
この世界ではこのクリは食べ物ではなく、危ないものも思われていて、中身を食べると言う人もいない。なので、豊作で取り放題。フィオナも貴重な食べ物なので人に教える真似はしない。
「……ああ。なにか邪魔したか?」
ここにいたことを察していたらしく遠かったのに声をかけられる。
「あ、いえ。それを素手で持てて凄いなと思ってました。じっと見ちゃってごめんなさい」
「いや……おれの方が邪魔をしてるらしいから気にするな」
彼は低い声音で淡々と話す。
「私こそ。あの、それどうするんですか?もしいらないのなら、貰っても?」
男の持つクリはなかなか大きく、中は絶対にみっちり入っていることだろう。卑しいと思われてもいいので頼んでみる。
「構わない。どうせ、レシピなんて知らないからな」
「レシピ?」
「言ってもわからないから、どうでもいいだろ」
投げやりに彼はこちらへ来て栗を渡してくる。トングで受け取り下に置いて、両足を開く。
「えっ?」
男の声が聞こえるのとパカっと開くのは同時。栗のイガが綺麗に開く。
「栗ってそうやって開けるのか?」
「え?はい。中身を怪我せずに挙げられるんですよ」
開けてどうするんだと言われるだろうけど。内心、相手の発言の先を読む。
「へぇ?中身は何かに使うのか」
思っていた通りだなと内心ため息を吐く。
「食べます」
「……食べる?」
男は首を傾げ、栗とフィオナを両方見遣る。やられると思ったと内心眉を顰めて、鼻をキュとした。機嫌を悪くした顔を見せないように、唇を噛む。
「食べます。それでは」
用は終えたので大きな栗をカゴに入れて、再度下を見ながらフラフラと探し求める旅へ。
「あ、おい」
呼び止められようと馬鹿にされるのだろうから、止まらない。栗なんて美味しく無いと言われておしまいの会話など時間の無駄。
「待て。栗を食べるのか?」
なんと、二度目にも聞いてきた。人を馬鹿にしたくてここまで追いかける人も珍しい。
「食べると言いました。もう付き纏わないでください」
怒りそうになる気持ちをなんとか、誤魔化す。どうせこの人も栗なんてなんのために食べるのだと言い出す。この世界の栗は、アクを抜いたりしないと美味しく無い。
更に塩味をつけないといけないのだ。米と共に食べるそれは美味しさしか無い。
栗ご飯を馬鹿にされて黙ってられないけど、馬鹿にする人においしさを教えてしまうのも負ける気がする。
ムスッとなる顔にいよいよ、相手を睨んでしまいそうになる。しかし、相手はこちらに問いかけることを一切やめない。追求をそんなにして、なにがしたいのかちっともわからないと腹が立ってくる。
「栗をどうやって食べるんだ」
「あなたに関係ないでしょう」
振り払うように進む。その間もパカリと開けて、栗をカゴに放り込む。
「そのままじゃ美味しく無いはずだ」
無視した。質問責めにする相手をいつまでも待つことはなく、拾い終えて無言のまま山を降りる。その間も、ずっとついてくる。並行してずっと。
「ついてこないで!警備兵に突き出すからっ」
怖くなって涙目で叫ぶ。
「いや、おれは単にレシピを知りたくて。食べたいのにうまく作れないから、お前ならなにか知っているのかと」
涙目を見たせいか気まずそうに聞いてくる。
「そんなこと言って、どうせ食べ物じゃ無いって馬鹿にするくせに」
「言ってない、そんなことは」
言ってないけど、聞き終えたらニヤニヤと馬鹿にした顔をして誰かに吹聴するに決まっている。
栗ご飯ではないが、違うもので馬鹿にされて笑われた経験を持つフィオナは当たり前のように決めつけた。
「なんだそれは……ということは、誰かにそう言われたからおれは理不尽な怒りを向けられてるってことか?」
彼は思案するように顎に手を当てる。
「さよなら!」
と走って家まで足をひたすら動かした。むしゃくしゃした気持ちを栗剥きに費やして、あくを取るために塩水に漬けて、その日は就寝した。
朝、栗の具合を見て一人で満足してから掬い上げて米を用意する。そうして、パタパタと釜に火をつける。
世の中には最新式の勝手に米を炊いてくれるものがあるらしいが、炊飯器のようなものは高くてフィオナには手が出せない。
「魔導式なんて、一般庶民の手に渡るのなんて永遠にこないよね」
もう慣れたやり方ではあるが、炊飯器っぽいのが欲しい。ボタンひとつで出来上がるアレの良さが違う世界で、よもや恋しくなるとは。火を炊くとそこに栗とお米入りの釜を乗せる。重い。
トントン。
「ん?」
トントン。
一人暮らしのこのボロ家に人が来るなど今まで一度もない。
「誰?怖……」
栗を拾った棒を手にして扉に向かう。
「はーい」
ゆっくり開けた。
「昨日ぶりだな。少し悪いが……な」
言葉の最中にばたんと閉めた。え、ストーカー?と、なる。フィオナはカタカタと震えた。
「待て、閉めるな。説明する」
と、ドア越しに言うが、本気でそんな嘘を間に受けて扉を開ける女はいまい。
「はぁ」
ため息と共に扉が黒く染まり、そこから男が通り抜けた。
「うわああああ!!変態!変態!」
「ちが!ぶっ!よせ!おれがわるっ」
棒でめった打ちにした。めった打ちされている中でも相手は反撃してこなくて、落ち着くまで叩き終えた。フィオナの肺活量と腕が、限界に達したからである。
「入れてくれる気配がちりもしないから、仕方なく強行したことは悪かった」
「はーっはーっはー!」
「ただ、栗の料理を食べたいだけだ」
「はーっ……はぁ?」
怪訝な顔にもなろう。男は釜の中にある米と栗を見て、驚く。
「栗ご飯かっ」
やけに興奮した声と冷静になってきたフィオナは対極の中にある。
「栗ご飯……作ったことあるの?」
知っているという雰囲気にたずねた。
「作りたいが、レシピを知らない。栗を使いたくても思ったように美味くならない。周りに聞いてもアレは食いもんじゃないというし、どうしたものかって昨日悩んでいた」
岩の上に居たのは苦悩していたから、らしい。
「いいな……栗ご飯……食べたいが」
チラッとこちらを期待の目で見てくる。
勝手に家に入ってきた男だが、フィオナはそんなに食べたがるのならと悪い気はしない。今まで栗は食い物じゃない、米も食い物じゃないと嫌な視線や言葉に晒されたから。
「別に……食べたければ、作っていいけど……?」
「貰う」
即答する男にフィオナは息を吐き、棒を持ったままテーブルに座る。
「いつ頃できる」
「二時間か三時間」
「長すぎないか?」
「釜で作るんだから、時間もかかるよ。それに、栗が硬いから」
その言葉に男は、チラリと釜を見る。
「魔導炊飯器がうちにあるんだが、使わないか?」
「へ!?」
唐突に出てきた超高級魔道具に飛び退く。
「いやいやいや、いくらなんでもホラ吹き過ぎでしょ」
「ホラ……な」
男は一度影らしきものを作り、手を入れて炊飯器そっくりのものをテーブルにドン!と出す。
「うわ!炊飯器!」
「言っただろ」
「うち、電気通ってないから使えないけど」
「……あ」
男はこの世の終わりのような顔をした後、いそいそと炊飯器そっくりなものを戻す。
「それにしても、電気……か」
男はまだ正体不明だ。
「偽名でも構わないから、そろそろあなたは誰ってことを教えてほしいんだけど」
「それもそうだが。偽名でもいいのか?」
「うん」
「じゃあ、ルティウス」
「え、凄い自信。この世で最強の男名前を偽名でも言えるって」
「いや、本名だ」
「同世代みたいだから、たまたま名前が同じになったの?絶対周りから揶揄われてそう」
ルティウスとは、この世界では知らぬ者はない富や名声を一身に得た男の名前。
武勇伝があちこちに点在しており、黄金の時代と現在の世で呼ばれることになった原因の男。その男がいる限り、この世に暗黒は訪れないとまで言わしめられている。
「じゃあ、ルティウスさん。初めまして。私はフィオナ」
「フィオナさん。初めまして」
「うん」
答えたきり、沈黙が支配する。初対面でご飯を食べさせるだけの相手に話題などない。
「ところで聞いていいか?」
「なにを」
「初対面のやつに聞いていることで……いいか?」
「はぁ、何か変なことだったらあの釜の中身を被せるから」
許可の元、彼は質問とやらをし始めた。
「地球という惑星を知っているか?」
「地球?なにそれ」
「何県出身だ」
「何県?」
「太陽ってひとつが普通だろ」
「あそこから見えるから言わないでいいかと思うけど、星は四つ浮いてる」
この世界の太陽はいくつもある。あれが太陽ではなく、他の星なのかもしれないけど。
「最後に。犯人は」
「え?あなたかな?なんの犯人かって言うと勝手に人の家に入ってきたし」
彼は質問を終えると俯く。釜が米を炊く音が部屋に響くので、やけに大きく聞こえる。
「それで終わり?」
「ああ。悪い。期待が今回は大きかったから、辛さの反動がかなりある」
目元を暗くして、頭に手をやる男にやれやれと息を吐く。
「私からも質問していい?」
「……なんだ?」
落ち込むルティウスは瞳を僅かに揺らして問い返す。
「キノコ派?タケノコ派?」
などと、たずねる。
「……ああ、キノコ派だ」
「キツネとたぬきは?」
「キツネ」
「ツー?」
「カー」
彼はほぼ無意識で答えたのだろう、落ち込んだ顔が上を向く。ハッとした顔でこちらを見て指をさす。
「お客様、先程の質問はプライバシーのためお答えできません」
ニッコリ笑って答えた。ガタッと椅子を倒してそのまま彼は震える体を固まらせる。口を開け閉めさせて、まるで鯉のようだと思う。
「やっとっ、見つけた……」
その声には、希望と悲しみと嬉しさがない混ぜになり、その手をフィオナへ近づけて、フィオナの小さな手を包む。
力強くて痛かったけれど、カラカラの大地で見つけた一滴の水を得た男になにも言わずに好きにさせた。




