第八話 精神の契約
ルイとリクの死闘から三日が経過した。
一向にリアクションを起こさないリクだったがついに行動を開始したのである。
無双亭の窓から見える蒼い光。まるで、ゲートの街を取り囲むようにその光は発生していた。
「まずい事になったね」
呟くクリス。四人と一匹はテーブルを囲むようにして座っていた。
ゲートの街を包む蒼い光。それは結界である。
「何でリクはこんな事を」
問い掛けるルイにクリスは冷淡に答える。
「レグナを復活させる為には生贄が必要なんだよ。シグの悲劇って知ってる?」
「ええ、一応は」
三百年前、レグナが生まれたと言う街だ。街は永久凍土に包まれ消滅したと言われている。
「実はね。三百年前、私もあの街にいたんだよ。あの時も同じ光景だった」
ルイとエリアルに衝撃が走る。
「その時はどうなったんです?」
恐る恐る問うエリアル。
「皆死んだよ。私以外ね。私は精霊に助けてもらったんだよ」
「そんな。じゃあ、この街も……」
俯くエリアル。
「おそらくね。でも、まだ方法が無い訳じゃないんだよ。エリアルさん」
含み笑いを浮かべるクリス。
「結界を張ると言うのはどういう事かわかる?」
「まあ、基本的には外部からの侵入を防ぐ為ですけど」
「違う。私が言いたいのはそこじゃないよ。術者も結界の中にいると言いたかったんだ」
ハッと何かに気付いたエリアルとルイ。
「そうか、つまりリクがまだこの街にいると言う事ですね。リクは、この街でレグナを復活させようとしている」
「そうっす。リクがレグナを復活させる前にそれを阻止すれば……」
「と言うわけで、私とレンは今からけじめを取りに行く。場所はキラベルの洞窟だよ。魔法追跡で居場所を掴んだんだ。二人はどうする?」
――魔法追跡。現場に残された魔力を視覚化させ、相手を追うと言う光魔術だ。ただ、この術は時間に左右されやすく条件が揃わなければまったく使う事が出来ない。その術をいとも容易く使うクリス。やはり生まれ変わりとは言え大聖女、ハーネ・ライコスの名は伊達ではないのだろう。
クリスの問いにエリアルは笑った。
「愚問ですね。所詮、ここに居ても死ぬかもしれない。だったら私は自分の可能性にかけますよ」
「僕もお師匠様と同じだよ。それに僕は、リクが許せない」
「決まりっすね」
笑みを作るレン。
「と言いたいけど、普通の人間が精霊に喧嘩を売るなんて無謀すぎる」
精霊とは早く言ってしまえば魔の根源だ。そもそも魔法を行使するのに精霊の力を借りている人間にとって、それは致命的ともいえる。
「って言ってもなぁ」
頭を抱えるルイ。精霊の力を借りずに出来る魔術を思い浮かべる。だがまともな案が出てこない。
「何か対抗できる手段は?」
結局、いい案が出てこなかったのでエリアルに丸投げしてみる。
「う~ん、魔法以外となれば召喚術とかがありますけど。アイテムを作るのに時間がかかりすぎてしまいますね」
召喚術や、黒魔術と呼ばれる類のものは皆、術者の魔力がしみ込んだカオスアイテムを媒体として行使される。そして、そのアイテムに魔力をしみ込ませるのは一日やそこらでは到底出来るものではない。
「……となると」
やはりエリアルもいい案が出てこなかったのだろう。そのまま考え込んでしまった。
「やっぱり駄目っすか」
それを見越したレンが口を開く。
「それじゃ、率直に聞きます。俺と契約してみませんか?」
真っ直ぐな視線が二人に注がれる。
「契約?」
問い掛けるルイ。
「精神の契約っす。まあ、知らなくて当然なんですけどね。俺を除いたここに居る三人の中でそれを経験しているのはクリスだけっすから。精神の契約を受けた物は、精霊に魅入られた事になるっす」
「相手は氷の精霊だしね。だから炎の精霊であるレンと契約して対抗手段を作るのさ。簡単に言えばパワーアップだね」
「おお~」
エリアルと、ルイから歓喜の声があがる。レンの打ち出した打開策に純粋に感激する二人。
「だけど相当きついっすよ。生半可な事では契約できないっす。覚悟してください」
レンはそう言って無気味に笑った。
「了解。簡単にこなしてやるさ」
「判りました。私も全身全霊をかけて挑みましょう」
強気な発言を飛ばす二人。
「言ってくれますね。でも、いい眼だ。これなら成功すると思います」
レンはそう言って二人に向けて両手を翳した。既に、言葉づかいが変わっている。それだけ真面目な儀式なのだろう。
「では、精神の契約を始めます。自我をしっかりと保って。俺が言えるのはそれだけです」
薄っすらと笑うレン。そして、それが儀式の始まった合図でもあった。両眼を瞑り、先ほどまでの空気とは一転し凛とした空気が辺りに広がる。
そして、
「我、願うは力の解放。我、願うは永久の契約。我願うは闇を打ち払う紅の力!」
詠唱をするレン。刹那、紅の軌跡が二人を囲む。そして、その軌跡は魔法陣を描いた。
無気味に光る六芒星の魔法陣。続けざまにレンの口から発せられる呪文。
永遠と続く呪文は、まさに覚悟を決めろと言わんばかりのものだった。そして、ようやくレンが口を閉じた時、眩い光が二人を包んだ。魔法陣が光りだしたのである。
そして、その瞬間二人は悲鳴をあげた。
「うがああああああ!」
「ひぐぅぅぅっ!」
頭を抑えるルイと心臓を抑えるエリアル。信じられないほどの痛みが、二人を襲う。心臓には誰かに掴まれている様な圧迫感。そして、頭は木槌で叩かれているような強烈な衝撃。
「うぁぁぁぁぁ!」
よほど苦しいのか、二人は声を挙げずにはいられない。その場に悶える。二人の座っていた椅子は倒れ、テーブルは食器と共に薙倒される。
「あああぁぁぁ!」
強い耳鳴り。今はそれにじっと耐えるしかなかった。
そんな中、笑い声のようなものが聞こえる。レンの声だ。だが、いつもの感じとは少し違う。今のレンは人間としてのレンではなく精霊としてのレンなのだ。
『貴様等の力はそんなものか』
続けて聞こえた声。脳に響くレンの声。
『その程度で俺に認められようと思っていたのか?』
「うるさい! うるッ――うあぁぁぁぁ!」
慟哭のような叫び。震える手。二人は限界を迎えようとしているのだ。
「あぐっ! ぎっ、くぅぅぅぅ!」
頭を壁にぶつけるルイ。鮮血か飛び散る。
『ほう、今のを耐えるか、そうこなくては面白くない。次は耐えられるかな?』
刹那、今までに無いほどの強烈な痛みが二人を襲う。心臓は握りつぶされそうな程強く、頭はまるで割れる様な酷い痛み。激しい嘔吐感にかられる。
『壊れろ!』
「うぐっ! うぁぁぁぁ! くっ! 痛みは……邪魔だ!」
「ぐっ! ああぁぁぁ! 私は、……私は負けない!」
総ての気合を声に込める。
その瞬間、総ての痛みが消えた。そして、二人を囲む魔方陣の光は消えて行った。
荒い息、張り詰めていた緊張が一気に解ける。定まらない焦点。全てがだるく身体を起こす気力も無い。どうやらエリアルも同じようだ。
「終わったよ」
クリスの優しい声。
「み…たい…だね」
かすれた声。うまく声がでないようだ。
「何とか……私達は耐えられたみたいですね」
同じくかすれた声。
「二人ともよくやったっす、生半可な事じゃ契約できない理由が判ったでしょ。久しぶりの精神の契約でちょっと張り切っちゃったけど安心しました」
歓喜溢れるレン。一部余計な言葉も入っているが、二人の事を本当に喜んでいるらしい。
「レン。後で……しばく」
「レンさん……覚悟しておきなさい」
殺気立つ二人はそう言って力尽きた。
「……逃亡していいっすか?」
「結界が張ってあるのにどうやって?」
「い、いや~~~~! リクのヴァカ~!」
クリスの冷たい突っ込みにレンの慟哭の叫びが無双亭に響き渡るのだった。
◆ ◇ ◆
「……酷いな、こんな事するなんて」
呟くルイ。ルイの瞳に映る物。それは銀だ。一面を銀が支配していた。
氷と雪で出来た世界。凍てつく空気は街に存在する物全てを凍りつかせていた。
「酷いのはルイ先輩でしょ。俺はずっと謝ってたのにさぁ」
半日ほどして二人が意識を取り戻した後に待っていたのは、ルイの鉄拳だった。ぼこぼこに殴られたレン。やはり体術では敵わない様である。
「レンが調子に乗るからだ」
「む~……」
「街の人はどうなんですか?」
問い掛けるエリアル。
「気配は感じる。今の所は生きているみたいだけど。……時間が無いね。私達はレンの力で寒さを緩和できるけど街の人達は凍死する可能性もでてくる。急がないと」
四人は足を速めた。洞窟は凍気が満ち溢れていた。凍りついた岩肌に凍てつく空気。洞窟はまさに天然の冷凍庫と化している。
「凄いな」
先陣をきって足を進めるルイ。
一歩一歩重心を確かめる。そうしないと転んでしまうのだ。
「皆、気を付けて。気を抜くと転びそうだから」
「ういっす、……おわっ!」
言っているそばから転ぶレン。
「はあ、言ってるそばからこれだよ」
ルイはそう言って頭を抱えた。エリアルの肩の上ではコロが、肩をすくめている。
「はは、すいません」
そう言って立ち上がるレン。だが、滑りやすい氷は容赦なくレンを滑らせる。
「あれ? よっ! ふん!」
起きては転ぶを繰り返し、結局、炎で氷を溶かし立てるスペースを作ると言う羽目になった。
「あうぅぅぅぅぅ。こんなトコで突発魔法を使うなんて情けない」
滝の様な涙を流すレン。だがその涙もすぐに凍り付いてしまった。レンの力に守られている今、それほど寒さを感じはしないが、実際はかなり凄まじい所なのだと実感する四人。
だがそれはモンスターを見た瞬間、改めて思い知る事になるのだった。
「何だ、あれ」
驚愕の声を上げるルイ。
「見た所ケルベロスだね」
冷静に答えるクリス。ゆっくりと剣を鞘から引き抜き構えた。
「そりゃ見れば分かる、……いや、やっぱわからん」
「言ってる事が支離滅裂ですよ。ルイ先輩」
「そうだけど」
今ルイたちの目の前にいる生物。それはまったく異形と言ってもいいだろう。姿形はケルベロスだ。ケルベロスなのだが……。氷でできているのである。本来ケルベロスは毒々しい赤い色をしている。だが、今目の前にいるケルベロスは透き通るような青で構成されているのだ。一瞬、ただ単に凍りついただけとも考えることはできた。だが、それは瞬時に否定された。それでは説明のつかない事があるからだ。ケルベロスの体内は透けていたのだ。
「あれじゃ、化物じゃないか」
「ルイ先輩も充分化物ですけどね」
その言葉にカチンと来るルイ。だが本人は、一切悪気はなさそうだ。気付いていない所がまた癇に障る。
「自分だって化物の癖に」
「失礼な、俺は精霊です!」
ケルベロスを前にして、くだらない口喧嘩が始まる。
「黙りなさい! ほら、来ますよ!」
ついに、エリアルの雷が落ちた。それもそのはず、ケルベロスはルイ達の射程範囲内に足を踏み入れたのだ。
咄嗟に柄を引き抜くルイ。そして、刀身を出現させる。
「まあ、いい。相手が氷だったらこうすればいい事だ」
突如、刀身が赤く変化する。突発魔法を魔法剣に変えたのである。
「クリス! 行くよ!」
「あいよ!」
地面を強く蹴る二人。紅い二本の閃光がケルベロスを捉える。……はずだった。
「あらっ!」
「おわっ!」
地面を蹴った瞬間に転んだのだ。
「ああ、もう! 戦いにくいったらありゃしない!」
凍りついた地面。これもリクの作戦の一つなのだろうか。そんなの事を考えながら転ばないようにゆっくりと起き上がる。
「グゥゥゥゥゥ」
唸るケルベロス。大きく息を吸い込み吹雪を吐き出した。
「ぐっ! こいつ、吐き出すものまで氷なのかよ!」
直撃を食らうルイ。徐々に氷に覆われていく。
そして、
「ルイ先輩!」
氷漬けになったルイがそこには居た。
「まあ、大丈夫です。ルイは、死ぬ事はありませんから」
にっこりと笑うエリアル。何かが激しく間違っているような気がするが今は置いておこう。
「それよりも、早くケルベロスを倒しましょう。じゃないといつまで経ってもルイは、あのままですよ」
そう言ってエリアルは自分の手に炎を灯した。
「やっぱり、氷は溶かしてしまうのが一番ですよね」
「それも、特大のね」
そう言うクリス。やはりクリスの手にも炎は灯されていた。
「さあ、くらいな!」
レンの声に合わせて三本の炎が放たれた。三本の炎は互いに交わり、洞窟全体を埋め尽くすほどの巨大な一本の炎に変化する。その炎は容赦なくケルベロスを飲み込んだ。
「よしっ!」
凄まじい水蒸気を上げる洞窟。地面には氷が溶けて水溜りが出来ている。そして、その水溜りに沈む宝石。ケルベロスだった物だ。
「ふう、後はルイを氷から溶かせば良いだけですね」
全身を氷結させられたルイ。身動きが取れないのだろう。軽いオブジェになっている。
「ははは。ルイ先輩、置物みたいっす」
指を指して笑うレン。
「もう。笑い事じゃないですよ」
「それにしても、カチンコチンになっちゃって。普通の人間なら間違いなく死んでるよ」
コンコンと氷を叩くクリス。まるで氷の棺のようである。
「キュイ~」
エリアルの肩で鳴くコロ。
「なに? 早く溶かしてやれって?」
レンの問いに首を縦に振るコロ。
「しょうがないっすね。じゃ、いっちょやりますか」
その声に合わせて腕に炎を灯すレン。
「何がしょうがないって?」
その声に振り返るレン。そこにはびしょ濡れになったルイが居た。
「置物で悪かったな。全部聞こえてんだよ」
珍しく口調の違うルイ。はっきり言って怖い。目は据わっている。
「せ、せせ、先輩。どうやって……」
そこまで言って気付くレン。突発魔法を使い自力で氷を溶かしたのだと言う事に。
「さあ、覚悟は出来てるかい?」
ゆっくりと呟くルイ。
「い、いやぁぁぁぁ~~!」
ルイの目が怪しく光り、レンの悲鳴が洞窟の中を木霊した。
プロパティを見たら七年前に作った小説ということが判明。
七年前の私って、本当にストーリー構成が下手くそですね
ちょっと自己嫌悪




