第七話 夢
――夢。
――夢を見ている。
――忘れたくても忘れられない過去。
――あの日、僕は死んだ。
「お前の名前は?」
剣を構える少年。ルイだ。エリアルもその横で杖を構えている。
「リク・カミーラ」
男は不適に笑う。殺伐とした眼光。そして、長い片刃の剣。ラルヴァの剣だ。
燃え盛る建物、剥がれ砕ける石畳。
崩壊した街と幾つもの死体。酷く血の匂いがする。気を抜けば自分の精神がおかしくなってしまう。そんな状況だった。
「お前、自分が何をしたか判ってるのか?」
目つきが鋭くなるルイ。感情が爆発する寸前だった。
「当然だ。殺人だよ」
剣に自分の舌を這わせるリク。血を嘗めているのだ。
「じきにお前達もそこに並ぶさ。そいつ等と同じようにな」
背筋が凍るような台詞。
「貴様!」
跳び出そうとするルイ。だが、
「落ち着きなさい、ルイ」
ルイの行動はエリアルによって静止された。
「リク……と言いましたね。目的はなんです?」
エリアルはあくまで説得を試みるらしい。
「さあね、世界の破滅とでも言っておこうか?」
挑発するリク。
「私達は貴方を捕まえる気はありません。剣を置いて引く気は?」
問い掛けるエリアル。
「一切無い。近づく者は斬る!」
構えるリク。そして強く地面を蹴った。
「死ね!」
瞬時に詰められた距離。
だがルイはその行動を既に読んでいた。
金属同士がぶつかる高い音が響き渡る。
「やるな。だがこれはどうかな?」
不適な笑みを浮かべるリク。刹那、無数の攻撃がルイを狙う。
上段、、中段、下段、様々な攻撃をしてくるリク。そして恐ろしい事にリクの攻撃は全て急所を狙っているのだ。
「くっ!」
冷静に剣筋を見切り、それを自分の剣で受け流すルイ。だが、それも長くは持たないだろう、リクの放つ攻撃の一発一発が酷く重いのだ。危険な焦燥感が芽生え始める。
「これでどうだ!」
身体を半回転させて剣を薙ぐ。遠心力を剣にのせ力任せの攻撃を放つリク。
「くっ!」
バク転の容量で剣の軌道を躱すルイ。別に格好をつけてやったわけではない。剣の軌道をブリッジで避けジャンプで距離を離したのだ。
「お師匠様!」
後方で既に構えていたエリアル。
「金色の光に包まれし騎士よ。そなたの偉大なる光を刃に変えて敵を撃て!」
放たれる閃光。一直線に向かう熱線はリクの足元で爆発した。そして、土煙を上げる。
「―――っ!」
一瞬だがその土煙で怯むリク。
「もらった!」
下から突き上げられたルイの剣がリクの剣を跳ね上げた。
回転して落ちるラルヴァの剣。刀身が下がり石畳に突き刺さる。
「さあ、どうする?」
剣を突きつけるルイ。
「甘いな」
リクはそう呟くと信じ難い行動に出る。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
咆哮と共に自分の左腕をルイの剣に突き刺したのである。
「しまった!」
これが、どんな意味かを悟った時、ルイの手からは剣が離れていた。
リクは咆哮と共に筋肉を収縮させて抜けなくしたのだ。
「はあ……はあ。形勢逆転だな」
荒い息遣い、滴り落ちる血潮。そして、剣はルイに突き付けられた。
「梃子摺らせやがって。さあ、どんな風に死にたい」
ルイの右手、左手、左足、右足と順に剣を這わせるリク。
「さあね」
あくまで挑発する態度のルイ。
刹那、左腕に鋭い痛みが走る。突き刺さる剣。
「うぐっ!」
「ルイ!」
「大丈夫です。お師匠様」
そう言ってルイは俯いた。
「まずはさっきのお礼と言った所だ」
引き抜かれる剣。だが、ルイはそこを狙っていたのである。俯いたのも、その動作を悟られない為だ。
「暗澹を切り裂く閃光よ。紫電を纏いし鬼神よ。我は願う。裁きの刀剣!」
刀身を伝い走る電流。魔法剣を応用したのだ。電撃独特の音が辺りに響き渡る。
「ぐあぁぁぁ!」
崩れ落ちるリク。
「貴様……賢者だったのだ」
「ああ。そうだよ」
素早く剣を奪うルイ。
「お師匠様! 剣を!」
「はい!」
急いでラルヴァの剣回収に向かうエリアル。
「きゃあ!」
刹那、エリアルの悲鳴が響き渡る。
「お師匠様!」
ふとエリアルのほうを見るとラルヴァの剣が浮いていたのである。
「切り札は取っておかないとなぁ」
不敵な笑みを浮かべるリク。
「あの剣はな、魔力で遠隔操作が出来るのさ。だから、こうする事もできる」
空中で静止したラルヴァの剣はリクの言葉に反応するようにエリアルに向かっていった。
「お師匠様!」
エリアルが反応するも距離が近すぎる。咄嗟の判断だった。だがその刃はエリアルには届かなかった。
ルイが自分の身体を盾にエリアルの前に身を呈したのである。
「ぐがっ」
貫通する刀身。口の中に広がる血の味と匂い。吐血したのだ。息が出来ない。剣の軌道は肺を貫いていたのだ。
「ルイ!」
「ふははは、ふはははははは!」
高らかな笑い声と共にルイの意識はゆっくりと閉ざされていった。
◆ ◇ ◆
酷くだるい。何故だかそんな感じがした。急速に意識が戻る中、そんな事を考えていた。
開眼した直後、目に飛び込む物。それは、天井だった。暗い部屋。見慣れた天井。自分の部屋だ。身体を起こしたルイはある事に気付いた。リクだ。あの後の記憶がまったく無いのだ。
「目が覚めましたか?」
不意に聞こえる声。優しく聞きなれた声だった。
「お師匠様。リクは、あの後はどうなったんですか」
「……逃げました。あの後、宮廷の援軍が来てくれて私達を助けてくれたんです」
「……そう、ですか」
気落ちするルイ。
「ルイ、落ち着いて聞いてください」
「はい? どうかしたんですか?」
だが次の瞬間ルイは自分の耳を疑う。
「私は、あなたにネクロミノコンを使いました。これがどんな事だか判りますか?」
ネクロミノコン、死者蘇生に使われる禁呪である。つまりそれは、自分が死んだという事を意味している。
「何、冗談言ってるんですか。僕は意識を失っていただけじゃないですか」
そう言ってルイは自分の心臓に手を当てた。
そして、ルイは自分のとった行動に深く後悔する事になる。
心音が聞こえなかった。それだけではない。脈も聞こえない。
「え?」
信じられないような口調でルイが口を開いた。
「心音が……しない。でも……でも、そんな事って」
明らかに焦りの色が見える。
「じゃあ……僕は不死人なんですか?」
ルイは短く応えた。だが、その声は震えていた。
目からは涙が溢れている。
「……はい」
冷酷に伝えるエリアル。そして、エリアルと初めて視線がぶつかる。
「……眼の色が」
エリアルの眼の色が片方だけ変わっていた。エリアルの両眼は燃えるような紅い眼だった。だが、その右眼は碧眼に変わっている。ネクロミノコンは死者の身体の一部と術者の身体の一部を交換する事で魔力の供給を図る術だ。つまりエリアルはルイの右眼と自分の右眼を交換したのだ。
そして、ゆっくりとエリアルが口を開く。
「ルイ。あなたは、今、自分が死んだと思っているのでしょう。だから涙を流している。違いますか?」
図星だった。どんなにこの世界に留まっていても自分は死んだ存在になる。
「そんな、バカな事って。だって僕には意識があるじゃないですか! 身体だって自由に動く!」
「それは、あなたが死ぬ間際、つまり死ぬ直前にネクロミノコンをかけたからです。完全に脳が動きを止める前に蘇生させれば脳は活性化される」
「……そんな」
「……」
「うぁぁぁぁぁぁぁ! 何で! 何でこんな事に!」
取り乱すルイ。
「落ち着きなさい!」
「落ち着いてなんていられない。僕は! 僕は死んだんだ!」
「お願い。落ち着いて」
エリアルは優しくルイを抱き締めた。
「何でこんな事に……」
嗚咽交じりのルイの声は次第に小さくなっていった。身体中の力が抜けエリアルに身体を預ける。
どの位そうしていただろう。
五分? 三十分? 一時間? もしかしたら一瞬なのかもしれない。
沈黙した二人の空
間を最初に打ち壊したのはエリアルだった。
「ルイ。あなたは確かに不死人になった。でも、今、私の手の中にいるのは、間違いなくあなたでしょ」
「……」
「それって、あなたの存在はまだ消えてないって事ですよね。ただし寿命は決まってしまいましたが」
ルイの寿命。それは、術者、つまりエリアルが死ぬ時までだ。
エリアルの目に涙が溜まる。
「それで、充分じゃないですか。あなたはまだここに存在している」
「……はい」
小さい声。でも、しっかりとしていた。
そして、エリアルは自分にまわされた手に少しだけ力が入るのを感じた。
――それから数時間後。
どんな状況であっても朝日はすべての者に平等に訪れた。
「お師匠様」
窓から差し込む光がルイを照らす。
「僕は、……僕は、これでよかったのかもって思いました。だってお師匠様は生きてるんだもん。さっきまでずっと考えて気がついたんです。だから言います。……僕はお師匠様の事が好きです。どんなに辛くても、悲しくとも、僕はお師匠様を守れたんです。好きな人を守れたんです。これってよく考えたら幸せなことなのかも知れない。そして僕は、これからもお師匠様を守っていきたい。これって我がままですか?」
穏やかな口調。優しい笑顔。
「……いいと思いますよ」
そう言ってエリアルは、ルイの唇に自分の唇を重ねた。それがエリアルの答えだった。
「な、お師匠様!」
真っ赤になりながら取り乱すルイそれを見て笑うエリアル。
「ありがとう、ルイ」
その言葉にルイは照れを隠すように笑った。
「さあ、ルイ。早く身支度を済ませてください。朝ご飯、食べに行きましょう」
「はい!」
そして、その返事は昨日から止まっていた日常が動き出した合図でもあった。
◆ ◇ ◆
「ルイ。準備は出来ましたか?」
「はい! お師匠様」
エリアルの問いに答えるルイ。黒い革でできたジャケットと同色のズボンに身を纏い、額には黒いバンダナを巻いていた。ローブを着ていた頃のルイは既に見る影も無いくらい行動的なスタイルだ。
「さあ、仕事もやめた事だし。リクを探しに行きますか。バリバリ私怨の旅ってね!」
そう言って笑うルイ。
「ええ、手伝いますよ。ルイ」
こうして二人の旅立ちは始まったのだった。
◆ ◇ ◆
「――っ!」
そこには見慣れた天井が映る。無双亭の天井だ。あたりは暗くまだ夜なのだろう。
「……夢か」
含み笑いを浮かべて再び目を閉じるルイ。
「今度こそ、勝ちましょうね。お師匠様」
ルイはそう呟くと再びまどろみに身を任せた。




