第二話 キラベルの洞窟
翌日。
二人はゲートの街を歩いていた。
どの位歩いたのだろう。
周りは人の賑わいは無くなっている。と言うより人が居ない。整備されていた石畳の道もいつしか、土へと変わっていた。
先ほどから無言のエリアルとルイ。モンスターの巣窟と言うだけあって、緊張しているのだろうか?
そして、二人は足をとめた。目の前に広がる大きな洞窟。
「どうやら着いたみたいですね」
「ここがキラベルの洞窟?」
静かに、頷くエリアル。
街外れに位置するこの洞窟は、何の整備もされていない荒地に、ぽっかりと口を開けていた。
そして、この洞窟がサイク・ルキアの遺産が残されていると言われている洞窟である。
「準備はいいですか? ルイ」
大きな入り口、大きく跳躍をしても天井には届かないだろう。それぐらい広い。中を覗いて見ると暗くて良く見えない。奥は相当深いようだ。
決意を固めて息を大きく吸い込んだ。刹那、顔を引き締める。
「いつでもどうぞ」
ルイの返事にゆっくりと頷くエリアル。
その頷きを確認し、中へと足を進める。
中は少し肌寒く凛としている。いかにもモンスターが好みそうな場所だ。
少し歩くと、すぐに日が差し込まなくなり辺りは暗澹に支配された。
横に居るエリアルの姿すら見えなくなっていた。
「あらら。真っ暗」
呟くエリアル。
何も見えない。こんな時に、モンスターに襲われたらひとたまりもない。
「ルイ。お願いします」
「はい。我を照らす真実の炎よ。尽きることの無い悠久の輝きを今ここに!」
詠唱を終えると鬼火のようなものがルイを照らし出した。
「これでよし、ってね」
炎独特の光が、足元を照らす。洞窟は無数のコケが生えており、不気味な雰囲気を醸し出している。また、岩で囲まれた洞窟は、奇妙な圧迫感を生み出していた。
「何か……いやだなぁ」
苦笑を浮かべるルイとエリアル。だが、まだ始まったばかりである。再びゆっくりと、そして慎重に足を進める。
凹凸の激しい地面。時折吹く乾いた風が、またなんとも言えず微妙だった。何かをして気を紛らわせたいのだが、今は歩くこと以外何もできない。苛立ちが募る。その時だった。
――カシャン。
「うん?」
「何か聞こえましたね」
遠くのほうから小さく音がした。
――カシャン。
再び聞こえる音。だがそれは、確実に大きくなっている。
乾いた物質がぶつかり合うようなそんな感じの音。
そして、その姿を鬼火が照らし出した時、ルイは、この洞窟で初めて剣を抜いた。
モンスターである。白く、細身の身体……というより骨だけである。手には折れた長剣。独特の歩き方。ただ目の前の敵を攻撃すると言う本能だけで動いている。それは、モンスターに意思が無い事を告げていた。
「やっぱり、まだレグナの眼があるって事ですかね」
眼をぎらつかせるエリアル。
「まだ言ってるんですか、そんな事。相手が骸骨剣士だから余裕なのかも知れないけど」
骸骨剣士。比較的、弱い部類に分類されるモンスターだ。
「ルイ! 頼みましたよ」
「了解」
ゆっくりと剣を構えるルイ。
「さあ。……行くよ」
ルイはそうつぶやくと凄まじい殺気が放つ。
カタカタと音を立て、骸骨剣士は剣を振り上げた。緩慢な動き。
刹那、骸骨剣士の腕は振り下ろされた。かわすことの出来ない速度ではない。だがルイは、あえてそれをかわさずに剣で受け止めた。続けて、剣を跳ね上げ、相手がよろけた隙に骸骨剣士の右手を斬り落とす。落ちた拍子に、粉砕する腕。
「そんなので僕を倒せる訳無いだろう」
よろめく骸骨剣士。武器さえなくしてしまえば後の始末は簡単である。
「これで、終わりだよ」
そう言って逆袈裟に斬り付けた。
ルイの持っていた長剣は、骸骨剣士の首の部分に引っかかり、首の部分が弾かれる。
首の落ちた骸骨は、いとも簡単に崩れ去った。
「なんだよ。あっけないな」
息を抜くルイ。骸骨剣士が宝石に変わったのを見て警戒を解く。
「そんなに油断していていいんですか?」
「大丈夫ですよ、お師匠様。僕、死なないし」
笑みを作り剣を鞘に収めた。その瞬間。
「ぐあぁぁぁぁ!」
左足に信じられないほどの激痛が走る。
足が熱い。焼けるようだった。裾を上げてみるとその理由がわかった。ルイの足は爛れていたのだ。まるで硫酸をかけたように。
そして、足に纏わりついている液体。スライムだ。
「先ほどからずっと居ましたよ。そのスライム」
呆れた顔をするエリアル。
さっきの骸骨剣士との戦いに夢中でその存在にまったく気が付かなかったのである。
「知ってるなら教えてください~!」
「まったく、しっかりしてくださいよ。少し熱いけど我慢しなさい! 絶大なる炎よ。紅き帝王よ! 我と共に敵を討て! 集え炎よ」
ある程度、距離を置いた所での詠唱。
そして、巻き起こる火柱。その火柱はスライムを目掛けルイもろとも呑み込んだ。
ジュゥゥゥと言う音がしたと思うと、スライムは消えてなくなっていた。蒸発したのだ。それと、ほぼ同時に『ぎゃぁぁぁ』と言う声も聞こえたがこの際気にしないでおこう。
煤だらけになったルイの姿。スライムが煤になり付着したのだろう。
「はあ、私の弟子がスライムに負けたなんて世間に知れたら……」
懇願するエリアル。皮肉たっぷりである。
「いくら、死なないとは言えもう少し気を配りなさい」
「……はい」
反省するルイ。
何はともあれ緊迫した状況は切り抜けた。あのスライムのいた場所にはきらきらと光る宝石が残されていた。
「さあ、わかったら自分に回復魔法をかけなさい。痕になりますよ」
「はい。穏やかな光者よ、生命の光を我に!」
『痕になるのがわかってるならやらないでよ!』とは口が裂けても言えないので頭の中でぼやくルイ。
いきなり前途多難だがこの洞窟はまだ始まったばかりなのである。
二人は再び歩き出した。
◆ ◇ ◆
どれほどのモンスターを倒したのだろう。
また、どれだけこの洞窟を攻略できたのだろう。
まったく見当がつかない。それぐらいこの洞窟は広いのだ。
「我は願う! 劫火の炎!」
響き渡るエリアルの声。飛び交う呪文。相変わらず、モンスターは尽きることは無い。
「はあ、疲れた」
湿気を帯びた岩肌にもたれかかるルイ。
「お師匠様。少し休みませんか?」
ルイの表情に疲労が浮かぶ。それは、エリアルにも言える事だった。
肉体的には、すでに限界を迎えているのだろう。足がふら付いている。後の事を考えずに敵と戦った結果だ。
「これだけモンスターが居るんです。絶対、レグナの眼はこの洞窟にあると見ました」
「確かに。少しだけ信じたくなりました」
これだけ大量のモンスターが要るのだ。宝の一つや二つあってもおかしくはないだろう。
「ただ、一つ言いたい事があります」
ルイは大きな溜め息をついた。
「このモンスターの数、多すぎでしょ」
二人の目の前に広がる物。それは、無数の宝石だった。鬼火に照らされ輝きを放つ宝石。だが、言い方を変えればそこにある宝石の数だけ敵を倒したのだ。元ではあるが宮廷魔術士の名は伊達ではないと言う事だ。
「それだけの資産家だったのでしょう。サイク・ルキアは」
溜め息をつくエリアル。
「はあ、今日は引き上げますか」
「そうで……」
遮られるエリアルの声。
「何?」
遠くから聞こえる咆哮。低く震えるような声で空気が振動している。
ケルベロスだ。
こんな時でもモンスターは襲ってくると言うことだ。
「まずい。ケルベロスか」
早急に剣を拾い立ち上がる。近づく足音。
「お師匠様。戦う気力は?」
「戦いたくない。……とも言ってられないですね。来ますよ。気をつけて」
流石にエリアルも危険を察知したのか臨戦態勢に入っている。
そして、鬼火にケルベロスの姿が映し出された時二人は驚愕した。
自分達が予想していた物と大分違っていたのだ。
「マジかよ」
先日ルイが相手にしたケルベロスよりもはるかに大きいのだ。
「ちょっと厄介ですね」
「ちょっとで済むんでしょうか?」
「さあ、それは貴方次第です」
エリアルはそう言って笑った。
「行きますよ!」
「了解! お師匠様。援護、お願いしますよ」
「ええ、任せてください」
頷くエリアル。それを確認したルイは地面を蹴った。
一瞬にして詰まるケルベロスとの距離。
「うぉぉぉぉぉ!」
振り下ろされる剣。ケルベロスの首に走る閃光。確かな手ごたえが剣を伝いルイの手に伝わる。
だが、途中で剣は何かに遮られた。骨である。鋼鉄のように固いケルベロスの骨が剣の軌道を遮ったのである。
「なっ!」
予想以上に甲殻なケルベロス、闘技場にいた養育されたケルベロスとは段違いである。
そして次の瞬間、右腕に激痛が走った。ケルベロスが噛み付いたのである。
「うがぁぁぁ!」
広がる激痛。乱杭歯がルイの右腕を砕く。
「ぐがっ! 絶大なる……炎よ。紅き帝王よ! その姿を爆炎に変え、我に力を与えよ!」
零距離からの炎の魔法。炎は噛み付いている一本の首を焼き焦がした。
「弾けろぉぉぉぉ!」
凄まじい咆哮。その声と同時には爆炎に姿を変えた。爆風により燃えていた首は弾け飛んだ。
二段魔法。以前エリアルが教えてくれた高等魔術だ。本来、魔法のイメージとは、最初に思い浮かべたイメージしか適応される事はない。だから、最初にイメージの方に細工を施して発動させるのだ。
ようやく、乱杭歯から開放されるルイ。
「ルイ! 退きなさい!」
後方から聞こえる声。ルイは、その声が聞こえるのと同時に横に跳んだ。
「光を司る鬼神よ、音より速く、漆黒を切裂く力を我に!」
刹那、エリアルの両手から一筋の光が放たれた。
吹き荒れる風と凄まじいほどの熱量。研ぎ澄まされ、圧縮された光は一直線にケルベロスへと向かっていく。
光の槍は燃えていたケルベロスをいとも簡単に貫きそして宝石に変えた。
「ルイ!」
駆け寄るエリアル。心配そうにルイの腕を見る。
「はは、ちょっと噛まれちゃいましたね」
ルイは痛みを堪えながらはにかんだ。地べたに座り込み、光の魔力を開放している。骨を粉砕されたのだ。既にちょっとのレベルではない。
「まったく、もう。笑い事じゃないですよ。あまり心配させないでください」
エリアルは、そう言って安堵の息を漏らす。
「ほら、手を貸してください」
差し伸べられるエリアルの手。
「はい」
空いている方の手で、エリアルの上を掴むルイ。そして、体が引き起こされる。……はずだった。
「きゃっ!」
エリアルも疲労の為か相当足にきていたらしい。ルイに覆い被さる感じに倒れてしまったのだ。
「痛たたた、大丈夫ですか?」
「はあ、痛いけど幸せ~」
幸せそうな笑顔を浮かべるルイ。だが、それはすぐに遮られた。
「うぉっほん。あんな大きなケルベロスを倒すなんて、さすが元宮廷魔術士って所かな?」
わざとらしい咳払いと絶妙なタイミングでかけられた声。女の声だ。
「いちゃつくのもいいけど洞窟じゃムードが出ないっすよ。先輩」
続いて聞こえる別の声。
「誰だ!」
声のほうを振り向くと二人の男女だった。
二人ともかなり若い。ルイと同じぐらいかそれより年下だ。
男の方はやや拗ねた様な顔立ち。服装は軟らかそうなローブを纏っている。服装から言って純粋な魔法使いなのだろう。少し、華奢とも思える。だが先入観を打ち消す物が彼にはあった。燃えるような真紅の髪と同色の瞳、吸い込まれそうな紅が凄まじい威圧感を醸し出していた。
そして、もう一人は、鉄でできた胸当てに同じく鉄でできた盾を左手に装備している。剣士と言った風貌だ。白い肌。腰まである褐色の髪は一本に結われていた。やはりルイ同様、動きやすさを重視しているのだろう。ただ、彼女の場合もっと高い位置で結ってあるためポニーテールと言ったほうが正しいだろう。
「貴方達は誰なんです? 私達の事を知っているみたいですけど」
問い掛けるエリアルに男は不適に笑った。
「へへ、第二十九代目宮廷魔術士レン・クロイツ。基本職は魔術士かな」
「同じく第二十九代目宮廷魔術士クリストファー・シルフィード。私は聖戦士だよ。ちなみにクリスって呼んでね」
少し、照れくさそうに自分の名を名乗る二人。だが二人とも活気に満ちた声だった。
第二十九代目宮廷魔術士、つまりルイとエリアルの後継と言う事になる。
「へ? 貴方達が?」
素っ頓狂な声を上げるエリアル。
「ええ、何かご不満でも?」
クリスは、そう言って懐から何か出した。ペンダントだ。鬼火に照らされたそれは、きらきらと乱反射している。揺らめく炎をモチーフにしたペンダント。それは、酷く見覚えのあるものでもあった。
『魔力の紋章』
エリアルとルイの声が綺麗に重なる。
魔力の紋章とは、宮廷魔術士を証明するためのペンダントである。初代宮廷魔術士から今まで代々受け継がれているのだ。一応、ルイとエリアルも身に付けていた事はある代物だ。
「これで俺達が宮廷魔術士だって信じてもらえたかな?」
にっこりと笑うレン。
「ま、まあ、一応は。で、その宮廷魔術士が一体なんの用なのですか?」
「実はっすね~。国王からラルヴァの剣を封印しろと言う指令を受けまして……」
レンは、これまでの経緯を二人に話した。
「……あのおっさん。性懲りも無く、ラルヴァの剣の封印を依頼したのか」
がっくりと肩を落とすルイ。
「それで、レグナの眼が眠ると言われているこの洞窟を目指したと」
エリアルの意見に頷く二人。どうやら、この二人も考える事はエリアル達と一緒だったらしい。
「んで~、利害一致したと言う事で~……」
酷く言いにくそうにするクリス。
「仲間になってください!」
その言葉に顎が外れそうになるルイとエリアル。
「あ、貴方達。宮廷魔術士になる時に契約書は読まなかったんですか?」
「契約書? ああ、めんどくさかったんでそのままサインして出した」
「俺も」
二人の言葉に頭を抱えるエリアルとルイ。しかも、『仲間にしてください』ではない所がまた素晴らしい。
「あのね、宮廷魔術士って言うのは民間人を仲間にしちゃいけないんだよ。仲間にして良いのは、宮廷が認めた人物だけなんだ」
苦笑しながら説明するルイ。
「それだったら問題ないっす」
がさごそと懐から何かを漁るレン。
「ハイ。これ」
レンが懐から取り出した物は一枚の手紙だった。封をしている蝋燭には、しっかりと宮廷の刻印が押されている。
手紙を受け取り、恐る恐る封書を取り出す。
―――――ぷりーず・へるぷみぃ
言葉を失う二人。たった一行に綴られた言葉は何より呆れさせた。しかも、やたらと可愛らしい文字で『国王、げいるたんより愛をこめて』と書いてあるのが更に二人のやる気を削いだ。
「……キィ~~~!」
ようやく正気に戻ったエリアルが、発狂しながら手紙をビリビリに破く。
「お、お師匠様が壊れた」
こうして、二人は宮廷認定の民間人となったのだった。
◆ ◇ ◆
「わぁ~。私、初めて見たよ~」
興味心身にルイの頭を抱えるクリス。ゲートの街で唯一の宿『無双亭』の食堂にクリス声が響いた。
「俺も初めて見た」
二人が見ている物。それはルイの顔……ではなくルイの額にある六芒星の痣だった。
「本当だ、心臓の音してない」
レンがルイの胸に手をあてがった。
「ああ、もう! さっきから気持ち悪いよ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ルイが二人の腕を振り払う。
「悪いけど、僕は見世物じゃないんだよ。それに、この痣が他人に見つかったら化物扱いされるかもしれないんだ。そんなのはごめんだね」
そう言ってバンダナを巻き直すルイ。
「そうですよ。幸い、ここには私達しか居ませんけど死体が動いているなんて知ったら誰も近づいてきませんよ」
地味に酷いエリアルの発言。そして、あえて聞き流すルイ。
「でも、ルイ先輩もずるいな~」
「何が?」
レンの問い掛けに聞き返すルイ。
「だって、こんな美人なお師匠様と毎日一緒に居るんでしょ。だったら、毎日がウハウハのムフフじゃないですか」
微妙な擬音が続いたが、言いたい事は大体分かる。それは、男としての性なのだろう。
「うん、幸せなのは幸せなんだけどね~。お師匠様、寝相が悪いから大変なんだよ」
そう言って笑うルイ。
「へぇ。誰が、寝相が悪いって?」
持っていたフォークをルイに突き付けるエリアル。
「ぼ、僕です」
ぶわ~っと涙を流すルイ。
「よろしい」
そう言うとエリアルはフォークを下げた。
「あれ? どうかしたんですか? 二人とも」
ぶるぶると首を振り、脂汗を流すクリスとレン。
「もしかしたら、エリアルさんって剣士の素質あるかも」
「嫌ですねぇ、褒めても何も出ませんよ」
と言って笑うエリアル。『褒めてない』と喉まででかかったが何とか我慢する三人。
何はともあれ、こうして長い一日は幕を閉じた。




