第十三話 紅の王者
『貴様には、最後の一手が無いのさ。こんな風にな』
爆発する地面。吹き飛ばされるルイ。
既にどの位戦っているのだろう。見当もつかない。太陽は姿を隠し変わりに月灯りが照らしている。一応、レンとエリアルも意識を取り戻しているが、戦闘できる状況ではないのだ。
「っ……。がはっ」
鮮血を吐き出すルイ。いくら死なないとは言え既に限界なのだろう。極限まで高めた精神力は疾うに切れ、今は、その代償が付き纏う。眼が霞み、手足がうまく動かないのである。
「ルイ!」
駆け寄るエリアル。そっと、ルイの身体を抱き起こす。
「お師匠様。……逃げてください」
苦痛に顔を歪めるルイ。
「嫌です! 私は、私は……」
ポロポロと涙をこぼすエリアル。
『大きな事を言っていた割には、情けないな』
レグナはそう言って笑った。
「くそっ! あいつを消し去る方法があれば……」
「……ありますよ。一つだけ」
静かに呟くレン。手にはサイコソードを持っている。
「なんだって!?」
「俺が、精霊体になる。そして、ルイ先輩と同化すれば……」
精霊体になる事、つまりそれは、レンの自害を意味していた。魂だけになるには肉体を破棄しなければならないのである。
未だに気を失っているクリスを一瞥してからルイを見た。
「俺は、あいつを倒せるのならここで肉体を無くしても構わない」
決意を固めるレン。
「駄目だよ。そんなの」
首を振るルイ。
「大丈夫っすよ。完全に死ぬわけじゃない。俺が今から自害します。その瞬間にルイ先輩が、回復させてくれれば仮死状態になる」
にっこりと笑うレン。
「完全に……死ぬわけじゃないのか」
「ただ、失敗すれば俺は完全に肉体を失い、ルイ先輩の精神は壊れてしまう。それでもいいっすか?」
「成功する可能性は?」
「ルイ先輩次第っすね」
「僕次第って、嫌な返答だな」
考え込むルイ。だがここには守らなくてはならない人がいる。決断は即座に決まった。
「お師匠様」
「ルイ……やるんですか?」
「ええ、もし失敗したら人形としてでもそばに置いて下さい」
はにかむルイ。エリアルの視界が涙で埋まっていく。
「泣かないで、お師匠様」
そっと、エリアルを抱き締めるルイ。
「僕は、クリスみたいに世界を救いたいわけでも無いし、私怨もそれほどあるわけじゃない。でも、僕はお師匠様を守りたいんだ。だから少しの可能性でも僕は……やります」
とめどなく溢れる涙。
「……はい」
エリアルは静かに頷いた。
「覚悟は出来ましたか?」
「ああ」
苦笑するルイ、その笑みは少しだけ謝っているようにも見えた。
「ったく、呑気なもんだぜ。こっちはこれから自害するって言うのにあいつは目を覚まさないし~」
刀身を出現させ愚痴をこぼす。強気な事を言ってはいるが、手は震えていた。
「じゃあな、生きてたらまた逢おうぜ」
クリスを一瞥しレンはその胸にサイコソードを突き刺した。心臓を貫いたサイコソード。
倒れ込むレン。夥しい出血。全ては精霊体になる為に……。
「今だ、穏やかな光者よ、悠久の光を癒しに変え、万物の生命を救いたまえ」
軟らかく穏やかな光がルイの手から放たれる。
刹那、凄まじい魔力の渦がレンとエリアルを包み込んだ。
「これが、レンなのか」
薄っすらと見えるレンの姿。おそらく精神の契約を交わしているからだろう。
「どうやら、成功した見たいっすね。もう後戻りは出来ないっすよ」
「ああ、望むところだ」
精霊体となったレンの身体は、吸い込まれるようにしてルイの身体に侵入した。
その瞬間、脳に膨大な量の情報が流れる。ルーン文字、見たことの無い呪文。
そして気が付く。レンの持つ全ての情報が自分の脳にコピーされているのだ。
「――――っ!」
自分は声を上げているのか、それさえも分からない。聴覚は全ての音を遮断し、視覚は暗澹に呑まれて行く。
激しい耳鳴りと、眼の奥を抉られるような感覚。まるで、その感覚は精神の契約を彷彿とさせる物があった。そして、それは弱り果てていたルイにとっては地獄のようなものでもあった。
(僕は……無謀だったのかもしれない)
知識の渦に、押し流されるルイの意識。そして、全ての意識を閉じようとしたその時だった。
一つの記憶がそれを押し留めたのだ。自分達との出会いの記憶だ。鮮明に刻まれているレンの記憶。そして、先ほどの映像。
(はは、そうだな。諦めてどうすんだよ)
自嘲地味た笑いを浮かべるルイ。もっとも、この空間では笑っているのかは、定かではないが……。
(僕は……お師匠様を守る!)
刹那、視界が晴れていく。知識の濁流は途切れ、全てが鮮明になって行く。
ゆっくりと開眼していくルイ。そして、全てを悟る。
自分は同化に成功したのだと。湧き上がる魔力。以前とは比べ物にならない。二人分の魔力を制しているのだ。
「ルイ……なの?」
耳に入る声、エリアルだ。驚嘆の声を上げている。
「ええ、そうです」
笑うルイ。
月明かりに曝されるルイ。
髪の毛は、今にも燃えるような真紅に染め上げられている。碧眼だった左眼は右目同様赤眼だった。
そして、何より額の黒い六芒星の痣が紅く変化している。
精霊を取り込んだ証とでも言いたいのだろうか。
(へへっ、どうっすか。ルイ先輩)
内側から響くレンの声。
「いいね、この力。最高だよ」
無限に湧き上がる力。
「これなら、あいつに勝てる!」
サイコソードを拾い上げるルイ。
「さあ、反撃開始だ!」
掛け声と共に現れる刀身。氷狼を倒す為に作り上げたあの刀身だ。
『レンを取り込んだのか。人間風情にここまで出来るとは』
「リク。……いや、レグナ。僕はお前を倒す!」
『面白い、やれる物ならやってみろ!』
薙ぎ払われるラルヴァの剣。渾身の一撃がルイを襲う。
「確かにレグナになったお前は腕力もある。魔力だって強い」
炎を纏い放つ。炎はすぐさま爆炎となりレグナを呑み込んだ。まるで、限界突破のような威力。いや、それ以上かもしれない。
『ぐっ……ぁ』
耐え切れないのか苦悶する声が響く。
「けどな、喧嘩は相手をよく見てから売るものだ」
地面を強く蹴り高く跳ぶルイ。剣を斜に構え、そのままレグナの肩を斬り裂いていく。
圧倒的な戦力の違い。全ての事を理解し、精霊の力を完全に己の物としたルイ。
『ぐあぁぁっ!』
躊躇は何一つ無かった。数時間前、クリスが斬り付けた所に振り下ろす。正確に、そして、今度は致命傷になるほどに深く。
レグナの眼が大きく開かれルイを捕らえた。一呼吸置いて盛大な血飛沫が地面を真紅に染める。
『貴様!』
「弱いんだよ、邪神なんかに頼って力に溺れてる奴に負けるかっての! だってさ。レンからの伝言」
にっこりと笑うルイ。
「それと、これは僕からの報復!」
両手をレグナに向けるルイ。
「消えてなくなれ!」
すべての魔力を集中させゆっくりとカオスワードを呟く。すべては未来のために。すべての未来のために。
「紅の十二翼を持つ竜王よ。汝、爆炎に姿を変え我と共にあらん事を。我は願う、紅蓮の十二翼!」
紅い光がレグナに向けて放たれる。全てを消し去る希望の光。
「バイバイ!」
一瞬後、凄まじい衝撃がゲートの街を包んだ。