第十二話 邪神記
「ルイ! あれを見てください」
洞窟を出て耳にした第一声がそれだった。指を指すエリアル。
「あれ、結界が……」
結界が解けていたのである。そして、崩れた街並み。先ほどの地震で崩れてしまったのだろう。
「街の人達は?」
「うまく逃げ出したみたいだね。まったくと言っていいほど気配がない」
恐ろしく静かな街並み。まるで廃墟だ。まあ、これから起こる事を考えれば願ってもないことなのだが。
「さあ、回復してもらいたい人はいるかい? これから嫌でも戦う事になるんだ」
笑うクリス。その後に、『勝てるとは限らないけどね』と付け加えた。
「レンを回復させてやってくれ」
ただでさえ、レンの背中の傷は深手なのだ。よく洞窟で気を失わなかったのだと思う。
「ルイ君は大丈夫なの?」
「僕は自分でかけられるから」
そう言って後ろに倒れるルイ。
「ルイ!」
「はは、身体中が痛いや」
駆け寄るエリアルに苦笑するルイ。考えてみれば、この中で一番重症なのはルイなのだ。
氷槍に刺さり、氷漬けされ、挙句の果てには火あぶりにされる。きっと地獄と言うのはこう言う事を言うのだろう。
ゆっくりと光の力を解放していく。
和らいでいく痛み。
「大丈夫ですか?」
心配そうに問い掛けるエリアル。
「はい、ちょっと眠いけど……何とかイケるかな?」
「頼りにしてますよ。不死人君」
パチッとウインクするエリアル。
「はは、人使いの荒いだ事」
苦笑するルイ。
「なんか……いい感じだよね」
とクリス。手は、レンに添えられ、光を放っている。
「ああ。俺達、蚊帳の外って感じだな」
あぐらをかくレンは、足に肘をつき、手のひらに顎を乗せる。眼はジト眼だ。
「ったく! 世の中、不公平だ!」
唸るレン。
「ほえるなよ、負け犬っぽく見えるよ」
悪戯っぽく笑うクリス。あどけなく笑うその笑顔は、レンの心に深く焼きついた。
「……鈍感な奴」
小さく呟くレン。それぞれが思い思いの時間を過ごす。最後の一時と言う奴だろうか。
そして、最後の瞬間は唐突に訪れた。
「……来る」
何かを感じ取ったのか、呟くレン。
次の瞬間、激しい地震がルイ達を襲う。
「うわっ!」
激しく揺れる地面。割れていく石畳。全てを呑みこむ様な地割れが走る。
『くっくっく、逃げずに待っていたのか?』
何処からとも無く響く声。リクの声だ。
「くっ! どうやらおいでなさった様だね」
一瞬後、蒼白い光に包まれる大地。まるで、何かを形成していくかのように集中する光。
「あれは!」
その中心に位置する物。それはレグナの眼だった。蒼く無気味に光るレグナの眼。そして、それを覆う光は人型に形成されているようだった。
徐々に具現化されていく身体。土気色の手足。その右手には、しっかりとラルヴァの剣が握られている。
「あの剣、生きてるのか?」
呟くルイ。それもそのはず、今まで見てきた刀身は、そこには無かったのである。まるで大蛇を思わせるような波を打つ巨大な刀身。赤く、血で染め上げられた様な柄。その剣の全てが無気味に見える。あれがラルヴァの剣の真の姿なのだろう。
「相変わらず、でかいな」
姿を露にするレグナ。先ほどの氷狼とまではいかないが、かなりの大きさだ。
「あいつがリクなのか」
ルイがその言葉を口走ったその時だった。
突然吹き付ける強い風。まるで、五感を全て失うような感覚だった。強い眩暈、耳鳴りが四人を襲う。瘴気だ。
「うぐっ」
こみあげる嘔吐感に口を押さえるルイ。それほどまでに強力な瘴気なのだ。
そして、この瘴気に真っ先に中てられたのは、禍人であるルイなのだ。
「ルイ!」
倒れそうになるルイを抱き止めるエリアル。
「何て、瘴気だよ」
頭を抑える呟くルイ。
「相手は、邪神……だからね。悔いは残さない様に行くよ!」
覚悟を決めろと言わんばかりに闘神の剣を引き抜くクリス。そして、構える。
「すいませんね。結局、最後の最後まで巻き込んじゃって」
苦笑しながら、右手に炎を纏うレン。
「ルイ。私は、あなたと一緒に居れて最高に幸せだったと思います。嬉しい時も、悲しい時も一緒に居てくれて……本当にありがとう」
赤くなるエリアル。
「私は、貴方を好きになって本当によかった」
まるで最後の決別をするような言葉を残すエリアル。
「何、言ってるんですか。お師匠様」
気合を入れ自分の足で立ち上がるルイ。頭を振り意識を鮮明にさせる。
「皆、永遠の別れを言うみたいに勝手な事言ってさ。少なくとも僕はこんな場所で骨を埋める気は無いね。だから僕は全力でお師匠様を守り、レグナに打ち勝つ!」
覇気に満ちた表情。その表情は、周りの三人に活力を与えた。
「はは、そうだね。私達は絶対にレグナに勝つ! レン。サポートを頼むよ」
「おうよ。任せとけ!」
手を握り締めガッツポーズを作るレン。
「ふふ。じゃあ、守ってください。私も全力で戦いますから」
笑うエリアル。
「了解!」
柄を引き抜くルイ。刀身を出現させる。
三百年と言う長い歴史を経て、最後の戦いが始まろうとしていた。
◆ ◇ ◆
――スパンッ
腕を振り払うレグナ。そして、蒸発するように霧散していく炎。
「こんなのじゃ通用しないか」
呟くレン。レンの炎は、まるで煙を払うようにかき消されたのである。
当然、ルイ、エリアルの二人の魔法もこれと同じ様にまったくと言っていいほど通じないのだ。
そして、打撃で攻めるクリスだが、相手はもともとリクなのだ。殆どの攻撃を読まれ弾かれてしまう。
「くっ、攻撃手段が見つからない」
毒づくエリアル。焦燥が戦場を支配する。
『くっくっく。この力、この魔力。これが俺の求めていた物だ』
剣を横薙ぎにするレグナ。筋肉は軋み、その巨大さ故に、一つ一つの行動にも、大気は震える。剣を薙ぐ際に生じた風圧を武器に変え、攻撃を仕掛けてきたのである。
「うわっ!」
吹き飛ばされるレン。全体に広がる風は全てを吹き飛ばそうとする。
「広大なる大地を駆ける緑風よ。絶えることの無い神風を刀身に纏え!」
風を纏ったサイコソード。
「いっけ~!」
まるで斧を振るう様にサイコソードをフルスイングするルイ。先ほどのレグナの攻撃に対抗したのだ。
ぶつかり合う風と風。
いたる所で旋風が起こり、瓦礫を吹き飛ばしていく。
「いたたたた。流石、ルイ先輩」
頭を抑えながら立ち上がるレン。砂埃にまみれたのだろうか、酷く汚れている。
「くそ! 何か手段は無いのか」
苦し紛れにもう一度振り被るルイ。再び突風が吹き荒れた。
「紅の十二翼を持つ竜王よ。汝、爆炎に姿を変え我と共にあらん事を。我は願う、紅蓮の十二翼!」
放たれる爆炎。爆炎は突風に乗り相乗効果で竜巻を引き起こす。
「金色の光に包まれし騎士よ。そなたの偉大なる光を刃に変えて敵を撃て!」
竜巻に向けて閃光を放つエリアル。竜巻は閃光をも呑み込み、レグナへと向かっていく。
そして、爆発。計り知れない衝撃が走り、紅い光がレグナを呑み込む。抉れる地面。吹き荒れる突風。
『くっくっく。所詮、その程度か』
消えて行く炎。おぼろげに映るその姿。
「嘘だろ」
驚愕の声を上げるレン。
『人間の力など底が知れている』
「甘いね!」
いつの間に後ろに回りこんだのだろう。クリスだ。
「もらった!」
高く飛び、重力を味方につけ肩から斬り付ける。
剣から伝わる、肉を切り裂く感覚。手応えは充分である。初めての有効的な一撃。一つ不満を言えば、その傷の深さだろうか。レグナの大きさから言って、斬り落とすと言う行為は伸縮自在なルイのサイコソードでなければ不可能なのである。
だが、その点はクリスも判りきっていた事であり、斬り落とすつもりも無かった。ただ、大きな傷を作る事。それがクリスの目的だったのである。
「どんな生物でもね、弱点はあるものなのさ。仮に、なければ、作ればいい」
『くっ! 考えたな、ハーネ』
初めてレグナの口から苦悶の声が響く。
「完全無欠のレグナ様、敗れるってね」
笑みを作るクリス。
『だが、弱点を作っただけで勝てると思っているのか?』
瞬間、レグナの両目が怪しく光ったように思えた。そして、その顔は、不気味に笑うように……。
刹那、眩い光がクリスを包み込んだ。そして、爆発。
まるで、時が止まった様に感じた。
三人は状況を理解するのにかなりの時間を要した気がする。
「クリス!」
倒れるクリス。身体中に火傷を負い、意識は既に無いのだろう。
「おい! クリス! しっかりしろ!」
駆け寄るレン。抱きかかえるクリスの身体が酷く軽く感じる。
「ルイ先輩! クリスを」
「分かってる」
手をあてがい光の力を解放していくルイ。
「穏やかな光者よ、悠久の光を癒しに変え、万物の生命を救いたまえ」
軟らかく穏やかな光がルイの手から放たれる。塞がる傷口、だが意識は失ったままだ。
「くそ、クリス!目を覚ませ」
呼びかけるが返事がない。そして、
『そんな悠長な事をしていて良いのか?』
不意にかけられた声。戦闘の最中なのだから当然だろう。
その直後、レグナを中心に光の渦が全てを呑み込んだ。
◆ ◇ ◆
「限界突破……だなんて」
崩れ落ちるレンとエリアル。身を呈してルイとクリスを守ったのだ。
「……お師匠様、レン」
状況は最悪だった。たった一人残されたルイ。
「何て事を……何て事をしてくれたんだ!」
例えようの無い怒気が込み上げる。怒りで手が震え剣を持つ手がおぼつかない。いや、これは怒気などではない。完全なる殺意だ。
満ち溢れる、殺意の波動が魔力を高めていく。
「……覚悟を決めろ。貴様に後悔をさせてやる」
ゆったりとした動きを見せるルイ。鋭い眼光がレグナを捕らえる。
「お前には、魔法が効かないんだったな」
刀身の消えたサイコソードをレグナに向け構えるルイ。
「くたばれっ!」
まるで、ルイの言葉に反応するように、無数の刃がレグナに向けて放たれた。刀身を弾丸の様にして飛ばしたのである。しかも、それだけではない。全て、急所を狙い放ったのだ。眉間、鳩尾、心臓、両目。
『ぐっ!』
ラルヴァの剣で無数の刃を薙ぎ払う。弾かれた瞬間、霧散する刀身。
レグナの表情が否応無しに変化していくのが見えた。だがルイは相手の変化を待つつもりは無かった。
後ろ足で地面を蹴り一気にレグナとの距離を詰める。
『貴様!』
ルイの周りを眩い光が包んでいく。先ほどクリスが重症を受けたあの技だ。そして、爆発。
「こんなので僕が倒せると思っているのか?」
展開される無属性の魔力。絶対障壁だ。
そして再び刀身を発射させた。至近距離から、今度はクリスのつけた傷口に向かって。
『ぐっ……あ』
苦悶の声を上げるレグナ。無数の刃がレグナの体内を貫き斬り裂いていく。吹き出る鮮血。返り血がルイに吹きかかる。
「へえ。……邪神も血が赤いんだ」
血を拭うルイ。その表情は笑っていた。不気味に、そして殺戮を楽しむように。
『調子に乗るな!』
薙ぎ払われるラルヴァ剣。風圧が旋風となり、かまいたちを巻き起こす。
吹き飛ばされるルイの身体。そのまま瓦礫に頭から突っ込んだ。粉塵が舞い上がりそして消える。
そこにルイの姿は無く、今もその瓦礫に埋もれているのだろう。
『くっ、貴様如きにここまで深手を負わされるとは』
直後、光に包まれていくレグナ。軟らかい光が、レグナの傷を癒していく。リクの光の能力も受け継いでいるのである。
徐々に塞がって行く傷口。
『俺を倒したければ、時間を与えない事だ』
高らかな笑い声があたりに響く。そして、クリスがつけた傷口は完全に塞がれた。
――カタッ
瓦礫が動き、ようやくルイが立ち上がる。滴り落ちる血液。左腕が千切れて無いのだ。荒い息、ボロボロになった衣服。だが、ルイは一つも表情を変えていない。左腕を右手で掴み拾い上げる。
「……」
そして、聞き取れないほど小さい声での詠唱。ルイは左腕をレグナに向けて投げた。
「金色の光に包まれし騎士よ。そなたの偉大なる光を刃に変えて敵を撃て!」
放たれる閃光。それも左腕からだ。予想外の行動に直撃を受けるレグナ。
まるで、意志を持ったように動く左腕。先ほどの詠唱は左腕に魔力を吹き込んでいたのである。
致命的な怪我すらも武器にしてしまう、凄まじい発想力。
そして、戻ってくる左腕。早急に光の力を解放しその腕を治す。
『くっ! 何て奴だ。この戦闘で進化しやがって……。だが、俺にもまだ勝機はあるんだよ』
意味ありげに笑うレグナ。
「勝機だ? お前に待っているのは死のみだ。後は何も残らない。その意識さえもな」
ルイは、静かに言い放った。