第十話 氷の王
目の前に広がる空間。広大な広間。
だが、背筋が凍るような、そんな雰囲気が支配していた。部屋は、相変わらず冷気に包まれて凍りついていたが、この雰囲気は寒さとかそう言う物ではない。それは、純粋に恐怖なのだ。
凛とした空気。そして、その部屋の中央に奴は居た。
殺伐とした眼光。見る物を圧倒させる威圧感。そして、その眼光はルイ達に向けられた。
「来たな」
ゆらゆらと、まるで煙の様に立ち上がるリク。
「コロ、どこかに隠れていなさい」
「キュイ~」
エリアルの肩の上で頷き飛び降りるコロ。そのまま階段の方へと走る。
「ほう、あいつ等を倒したのか。流石とでも言っておこうか」
「ざけんな! あんな雑魚にやられるかよ!」
剣を引き抜くルイ。同様にクリスも剣を引き抜いた。
「私達は、お前を止める為に……レグナの復活を止める為にここまで来たんだ。あんな所でやられてたまるか!」
「俺を、止めるだと」
クリスの発言を嘲笑うリク。
「残念だな。レグナは時間が経てば復活する」
「さあ、それはどうかな。少なくとも、街の皆が死ぬ前にお前を倒せば復活は止められるさ」
呟くレン。右手には炎を纏っている。
「勝てるのか?」
鬼火にさらされたラルヴァの剣が怪しく光る。
「勝つさ。俺達は勝たなきゃいけないんだ!」
レンはそう言って、炎を放った。一筋の炎がリクを目掛けて走る。まるで津波のように炎がリクを呑み込んだ。氷を溶かし、全てを焼き尽くすような灼熱の炎。
「うぉぉぉぉぉ!」
気合と共に、炎を操る。まるで鞭の様な動きを見せる炎。叩き付けるような炎の連撃が続いた。
「これで、……どうだ!」
刹那、炎が爆炎に姿を変える。激しい爆発音が洞窟内に轟いた。
「ふっ、これで終わりか? だとしたらお前には、勝機は見えない」
凄まじい水蒸気の中から聞こえる声。嘲笑うように捨て台詞を吐く。
「さあ、それはどうかな?」
笑みを見せるレン。
「ね、ルイ先輩」
「油断大敵だね。僕達が四人居ると言う事を忘れたのかい?」
リクの背後に回り、サイコソードを突きつけるルイ。
「魔法がお前に効かないって事は、先輩達に聞いてたんだよ。俺が炎を放ったのは氷を溶かし、水蒸気で煙幕を張る為さ」
不適に笑うレン。
「ほほう。考えたな。地形を利用した攻撃とはな」
「ずいぶん余裕があるじゃないか」
首筋を這うサイコソード。
「当たり前だ。貴様如きにやられると思っているのか?」
刹那、無数の氷の槍がルイに突き刺さる。
「うぐっ!」
苦悶の声を漏らすルイ。
「邪魔だ!」
リクは、あっさりとサイコソードを払い、ルイに蹴りを入れた。
「さあ。血が沸き立つほどの戦いをしようじゃないか」
呟くリク。戦いの幕は静かに切り下ろされた。
◆ ◇ ◆
「さあ、串刺しにしてやるよ」
リクの言葉に反応するように、無数の氷槍が出現する。リクの突発魔法だ。
「レン。まずは、お前からだ」
一瞬後、レンに向かって無数の氷槍が迫る。
「俺も甘く見られたもんだね」
冷静に弾道を見切り、横に跳ぶレン。後方でガッと言う音がする。恐る恐る、後方に目を向けると先ほどの氷槍は壁に突き刺さっていた。恐ろしい破壊力である。
「くっ!」
体勢を立て直しながら呻く。
「躱したか」
いつの間に懐に潜り込んだのだろう。先ほどの氷槍がフェイクだと気が付いた時には全てが遅かった。確実に仕留める一撃を放つために体重を乗せ、足を踏み込み、左から右へと斬り込む。
「死ね」
怜悧な声と共に閃光が走る。剣先が服を翳め、斬り裂いていく。
「おわっ!」
寸での所で後方に跳び、躱すレン。
「くっ! この野郎!」
突発魔法で応戦するレン。だが、それはレグナの眼によって掻き消されてしまう。
「クリス!」
「あいよ!」
無属性の魔力を展開させている間を狙ってルイとクリスが斬り込む。
「甘い!」
剣だけを残し身を屈め、二本の太刀を防いだのである。長剣でこそなせる業だ。そしてそのまま、右足を突き出し回転した。水面蹴りである。足を払われたルイとクリスはなす術も無く、その場に倒れてしまう。
「暗澹を切り裂く閃光よ。紫電を纏いし鬼神よ。我は願う。裁きの雷!」
上空から響くエリアルの声。ルイとクリスが気を引いている間に風の魔法で移動したのだ。
轟く雷鳴。一筋の光がリクを直撃した。
「くっ!」
苦悶の声を上げるリク。
「油断しましたね」
「ふっ、油断したのはそっちだろう」
刹那、リクは氷槍を作り出しエリアルに向けて投げた。
「きゃ!」
エリアルの右腕に刺さる氷槍。痛みで集中力を欠いたのかそのまま落下していく。そして、一瞬後。エリアルの身体は堅い地面に叩きつけられた。
「お師匠様!」
「大丈……夫」
苦しそうなエリアル。
「エリアルといったな。貴様の弱点は、自分の魔力の絶対な自信だ。だから、効いているふりをして貴様を油断させたのさ」
冷笑を浮かべるリク。
「貴様!」
剣に突発魔法をかけ斬りかかるルイ。
「くっくっく、ルイと言ったな。貴様の弱点はそこなんだよ。仲間がやられた事で怒り、攻撃が大きくなる。そこで大きな隙が生まれるのさ」
「うぐっ」
腹部に見事に決まっているリクの左手。レグナの眼を握り締めたままだ。結果、堅さと重さの両方を兼ね備えた拳が生まれたのだ。崩れ落ちるルイ。
「これはおまけだ!」
突如身体を捻るリク。左足を軸に足首を回転させ、次に腹部を回す。そして、右足を遠心力に任せ弧を描く。重みを帯びた回し蹴りがルイの頭部を捕らえた。吹き飛ばされるルイの体。壁には先ほどレンが躱した無数の氷槍が生えている。
「ぐはっ!」
ルイの身体を貫く氷槍。口から鮮血が散る。吐血したのだ。
「ルイ先輩!」
「おっと、他人の心配をしている暇は無いぞ。次は貴様だ」
「くっ! この野郎!」
腕に炎を纏い、殴りかかるレン。
「がっかりだな、レン。貴様如きが、この俺に体術で勝てると持っているのか?」
「何か忘れてないかい? 私も居るんだよ」
後方から聞こえる声。クリスだ。剣を振り被り袈裟切りに持ち込む。
前後からの連係攻撃を見せるクリスとレン。
「ほう、連携か。だがな、ハーネ。貴様の弱点はその踏み込みの甘さだ。充分に踏み込んでいないと太刀筋は軽くなってしまうんだ」
冷静にラルヴァの剣で攻撃を受け流し、右足で蹴りを繰り出してレンにカウンターを入れる。
「レン!」
「隙だらけだぞ。ハーネ」
剣の柄でクリスを横殴りするリク。
「きゃあ!」
恐ろしいまでの格闘センスを持つリク。全ての攻撃に隙を見つけ、その隙を確実に突いてくる。
「ぐっ……あぁ」
吹き飛ばされ、床に叩きつけられ、転がりようやく止まる。
頭部からは血が流れていた。
「ふっ、そろそろ終わりにしてやる」
ラルヴァの剣を地面に突き刺し、詠唱を唱える。
「くっ、待てよ。……終わりにするにはまだ早いぜ」
ゆっくりと立ち上がるレン。
「ほう、まだ勝つ気なのか?」
嘲笑うリク。
「先輩。巻き込んじゃうかもしれないけど……」
振り返るレン。
「好きにしなさい。どっちにしろこのままじゃ……ね」
「はは、だってさ」
笑うルイ。その言葉にはにかむレン。
「さあ、くらいやがれ!」
殺気立つレン。真紅の両眼を見開き詠唱を始める。
「紅の十二翼を持つ竜王よ。汝、爆炎に姿を変え我と共にあらん事を。我は願う、紅蓮の十二翼!」
十二本の紅蓮の光がリク目掛けて放たれる。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
咆哮と共に炸裂する爆炎。地面を抉り、大気は振動し、熱風は炎を煽る。以前とは比べ物にならないほどの威力を見せる。
そして次の瞬間、真紅の光がリクを包んだ。そして、爆発。耳を劈くほどの爆音が辺りに響く。
まるで洞窟が崩れるのではないかと思えるほどの振動。岩壁には亀裂が入り、天井からは氷柱が落下してくる。だがそれ以上は何も起こらない。広い空間と言うのが功を奏したのか、どうやら洞窟のほうがレンの魔法より少しだけ強度が勝っていたらしい。
「どうだ!」
徐々に引いていく紅い光。
「ぐっ。……なんて魔法を持ってやがる」
ようやく姿を現すリク。痛みを耐えるくぐもった声と荒々しい呼吸。リクの左腕はほとんど炭化していた。レグナの眼だけが不気味に光る。
「くそ、絶対障壁でさえ消化しきれない魔法とはな」
痛みに顔を歪めるリク。
「さあ、お互い余裕は消えたな」
「くっ、そうだな。油断した。こちらも、一人では分が悪いようだ」
リクは静かに呟いた。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
咆哮を上げるリク。
左手を高く掲げると、レグナの眼が眩い光を放つ。
刹那、氷が、凍気が空中に集まりだした。
レグナの眼の能力が発動したのである。
そして、何かの形を象っていく。
とてつもなく、巨大な何かに……。
◆ ◇ ◆
静まり返る洞窟。全員が息を飲む。
誰一人として動こうとはしなかった。いや、動けなかったのである。
「これは……モンスターなのか」
愕然とする四人。それは、あまりに巨大だった。空洞の半分を占める身体。
そして、大きな上顎と下顎。そして、四本の足。まさしく狼だった。
「氷狼……フェンリル」
驚愕の声を上げるエリアル。
「あっはっはっは! 貴様等を生贄にしてやる」
氷狼の頭の上でリクは大きく笑った。
息を大きく吸い込み、天井に向けて吐き出す。猛烈な吹雪が天井に向けて放たれた。
崩れ落ちる天井。ただでさえ、レンの魔法で地盤が脆くなっていたのだ。
「くそっ! あんなの反則だろ」
岩石を横に飛び躱すルイ。
「くっくっく。そんなに軽く行動していいのか?」
刹那、衝撃が走る。前足で払われたのである。
「ぐがっ!」
吹き飛ばされるルイ。身体がバラバラになるような感覚。凄まじい破壊力だ。
「ルイ、しっかりしなさい! ルイ!」
倒れこむルイに駆け寄るエリアル。
「大丈夫です。……でも、これはちょっと、きついよ」
上半身を起こし薄れそうな意識を、頭を振って無理やりはっきりとさせる。
「おいおい、そんなにゆっくりしていていいのか?」
前足を上げ、そしてルイ達の真上で下ろす。
「くっ!」
エリアルを抱きかかえ、強く地面を蹴るルイ。
寸での所で抜け出す。後方で地面が揺れ、轟く凄まじい音。
「ほう、よく躱せたな」
「ふん! でかくったって動きが緩慢なら意味が無いんだよ」
そう言って足元を斬り付けるルイ。
「さあ、それはどうかな?」
――ガッ!
鈍い音が響く。ルイの太刀筋が氷により弾かれたのである。
「嘘だろ」
驚愕するルイ。
「死ね」
リクの言葉に反応する氷狼。前足を器用に動かし連撃を加えてくる。
まるで虫けらの様に逃げ惑い、この部屋で唯一の入り口、階段へと逃げ込む四人。
「くそっ」
息を切らすレン。同じ様に肩で息をする三人。
髪を乱し、服はボロボロに破れ、滲み出る血が激闘を物語る。
「くっ!」
右腕を押さえるエリアル。結構な出血をしている。
「大丈夫ですか、お師匠様」
「はは、あまり大丈夫とは言えないですね。クリスさん。回復をお願いしてもいいですか?」
エリアルはそう言って笑う。とは言え疲労は隠せないらしい。かなり、憔悴している。
「ああ、ちょっと待ってね」
エリアルの袖を捲くるクリス。
「うわっ! こりゃ酷いね。肉が抉れて、骨まで折れてるじゃない。こりゃ、ちょっと時間がかかるよ」
傷口に手を当て、光の力を解放するクリス。穏やかな光がエリアルの傷口を包んでいく。
「ちくしょう、ここに来てあんな化け物だすなんて……」
「まさか氷狼を作るとはね。レン、あんた炎龍とかになれないの?」
「なれるか!」
クリスの問いに突っ込むレン。
「何か手は無いのですか?」
無言になる四人。それは、もう対抗手段がなくなったと言う事を意味していた。
「いっそ、捨て身で行ってみます?」
サイコソードに炎を纏わせるルイ。刀身は紅く変化した。
「捨て身って言っても……それだ!」
「んあ?」
レンの声に驚くルイと、サイコソードを指差すレン。
「サイコソードの刀身は、ルイ先輩のイメージなんでしょ。だったら、あいつに対抗できるだけの武器を作ればいいんですよ」
「そんな、めちゃくちゃな」
苦笑するルイ。
「でも、何もしないよりはいいでしょ」
「そうだけど、……もう、どうなっても知らないよ」
そう言うとルイは、瞳を閉じた。頭の中で刀身を作り具現化させる。
「……」
呆気に取られる四人。
「ルイ君。やる気ある?」
刀身を一瞥してから深い溜め息をつくクリス。ルイの作り出した物。それは、ただの棒だった。一応、刀身の長さだけは凄まじく、天井へ向けて一直線に伸びている。
「ええと、もっと扱いやすく強力な剣を……」
焦りながらイメージを膨らますルイ。
だが、そんな状態でイメージが纏まるはずが無い。使えない剣が、構成されては霧散していく。
「……駄目だ。考えれば考えるほど棒しか出てこない」
頭を抱えるルイ。
「ルイ、落ち着きなさい。貴方の使いたい物で良いんですよ」
そう言って笑うエリアル。優しい声だった。酷く心が和らぐ。そんな感じがした。
「そんなに難しく考えることは無いんです。魔法を使うように、落ち着いて、ゆっくりとイメージを固めて行って……」
頷き頭の中でイメージを固めていくルイ。より長く、より切れ味が鋭い剣を……。
刹那、まるでハルベルトのような剣が出来上がった。槍を思わせる程の長柄。
槍には、基本的に穂先に、刃先をもった平形と、刃先のない棒状の物の二種類がある。
ルイが作り出した刀身は、間違いなく、前者の物だ。つまり、穂先に刃を持っていたのである。
そして、本来、斧刃と呼ばれる穂先の刃の部分には、三日月刀のような弧を描いた刃。ご丁寧に反対側には、剣を受け止める為の翼まで付いている。
限りなくポールアームと言う種類の槍に似ているが、これは剣の部類に属するだろう。
斧刃の部分が異様に長いのだ。その長さは、穂先から鍔の部分まで伸びている。
更に素晴らしい事にサイコソードは、どんな刀身を作ろうとも、基本的に柄だけの重さしかない。そして、どれほど刀身が長くても振る速さはまったくと言っていいほど変わらないのだ
槍の性能と剣の素早さを兼ね備えた最強の武器と言ってもいいだろう。
「おお~」
一斉にあがる歓喜の声。
「よし、これなら時間稼ぎぐらいはイケるかもしれない。クリス。お師匠様を頼んだよ」
「え、ルイ君……まさか」
「ああ。一人で行くよ。僕は、死なないからね」
振り向き様にはにかみ、そういい残すルイ。
「ルイ先輩。俺も行きますよ」
立ち上がるレン。
「いや、駄目だ。レンは勝負の要だからね。今は回復するんだ。いいね」
そういい残しルイは、再び戦場に足を向けた。