第九話 氷の脅威
「くそっ! どうなってんだよ。この洞窟は!」
毒づくルイ。スケートのように足を滑らせ、逃げる。他の三人も同じようにしているのだ。後方から追ってくるモンスターの大群。それらは、全て氷で出来ていた。
「おそらく、リクが洞窟のモンスター全てに氷の属性を持たせたんだと思います」
冷静に状況を分析するレン。
確かにその通りなのだろう。
「でも、そんな事出来るの?」
問い掛けるルイ。だが、それは意外な人物によって遮られた。エリアルである。
「おそらく、出来るでしょうね。レグナの眼の能力を忘れたのですか?」
「そうっす。さすがっすね。エリアル先輩。多分、リクはモンスターを作る時に自分の能力を掛け合わせたのだと思うっす」
「へえ、そんな事が出来るのか」
「まあ、あくまで推測ですけど」
「それじゃあ、質問ついでに、今この状況を打破する方法は?」
ルイが問い掛けると三人は薄っすらと笑みを浮かべた。
「それはもちろん。ねえ」
「ええ、やっぱり」
「逃げるが勝ちっす!」
「やっぱり?」
四人は後方に向けて炎を放った。隙間なく、放たれる炎。刹那、水が蒸発する音が辺りに木霊した。
「よし! 逃げるぞ」
滑らせる足を更に速め、地下への階段を目指す。
「ルイ先輩! 次、右で」
「了解!」
分かれ道を華麗に駆け抜ける四人。先頭を走るルイを筆頭に、疾風の火炎放射器は、地下への階段へと滑り込んだ。
「はっ!」
「ほっ!」
「でりゃ!」
「とうっ!」
それぞれ気合を入れて地面を蹴った。猛烈なスピードで空中に投げ出される四人。
『広大なる大地を駆ける緑風よ。絶えることの無い神風を今ここに!』
三人の声が洞窟に木霊する。自分達に風の魔法をかけたのだ。光魔法しか使えないクリスは、当然、レンにしがみついている。
「うっひゃ~、速い速い」
「キュイ~!」
風を切る四人とその状況を楽しむコロ。どうやらコロはかなりのスピード狂らしい。そして、そのスピードの甲斐あってか、あっという間に地下二階が見えてくる。
だが、そこには当然の様にモンスターが待ち構えていた。
「キュイ~!」
邪魔だと言わんばかりに咆哮するコロ。それに答えるようにルイが叫んだ。
「君達には構ってられないよ。僕達は無駄な体力は使えないんだよ!」
手から炎を出し、一掃するルイ。まったくその通りだ。決戦は、目前なのだから。
「さあ、急ぐよ!」
そう言うルイ。四人は更にスピードを上げた。
◆ ◇ ◆
「くそっ!」
ルイ達は地下二階で第二の関門に差し掛かっている。モンスターの大群と遭遇したのだ。要するにモンスターの巣だ。しかも、相変わらずモンスターの殆どが氷で出来ている。
「広大なる大地を駆ける緑風よ。絶えることの無い神風を今ここに!」
ミイラに向かって真空の刃が走る。その瞬間ミイラはバラバラになり宝石に姿を変えた。
「くっ! 数が多すぎる! 何を考えてるんだリクの奴は」
そう言いながらゴーレムに向けて炎を放つレン。
「知らないわよ! 大方、私達を疲れさそうとしてるんでしょ」
そう答えながらクリスは剣を薙ぎ払った。コボルトが数体、宝石に姿を変える。
「口を動かす前にモンスターを片付けてください!」
エリアルはそう言って右腕を掲げた。
「金色の光に包まれし騎士よ。そなたの偉大なる光を刃に変えて敵を撃て!」
放たれた閃光がモンスターを焼き尽くす。だがそれでもモンスターは減らないのだ。
「邪魔なんだよ!」
そう言ってルイは剣を横薙ぎにする。
「くそっ! 次から次へと」
毒づくルイ。こう考えるとリクは結構、頭の切れる策士かもしれない。この洞窟のどこかのポイントにモンスターを集めておけば、かなりの時間稼ぎにもなる。そして、最大の利点としてルイ達を疲れさす事が出来る。そうすれば自分の戦いが楽になるのだ。
そして、見事にその思惑に引っかかったルイ達。
「ここに居るモンスターが全部スライムだったら楽なのに」
「それ、別の意味で嫌です」
エリアルは苦笑した。確かにそれだけスライムがいたらそこら中、べとべとで気持ち悪い。ルイは自分で言っておきながらも少しだけ後悔した。
「あ~、もう!」
ついに、苛立ちに限界が来たのだろうかクリスが大きな声を出した。
「いい加減に、消えうせろ!」
もう、一人頭二十匹は倒しただろう。四人に疲れの色が伺える。
だがその甲斐もあってようやくモンスターは数えられる程度まで数を減らした。
「最後の締めっすね」
レンは、炎を腕に纏い突っ込んでいく。
だが残っているモンスターは強いモンスターばかりだ。急所を上手く突かない限り一撃で決まる事は無い。しかもほとんどのモンスターが、敏捷度が高く厄介な奴ばかりだ。
「ちょこまかするな!」
比較的、動きが緩慢なガルムに炎を放つレン。氷で出来ているガルムはみるみるうちに溶けていく。
「暗澹を切り裂く閃光よ。紫電を纏いし鬼神よ。我は願う。裁きの雷!」
エリアルの手から雷が放たれる。
そして、その雷はキメラに直撃した。
「いい加減に死になさい!」
クリスはミイラをすばやく斬りつける。最低八回は斬っただろう。速くてよく見えなかった。
そして、追い討ちをかけるように突発魔法を放つ。バラバラになったミイラはあっけなく絶命した。各々の凄まじい攻撃は、次第にだが確実に数を減らしていく。
「さあ、残るモンスターはが五匹、キメラが三匹」
「また、嫌な奴等が残りましたねぇ」
エリアルはそう言って苦笑した。
「ルイ、それとレンさん。キメラをお願いします。あいつ等は、氷で出来ていないみたいですから、電撃に弱いはずです」
エリアルはそう言って笑った。
「了解」
「ういっす」
「さあ、クリスさん。行きますよ」
「うん」
クリスは、そう頷き九頭龍に斬りこんで行った。それの直後にエリアルの放った閃光が一匹の九頭龍を討つ。
「行くよ! レン」
ルイはそう言って一直線にキメラに向かって走る。そして、斬撃。だが、キメラは思いのほか堅く、剣が降り抜ける事はなかった。だが、ルイは手を休めない。
「うぉぉぉぉぉ!」
気合と共に激しい連撃が降り注ぐ。
「レン!」
「了解!」
『暗澹を切り裂く閃光よ。紫電を纏いし鬼神よ。我は願う。裁きの雷!』
重なり合う声。二本の閃光がそれぞれ一体ずつキメラを捕らえる。
「グァァァァァ!」
声にならない声を上げるキメラ。そして、二匹は宝石に姿を変えた。
「よっしゃ! 後、一匹!」
怒涛の強さを見せる二人。
「暗澹を切り裂く閃光よ。紫電を纏いし鬼神よ。我は願う。裁きの刀剣!」
刹那、ルイの刀身に紫電が走る。雷の魔法剣である。
「ラスト!」
そう言ってルイはキメラに剣を振り下ろした。
電撃独特の音が洞窟内に響き、キメラは宝石に姿を変えた。
「よっしゃ!」
手と手を合わせるルイとレン。
パンといい音が響く。会心の勝利である。
「終わったみたいだね」
どうやらクリス達も九頭龍を倒したらしく、既に座り込んで休んでいる最中だった。
「はあ、何かリクの策略にはまってしまいましたね」
ぐったりとするエリアル。
「うん。悔しいけど今は少しでも疲れを取ろう」
クリスの言葉。四人は少しだけ休息をした。
◆ ◇ ◆
目の前にぽっかりと切り抜かれた空間。階段である。
ここを下りれば、リクと出遭ったあの大広間だ。
一歩一歩、階段を踏みしめる。
近づく決戦の瞬間。この階段を抜ければ激しい死闘が目に見えている。
この一歩一歩が、酷く重い。
「ルイ。ようやくですね」
「ええ。長かった道のりもこれで終わります。いや、終わりにする」
それは、一年間ルイが望んでいた事の終焉を告げる事になる。
「さあ、見えてきたよ」
クリスがそう言って指を指す。そこに見える終焉の瞬間。
決戦の瞬間は、ゆっくりと訪れた。