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どす恋っ♡

作者: 高良 揚羽

 美奈は頬を薔薇色に染めながら麗花に溌剌と告げる。

 

「じゃあ明日八時に東京駅集合ね! 生で、しかも特等席で相撲見られるなんて本当に楽しみ! 憧れのあの大関とあの横綱の対戦なんて今から手に汗握っちゃうよ……!」

 

 高校最後の夏休み。七月に行われる名古屋場所に行けることになったのだ。憧れの力士への思いを語りながらうっとりとする美奈に、麗花は呆れ顔だ。

 

「はいはい、行きの新幹線の中で『ドキッイケメン男子と恋しよっ♡』一緒にやろうね」

「え〜。それってお相撲さん出てくる?」

「出てくるわけないでしょ」

「ちぇっ」

 

 力士が出てこなければ興味がない。美奈の好みは一貫しているのだ。しかし、美奈のやる気のない態度に麗花は眉を吊り上げた。ちんちくりんの美奈と違って麗花はスラッとしたきつめの美人なので、そんな表情も様になる。

 

「なにその態度? 誰のおかげで名古屋場所のチケット取れたと思ってんのよ?」

「麗花様のコネのおかげです……」

 

 そう、祖父母が名古屋の名士だという麗花のコネでチケットを入手できたのだ。恩返しと思って、麗花のハマっている中世ヨーロッパ風の乙女ゲーム『ドキッイケメン男子と恋しよっ♡』略してドキ恋を攻略するしかない。

 そう覚悟を決めると、麗花様は鷹揚に頷いた。

 

「わかればよろしい。はい、これドキ恋の自作攻略ブック。明日までに読んで来なさい」

「ゲームのプレイ前に攻略本読んでいいの!?」


 渡されたお手製の攻略ブックには、麗花自作のイラストや矢印での相関図などが書いてある。マメな性格だなあ、と美奈は素直に感心した。


「選択肢間違えまくるとクリアするより先にやる気を失うでしょ。こういうのはある程度事前情報入れといた方がいいのよ。心配しなくても決定的なネタバレは書いてないから」

「うん、ありがとう。読んでみるよ!」


 ここまで麗花がしてくれたのだ。ちゃんと今日中に読もうと決意した美奈に麗花が言い添える。

 

「選択肢間違えると速攻死ぬから」

「乙女ゲームってそんな物騒なの?」


 これはしっかり読まないと、不完全燃焼で名古屋場所観戦に赴くことになる。観戦中にイケメン男子たちへの雑念が混じるのは避けたいと思った美奈は、武者震いをする。

 持ってきていたお相撲さん柄の付箋紙に「明日までに絶対読む!」と書いて、攻略本の表紙に貼った。


 ◇


 家に帰った美奈は、名古屋への旅行の準備の最終チェックをすると、犬用のリードを掴んだ。

 玄関へ向かう美奈に、夕食の支度をしている母が声をかける。

「美奈、どこ行くの」

「ハッケヨイの散歩に行ってくるー!」

 ハッケヨイは愛犬の名前だ。家族全員が相撲好きだからなのだが、あまり相撲に興味のない祖父は勝手に「ハック」と呼んでいる。


「さっきのカバンでいいや」


 面倒くさがりの美奈は、先ほど麗花と会ったときの攻略本が入ったままのカバンに、散歩セットを入れた。

 靴を履き替えて、夕方だと言うのにうだるような暑さの外へ向かった。

 

「ワンワン!」

「何よ、ハッケヨイ」


 散歩中、愛犬のハッケヨイが激しく吠えるので立ち止まった。ハッケヨイが吠えるのは、一見ただの民家だ。しかし、暗い色の塀をよく見ると、人間の膝くらいの高さに真っ暗な穴が空いていた。ちょうど体を丸めれば人が一人分入るくらいの穴だ。覗いてみるが、何も見えない。塀に穴が空いていれば、普通は家が丸見えになるような気がするのに、と美奈は首を捻る。

 

「ん〜なんの穴なんだろう……?」

「ワンッ!」

「あっ!」


 ハッケヨイに足元をドンッと押された拍子に、美奈は体勢を崩して穴に吸い込まれてしまった。

 

 ◇


「ここ、どこ……?」

「ワンッ!」

「もう、ハッケヨイのせいで変なとこ来ちゃったよ〜」

 民家の塀の穴を通り抜けたとしても、その家の敷地に着くはずだ。しかし、美奈とハッケヨイがいるのは明らかにそこではなかった。


 まず、太陽が真上の位置にあった。家を出る時には夕方だったのだから、真昼間なのはおかしい。

 次に、美奈とハッケヨイがいるのはヨーロッパのお城ような場所なのだ。こんな家が近所にあったら、噂になっていないとおかしい。

 周りを見渡しても、さきほどの穴は見当たらない。


(夢でも見てるのかな)


 これは白昼夢だ。明日の相撲が楽しみすぎて変な夢を見てしまったのだ、と自分に言い聞かせる。

 しばらく宮殿のような場所の廊下を愛犬を引き連れて歩くと、豪奢な扉が現れる。そっと扉を引くと、三人の人影が見えた。


(良かった、人だ……!)


 このよくわからない空間で人に巡り会えて、美奈がほっとしたのも束の間、飛んで来た罵声に近づこうとした体が固まった。

 

「なんだその白豚のように醜い体は、視界に入るだけでおぞましい!」

「ぶくぶくと太って慎みのない体ですこと。こんなのが息子なんて……!」


 中世ヨーロッパ風の貴族の衣装に身を包んだ三人が二対一でテーブルを挟んで向き合って座っている。

 どうやら三人は親子らしい。

 罵倒されている息子は、美奈と同じくらいの年齢に見てた。金髪碧眼のふくよかな少年である。

 父母が息子をなじる発言に、美奈は思いきり眉をひそめた。思わず、声をかける。


「あのう、ちょっと待ってください。その言い方はないんじゃないですか」

「ワンッ!」


 ハッケヨイも一緒に抗議してくれたようだ。


「きゃあっ、突然人と……犬が……!」

「な、なんだね君は! あとその犬も、なんなんだね!?」

 

 もっともな指摘である。しかし、非現実的な状況に美奈の中の常識は微塵もなくなっている。よくわからない世界でのよくわからない住人への遠慮はする必要がないと結論づけた。

 夫婦が大混乱に陥っている隙に、私は白豚と呼ばれた彼の前に仁王立ちした。


「私は森田美奈です。こっちは愛犬のハッケヨイ。あなたたちのお名前は?」

「ウ、ウンベルト・ゴンザレスだ」

「ペネロペ・ゴンザレスよ」

「……フェルナンド・ゴンザレスです」


 強面細身の父親がウンベルト。美魔女風の母親がペネロペ。ふくよかな息子がフェルナンドと言うようだ。


「突然お邪魔してすみません。でも、ここで会ったのも何かのご縁。あなたたちに言いたいことがあります!」


 どうせよくわからない夢なら、モヤモヤして目覚めたくはない。睡眠だってしっかり取りたい。だって、明日はずっと前から楽しみにしていた相撲を見るんだから――!

 言いたいことを言ってやるんだと決意して、私は夫妻を睨んだ。


「大前提として、容姿を貶める行為は最低です。それに……息子さん、宝石みたいな体じゃないですか」


「「「えっ?」」」


「ふくふくと肉がたっぷりついて、姿勢から関節も柔らかそうですし、上背もあります。あとは鍛えるだけで極上の力士ボディになれます。今は何を食べてその体に? えっ主にパンとサラダと肉? 天才じゃないですか、ちゃんこ鍋食べたらどうなっちゃうんですか!? 間違いありません。彼は宝です。相撲界の宝。磨けば誰よりも光る原石なのです!」


 手で彼を指し示して夫妻を見上げる。きらきらとした美奈の視線が恐ろしくて、夫妻はじりじりと後ずさりを始めた。しかし、夫のウンベルト・ゴンザレスが正気を取り戻した。


「……話にならん! 退場願おう」


 そう言って姿勢を低くして、美奈へと両手を伸ばしてきた。

 美奈の瞳がきらりと輝いた。

 

「どすこい〜〜〜っ!」


 ウンベルト・ゴンザレスの腰のあたり――相撲だとまわしの部分――を掴んで一気に引きつける。そして、相手の前に出る力を利用して投げ飛ばした。

 あたりに静寂が訪れた。

 投げ飛ばされたウンベルトも、見守るペネロペも、それまで項垂れていたフェルナンドも、皆目を丸くする。


(小さい頃は、プロの力士になりたかったんだから)


 好きこそものの上手なれ、である。美奈は、テレビで見た投げ技を弟にかけたりして遊んでいたのでちょっとした投げ技なら再現できるのだ。

 まあ、女子相撲にプロはないし、美奈は体型に恵まれなかったので、とっくに諦めた夢なのだが。

 

「す、すごい……」


 フェルナンドが驚きと憧憬の目で見てくれたので、私は照れて頭をかいた。

 

「すごくないですよ。私の体は小さくて、軽くて、太れない体質で……、せいぜい油断した相手を少し投げ飛ばすくらいしかできません。でも、あなたは違います」


 そう、フェルナンドは美奈とは違う。フェルナンドが向かってきたら、どんなに彼が油断していても投げ飛ばすことはできないだろう。

 だから、宝なのだ。

 

 美奈は、彼に向かって満面の笑みで手を伸ばす。

 

「恵まれた体を持つあなたなら、どんな相手だって敵わないんですよ! さあ、一緒に相撲部屋を見学しに行きましょう!」

「は、はい」


 勢いにのまれたフェルナンドが美奈の手を取った時だった。


「ワンッワンッ」

「わ、ハッケヨイ!」


 ハッケヨイが美奈の足に甘噛みをして、元来た道を戻ろうとする。

 帰ろうとしている、という確信めいた予感があった。

 

「お邪魔してごめんなさい、もう帰らなきゃいけないみたい!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 きびすを返そうとした美奈をフェルナンドが引き留めた。


「いつか必ずスモウベヤに行きます。だから、そうしたら、また会えますか?」

「高校卒業したら相撲の本場所はたくさん見に行く予定なので、いつか会えると思います!」


 このまま穴が閉じたらまずい。美奈は早口にフェルナンドに答えると、「では、また!」と挨拶をしながらハッケヨイに続いて走り出した。


 ◇


 新幹線に揺られながら、麗花の冷たい目にさらされている。

「なんでそんなに眠そうなわけ?」

「いや、昨日変な夢見てさ……。それより、ドキ恋やろうよ!」

 昨日のよくわからない体験について話すのはなんだか恥ずかしくて、私は誤魔化して笑った。

 白昼夢のようだ、と思っていたあの出来事は本当にどうやら夢を見ていたらしい。それも立ったまま。

 昨日あの世界から戻ったあと、ワンワンッという鳴き声で覚醒すると、穴があったはずの塀のそばに立っていた。

 時間も数秒しか経っておらず、奇妙な体験に首を傾げたのだ。


「どう? 好みのキャラいそう?」

「ん〜、みんな細いなあ……」


 王宮風の世界観の学校で、タイプの違うイケメンが学校のクラスメイトとして次々と現れる。麗花の絵でわかっていたことだが、どの攻略キャラも細身だ。

 

「ん? なんか一人すっごいガタイの良いキャラがいる!」


 最後に話しかけてきた男子生徒に、美奈は興奮して声をあげた。ふくよかな肉がついているがそれ以上に鍛えているがわかるたくましい体だ。「どのキャラ?」と画面を覗き込んだ麗花が息をのむ。

 

「待って、その人どの攻略サイトでも見たことないわよ。隠しキャラ……!?」

「この人攻略しよーっと」


 麗花がネットで攻略サイトを調べまくっている間に、美奈はふくよかなイケメンを攻略したのであった。


 ◇


 美奈はまだ知らない。

 散歩中に美奈がトリップしたのは、お相撲さん柄の付箋つきの攻略本の世界だったことも。

 数年後、テレビで彼とよく似たイケメンが相撲界の新星として特集を組まれることも。

 そのまた数年後、観戦しに行った本場所で彼と再会することも。

「あなたのあの投げ手が忘れられない」ときらきらした目で告げられることも、まだ、知らない。

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