第4話 非常識な常識
燦々と降り注ぐ太陽光。瑞々しく葉を揺らす木々。絶えず蠢く雑踏。何からも隔たれていない外の世界は、ミギの目には随分と鮮やかに写って少し眩む。部屋の中の籠ったそれとは違う冷たくて新鮮な空気が呼吸をするたびにミギの歯をすうすうさせる。
ミギとアシは車に乗せられて、人通りの多い街へ連れて行かれた。都会のよくある街並みだが、ほんの数メートル先には工事現場のような即席の壁が取り付けられ、周囲には黒い防護服をまとった警備員が立ち並んでいる。どうやらその中が今回の仕事現場のようだった。
「ボーっとするな相棒!! 俺様の隣に立つならば間抜けな面を晒すんじゃない!!」
「えっ……あ、そ、そうだね……。」
アシに 脇腹を小突かれて我に返る。母親以外とまともに会話したことがない上に、どうもこのアシと言う少年は少し人との距離感がおかしいようなのでやりづらい。
ミギはアシの横顔をそっと盗み見る。ミギより10センチほど背が高いが、まだ少し丸みを残した輪郭は同年代のそれである。ハイはミギの上司であると言ったが、ならばバディであるアシもハイの部下であるはずだ。母親を殺した人間の仲間にしては随分とあどけなく無邪気で、ハイのような冷酷さは見られない。もしかしたら彼も自分と同じような境遇なのかもしれない。
そうこうしている間に、2人をこの場所へ運んできた黒塗りの車が走り去っていった。
「ぁ、行っちゃった……。」
「ん?どうした?」
「あ、えーと、車行っちゃったなって。初めて乗ったから気になっただけ、そんだけ」
「フン、車に乗ったことがないとはなかなかヘンな奴だな! どうせ帰りも迎えが来る。俺があまりにも脱走するもんで送迎が付いたんだ。俺がバディで良かったな相棒! いつでも車に乗れるぞ!!」
「そ、そうなんだ……。」
要は問題児として目をつけられているという訳だが、本人は何故だか得意げだ。しかし、ものすごい勢いで景色が流れていくのは面白かったし、坂道を下る時の浮遊感はスリルがあって楽しかった。それに何時でも乗れるのかと思うと少し心が躍る。
「いいか、相棒。このベテランな俺様がお前に仕事の手ほどきをしてやる。」
そんなミギを横目にアシがフン、と鼻を鳴らして黒い制服の腕を捲る。真っ黒なせいでデザインが見えづらいが、ミギやアシ、ハイの着ている制服はそれぞれ微妙にデザインが違うがどれも軍服を模しているようだった。
「まず、この壁の中の対戦区域にて異骸の出現を待つ。落ち着いて、冷静にだ。そして異骸が出現!! 即座に対処だ!! 俺様の華麗なる足技が炸裂!! エンドレスファイヤーシュート!! ブラッディソウルハイキック!!」
途中から熱が入ったのか、アシは何やら奇妙な技名のようなものを叫びながら宙に向かって蹴りを繰り出している。一見ふざけているようにみえるが、その実繰り出される蹴りは到底素人とは思えないスピードだ。しかし、ミギが気になった場所はそこではない。
異骸。たしかハイも異骸の出現が観測されたと言っていたがそもそも異骸とは何なのか、話はそこからだ。出現、対処。そんなものは築40年のボロアパートに出るゴキブリにしか使ったことがない。いや、それにしたって出現なんて言葉は使わないし、アシの動きを見る限り『対処』というのはそうとう物騒なようだ。
「そ、そう……。あ、あの、聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
「イガイって、何?」
ミギがそう尋ねると、アシは目を丸くして少しの間固まった。
「……知らないのか?」
「うん」
素直にそう答えれば、アシは困惑したように凛々しい眉を寄せた。
異骸、いがい、イガイ。
そんなものはミギの人生で一度も見たこともなければ聞いたこともない。しかし、アシの反応ではどうも異骸の存在を知らないということはかなり稀有であるらしい。アシは数秒固まった後、またいつもの調子を取り直して鼻を鳴らした。
「フン、本当に変な奴だな! まあいい。この大先輩の俺様が教えてやろう!!異骸というのは……」
その時、ミギの目の前、アシの背後の上空から何かが降ってきた。
降ってきた、というのが正しいのか、それとも落ちてきた、というのが正しいのか、隕石のような勢いで白い壁の向こう側、アシの言う『対戦区域』の中へ突っ込んでいった。
地面が割れる音が響き、辺りが揺れる。ミギは、あの日、アパートにハイがやってきたときのことを思い出した。どこかでサイレンの音がする。
あまりにも突然で、一瞬の出来事だった。しかし、ミギの見間違いでなければ、あれは確かに『ヒト』の形をしていた。
「ああ、アレだ、あれが特別指定特異生物、通称異骸だ」
アシがニヤリと勝気に笑い、彼の脚、ふくらはぎから下の形状がみるみるうちに変化してゆく。肌は黒く、固く 鱗の様に盛り上がる。ゴジラの脚。
ミギと同じだ。