いつか許せるその日まで
きっと、綺麗な女だったんだろう。
俺の家の押し入れには、一つの後悔が押し込められている。白い布に幾重にもくるまれたカンバス。それが後悔の正体、美大に通っていた当時の作品だ。
フレッシュピンク、という色が存在する。カラーコードは#f3ceae。つきつめれば肌色や肉色に和訳される類の色だが、あえてそう呼ばないことに意味がある。
初めてフレッシュピンクを創造した画家は、苦労の果てに歓喜したに違いない。モデルの白いが決して病的なわけではなく、うっすらと紅潮した瑞々しい生気に満ちた肌を表現する術を手に入れたのだから。モデルはきっと妙齢の女で、そのうえ美人だっただろう。そうでなければ試行錯誤して肌色でも肉色でもない新たな色をパレットに作り出そうと努力を重ねないのは、俺だけではないはずだ。
朝露をたずさえた淡いピンクのモダン・ローズのような、今すぐかじりつきたい芳しい白桃のような。フレッシュピンクは、理想的な肌の持ち主にだけ許される絵の具なのだ。
俺は、自分のフレッシュピンクを作り出せなかった。
なけなしの金をはたいて雇ったモデルがいた。うねる流水のような黒髪。星のきらめきをギュッと凝縮した存在感のある黒目。清らかな川の清水にさらした小石のように丸みを帯びた体の曲線。完璧な女だった。特に横顔のカーブが好きだったので、Fサイズにバストから上を描くことにした。少しとはいえ画面に入りこむ苦手な服の皺も、克服するべく逃げずに過去一番に力を入れた。
でも結局、絵のほとんどを占める肌の色を自分の力量では描き表せなかった。悔しい以上に情けなく、しばらくは何も描きたくなかった。
今日、久しぶりに作品を引っ張りだした。引っ越しごとに丁寧に未練がましく荷物に梱包しては押し入れに仕舞った絵は、あのころと同じ未完成のまま。日に焼けず、埃もかぶらず、少し色あせた。
自分の好きなことを仕事にすることが叶わなかった今の俺がこの絵を手に取ることに、意味を見出せない。絵を描く喜びや懐かしさも喚起されないうちから納得できないまま塗った肌に痛々しさばかりが付き纏う。
それでも、手放しはしないと断言できる。時々、無性に痛みの在処を思い出したくなるからだ。これは過去の俺の墓標で、今の俺の座標みたいだ。
布に包んでまた、同じ場所へ戻す。次に俺が布を外すとき、痛みはまた思い出とリアルをつなぐ。その距離が今よりずっと果てしなくなって、ようやく俺の後悔は終わると思うのだ。
短編集に収録してましたが書き直し新作と入れ替えのためこちらに移しました。貧乏性。
***以下転載***
ルノワールの描く少女や女性の頬が、フレッシュピンクかなと思ってます。
もう二度と読み返したくない小説も、私はここにずっと残すつもりです。




