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伝わりますか  作者: 朧 月夜
【弐】弟切草の想い出
7/18

◆過去 [序]

◆以降は2014年に連載していた際の前書きです。


 【壱】の続編となります。こちらは初めの数話が高校時代、残りは十年前に満たない程度の作品です。


 葉隠(はがくれ)の忍者 影狼(かげろう)達により滅亡を迎える最中、過去に身を浸す悠仁采(ゆうじんさい)。その回想(【壱】)を終えた後の彼に訪れたものとは──?




挿絵(By みてみん)


 深奥 (しんおう)から鳴り響く風のような轟音と、巻き上がっては落ちていく砂塵と共に、魔妖城は今、紅蓮たる炎の中へ自ら身を沈めようとしていた。


 霧の立ち込める薄緑に淀んだ沼の、表面に描かれていく水紋の幾筋。

 時々炎を宿したまま水の中へ(いざな)われていく土塊は、じゅっと音を立て、亜麻色の身体を水底に横たえている。


 痩せ細った枯れ木を濁った空へと突き刺したその沼には、もはや映し出すものは何もなかった。地響きの終焉と共に訪れる静寂──無──。

 砕け散った城の破片を浮かべた緩やかなせせらぎだけが、小川へと通じる出口へ向かって一心に流れてゆく。


 西の空を赤黒き血で染め始めた陽は、あたかも城の緋たる火を吸い込んでしまったかのように思われた。


 悠仁采(ゆうじんさい)は──死を、夢見ていた……。

 彼は、死にたがっていた。


 刀傷と凄まじい火傷を負い、遥かに続く沼の中を独り漂う悠仁采は、もはや死神に魅了され、大河に身を委ねた一艘の笹舟の如く、あてもない流れの中を彷徨(さまよ)う。

 気は()うに失っていたが、何処か意識の奥で懐かしい想いを感じてはいた。


 ──何十年という歳月であっただろう……。


 信長の首も、天下統一の栄誉も……そんなものは欲しいなどと、一度たりとも思わなかった。ただそうしていれば忘れていることが出来た。──『月葉(つきは)』を。


 『月葉』という安らぎを。


 自ら戦火の中に身を投じることで、死による安らぎを求めずにいられることが、彼の最良の人生であったことは云うまでもない。彼自身は仄かに死を畏れていたのだ。


 しかし、今は違っていた。時は既に満ち足りていた。というより、彼は少々長く生き過ぎた()がある。


 ──月……葉……──。


 潜在意識さえも短い眠りにつき、視界が漆黒の闇へと移りゆく瞬間。彼が口にした言葉は、彼自身に知らず安らぎを与えていた。


 上へ……下へ……。時代が上下するように、身も心も浮き沈みしながら。花を咲かせたように水を紅く染めていく悠仁采は、人一人どうにか通れるほどの小さな川を降りる。沼の薄汚れた水とは違い、多少流れを含んだ透明な水泡(みなわ)は、やがて彼を森の奥へと導いていった。


 緩やかな丘陵地に根を下ろしたその森は、小川を中心に縦横に木が生い茂り、遠くを映す景色も、太陽の光さえも見せてはくれない。上空では烏が(とり)の刻を知らせ、東の紺青の空へと飛んでいったが、地上の木々の間に獣の姿は存在しなかった。


 ほどなく日没がやって来る。


 森のあらゆる物が影を作るが、それは闇といっても暗黒ではない。時間や場所に変化はあっても、人の心は変わらぬように、悠仁采の心が悪に侵されながらも、月葉への想いは変わらぬように……。




 ──悠仁采様……。


 小さな琴の音と共に、あの懐かしい優しい声が蘇ってきた。


 ──ゆうじんさいさま……。


 これは水の冷ややかさが織り出す幻覚なのかも知れない。川は火傷の肌を時には優しく、時には激しく刺しつつきながら、悠仁采の思考や五感を麻痺させ、そのまま彼を死の淵へと追いやっていた。


 ──ゆう……じん……さい……さま……。


 (ああ……もう一度、あの声を──)


 全ては夢。幻。月葉の形をした死の誘惑。

 しかし今まさに彼は、その誘惑の虜となろうとしていた。いや、なりたがっていると言っても過言ではない。


(あに)(さま)、あれを……」


 (月葉の声……?)


 その時、悠仁采が遠い意識の何処かで聞いたのは、月葉その人の物であった。

 何気なく、ほっとしたように淡い息を吐き、彼は眠りにつく。

 死は再び、遠ざかっていたことも知らずに──。



 悪に走る者、(ゆえ)なくしてならず、

 悠仁采、これの(たぐい)なり──。




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