[二]
◆以降は2014年に連載していた際の前書きです。
【序】の影狼に続きまして、az様から戴きました悠仁采と月葉のイラストです♪
この後の本文にちょっと和やかな描写があるものですから、そちらをイメージいただくのにちょうど良い表情の二人と思いまして、こちらに置かせていただくことに致しました*
通常は結構無表情で冷徹そうな悠仁采ですが、月葉とならこんな微笑みも浮かべたのかも知れません。
文末には私が描いた二人のイラストも登場致します☆ そちらも含めまして二人の印象を固めていただけましたら幸いでございます。
azサマ、こちらにもほんわかな二人のささやかなひと時を描いてくださり、誠に有難うございました!!
二〇一五年十二月十一日 朧 月夜 拝
それから数日が、矢のように飛び去った。
月葉は年の頃二十歳に満たぬほどの娘で、傷が癒えると良く働いた。日中の大半は悠仁采と共にし、書を読んだり茶を立てたり、そんな遊び事に時を費やし、数日前を思い出すこともままならぬように思われた。
そんな姿を誰よりも哀れと見詰めているのは、当の月葉よりも、悠仁采であったのかも知れない。
彼の推測は──元々断定であったが──断定として押し固められつつあった。
書を写しても茶を立てても、そこらの町娘には到ることの出来ぬ、才能とでも言われそうな技術を備え、特に茶は天下一品とも言える。
いつの間にか、彼が月葉以外の茶を飲まなくなったのも頷けよう。
──不安だ……。
と、悠仁采が初めて思ったのは、月葉を助けて間もなくのことであった。
彼が推測するに、彼女は尾張に隣接する美禰領主 水沢龍敏が娘、月姫であった。
かつて父から勘当され、僧にもならず気楽に暮らしてきた悠仁采は、もはや世間から離れて久しい。故に世の情勢にも疎くなっているのだが、此度は側近の一人を山から下ろし、数日にして美禰がどのような状況に陥っているのかを把握することとなった。
この頃、水沢龍敏と織田信長の父信秀は戦争状態にあった。
後の信長の血気盛んには程遠いが、それでも領土拡大のため、織田軍は小さな戦を繰り返していたのだ。
初期は隣接といっても、ほんの小さな郡だけを吸収してきた信秀だが、ついには水沢家に目を付けるに及ぶ。
今、美禰は籠城し休戦状態にある──大方、逃がした姫の侍女が遺体ででも見つかったのであろう。
水沢と織田の両家は、今頃血眼になって姫を探しているに違いない。ならば。彼女をこういう状態にした織田家の方が有利だ。
──月葉、お前はどうするつもりなのだ。
静かに微笑む月葉と視線がかち合い、彼はどういう表情も出来ぬまま背けてしまった。
──もう、時間がない。
しかし、彼はこの状態をどうすべきか決めかねていた。
以前、里へ向かっていた諜者が戻ってきた時、こんな話をしたことがある。
その話──。
「……では、どうするおつもりなのですか」
身体の汚れを拭い一息ついたその日の晩。月葉が寝入ってから、諜者となった側近は見聞した世の情勢全てを悠仁采に聞かせ、そしてその後翳りのある口調で、剃ったばかりの顎を擦りながら尋ねた。
「わしには三種の道がある」
側近につられてか、彼も何心なく頤を掴む。
「と、申しますと?」
“分かっておろうに”と皮肉めいた台詞を吐いてから、悠仁采は歪んだ口元を引き締め本題に入ろうとする。遠近全てからささやかな虫の声が聞こえていた。これがひとときの幸せであるのかも知れない。
「まず一つは月葉を差し出すということだ。このまま匿っていても数日もすれば暴かれる。ならばその前に引き渡してしまえば良い。すれば恩賞あること間違いないだろう」
一口ぐいっと酒を呑み干した彼は、そのまま下を向いた。
「一つと言っても二つでございましょう。織田か水沢か……引き渡すにも二種ありまする」
「そうだ」
と、側近の顔さえ見ずに頷いた。
「水沢に引き渡せば──自分の娘だ。多額の恩賞があるに違いない。織田に渡しても同じことだ。しかし、どちらにしても月葉にとっては好ましくあるまい」
「“死”待つのみということでありましょうか」
良く出来た家来は扱いにくい、と思いながらも彼は、
「分からぬ」
そう言った。
どう見ても水沢が不利。そこへ月葉を戻すことなど甚だしくも馬鹿らしい。織田に渡すとしても和睦に持ち込めなければ、死は免れないというのである。
「和睦になったとしても、織田の人質になるのみ。好んで人質になる者などいはしない」
そして又、側近によって注がれた冷たい酒を、ひたすら胃に流し込んでいた。
「悠仁采様、そう急いで呑まれてはお身体に悪うございます。酒はちびちびと呑み永らえるのが粋というものでござりましょう」
「うむ……」
悠仁采は酒を制されると、渋々と盃を置いた。そろそろ丑三つである。
「ところで、三つ目の道とはどのようなものでござりましょうや」
飽くまでも武士らしい無骨な家来も、重みのある徳利をひとまず置き、三度目の好奇心を見せた。
「引き渡しも、匿いもしない。ひたすら闘うのみだ」
右膝を立て、その上に腕を乗せる。そこから覗き込むように見た視界には、側近の狼狽する姿のみが映った。
「ゆ……悠仁采様っ!」
「無駄だ。わしは考えを変えるつもりはない」
「しっ、しかし!」
悠仁采は立ち上がった。既に話さなければならない時は過ぎ去ったのだ。
「月葉様を……いや、月姫様を、愛していると申されるのでござりまするか」
「だったら、どうする」
側近が歯を喰いしばり、上目遣いで睨めつけているのは容易に見て取れる。
「皆に伝えておくが良い。“わしは遠からずも二十日後、織田か水沢のどちらかと戦うだろう。臆病者は早急に立ち去れ”とな」
「わ……分かり申した……」
悠仁采は側近を冷たくあしらい、闇の中に消えていった。
「愛されることは罪ですぞよ、悠仁采様──」
悠仁采様──。