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伝わりますか  作者: 朧 月夜
【弐】弟切草の想い出
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◆再会 [一]

 右京と秋は焦りの表情を浮かべながら、無束院へ向け歩みを速めていた。


 二人にとっては慣れ親しんだ森故、道筋は手に取るように見えていたが、気になるのは悠仁采と伊織である。やがて(あるじ)を探して、信近の配下が二人を問い(ただ)すのは明らかであった。


 悠仁采の言う通り、医院らしき屋根を見つけたのは、半時もしない内のことであった。その裏山を駆け下り、表を目指すと、板に彫られた其の名は確かに無束院であった。


 荒い息を落ち着かせながら門をくぐった二人は、中庭に右京ほどの背丈の人影を見つけた。その者も二人に気付き応対をしたが、さすがにただならぬ雰囲気を感じたのか、足早に医院に赴き明心(みょうしん)を呼んだ。


 ややあって(おとがい)に白髭を蓄えた一人の老人が現れる──明心であった。

 いそいそと二人の前まで歩み寄って深く一礼をする。立派な白眉に守られた伏目がちな視線を上げ、右京の顔を見上げて驚愕の表情を表した。


「これは……橘の忘れ形見か……?」

「明心様も橘家の某かを、御存知なのでしょうか」

「私の他にも、おられましたか?」

「はい。……まずはこの書状をお読みください。佐伯 朱里様からの(ことづけ)にございます」


 と申し述べて、既に手元に用意していた文を手渡した。


「佐伯……? おお……懐かしいお名前じゃ」


 この時、明心はそれが悠仁采であると気付いていた。急いで文を開き目を通し終えた(のち)、右京は悠仁采の陥っている状況を説明して居場所を告げた。明心の温和な表情は変わらない。


柊乃祐(しゅうのすけ)さん」


 振り返り、先程の青年を呼ぶ。しかし明心は柊乃祐を二人の傍にはやらずに、自らも近寄って何かを告げた。明心の向こうに見える穏やかな表情の柊乃祐が、一瞬鋭い目つきをしたように右京は感じたが、二人へ向き直り一礼をして、門へと駆け出した青年の(おもて)は、今までと変わらず柔和なものであった。


「ご心配なさらずに……あの者が応援を(つど)い、姫様の兄上と朱里様を必ずやお助け致しましょう」


 明心のその言葉で緊張の糸がほつれたのだろう、秋は足元の力が抜けたように膝を落とし、右京は慌てて抱き留めた。


「お疲れになったのでございましょう……只今(とこ)を用意させますので。(しずく)さんっ? 雫さん」


 雫と呼ばれて元気良く現れた少女は、二人に気付いてはにかんだように一つ小さく会釈をした。明心より指示を受け、急ぎ奥の部屋へと消えていった。

 暫くして床が整えられたので、右京は気を失った秋の身を抱え、静かに息をするだけの彼女を優しく寝かせて、その髪を悠仁采のように撫でた。


「右京様……こちらへ」


 明心に促され隣の間へと移る。先程の少女が既に茶を運んでいた。


「あなた様は、右近様、そして右近様の双子の兄 左近様に良う似ておられる」


 満面の笑みで見詰めた明心の、深く皺の寄った眼差し。それは右京を通り越した先に映る、在りし日の二人に向いているようであった。


「やはり我が祖父を……しかし、双子の兄とは?」

「あなた様のご祖父様には双子の兄がおられました。名は橘 左近。私はお二人の幼少時、教育係としてお仕えした者でございます」

「左近……そうでしたか。何も知りませんでした」


 そして右京も、左近という名を口にしながら、別の想いに心を巡らせていた。


「おそらくはあなた様のお父上ですら、ご存知ではなかったことでしょう……お二人が未だ十三の頃、左近様は自らの父親に勘当され、橘家より追放されました。その時、数名の家臣が左近様とお家を後にしておりますが……その中の一人が朱里様でございます」


 勘当・追放、そして朱里という二文字を聞いてはっとした右京は、いつになく心がざわめいた。


「おじじ様が……しかし、何故に勘当などっ」

「お二人のお父上は、(こと)(ほか)右近様を溺愛されていらした……それ故、正式な嫡男である左近様が邪魔になったのでございます」

「何ということを……もはや橘はその頃より、滅亡の道を辿っていたのでございましょうか……」


 右京の言葉に、湯呑みを取った手を一瞬止めた明心であったが、ふぅと一息吐いて茶の水面を見、話を続けた。


「成人された右近様が、未だ小さきあなた様のお父上を連れて、一度此処を訪れたことがありました──」


 心乱れた右京も、しかし次の句を待つように沈黙を貫いた。


「幾ら幼き頃のこととは云え、兄上の追放を止められなかった我が身の愚かさを深く悔いておられました。ですが、私は思うのですよ、右京様。それがその頃の(ことわり)とされてしまったのです……私はその一件を機に、世の無常を憂い、橘家より離れ、医道に専念致しました──或る時までは。が、世は戦国。そんな最中あなた様は自由を得られた。そして朱里様により秋姫様も自由を得たのでございます。橘という家は確かに潰れましたが、あなた様は生きていらっしゃる……それが答えでございます」


 そうして右京を一瞥した明心は目を閉じ、深く茶をすすって、仏のような微笑を見せた。


「生きて……いる──」


 ──わしの時代は()うに終わった。

 悠仁采の──いや、橘 左近の言葉が、ふと右京の脳裏をかすめた。


「少しだけ……分かった気が、致します……」


 右京の表情にも、微かに笑みが戻りつつあった。


「あなた様は未だお若い……それを真に知り得るには、沢山の時間と経験が必要でしょう。が、切り開いていくのは、あなた様次第──」


 その言葉に真摯な眼差しで頷いた右京を見て、明心は彼の心の奥底に灯った美しい燈を感じた。明心も又、大きく頷く。


 ──生かされるのではない。生きるのだ──。

 二人で、そして次の世を──。




◆お忘れの方もいらっしゃるかも知れませんので・・・明心は葉隠の頭領の仮の姿、柊乃祐は忍びの姿でない時の、影狼(かげろう)の名前です。




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