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勇者パーティー所属のワケあり聖女、偽物認定され追い出されたら女好きの多才なアサシンがくっついてきた




 もう数年前のことだけど、わたしは実家を追い出された。

 数年後、まさかまた追い出されることになるなんて、思いもしなかった。



「俺たちを騙していたなんて、もうお前のことは信じられない! このパーティーの聖女は、サリヴァンに務めてもらう!」


 正義感溢れるバカ――勇者アレクの言葉に、わたしは呆気にとられていた。

 アレクの隣には、お色気むんむんのたわわな胸の美女がいる。一瞬、女のわたしでもつい目がいってしまうほどにグラマラスなボディ。

 サリヴァンは断罪のように立たされるわたしを見て、密かに勝ち誇った様子だった。


「騙したって、どういうこと?」

「白を切るつもりなのか? お前の職業(ジョブ)……聖女じゃなかったんだろう!」

「何言ってるの、聖女だよ?」

「いいや、違う。サリヴァンが知り合いの鑑定士にお前を見てもらったら、聖女ではなかったと言っていたぞ! それだけでも誓い破りだというのに――パーティーの名を語って随分と勝手な真似をしてくれたそうだな」


 わたしには全く身に覚えがないのに、なぜかわたしはパーティーの名前を使って恐喝や宝石店で多額のツケ、男遊びを頻繁にしていることになっていた。


 しかも、ジョブの虚偽まで。


 ジョブとは、この世に生まれた者に等しく与えられる世界からの恩恵のこと。

 剣士、騎士、武闘家、魔法使い、魔術師、鑑定士など、必ず備わるものであり、どんなジョブが自分にあるのかは鑑定するまで分からない。


 中でも今一番人気なジョブは、勇者と聖女。

 百年ほど前に魔族の王を討った英雄として世界中で讃えられている勇者パーティーの影響で、いまでも引く手あまたのジョブである。


 そして、勇者パーティーには必ず聖女を付ける、というのが暗黙の了解になっていた。


 そしてわたしは、勇者であるアレクのパーティーに所属し、様々な依頼を受けてきた。

 それなりにやれていると思っていたのに、まさかこんな疑いをかけられるなんて思ってもいなかった。

 

(疑い、じゃなくて……もう、決まったことみたい)


 勇者のアレク、新しく加わった聖女のサリヴァン、武闘家のモダ、賢者のオルバ、魔術師のスベン。

 ここにいる全員の冷ややかな視線が容赦なく突き刺さる。

 あからさまな敵意を向けられ、無実なのに怯んでしまう。


「みんな――」

「言い訳は聞かない。早くこの拠点を出ていけ! 皆お前の顔などもう見たくないんだ」

「本当に、とんでもない子ね。勇者パーティーに入りたいからって、聖女だと偽るだなんて」

「……」


 何を言っても無駄なのだと悟った。

 わたしは開きかけた口を閉じて、拳をぎゅっと握る。


「お世話に、なりました」


 なんでだろう。わたしには身に覚えのない罪ばかりで、文句のひとつでも言いたいのに。喉が干上がって言葉が出てこない。


 断罪のごとくわたしを追放してせいせいしているアレクも、あきらかに裏のあるサリヴァンも、こちらを傍観しながら軽蔑の目を向ける仲間たちも、みんな、みんな、ムカつく。


 でも、今は何よりもショックだった。

 信じてもらえなかったことが。


「どうしようもない女だな。元から意見が多くて手を焼いていたが、それでも置いてやっていた結果がこれとは」


 背後から聞こえる苦言に耳を押さえたくなる。

 早くここを出たい。帰る場所だったわたしたちの拠点(ホーム)が、こんなにも居心地の悪い空間になるだなんて。


(悔しい。でもまだ、泣かない。絶対に泣かない。ここを出るまでは)


 入口扉を開けた時、聞こえてきたのは一つの飄々とした声だった。


「そりじゃあ、まあ――俺も抜けとこうかな」


 そう言ったのは、昨晩外を遊び歩いて寝坊をしていた、勇者パーティーの暗殺者(アサシン)、クロウだった。



 クロウがこのパーティーに入ったのは、今から二年前。

 勇者パーティーにアサシンがいるのはかなり珍しいけれど、アレクはクロウの実力をかって所属を決めた。


『デートが入ったときは同行パスするからよろしく』


 クロウは自他共に認める女好きだった。

 暇さえあれば街でデートをしているし、自分の見た目がいいことを理解しているからナンパは百発百中だ。

 最初は不真面目すぎてパーティーの仲間から反感もかっていたけれど、その性格すら次第に受け入れられていった。


 何よりも、クロウには実力があった。

 クロウはアサシンとして高スキルをたくさん所有し、正直一人でも十分にやっていける力がある。

 

 そんなクロウは、気まぐれで勇者パーティーに所属したものの、少しずつリーダーのアレクを慕って従うようになり、積極的に依頼をこなしてくれていた。




 ◇◇◇◇




 街の隅にある広場のベンチで、わたしとクロウは並んで座っていた。

 わたしは悔しさのあまり涙がこぼれて鼻をすんすんとさせ、クロウは背もたれにだらりと寄りかかって呑気に空を見上げている。


「クロウ、どうしてあなたも抜けちゃったの?」

「そんなの、決まってるでしょ」

「……?」

「お色気担当はパーティーに二人もいらない」


 珍しく真剣味のある声音で囁いたと思ったら、通常通りのクロウで拍子抜けした。

 ふっと華やかに微笑んでこちらを横目に見るクロウに、こんな状況でもつい笑ってしまった。


「自分でお色気担当って言っちゃうのが、クロウらしいね」

「……で、泣き虫レノは泣き止んだかな」

「泣き虫ではないから」


 クロウは背もたれから身を起こすと、距離を詰めてきてこちらを覗き込んでくる。


「わたし、やっぱり人と関わるのに向いてないのかも……」

「そんなことはないと思うけど」

「はあ……」

「……ばか、だねぇ。あいつらのために涙なんか流すことないのに」


 クロウはひどく優しげな声調で言った。

 そのまま目元に手を伸ばされ、親指の腹で撫でられる。


 涙に濡れてヒリついていた肌が、ひんやりと冷やされる感覚があった。


「冷たいっ」

「はいはい、少しおとなしくしてな。目の下が腫れちゃってるから、少し冷やしていたほうがいいよ」

「…………え、え、クロウ?」

「ん?」


 女性の扱いにうまい彼は、なんの疑問も抱かせずにするりと近寄ってきてさらに距離を縮めてきた。

 近いとは思ったけれど、今はそんなにことよりも気になることがある。


「これ、魔法じゃない? この冷気、氷魔法?」

「そうだね」

「クロウって魔法も使えたの!?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「言ってなかったし、ジョブが二つもある人なんて初めて聞いたよ。アレクは知っていたの?」

「あー、どうだったかなあ」


 これは、絶対に言っていない……。

 パーティーのリーダーにジョブを申告するのは義務だけど、クロウは一つ言っていれば問題ないという考えだったようだ。


 目元に冷気を当ててくれたクロウは、しばらくすると「赤み、引いたね」と言って指を離した。

 そしてわたしも、クロウと話していたら気持ちも落ち着き、冷静になってきた。

 

「ごめんね、クロウ。あんなにアレクたちと仲良くやっていたのに、こんなことに巻き込んで。いまからでも戻ったほうが……」

「戻らないよ。言っとくけど、あれは仲良くやっていたんじゃなくて適当に合わせてただけ」

「え」

「俺があのパーティーにいた理由は」

「……なに?」


 神妙な空気感が伝わってきて、わたしは思わず聞き返した。

 けれど、クロウは何も言わずパッと笑みを浮かべて素早く立ち上がってしまう。


「レノ、少し俺に付き合ってくれないかい」


 彼は肩越しに振り返り、わたしをある場所に連れていきたいと言ってきた。




 ◇◇◇◇




 クロウに連れられやってきたのは、街の中心から少し離れた場所にある酒場だった。


「――大聖女だ。間違いない」

「わたしが、ですか?」

「ほかに誰がいるのかね」

「……あの、わたしは元々聖女だと鑑定してもらっていて。それが急に聖女じゃなかったと別の鑑定士に言われたんです」

「つまり、最初は聖女だったが覚醒して大聖女に変わったのだろう。大聖女なんて数百年前に実在したとされる伝説だ。一端の鑑定士ではそう見抜けんよ」

「そうなんですか」

「ああ、しかし……大聖女というのは、元来より強い犠牲心から成る者だったらしい。ゆえに大聖女へ覚醒したお前さんも、相当苦労や負荷を背負ってきたのではないか?」

「そんなことは……」

「何にせよ、お前さんが大聖女であることは事実だ」


 カウンターの奥に立つ気難しい顔をしたマスターは、強く断言した。

 わたしは聖女ではなく、大聖女なのだと。

 だからサリヴァンの知り合いだという鑑定士には、大聖女のジョブが見えず、偽物だと言われてしまったのだ。


 わたしは信じられない心地で、カウンター席に座って真っ昼間からお酒を嗜んでいるクロウに視線を向ける。


「クロウ」

「はーいー?」

「クロウは気づいていたの? わたしのジョブが大聖女になっていたって」

「んー、何となく。聖女にしては体内の魔力が膨大ってのと、あきらかに実力を抑えていた感じだったから。確信はそれなりにあったかな」


 クロウがわたしをここに連れてきてくれた理由は分かった。

 でも、いきなり大聖女と言われても実感が湧かない。


「本当のジョブも分かったことだし。ちょうどいいからご飯でも食べようか」

「ちょうどいいの?」

「うん、ちょうどいい。まだ朝から何も食べていないだろう? ここ、酒場だけど昼は食堂もやってんの。結構美味しいからオススメだよ」

「ふん、料理人のジョブを持ってるお前に褒められてもあまり嬉しくないね」


 そう言いながらも酒場のマスターはクロウの注文を聞いて厨房に引っ込んだ。

 クロウは「本当に美味しいと思ってるんだけどなぁ」と言って笑っている。


「…………料理人の、ジョブ?」

「あれ、言わなかった」

「言ってない」

「なら、今度レノに美味しい料理を作ってあげる。君は魚より肉が好きだから、新鮮なものを狩ってこないと」


 どこから突っ込むべきか迷っていると、マスターが注文の品を運んでくる。

 サラダ以外、すべて肉料理だった。










「《家出中の侯爵子息》と《追放された伯爵令嬢》とは――いや、私はなにも見ておらん」


 高スキル持ちである鑑定士のマスターは、鑑定の際に見えた二人の補足部分を思い出して、その事実はそっと自分の胸だけに留めた。




 ◆◆◆◆



 高レベルのアサシンともなると、夜闇に紛れ、影に擬態して家屋に潜入することは容易い。

 暗殺者というなかなかに物騒なジョブ名だが、隠密スキルは色んな場面で役に立つ。だから、ジョブを申告するときは真っ先に「アサシン」と言っていた。



「……ふふん。あのような色気のない女とは比べ物にならないな。追い出して正解だ」


 機嫌良く窓際に立つ勇者アレクは、乱れた寝台でぐっすり眠るサリヴァンを一瞥して笑みを浮かべている。


 こいつらがデキていようがいまいがどうでもいい。

 それよりも事後の空気が漂う空間に長居したくないので、俺はさっさと用事を済ませることにした。


「動くな」


 音も気配も悟られず、アレクの背後に近づき、首筋にナイフを当てる。


「なっ……誰だっ」

「声を荒げれば殺す、歯向かえば殺す、詮索すれば殺す、振り向けば殺す」


 これは脅しではないと分からせるため、少し皮を切ってやると、アレクは情けない声を漏らして大人しくなった。


「アレク、君は本当にばかなことをしたよ。あれだけ散々こき使っていたレノを追い出して、あんな女を新しく迎えるなんてね」

「お、お前……クロウ、なのか」

「しーっ、詮索は禁じたろう?」


 今の返答で俺がクロウだと知られたが、どうってことはない。

 さらにナイフを首に押し当て、話を進めた。


「俺は何度も忠告したはずだ。あの子に無理はさせるなと、優しくしてやれと、気遣ってあげろと。結局は聞く耳を持たないであの子を傷つけたわけだけど」

「レ、レノのことを言っているなら、あいつが悪いだろう! ジョブの虚偽の申告は誓いに反する! 俺はパーティー内の秩序を正して――」

「黙れ。あの子の名を呼ぶな。勢い余って舌を切ってしまいそうになるから」


 俺は一枚の依頼書らしきものをアレクに見せつける。

 すると、彼は顔を青ざめさせて「これは違うんだ!」と言い訳を並べ始めた。


「サリヴァンに泣きつかれて、仕方なく依頼したんだ。あいつは自分が偽物の聖女だとサリヴァンに知られたからと言って、彼女を脅していたんだぞ。そうだ、そんなやつは俺たちの前に現れるべきじゃない……だから依頼しただけだ、あいつを攫ってどこか別の土地に置いてくるようにと」

「……勇者が聞いて呆れる」


 勇者は皆から一目置かれるジョブだ。

 発言の影響力があり、己の正義をかざしてそれを突き通せてしまう厄介な性質を持っている。

悪意がなく正しいと思ってやっているのがタチが悪い。


 こんな人間は、早く彼女から遠ざけないとだめだ。


「明日の正午までにこの街を出ていけば、今ここでどうこうするつもりはない」

「なっ、そんなの無理に決まって」

「俺はどちらでもいいよ。大人しく街を出ていくか、それとも――俺の呪いに殺されるか、どちらでもね」


 そう告げて、俺はアレクの首に手を当てる。

 ジョブ〈呪術師〉のスキルを発動し、彼に一つの呪いをかけた。


 レノに危害を加えようと行動した場合、計画を企てた場合、身体中を呪いを具現化させた黒蛇が這って苦しめるというものを。


 反すれば寿命は縮めるかもしれないが、死にはしない。

 だが、アレクには死の呪いと伝えておくことにする。


 口止めのために、他言できない呪いも追加して。


「呪術、だと? 嘘だ、お前はアサシンじゃ――」

「嘘だと思うのならそれまでだね。首の印をよく見て、決断は早くするといい」


 俺は素早くナイフをしまって部屋を出る。

 ついでにサリヴァンにも似たような呪術を施しておく。


 翌日、勇者アレクのパーティーが街を出たという噂が瞬く間に広まった。




 ◆◆◆◆



 俺には苦い過去がある。

 酒のつまみにもならない格好の悪い話だ。


 面倒な侯爵家の後継者争いから離脱し、ソロのアサシンとして無我夢中に依頼を受けていた頃。

 下手を打って瀕死状態に陥り、森で動けなくなったことがある。



 侯爵家、貴族と言えば聞こえはいいが、私生児である俺の立場は弱いもので、物心がつく前からぞんざいに扱われていた。


 そんな場所で生きてきたからか、あまり執着というものがなかった。

 環境にも、人にも。

 一人でいれば過度な期待もせず平穏に過ごせることを、俺はあの家で幼いながらに学んだのだ。



 ――ああ、これは死ぬかもな。

 なんてことを考えながらぼんやりと木々の隙間から空を眺めていたとき、駆け寄ってきたのが彼女だった。


「わたしは聖女です。すぐに治癒をしますから」


 そう言った彼女の体もかなりぼろぼろだった。

 討伐依頼の帰路の途中らしく、見るからに弱っているのは俺にでも分かった。

 それでも彼女は怪我をした俺に惜しみなく治癒魔法をかけて、血の気が引いてふらふらになっても構わずに治癒を続けていた。


「――一人で、辛かったでしょう。もう大丈夫です。少し休めば、動けるようになると思います」


 微笑んだ彼女の顔が、ひどく胸に焼き付いた。


「おい、レノ! なにをしているんだ」

「ごめん、アレク。怪我をしている人がいて」

「見知らぬ人間より、まずはパーティーの仲間を気遣うのが先なんじゃないのか?」


 その後、彼女は慌ててその場を離れていった。

 俺は無事に森を抜けることができたが、その時のことがずっと心に引っかかっていた。



 彼女――レノは、あきらかにパーティー内での待遇が悪いというのに、その自覚が全くなかった。

 むしろ、それが普通のことだと思っている子だった。


 そんな彼女の姿を見ていたら、次第に優しくしたいと思うようになった。

 しかし、パーティー内で一人の女の子を特別扱いすることは、その輪を乱すことになりかねない。

 俺は街に出て色んな女の子と遊んでは優しい言葉を囁いて、その延長線でレノにも接することにした。

 

 レノには「女好きのナンパ野郎」という印象を強く与えてしまっていたが、それでパーティー内の待遇が少しでも緩和されるのならいいと思った。可愛い女の子が好きなのは事実でもあるし。


 どんな理不尽なことを言われても、レノはこのパーティーを離れようとはしなかった。その考えすら浮かばないほどに、レノは自分をパーティーに誘ってくれたアレクに感謝していたようだ。


 だが、結局は追放という最悪な形で、アレクはレノを手放した。


 レノは悔しいと言って泣いていたが、それだけではない気がする。

 パーティーにいた頃から、レノは何かに対して怯えているような、怖がっているような節があった。


「わたし、やっぱり人と関わるのに向いてないのかも……」


 きっと似たようなことで傷ついたことがあるのだろう。

 俺と同じように、どこかで理不尽な目に遭ったのだ。


 人との関わり合いに諦めの感情を浮かべていたその瞳が、いつかの俺と同じように揺れ動いていたから。



「そんなことはないと思うけど」



 ずっと、一人でもいいと考えていた。

 だけど誰かの隣にいてもいいなら、この子の隣がいい。




 ◇◇◇◇




 アレクのパーティーがどこか遠い街に旅に出たと聞いてから一か月が経った。


 わたしはというと、同じくアレクのパーティーを抜けたクロウと、二人きりでギルドの依頼を受けることが多くなった。



「クロウ。わたしはもう大丈夫だよ。住むところも見つかったし、なんとかやっていけると思うから」

「それ、どういう意味で言ってる?」

「どういうって……だってクロウ、最近まったく夜遊びもデートもしていないじゃない。無理しないで。わたしに構わず遊んできたらどうかな」

「…………」


 隣をゆっくりと歩くクロウは、笑みを貼り付けて無言になった。

 次第に歩みが止まると、「それじゃあ……」と小さく声を出す。


「デートしてくれる? これから」

「えっ、わたしと!?」

「そう、君と」

「いや、わたしが代わりじゃデートにならないでしょ」

「そんなことない。むしろ……」


 言葉をとめるクロウは、肝心なところを言わない。

 いつもはぐらかしてばかりで、何を考えているのか分からない。


 そう、思っていれば。



「……いや、もう気にする必要ないんだった。うん、そうか」


 急に深呼吸を始めたクロウが、こちらをじっと見下ろしてくる。

 落ち着きなく色香を放つ表情に魅入っていると、


「…………デート、行きません?」

「急に敬語? というかそれ、今聞いたばっかり……」

「いや、これは大真面目に誘ってるというか。断られたらしばらくへこみそうなんだけど」

「………………え?」


 空気が変わった。

 こちらを見つめる瞳の熱が変わった。

 たぶん、わたしの鼓動の速さも変わっている。


 どうして突然、そんな顔を向けてくるのと、思った瞬間。



「…………ええ!?!?」


 さすがに気づいてしまった。

 恥ずかしそうに見据えてくる、視線の意味を。


「わ、わた、わたし……ですか?」

「はい、君ですね」


 つられて敬語になっている。

 こんなときばかり真剣に見つめてくるのがずるいと思った。


「あの、なんで……?」

「その辺は、おいおいとでもいいですか」


 その日を境に、クロウは様々な理由をつけて口説きにやってきた。

 以前見かけていたような、女の子たちの相手をするときの彼とは明らかに違う、こちらの心臓がどうにかなってしまいそうなくらい優しく甘く接してくる。正直死にそうだ。


 少し不慣れで、だけど妙に様になっていて。

 そんな彼にいつの間にか翻弄されっぱなしだった。



 わたしには、クロウに隠していることがある。

 パーティーメンバーの誰もが知らなかったこと。


 言い出すことができなかった過去だけど、クロウになら打ち明けたいと心から思うようになった。


 過去を打ち明けて、未来を一緒に進めるように。


 



ありがとうございました。

初恋童貞本命には上手く素直になれず好意の意思を伝えるも内心心臓バックバクなワケありアサシン。自分が思っている以上にクソデカ感情を抱えており相手に向けるのに慣れていない系の軟派男です。

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