子供達と書庫
俺がいた部屋からしばらく歩いて大きな扉の前についた。きっとここが食堂なんだろう。モロンとかいう執事が扉を開け、父から入っていく。テーブルにはすでにたくさんの食事が並べられていた。
そして、
「父さん!母さん!その子が僕たちの弟?」
すでに食堂にいた小さい子供が母さんにかけより、キラキラした目で俺を見てきた。
「こらこら、フレル。あんまり大きい声出さないの。そう、みんなの弟のラウディエルだよ。ラディって呼んであげてね」
「可愛いだろ?」
寝起きの赤ちゃんには少し大きめの声で話したフレルと呼ばれる子に、母さんが少し注意した。母さんは俺の顔がみんなに見えるようにしゃがんで俺を紹介した。俺のフルネームはラウディエルというらしい。
ちなみに母さんがしゃがんだタイミングで父さんも一緒にしゃがんだ。愛かな。
「うん!めっちゃ可愛い!僕の弟!ラディ!ふふ」
「俺たちの、だろ。フレル。まったく、一人で走っていくなよ」
「そうよ、フレル。私たちの弟よ!わぁ、可愛いね。男の子?だよね?可愛いからどっちでも嬉しいけど!お父さん、お母さん、ありがとう!」
みんな俺を歓迎してくれてるみたいで少し嬉しかった。貴族とかは後継者争いで仲が良くないイメージが少なからずあったから安心した。アステルに限ってそんなところに俺を行かせるわけないと思うけどここまで喜んでくれるのは純粋に嬉しい。
「ふふ、ありがとう、ディア。ほら、みんな、挨拶して」
「うん!俺はクラウだよ、よろしくね」
クラウと名乗った男の子は黒に近い紺色の髪に母と同じ翠の瞳をしている。長男だからか少し落ち着いた感じがある。
「私はディアよ!」
ディアは母と同じクリーム色の髪に、父に似た黒に近い深い青色の瞳をしている。ハキハキした元気な女の子だ。
「ラディ、僕はフレルだよ!」
フレルは黒に近い翠の髪に深い青の瞳をしている。食堂に入ってから一目散に俺のところにきた男の子だ。かなり元気いっぱいなヤンチャタイプだろう。
みんなして目がキラキラしてる。
クラウ、ディア、フレルね、頑張って覚えるよ。
普通だったら、生まれたばかりの赤ちゃんに自己紹介してもわからないと思うって思ってしまうのは、無粋だろう。でも俺は普通じゃないので余裕です。
それより、
「むー!あぁ!」
いい加減お腹すいたぞ。
こちとら何も食べてないんだ。
飯だ、飯を食わせろ!
昨日?目覚めてから何も食べずにいる。おまけに魔力操作までやってさっきも頭を使ったから栄養が足りていない。話は後でいくらでもできるからとりあえず今は何か食べたい。
「あ、そうだった、ご飯を食べに来たんだったね。さ、みんな席に着いて食べよう」
「そういえば、そうだったな」
いや、忘れるなし。
今の俺に一番大事だから。
父さんの言葉でみんなが席につき、食事が始まる。もちろん俺は母さんに抱っこされたままだ。美味しそうな料理の匂いが鼻を掠め食欲が増していく。
いいな俺も食べたい。
俺の分はいつくるの?
そう。みんなの前には料理が用意されているのに赤ちゃんである俺用の料理はない。
お腹を鳴らしながら待っているとまた違う香りが漂ってくる。
あ!なんか来たぞ!
待ち侘びたぞ!
やっときた食事によだれが溢れる。母はお腹を鳴らす俺に微笑みながら垂れた涎を拭いてくれる。父さんもみんな微笑ましいものを見るような目でみてくるけど、赤ちゃんは口元から緩いんだからしょうがないだろ。
ちなみに、父さんと母さんは隣に座っている。よく見る貴族の食卓は長い机に当主を中心に妻・子供と並ぶが、ここでは父さんと母さんの前の席に子供たちが好きなように座っている。それぞれの席の間隔も結構近い。だから普通の長い机ではなく、一般家庭にあるようなちょっと大きい机だ。他の貴族たちがどうかは知らないけどこういうのはあまりないと思う。
目の前に置かれた食事は赤ちゃん用のスープだった。具はないがとてもいい匂いがする。
「ふふっ、お待たせ、ラディ。はい、あーん」
母がスープの入ったスプーンを目の前に持ってきてくれる。
「あー」
差し出されたスープを口に含むと、濃厚でクリーミーな味が広がる。
「ぅんー!」
…うまい。
え、うますぎる。
これいくらでも食べられるぞ。
赤ちゃん用の味付けにされているんだろうけど、それにしても美味しすぎる。
そこから俺は母さんにもっとくれという視線を向けて夢中で食べ続けた。
お腹がいっぱいになったら途端に眠気が襲ってきた。子供だからか、食べてすぐ眠くなる。あったかい食事を摂り母さんの体温で温められたらより眠くなる。まだ赤ちゃんの俺に抗えるはずもなく、深い眠りに誘われ落ちていく。
…おやすみ。
「あ、寝ちゃった…おやすみ、ラディ」
「いっぱい寝て大きくなれよ」
それを愛おしそうに見つめながら、2人は俺の額に唇を落した。俺がウトウトしている間もずっと優しく頭を撫でてくれていた。だからさらに眠くなった。
ちなみに、美味しそうにご飯を食べる俺を見て、もれなく全員が「くぅっ!」と言いながら胸を押さえ、俺の可愛さに悶えていたのを見逃しはしなかった。
ふっ
俺は可愛いだろ。
当たり前だ。
アステルからの贈り物だぞ。
可愛いに決まっている。
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そうこうして3歳になった。
もう1人で歩けるようになったし、まだ少し噛むけどちゃんと話せるようになった。人の手を借りず1人で歩けるようになってからは、ベビーベッドを卒業してキングサイズのベッドになった。
…いや、いきなりデカくなりすぎでしょ。
幼児の俺にこの大きさって…貴族だからか…
ただ、父さんたちを見るに俺が今使っているベットはまだ小さい。だから成長とともにベットも大きくなると予想がつく。お金持ちってすごいね。
それと訓練もたくさんして魔力量と知力を底上げした。ただこの歳で訓練しているとバレるとあまり良くないので、みんなが寝静まったタイミングに1人で必死に訓練した。
その訓練の甲斐あって5本の指から同時に魔力塊を出せるようになった。片手より時間はかかったが、両手でもできるようになった。その指先に出した魔力塊にそれぞれ異なる属性を与えることもできるようになった。流石にこれは時間がかかった。両手放出の比じゃない。属性を与えるだけでも難しいのに、全属性を同時展開すると対属性も同時展開になるからすごく苦労した。もちろん最初は一つずつやったけど、それを同時にすると驚くほど難易度が上がる。だけど毎日毎日飽きもせず時間があればずっと練習していたので、今ではかなりスムーズにできるようになった。
魔力は属性を与えると色が変化する。無色透明な魔力から火ならオレンジや赤色、水なら水色や青色、土なら薄茶色、風なら黄緑、光なら薄い黄色、闇なら濃い紫になる。
実際に自分でやってみて色が変わった時にはすごくテンションが上がった。魔力があるだけでだいぶファンタジーだったけど、魔力に色がついたことでより一層ファンタジーを感じた。
最初からの目標だった全身を魔力で覆うことにも挑戦している。まだムラがあって完璧にはできていない。全身均一に魔力を広げるのが難しく、たとえ出来てもそれを維持するもまた難しい。ただ、完璧になるまでそれ程時間はかからないと思う。
不完全でもないよりはマシなので、これで多少の衝撃からは身を守れるだろう。
ちなみに魔力コントロールと純度の向上を優先したので、魔法にはまだ手をつけていない。コントロール力が不十分な状態でやったら何が起こるか分かったもんじゃない。だから納得できるまでコントロールの練習をするつもりだ。家族に迷惑はかけられないからな。
それと、ちょっと関係ないかもしれないけど、みんなが寝静まった時に、暗視をフル活用して屋敷内を探索した。体力作りも兼ねて走りながら。それなのに何日もかかるくらい広かった。まだ見れてないところもあるくらいだ。一体どれほど広いんだろうか。まぁ、そのおかげで暗視も順調に上達している。
そういえばセルディナでの1日の時間や1年の長さは地球とほぼ同じだった。もちろん曜日も一緒。ありがたいね。ただ、四季はわからなかった。雪が降ったことはあるから冬はあるんだけろうど、まだ外に出たことがないから他はわからない。
それと世界言語のおかげか、セルディナでの文字の読み書きに問題はなかった。でもまあ、まだ3歳児なんで文字はグニャグニャだけど。
基本的にはどの種族、どの国でも同じ言語を使うらしい。便利だこと。ただ、一部では独自の言語も使っていたりする。そのほとんどは共通言語も普通に話せる。エルフやドワーフもここに属している。
これまでの成果を振り返っていると、誰かが部屋に近づいてきた。
ん、この魔力は…
コンコン
ノックされた扉を開けると予想通り母さんがいた。
「ラディ、何してるの?」
「瞑想だよ」
答えながら母さんを部屋に入れソファに腰掛ける。
5歳になるまでは基本的に自由で家庭教師がつかないので、日々自主練に励んでいる。今もベッドの中心で足を組み、瞑想していた。
無意識にもできるようになったけど、あえて意識して魔力を全身に巡らせる。そして、ある程度したところで体から魔力が漏れ出てないかを確認する。出ていなければもう一度意識して全身に巡らせる。この流れを勝手に瞑想と呼んでる。
もちろん、この時に純度を高めるための網を張ることも忘れない。だから魔力玉が結構いっぱいある。今では網に引っかかるものの方が少なくなって1回で1個しか出なくなった。いい調子だ。
「そう、頑張ってるんだね。偉いねラディ。でも、ちゃんと休んでる?育ち盛りなんだから休息も大事だよ?」
心配そうな顔でそう聞き、優しく俺の頭を撫でてくれた。だけど大丈夫、こう見えてもちゃんと休んでいるので。
「大丈夫、ちゃんと休んでるよ」
「そう?…ならいいけど」
1人で歩けるようになったから、休憩がてらお昼に堂々と家の探索をしている。流石に走れないので歩いてだけど。
あ、そうだ。
「ねぇ、母さん。俺3歳になったよ。だから、書庫行ってもいい?」
1歳の時に入ろうとして怒られてから、俺はここ数年ずっとこれを思ってきた。でもあの頃とは違い俺ももう3歳になったし、1人で十分歩けるようになった。だから、そろそろ書庫の入出を許可して欲しい。
「うーん、そうだね…わかった、いいよ。だけど絶対に一人で入っちゃダメ。必ず誰かと一緒に入ること。それと食事に遅れないようにすること。これが守れるなら許可してあげる」
「う、わかった…守ります」
多分普通の子供とかなら余裕で守れる内容だから、母さんはかなり優しいと思う。この家族を普通の子供と比べていいのかわからないけど。俺も普通の子供じゃないから、勝手に始めた魔力の訓練とかやってるとつい時間を忘れてしまうことが多い。
だが、書庫に入るためだ。頑張る他ない。
「うん、ならいいよ」
「本当!?ありがとう!母さん!」
ずっと入りたかった書庫への入室がやっと許可されてすごく嬉しくなった。喜びのまま結構な勢いで母に抱きついたが、全くびくともしなかった。ま、俺は3歳児だから当たり前だけど。
「ふふふっ、相変わらず可愛いね」
抱きついてきた俺に母はそう言ったが、可愛いのは母の方だ。
「それは母さんの方だよ」
「ふふっ、ありがとう」
よし、早速書庫に行こう。
「母さん、俺書庫に言ってくる」
3年も待った書庫にやっと入れるんだから、今行くしかないでしょ。
「今?早いね、でも、ちょうどいい。エドワードを連れて行きなさい。エドワード、ラディが書庫に行くからついていってくれる?」
母さんが言うと、側に控えていた執事のエドワードが前に出てくる。
「はい、畏まりました。ラヴディエル様、参りましょう」
「うん、わかった。じゃあ母さん、また昼食でね」
「うん、いってらっしゃい」
母さんに送り出され、エドワードと書庫まで歩く。
テクテク
テクテク
…。
…ぬぁあああああああ!
遠いんじゃ、こらああああぁー!
あまりにも着かないので心の中で思いっきり叫んだ。3歳児には遠いわこの距離。自分で歩いていくのは時間がかかりすぎる。
かと言ってエドワードがいる手前、走るわけにもいかない。できないわけじゃないけど…
時間は過ぎていくけど歩くのが遅いからそんなに進んでないし。
…。
心の中で不満を言っているとエドワードに呼ばれた。振り返るとエドワードは片膝をついて両手を俺の方へ伸ばした。
「少々失礼してもよろしいでしょうか」
「あぁ、ありがとう。お願い」
どうやら俺の心境に気づいたみたいで、抱っこを提案してきた。
まぁ、あからさまに顔に出したしね。ここは素直に甘えようではないか。
「はい、お任せください」
さっきまでとは比べ物にならないくらいのスピードで進み、あっという間に書庫に到着。
はやいはやい。
自分で歩くのとじゃ大違い。
「ありがとう、じゃあ適当に見てくる」
『ついてこないでね』という意味を込めて言ってみる。
「はい」
…。
だが、予想通りエドワードはずっとついてきた。どうせついてくると分かっていたけど、『はい』っていうならついてくるなよとも思う。
こういう時は1人の方が集中できるんだよな…
まあ、母さんの命令だから仕方ないんだけど。1人で見てる時に何かあったら大変だから、誰かと一緒に入るように言ったんだろうし。
今は気にしてても仕方がないので、ついてくるエドワードはいない者として書庫を探索する。
初めて足を踏み入れた書庫は想像していたよりずっと大きくて綺麗だった。奥行きもあってある程度時間をかけないと全体を把握できなさそうだ。
何を見ようか悩んだが、やっぱり本で見るなら魔法だろう。
魔法関連の本を探すとすぐに見つかった。初級から難易度の高い物へ順に並べられていてすごく見やすくなっていた。だが、その量が尋常じゃない。ただでさえ広い書庫の一部が全て魔法関連の本でまとめられていたから。これは、管理するのが大変そうだ。
とりあえず、まず初めは基礎からがいいだろう。初心者用の本を何冊か取り、書庫内にある椅子に向かう。