いざ
「?…アステル?どうしたんですか?」
急に体を起こしたアステルを私は不思議に思った。 少ししょんぼりしてるように見えるのは気のせいじゃない気がする。
「…あ、その…いくら時間を止めてると言ってもずっとここにいるわけにはいきません…優美はもう…行かなきゃいけません…」
アステルは少し震えた声でそう言った。
私はアステルの言葉でそのことを思い出し、少し悲しくなった。アステルといるのが楽しくて、心地よくて頭から抜けていた。
…そう、か。そうだよね、、、
私は新しい世界に行くためにここでステータスを設定していたんだ。だから終わったら行かなきゃいけない…
でも、そんな泣きそうな顔で言われたらすごく行きづらいよ?
私が黙っている間にもアステルの瞳にはどんどん潤み、ついに大粒の涙がボロボロ落ちていく。
これは、すごく好いてくれているんだな。
私は泣いているアステルの頬に触れ、親指で涙を拭いながら優しい声で言った。
「アステル、泣かないで?泣いてても可愛いけど、私は笑った顔の方が好きだな…」
「…うぅ」
さらにひどくなったような気がした。
私はアステルにもう少し近づき目を合わせて言った。
「ほら、笑って?アステル」
「…。ん…はい、もう泣きません」
アステルはそう言うと頑張って私に笑顔を見せてくれた。
うん、いい顔。
その顔すごく好きだよ。
「ふふ、寝てる時は会えるんですよね?すぐ会いに来ます。赤ちゃんは寝るのが仕事ですから」
「…わかりました。待ってます」
「うん」
可愛い…
おかげですごい穏やかな気持ちになれる。
「では、送りますね… 」
「はい、お願いします」
「…はい」
アステルが少し躊躇うようにゆっくりそう言うと、体が光に包まれ、意識が遠のいていく…
最後の最後に涙が零れ落ちそうな顔で必死に笑顔を作って、アステルが何かを言った。
『……っても………だよ…』
けど、何も…
聞こえなかった…
そして完全に意識が途切れる。
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パキッ
パキッパキッパキッ
ん?
…うっ!眩し!寒!え?
私は聞き慣れない音に若干意識が浮上し、突然の眩しさと寒さに驚く。
『ーーーまーー、!』
『ーー、ーーーーきー』
変な音が聞こえてから数分後、目は見えなかったが嬉しそうな声をした誰かに抱えられた感覚がして『あ、これはお母さんだろうな…』となんとなくそう思った。
そして、そのまま眠りに落ちた。
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数時間後
パチッ
今度ははっきり目が覚めた。けど、真っ暗でなにも見えない。さらには人の気配すらしなかった。頭が動かないので仕方なく目だけで誰かいないかあたりをキョロキョロと見回したところで思い出す。あ、そうだ、暗視があったんだ。
スーッ
暗視を発動し、しっかり見えることを確認した。少し周りが明るく見え、家具があるから多分ここはどこかの部屋なんだろう。自分の周りに柵というか、囲いがあるから私…いや、俺は、今ベビーベッドにいるようだ。
なんとか動かせる手を目の前まで持ち上げる。これでも結構重労働。持ち上げた手はムチムチでパンみたいだった。そのムチムチの手を使って体を捻ったりしてみたけど寝返りはできなかった。周りに誰かいないかもう一度見回してみたが、誰もいない…
…普通生まれたばっかの赤ちゃんを1人にしなくない?貴族なら乳母とか使用人が近くにいそうだけど。
そう思い耳を澄まして音に集中すると、少し声は聞こえたが遠いようだった。だが、そこまで考えて思う。
…今何時だ?
暗視を使っているから少し明るいけど、元々は真っ暗だった。だからみんな寝てる時間なのかもしれない。いや、きっとそうだろう。じゃないとおかしい。
ただ、今は何もしようがないし、さっきまでぐっすり寝ていたため全く眠くもない。さらに周りに誰もいない状況ではすごく暇だ。
この暇な時間を使って俺は魔力操作の訓練をすることにした。アステルの話では使えば使うほど増えるみたいだから、もうやってしまおう。ちょっと早すぎな気もしないではないが…
これは俺の勝手な考えだけど、子供のうちにやっていた方が増える量が多いと思うんだ。ただ、元が多いから枯渇するまで時間かかりそうだけど…
なんとなく気になり、自分に流れている魔力を見ようと魔眼を発動して持ち上げた腕を見る。
…ん?
ない…?
…。
目の前に持ってきた腕には何も見えなかった。なんの変哲もないただの腕。その事実に一瞬思考が停止したが、すぐにある考えが浮かぶ。『まだ身体に流れていないだけかな』と。ここはかなり王道な世界だ。ということはきっと体の中心に魔力の塊があるのだろう。そう考え、身体の中心に意識を集中させると魔力らしきものを見つけた。
知らないうちに緊張していたらしく、魔力を見つけたことにほっとした。まあ、あると思っていたものがないと焦るよなと、自分のことながらそう思った。
魔法を使えるようにするには、まず魔力を全身に巡らせる必要があるだろう。体の中心の少し上にあったそれを動かそうと意識してみた。結構硬く抵抗があったので、とりあえず動かすのをやめて、まずは根気良くその塊をむにゅむにゅと揉んで柔らかくすることに時間を使った。そこからは知力が高いおかげもあり徐々に動かすことができた。
ようやく動くようになったそれを血管に沿うように、全身に巡らせていく。ただ、これが結構難しい…
誰もがそうだと思うが、当然俺も今まで生きてきて血液の流れや血管がどのように張り巡らされているかなど意識したこともない。だから血管に沿うというより、とりあえず全身に隈なく巡らせるイメージをした。
これは時間をかけてしっかりやっていくしかない。
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結構時間をかけてやったからかだいぶ抵抗なく巡るようになった。魔力が全身に巡ると少し体が軽くなった気がした。ただ、まあまあな精神力が削られた。
これが意識しなくても巡るようにちゃんと訓練しよう。
そういえば、アステルは魔力には純度と密度があると言っていた。ただ1つ疑問がある。知力が高いからある程度純度も高いとは思うが、その純度はどうやって分かる?
だが、今ここで1人で考えても仕方ない。純度は綺麗かどうかをいうみたいだから、とりあえず何もしていない状態では不純物が混ざっているものとして考えてみる。
自分の今の純度を知るために魔力の流れを意識して魔力の色を見てみると、なんとなくだけどちょっと色がうっすら白くなっている気がする。
もしこれが純度の見方だとしたら、この白いモヤを無くして綺麗に見えるようにすればいいのだろう。
ま、あれこれ考えてもわからないのでとりあえず暇たがらやってみる。
この見えている白いモヤを不純物だとして、それを取るために魔力を流している通り道に細かい網のようなものを何ヶ所かに張る。想像では少し引っ掛かる程度だったが、思ったより多く引っかかる感じがした。
ある程度溜まったところで網に引っかかったものを1つずつ身体の外に出すイメージをする。
…コロン
なんか出てきたよ…
網に引っかかったやつを出すと身体が少しスッキリした感じがした。網に引っかかる時もそうだったが、それを取り出す時も少しピリピリした感覚があった。
手元に出てきたそれを持ち、目の前に持ってくる。それは白く濁ったビー玉みたいな見た目をしていた。違うのは中の濁りが動いていることだ。それが12個できた。
それに鑑定を発動させ調べる。
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魔力玉 〈品質〉普通
・魔力を集めて塊にすることでできる。
・属性を持たせた魔力で作ることもできる。
・属性を持つ魔力玉はさまざまな使い方をすることができる。
例)火の魔力玉→水に入れればお湯になる。
・自身の適性と同じ魔力玉を摂取することで魔力を回復することができる。適性と異なる場合でも回復させることは可能だがごく微量である。
・品質が高いほどその効果も高い。
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これを見た俺は『…うん、飴玉だな』と割とそのままなことを思った。これからも純度を高める練習がてらどんどん作ろう。
全ての魔力玉を手に取りたいが、足元や頭の上など体を起こさないと取れないところにもある。が、きっとアイテムボックスなら触れなくても入れられるだろう。漫画や小説ではよくある設定だ。ただ、視界に入っているもの限定とか触れていないと入れられないとかもあった気がするけど。けど、きっとそんな条件なしにできるだろうと何故か根拠のない自信が少しあった。
そう思いアイテムボックスを意識した。
!
意識したと同時に目の前にステータスボードと同じようなボードが現れた。突然現れたそれに目をかっぴらいて驚いた。
び!っくりした〜!
焦った〜!
油断してる時に急に出ないでよ…
急に出てきたことに驚き一瞬思考が止まったが、すぐにそれがアイテムボックスのボードだと理解した。
落ち着いてアイテムボックスを見るとすでに何かが入っていた。
…手紙?
俺は今初めてアイテムボックスを開いたので本来なら何も入っていないはずだ。だが、目の前にあるボードにはすでに手紙が入っていた。今すぐ取り出して内容を確認したいが、俺の周りに魔力玉がコロがっているこの状態を誰かに見られたらきっとまずい。ので、とりあえず先に魔力玉を入れることを意識した。
魔力玉はパッと消えるようにしてアイテムボックスに入った。思った通り、触れなくても入れられることがわかった。アイテムボックスに入れられるとボードには『魔力玉(普通)×12』と表示された。
さて、
魔力玉は無事にしまえたので、気になっていた手紙を取り出し、読んでみることにした。
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優美へ
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