第20話 運命の出会い
「若者たちよ、この牢獄では魔法は無力化される」
暗闇から話しかけてくる何かに、二人は気付かなかった。
それ程、息遣いから存在感までないぐらいに静かな何か。
恐る恐る、サブは牢獄の奥から聞こえる声に近づいていく。
「ほう、お主……」
再びその声が聞こえたところにサブの視力が慣れてくると、人型の動物が座っていた。髪の毛やら髭なのか区別がつかないほど長い。
もはや、何の生物かわからないぐらいに全貌が見えない。
「あなたもここに閉じ込められているのですか?」
サブが聞く。
「……そうじゃ。かれこれ300年近くは経っておるか。……もっとこっちに来ておくれ……」
300年も生きられること自体が不思議なのだが、パイソンと同世代なのかもしれない。サブは幽霊ではないことを願い、一歩前へ踏み出す。
その動物はサブの顔を見ようと、ふさふさの眉毛をかき分けた。
漆黒の眼がサブを凝視する。
「……転生者よ。久しいのう……」
言葉に覇気がない。ゆっくりと長い手を動かし顔までかかった髪の毛を後ろに持っていく。
「ナマケモノか?」
カナルがその動作と顔立ちから声をかける。
「……いかにも。……ネズミさんよ、お主がこの人間に魔力を教えたのか?」
「え? あ、まぁ俺だけど、どうしてそれがわかった!?」
ナマケモノ老人は全てを見透かしているように、カナルがサブの魔力の教育者であることを見抜いた。
「……ふむ。お主……名を何と言う?」
サブは自分を指さし、「俺? 俺はサブ」と答えた。
ナマケモノ老人は何かを察して、一筋の涙がこぼれ落ち体毛にはじかれた。
「……待っておったぞ」
――何を待ってたんだ?
牢獄になんて入りたくないのに、待ち伏せでもされていたのだろうか。
300年もの間、こんな真っ暗の中で一人でいれば精神もおかしくなるのだろう。ボケてもいるだろうし、動作一つひとつがゆっくり過ぎて、臨終只今と言ってもおかしくはない。
サブはそう思いながら質素な部屋を見渡し、簡易的なベッドを見つけそこに座ろうとした。
「……待て。これを付けてみよ……」
重そうな腕を上げ、サブに何かを授けた。
手を開くとそこにあったのは真珠のピアスだった。
「何これ? 俺にくれるの?」
受け取ったは良いものの、付け方がわからなかった。
「……ただ耳に当てれば良い……」
しわがれた声が監獄の静けさに飲み込まれていく。
ナマケモノ老人はそのまま目をつぶり、喋らなくなってしまった。
「え!? まさか!?」
「おい、死ぬな爺さん!!」
サブがナマケモノ老人の肩を叩く。
確かに今にも死にそうな感じではあったが、まさかこのタイミングで息を引きとるなんて思いもよらなかった。
「おいおい、嘘だろ爺さん……」
「何だったんだよ。死に際に親の形見でも授けたってわけか?」
「さぁ……でも俺のことを待っていたというし、俺のこと知ってる訳がないんだけど」
「だよな。……サブ、その真珠を見せてくれ」
サブは手のひらを開けて見せた。
「こ、これは俺が探してたものだ」
「え、そうなの?」
「ああ。騎士団が追い求めている真珠に違いない。何でこの爺さんが持っていたのかは知らんが」
その真珠のピアスは他の真珠とは違うらしい。一際大きく、綺麗な丸みのある形をしているが、見た目は灰色で死んだ真珠にしか見えない。
カナルが言うには、普通の真珠は青く澄んでいるのだが、"選ばれし者"が付けることで灰色が別の色に変わるそうだ。
ただし、"選ばれし者"以外が装着した場合、命を落とす危険があるという。
「俺はサブが付けても大丈夫だという確信がある」
「何を根拠に? これを付けて万が一死ぬなんて嫌だよ! 折角カナルと出会えたのにさ」
「サブは間違いなく、犬の転生者だ。これが何よりもの根拠」
選ばれし者、犬の転生者。
サブには何のことかさっぱりわからなかった。
「もしだ。本当にもし、サブが死ぬことがあれば俺は自決してやる」
「そこまで言うか?」
「言うさ。俺は信じてる。サブが犬の転生者だということをな!」
「うーむむむ……」
サブは悩んだ。
転生してから色々とあったが、思い出してみれば自身の魔力は並大抵のものではないことを自覚していた。
下水道まで破壊してしまい、魔力の根源である結びの木を傷付ける程の力を持っている。
ただ事ではない。
レオパルドとの戦いだって、初心者なのに倒せてしまった。
そして、逮捕だ。
逮捕された先にいたナマケモノ老人から託されたということは、やはり自分は何か特別な存在なのかもしれない。
そうして、サブは付けることを決意した。
「カナルがそこまで言うなら、やってみるよ」
「よし、いったれ!!」
「死んだときのことなんて考えないからね!」
「お、夢だとか来世はとか弱そうなサブじゃないな! 強気でいいよ!」
サブは真珠のピアスを左耳に持っていく。
耳たぶに吸い寄せられるように、すっと左耳にはまった。
「はまった!」
「おお!! 生きてる!! ということは……」
犬の転生者。
とカナルが言ったと同時に、激しい光がサブの体中から放たれた。
監獄全体を縫うように、光の流れが飛びぬけていく。
その色はエメラルドグリーンに輝く色であった。
「うわうわうわ、これどうなってるの!!」
サブは慌てふためいている。
「眩しい!!」
カナルもベッドの布で目を覆う程だ。
「サブよ。 留めることも忘れたのか」
後方から若い声が聞こえてきた。
その間にも激しい光彩が監獄内を照らし出し、囚人たちが各々叫び声をあげている。
「ええい、仕方ない」
再び後方から誰かが何かを唱える声が聞こえてきた。
放たれていた光彩が次々とサブの体内に吸収されていく。
監獄の端では、再び真っ暗闇に戻り、今サブたちがいる監獄だけが薄緑に照らし出されていた。
サブは緑色の光を全身に纏い、佇んでいる。
「俺は一体?」
カナルはまだベッドの布にしがみついていた。
「久しぶりだな、サブ」
「誰!?」
サブとカナルはまだ他に囚人がいたのかと、振り返った。




