3-2 南寿 颯真
「祝と周編さんの次は颯真か……」
南寿 颯真とは今まで一度も同じクラスに所属することはなかったものの、図書室で顔を合わせている内に軽い談笑をする間柄になっていた。そこから合同授業があれば香椎などと共につるんでいるのが常であったのである。
ある時、名字の方で挨拶をした際に苦虫を噛み潰したような顔をされてからは、來見は下の名前で呼び掛けるのを慣例とするようにしていたのだった。
「まず問題なのは、今回は場所の情報がないってことだよな。つまり……何処にいたとしても起こり得るってことか?」
早々に自宅に帰った來見は問題点の洗い出しを行っていた。その結果いつもと同じような文面に見えて、思ったよりも情報が少ないことに気付き始めていた。
(しかも頭部に強い衝撃って……全然詳しくないんだよな。今までの交通事故とか火災よりも原因がはっきりしてない)
その2件も直球で原因が示されていたかというと疑問が残る書き方ではあったが、今回は輪をかけて表現がぼかされている。
「誰かに殴られるのかもしれないし、何処かから落ちる可能性とかもあるのか」
「そもそも、どういう状況でこうなるかを絞り込まなきゃ駄目だな、それなら……」
來見は推理に必要な情報を揃えるためにどうすべきか、一番初めに思い付いた案を実行していくことにした。
「明後日、どこかに出掛ける用事あったりする?」
携帯を手に持った來見は、颯真に直接外出する予定があるのかどうかをメールで確認する。出掛けるとするなら、ついでに場所を聞き出そうという魂胆でもあった。
(外で不特定多数の人間から護衛するよりは、家の中にいてくれた方が良いけど……それはそれでまた別の問題があるよな)
結局颯真が何処にいようと、來見の負担が変わらないのは分かっていた。しかしできるだけ楽な方になって欲しいと思ってしまうのが、悲しいことに人の性であった。
首を長くして颯真からの返信を待っていると、その思いに応えるように携帯が振動する。
「特に無い。何かあったか?」
「よし!……いや本当に良いかは分かんないけど!」
文面を確認し、來見は一瞬喜んでは冷静さを保とうとする。とにかく当日颯真の近くにいられるよう、素早くメールを作成し畳み掛けるように返信した。
「遊ぼうぜ。できれば場所はお前の家で、あと数学教えて」
中間テストが近いということもあり、長居できそうな口実を付け加え、颯真からの承諾を待つことにする。
(何回か行ったことあるし、断らないと思うけどどうかな)
少し不安に思いながらも、恐らく了承するだろうというのが來見の考えだった。実際その期待は裏切られることなく、颯真はあっさりと自宅に招くことを許可したのである。
「よし、それなら後は……何をどう対策するかだな」
來見は携帯を握り締めると、次に何が起こり得るのか予想を立てていくことにする。
(颯真の部屋は2階にあるから、階段でうっかり足を滑らせる可能性はあるよな。じゃあその不注意に、何か原因があるとするなら……)
「……実は颯真が俺の知らない内に病気にかかってて、運悪く階段の途中で意識を失った、とか?」
そう自分で言い出してみたものの、來見は颯真が病を患っている姿を一度も見たことがなかった。
一緒のクラスではないために四六時中、姿を確認している訳ではなかったが普段見かける様子からして、健康優良児そのものと言って良いだろう。
(隠してたって言われたらそうなんだろうだけど……その辺はちゃんと言いそうな気がするんだよな、遠慮とかしないで)
それは颯真のことを何もかも理解しているつもりはない、來見の所感でしかなかったが、ふと脳裏に浮かぶ情景があった。
1つは面倒くさそうな様子を隠そうともせずに、來見を資料室から追い出す姿。もう1つは直近の合同体育の授業時に、体育祭の練習項目である騎馬戦で、元気に走り回っている姿だった。
「至近距離であの図体が走り回ってるの見るの、おっかなかったな……あんな動きをするやつが病気とは思えないけど」
腕を組みながら、去年の体育祭のことも思い出す。
颯真はその体躯を生かし、学年の大将騎馬として先頭で走り回っていた。來見は敵対チームという立場でその姿を間近で見せられ、巻き込まれないよう逃げ回っていたのだった。
(その考えで行くと、原因は外部からのものになるのか……?)
過去に思いを馳せることを頭を振って止め、再び思案に暮れ始める。來見は考え付く限りの策を講じるために時間を割いていくしかなかった。
5月3日、メールに予告された当日。來見は伊斗路駅から電車に乗り、13時を過ぎた頃には澪木駅に辿り着いていた。
「駅着いた、今から行く」
來見は念のために断りの連絡を送ると、携帯をしまい颯真の家へ向かうことにする。
「よし、行くか」
足を踏み出すと駅前と言うだけあって、栄えた様子が目に映る。休日であることも影響しているのだろう、通りは人々で賑わっていた。
しかしそれも5分程歩くとガラリと様相が一変し、閑静な住宅街が連なるようになる。
(道中一人にさせるのが怖かったから迎えは断ったけど、18時までまだ余裕があるし、気にすることでもなかったかもな)
以前何度か訪れた時に感じたように、清潔な通りは落ち着いた雰囲気で、今のところは不審な様子も特に見当たらない。
しかしそれでも來見が立てた予測を鑑みるに、颯真には迂闊な行動を控えてもらいたいというのが本音であった。
(……でも原因が外部にあるかもしれないから、やっぱり不審者とかには気を付けないとな)
前日に色々と考えてみたものの、結局來見の見出した最悪の事態は颯真が自宅で、空き巣を狙った不審者に襲われる、というものだった。そのため注意深く辺りを見回しながら、ゆっくりと颯真の家へ向かっていく。
(それでも外にいて物陰から急に襲われるよりは、建物の中にいる方が守れる確率は上がるはず……)
悶々としていると、いつの間にか來見は颯真の玄関先に到着していた。わざわざ比較するものでもないが、それは來見の住む戸建よりも随分と立派な佇まいの一軒家だった。
少しの隙間も存在せず、ぴたりと閉められた木目調の門扉を横目に、來見はインターホンを押す。
外から玄関を観察すると、防犯カメラが設置されており作動中というステッカーがこれ見よがしに貼られているのが目に映った。
(空き巣に入るとしても、普通こんな家には入りづらいよな)
事前に仕入れた情報では、カメラを設置することで空き巣に対する一定の防犯効果が得られるということだった。その上、空き巣はきちんと人のいない時間帯を狙うということを考えると、颯真の家は標的にされにくいはずであった。
「ちょっと待ってろ」
カメラで來見の姿を確認したのだろう。颯真はインターホン越しに短くそう言うと、ややあって玄関から出てきた。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
内側から門扉を開け來見を招き入れると、颯真はしっかりと施錠をする。同様に玄関の鍵も忘れずに閉めていた。
(颯真の防犯意識も、しっかりしてるんだよな……)
家に上がり脱いだ靴を揃えていると、遠くからカチカチと廊下を鳴らす音が近付いてくるのが分かった。同時に背中へ温かいものが当たるのを感じる。
「よしよし。小太郎もこんにちは」
振り返ると、猛烈な勢いで尻尾を振る黒い柴犬がそこにいた。嬉しそうに舌を出しながらじゃれてくるのを、両手で思いきり撫で回すことで応えることにする。
「麦茶でいいよな」
「おーありがとう」
颯真は濃密なコミュニケーションを取る一人と一匹を、特に気にすることもなく台所へ進んでいく。
いつもなら勝手に2階の颯真の部屋へ行くところだったが、颯真の姿を見失うことがないよう然り気無く移動し、不自然に思われないために小太郎に協力してもらっていた。
(……犬を飼っている家も空き巣は嫌がるって聞いたけど、どうなんだろう。確かに颯真の家は立派だけど、盗みに入るリスクに見合うんだろうか)
「まだやってたのか?先に上行ってるぞ」
來見は声を掛けられたことで、自分の腕が無意識のまま小太郎を執拗に撫で回していた事実に気付く。考えに熱中するあまり颯真に置いていかれそうになったために、慌てて言葉を返した。
「ああ、俺も行く!小太郎また後でな」
颯真を先頭に來見は階段まで着いてきた小太郎を見ながら、後ろ髪を引かれる思いで立ち入りを禁止するゲートを閉ざし、別れることにする。
それから颯真の後ろ姿を見つめながら、いつ倒れてきても踏ん張れるように身構えつつ階段を上っていくのであった。
何事もなく颯真の自室へ辿り着けたことに安堵し、2階の洗面台を借りて一瞬で手洗いうがいを済ませると、來見はようやく人心地がつく。
「またカーテン閉まってるな」
「あぁ、忘れてた。窓も開けとくか」
颯真の家は何処の部屋も、薄手のレースカーテンならまだしも厚手のカーテンで閉めきられていた。
訪問客がいる際は開けるようにしていてもたまに忘れていることがあり、それを來見が指摘すると颯真が開けるというのが一種のルーティンと化していた。
(確か防犯的にも閉めきってると良くないんだよな、不在だって思われるから)
逆を言えばそんなことを気に留めない強盗もいるのだろうが、來見は一般的な考えとして、人がいることを示すことは空き巣への牽制になると信じていた。
(最悪なのはここを侵入口にされることだけど、わざわざ2階の人気があるところに来たりはしない……はず)
來見は一抹の不安を覚えながらも、通りの物音へ耳を澄ませながら注意を払うことを決めていた。神経質なくらいが丁度良いと過去の経験から学んでいたのである。
(しかし、いつ見ても広い部屋だよなぁ……あのパソコンまた新しくなってるし)
來見の自室と比べて、随分と広い部屋を見回しながらとりとめもなくそんなことを考える。颯真の勉強机の上には最新のパソコンと、以前資料室で相談した時にも装着していたヘッドホンが置かれていた。
「勉強は後だろ、先にこっちな」
窓が開けられ網戸を通り抜けるひんやりとした空気を感じていると、ローテーブルの前に座っていた來見に声が掛かる。
颯真はゲームのコントローラーを掲げ、挑発的な視線を來見に投げ掛けていた。
「……5時間も勉強してられる訳ないだろ、受けて立つ!」
「……お前どんだけいるつもりなんだ?別に良いけど」
颯真の尤もな指摘を、來見は聞こえない振りをしてコントローラーを握り締める。二人は、子供部屋に取り付けるには少々立派すぎるテレビを前に対戦を始めるのだった。
二人は散々遊び呆けた後、律儀にも勉強を始めていた。颯真も根は真面目なので、メールで数学を教えると約束した手前、來見に付き合ってくれていた。
「結局、身も蓋もない言い方をすれば、公式を覚えないと話にならないんだけどな」
「いや、でも今回の解説でだいぶ分かった気がする。……公式は気合いで覚えるよ」
一区切りを付けた二人は数学の教科書やノートをしまい始める。自分だけが教えてもらうのも悪い気がしたので、來見は何か自分が力になれることがないか質問を振ることにした。
「颯真は何かないの、俺が教えられる教科なら解説するけど」
「……それなら、日本史の年号の覚え方教えてくれ。あの数字の羅列は、見てても何も頭に入ってこない」
颯真の言い方からして、心底参っているのが伝わってくる。同じ数字でも捉え方が全く変わってくることに、不思議な感覚を抱きながら來見は了承の意を示した。
「何か覚えやすそうな語呂合わせでも作るか、後は暗記だけど」
「……どの教科も行き着くところは同じか」
深いため息をつく颯真に思わず來見は苦笑する。どこまで行っても暗記からは逃げられないことを悟り、二人は遠い目をするのであった。
ところで、來見は最大の危機を迎えていた。尿意である。
颯真から離れまいとする気概が來見を耐えさせていたが、残念ながら膀胱は決壊寸前と言って良い状態であった。
(今……!何時だ……!)
來見は突っ張り式のラダーラックに掛けられている、モダンな時計に視線を向ける。
文字盤に細かい目盛りが存在しないために正確な時間は分からないが、おおよそ17時40分を少し過ぎた頃のようだった。
(今までは予定されてた時間よりも、早く事が起きたことはなかったはず……颯真の様子も特に変わりない)
念のため颯真の体調が急変することがないか意識を向け続けていたものの、今のところ異常は見られなかった。颯真は手元の教科書に目を向けて、時たま何かを書き込んでいるようである。
「……そろそろ日暮れてきたから、窓閉めるな」
「うん」
颯真の生返事を聞きながら、來見は立ち上がり窓を施錠する。閉めきる前に目敏く通りの様子を窺ったが、やはり異変は感じられなかった。一時的な安全は確保できていると考えた來見は、意を決して口を開く。
「……トイレ借ります!」
人様の家で失禁する訳にはいかない、來見は厚手のカーテンを引いてしっかりと閉じると、脱兎の如く手洗いへ向かうのだった。
問題というものは得てして、油断している時にやってくる。
來見が早急に事を終え洗面台で手を洗っていると、不意に言い争うような声が飛び込んできた。
「だから行かないって言ってるだろ!」
「……理由も説明できないような、自分勝手な言い分が何故通ると思っているんだ。どうしても行けないと言うのなら、理由を話しなさい」
「……行かねぇ!あんた一人で行けば済むことだろ」
激昂したような颯真とは裏腹に、ひどく冷静に切り返す声が廊下まで響いている。それは扉の開かれた颯真の部屋から漏れ出ていた。
(……状況はよく分かんないけど、割って入るべきなのか?)
來見は部屋の中の様子が覗ける距離まで近付いたものの、判断に迷い立ち竦んでいた。
壁越しに盗み見たところ、会話をしているのは颯真に負けず劣らず大柄な男性――颯真の父親であった。片手で数えるほどしか会ったことのないその姿を、來見は息を潜めながら背中越しに見つめる。
「あの人達は孫の……お前の顔が見たいだけだ。何故急にそんなことを言い出した?少しは孝行しようとは思わないのか」
「……何を偉そうに言ってんだ?あんたは親らしいことなんかしたことないだろ」
床に座り込んだままの颯真へ、立っていた父親が屈むのが見える。その右手が振り上げられるのを視界に捉えた瞬間、來見は全速力で走り出していた。
「お邪魔してます!こんばんは!」
來見は大声を上げながら、颯真の父親を力の限りで引っ張っていた。背後から突然左腕を取られた父親は、驚きのあまり動きを止めている。
「あの、お父さん帰ってきてたんですね。挨拶が遅れてすいません、お邪魔してます」
重々しい雰囲気を無理矢理変えるように、來見が一礼する。左腕が解放され気を取り直したのか、颯真の父親は姿勢を正して口を開いた。
「今日は休日だからずっと在宅していたが、君が気付かなかっただけだ……私も君が来ているとは知らなかったが。……邪魔したね」
颯真の父親は目線を合わせることなくそう言い切ると、來見の横を通り抜け部屋から退出して行こうとする。
「ヤバいところを見られたから、気まずくなって逃げんのか」
「颯真!止めとけって……」
來見が指摘せずにおいていた事を蒸し返そうとする颯真の口を、慌てて止めようと声を上げる。それはお互いの為にも一度、時間を置いて頭を冷やすべきだという牽制の意味も込もっていた。
「……気分の悪いものを見せてしまって、すまない。好きなだけゆっくりしていきなさい」
颯真の父親は背中を向けたままそう言うと、扉を閉め出ていった。來見はただ立ち尽くし、何も反応することができなかった。
しばらくの間、颯真の部屋を沈黙が支配していた。ちらりと時刻を確認すると、丁度18時を迎えるというところだった。
(あんまり考えたくないけど、頭部への強い衝撃ってあの平手が原因だったりしたのかな)
颯真が虐待を受けているとは思いたくないが、時間と照らし合わせるとその可能性が無かったとは言い切れない。
(勿論そんな大事にする気はなかったのかもしれないけど、つい力が入りすぎたとか……)
暴力は振るった方が悪いのは言うまでもないが、颯真もなかなかの物言いだったように思う。言い回しが何か、父親の逆鱗に触れたのかもしれなかった。
「……信じらんねぇ、あいつ一回も目合わせてこなかった。俺ならまだしも、來見にもな」
來見が考えをまとめていると颯真が話し始める。少し時間を置いたからだろう、幾分か落ち着いた口調になり、いつもの調子を取り戻しているように見えた。
「あんな状況だったから、動揺してたのかもな。俺は気にしてないから」
「……そうか」
父親の行動を責める颯真を宥めようと、本心からの言葉を発する。にこりとした表情も浮かべてみせたが、それでも颯真は腹の虫が治まらない様子だった。
「いつもあんな感じなのか?その……言い合っちゃう感じで……」
最終的には父親の手が出る、とまでは口にしなかったものの中途半端に言葉を切ったせいで、含みのある言い方になってしまう。
來見が普段の二人の関係を知りたいという、欲求のままに口にした言葉を聞いても、颯真は気を悪くすることもなく会話に応じる姿勢を見せていた。
「普段は一言も話さない。……さっきのは年に1回のじいちゃんとばあちゃんに会いに行く日について、話し合いしてただけだ」
「……颯真は行きたくないんだよな?ちゃんと理由を言えば納得してくれるかもよ」
話し合いにしては颯真は興奮状態にあったようだが、颯真の父親は譲歩する姿勢を見せていた。颯真が断る理由を問い質していたのが、その証左のはずである。
「……」
來見の意見に颯真は黙り込んでしまう。その様子を見て來見は遅まきながら思い至ることがあった。
「ごめん、俺に言われなくてもやってるよな。……お父さんを納得させるプレゼンでも考えるか」
嫌なことははっきり言いそうな颯真である、普通に考えれば拒否した理由くらい話しているだろう。そうなれば理由に納得してもらえていないか、その理由が非常に言い難いものであるかのどちらかでしかなかった。
「……じいちゃんもばあちゃんも別に嫌いじゃない。でもあの二人はいつも……」
「……いつも?」
突然颯真がぽつりぽつりと言葉を溢し始める。それが何を意味するのか來見にはまだ分からなかったが、とても大事な事のように思えて先を促すことにした。
「俺のことを可哀想なものを見る目で接してくる。母親がいないのが気の毒で……普通じゃなくて痛ましいってな」
「向こうからすると普通じゃないのは分かってる。でも……」
そこまで言うと再び颯真は視線を落とし、口を噤んでしまう。
來見はこれまでの付き合いで颯真には母親がいない事を察してはいたものの、はっきりと口に出されたのは初めてだった。
しかしそれでも颯真の言いたいことが理解できてしまった為、暫し閉口した後に続くはずだった言葉を代わりに口にする。
「……でも颯真にとっては普通のことだったんだな。だから多少は仕方なくても、できれば自然に接して欲しかった」
「……何年経ってもずっと変わらないんだ。勝手に哀れまれるのが凄く不快で……だからもう会いたくない」
諦念と苛立ち混じりに、颯真は吐き捨てるように言う。颯真の父親にとっては突然の反抗だったとしても、それは蓄積された不満が爆発した結果だったのだ。
「それ、お父さんに言ったことは?」
「……親の出る行事に……俺の三者面談にも来ない癖に、年1回のその面会だけは何があっても決行してくる奴だ。何言ったって聞く訳ない」
あからさまに視線を逸らし、普段からあまり動かない顔をしかめて颯真が言う。要するに最初から取りつく島もないと諦めて、主張することすらしなかったのだろう。
「今までずっと我慢してたんだ?」
「……まぁな」
「じゃあ言いに行くか」
「は?」
颯真は呆気に取られた様に來見を見つめる。今日はよく表情が変わるなあ、という思いが脳裏をよぎるもそのまま言葉を続けた。
「言いたいこと全部吐き出しなよ。まず言わないと何も伝わらないと思うから」
「……どうせ何も変わらないだろ」
それは普段から父親との交流がないために、形成されてしまった考え方なのだろう。自分の意見が通る訳がないという卑屈さが言葉から滲み出ていた。
「やる前から諦めてどうすんだよ。さっきの言い合いしてた時の勢いはどこ行ったんだ?」
「……理由を言ったとして、それが却下されたら?」
來見の激励に心を動かされたのだろうか、颯真の頑なだった態度が軟化していくのを感じ取る。すかさず來見はこの機を逃してはいけないと、意見を口にすることにした。
「そしたらお父さんの言い分も聞いて、折衷案を出そう。……絶対に話し合いできると思うから」
「……何でそう言い切れるんだ」
「本当に聞く耳を持たないなら、理由を問い質したりしないだろ。無視すればいいんだから」
來見の知っている颯真なら、わざわざ指摘されなくても分かっていそうな理屈を敢えて述べていく。
颯真は父親への苦手意識から思考を放棄し、何もかもを否定したがっているように見えた。
「それに俺が逆立ちしても買えなさそうなパソコンやらヘッドホンとかさ……お父さんが買ってくれたんだろ」
颯真の部屋を見れば、金額を度外視した家財が嫌でも目に入ってくる。小遣いを積み立てたにしても、それらは子供が買うにしてはあまりにも値が張るように思えた。
「……そんなのあいつの自己満足だろ。高い物を買い与えておけば良いっていう」
「金額が全てとは言わないけどさ。それでもそこにお前のことを思う気持ちがあったと思うよ、俺は」
本当にどうでも良い人間には心を砕いたりしないのだと、気持ちが伝わるように言葉を選んでいく。そんな來見の態度に颯真はとうとう音を上げたのか、大きく息を吐き出した。
「……分かった。ならお前も付き合えよ」
それは颯真が、父親との話し合いの火蓋を切るという宣言に他ならないものであった。




