17-2 外面と実態
将来的に身内から大犯罪者が出るのかもしれない。そんな危惧さえ抱き始めてきた來見であったが、その思考は当の本人であるヨリによって遮られる。
「もういい時間だし、そろそろ帰るかぁ。冷え込んできたしな」
ヨリはそう言いながら、散らかしたものを回収していく。來見は釈然としない思いはあったものの、結局は従う事にした。
畳んだゴミを拾い上げては、ヨリの持ち込んだコンビニ袋へ投げ入れていく。そんな來見を横目にヨリは転送装置・第二号機に繋げられたノートパソコンを取り外していた。他にも、マシンを悪用されない為だろうか、接続されたケーブルを次々に分離させていく。
巨大なラジオのような機械は電源として持ち込まれたポータブル電源あたりだろう。繋がったケーブルを片っ端から引っこ抜くと、ヨリはパソコンと共にスポーツバックに詰め込んでいった。
忙しなく動き回る従兄を見て來見はふと脳裏に浮かぶ事がある。來見は遠慮などせずに、そのまま疑問を口に出していたのであった。
「ヨリくんはさ、未来の事は聞かなくて良いの」
転送装置から出てきた來見に、ヨリは矢継ぎ早に質問を浴びせていた。しかし來見の記憶の欠落が分かると状況把握の為に時間を使用する事を強いられ、結局はヨリの聞きたかった情報を返すことはできていなかった。
來見の素朴な疑問にヨリは眉を上げ、笑みを湛えて口を開く。困った様子ではなく、何かを期待している風でもない。ごく普通の態度で、ヨリは來見に質問を返していた。
「教えてくれんの?」
「それは……」
実に全うな問い掛け。しかし來見は言葉に詰まる。果たして、何をどこまで言って良いものか。
あれだけの議論を重ねておいて今更かもしれないが、未来について話してしまっても本当に大丈夫なのか。來見には何の確証も持てていなかった。
脳内ではシドの言葉が繰り返される。メールの送信者は來見の知っている人間。それは目の前の従兄も当然、含まれる事になり――來見は一体、誰なら信用していいのか未だに分かっていなかったのである。
「いいよ、お前の気が向いたらで。今んところの……現状を把握した分、また考えたい事もあるだろ」
「……うん」
躊躇いを見せる來見に、ヨリは鷹揚に笑みを浮かべる。そのありがたい申し出を断る筈もなく、來見はただ頷いていた。
掃除の最中、床に置きっぱなしにしていた携帯電話。既に鈴のストラップが付けられているそれを拾うと、ヨリは改めて來見に差し出す。來見がゆっくりとそれを受け取るとヨリは再び口を開いていた。
「これはもう、お前のもんだからな。本来なら初期化して渡すところだけど……未来から来たメールはさっきの通り、残してあるから」
「おう、ありがとう」
この携帯電話は來見に譲るにあたって、伯父がヨリに初期化を頼んでいたと過去の來見は聞き及んでいた。しかし、それも先んじて送信された未来からのメールによって変わってしまったのだろう。伯父の知り合いのアドレスなどの個人情報は消されていたが、怪しげなメールだけは残されるという新たな道を辿っていた。
「……あれ?」
「ん?まだ何かあったか?」
「俺、ヨリくん宛のメール……思いっきり見てたよな」
「……それが?」
來見の疑問に、何の問題があるのかとヨリは首を傾げている。会話の流れで來見はうっかり内容を確認してしまっていたが、これは良くなかったのではないのだろうか。確か來見に初めてメールが届いた時には、誰にも見せてはいけないと釘を刺す内容が送られていた筈である。
「今更なんだけど、このメールって他人に見せないようにとか、忠告されなかったのか?」
「いや?そんなの無かったぜ。お前には来てたの?」
「……うーん」
既に見てしまった以上、どうする事もできないのだが來見は唸って考え込んでしまう。あらゆる前提がこれまでの経験と異なっているような違和感と、判然としない現状に対する不快感にも似た思いが脳内を駆け巡っていた。
「……おわっ」
「ハイ、考えるのはまた今度。今日は店じまい。さっさと出るぞー」
落ち着かない気持ちにさせられてしまった來見だったが、それは半ば無理矢理に断ち切られる。
思い悩む姿を見かねたのか、ヨリは來見に無理矢理にでも歩を進ませるように背中から押していたのである。思わず振り返りヨリの顔を窺うが、にこりと笑うだけでその力を緩める事はない。
観念した來見が漸く一歩足を踏み出すと、ヨリは直ぐに体を離す。そして部屋の外へと顎をしゃくり、館から出るように誘導を始めるのであった。
「ホイ」
「えっ!?」
研究室を後にして階段を上っていた2人であったが、その歩みは來見が思っていたよりも早く終わる事になる。來見の記憶では何階分かの階段を上りきった先に扉があり、理科室のような部屋を抜けてから更に階段を下らなければ――出口には辿り着けない筈であった。
しかしヨリは階段の踊り場で足を止めると、非常に分かりにくく壁と同化しているような引き戸を開け放ち、來見を外へと連れ出していたのである。
「ん?ここに扉があるのは知らなかったのか」
「し、知らない……俺は別の所から入ったから……」
館の別棟から抜け出しながら、來見は恐る恐る周囲を見回してしまう。確かに外に繋がっている。景色から察するに、來見が以前に侵入を試みた扉から見て右手側の側面部分から2人は出て来たようだった。
「あぁ、もしかして本邸側の入り口のことか?……お前、あんな目立つところからよく入る気になったなぁ」
ヨリは來見の蛮勇さをどこか呆れた様子で眺めながら、今しがた通り抜けた扉に手を掛ける。建て付けが良くないのか、引き戸はカラカラと音を立てながら閉められていく。その外見は來見が忍び込むのに使用した入り口と同じように壁と同じ色をしており、迷彩じみた効果を発揮していたのだった。
「暗くて気付かなかったのか……?」
「この扉自体は俺が度胸試しに来た時からあったし、見落としたんだろうな」
「そう、なのかな……。なぁ、もう1ヵ所だけ確認したいところがあるんだけど、寄っても良いか」
「うーん……」
來見の言葉にヨリは腕時計を確認し、僅かに逡巡する様子を見せる。それは両親達が帰ってくる時間を気にしての事だったのだろう。しかし來見の縋るような視線に負けたのか、結局は頷いてその提案を受け入れていたのであった。
「ま、良いか。好きにしろよ」
「うん、すぐ終わるから」
來見はシドと相対した時に発見していた扉。結局は手を触れずに終わった場所――一階部分のロフトの下に存在していた出入り口を、外から確認する為に移動する。
果たして、あの時の來見は脱出できる目があったのか。怖いもの見たさに歩を進めるが、その答えは明白であった。
「……鍵、付いてたのか」
「あぁ、そこは触んなかったなぁ。しようと思えば解錠できそうだったけど、他に空いてる扉があったし」
涼しい顔でそんな事を宣うヨリを横目に來見は施錠された扉を見つめる。取り付けられた鍵はダイヤル式であり、やはり高校生の來見が館から脱出するのは不可能だったのかもしれない。
そして今になって、漸く理解した事が一つある。
「うん……ていうか、さっきの転送装置がある所ってやっぱり地下だったんだ。もっと早く気付いてたら……」
あの時、シドから逃げ切ることができたのだろうか。ぼんやりとそんな考えが頭を過る。無傷のまま館から脱出できていたら何かが変わっていたかもしれない。それとも結局、何もできなかったのだろうか。記憶が途切れている來見には何一つ判別できなかった。
シドとの攻防を思い返す度に何度も沈み掛ける思考。呻くように言葉を溢す自分自身に、來見はうんざりし始めてしまう。
しかし、それもヨリの一声で行動を促される事で、考えは中断された。
「気になるなら、開くか試してみるか?」
「あ……いや、大丈夫。時間かかるだろうし、今は開けても意味ないだろうし……」
「そうか。……ま、調べたいならまた来れば良いだろ!今日のところは帰ろうぜ、ホラこっちだ」
あっさりと身を翻し足早に歩を進めるヨリの背を、來見は慌てて追い掛ける。その方向は來見が侵入してきた経路とは全くの別物で、方向的にも正面玄関とは真逆の――館の背面側へと2人は移動していたのだった。
「ホラ、覗いてみろよ」
「これは……裏口?こんな所、あったのか」
「敷地内からだと分かりにくいよな、ここ。逆に外からは、かなり分かりやすいんだけどさ」
高い塀の前に整然と並んだ生け垣、それが途切れる敷地内の端も端に2人はいた。來見が促されるままに裏側を覗き込むと、ちょうど人が一人分の通れる空間が設けられているのが分かる。
そこは暗がりの中、秘密裏に作られた裏道とでも言えば良いのだろうか。一目見れば分かるが、塀から不自然に飛び出している鉄製のレバーハンドルが勝手口の存在を明らかにしていたのだった。
「鍵、持ってんの?……まさか勝手に作ったんじゃ」
「イヤイヤ!さすがに、そこまではやってねぇよ!俺のこと何だと思ってんだ」
「……」
「……オイ、どんな罵倒するつもりだったんだよ。今、思いっきり言葉を飲み込んだよな?」
何も言わずとも來見の視線が全てを物語っていたのだろう。ヨリは実に心外だという素振りを見せるが、あまりにも最近に起こった心のない前科がある為に來見は従兄を色眼鏡で見るのを止める事はできなかった。
ヨリは一つため息をつくと言い訳をする事もせずに、來見の前を歩いていく。そのまま手招きされた來見は言い合いになる事態を避け、口を閉ざして大人しく従う事にしたのだった。
勝手口らしき門扉に近付いてみると、何となくその全貌が分かるようになる。しかし、それは來見がかつて見たことのない構造をしていた。
形としては塀をアーチ状にくり抜いているのだが、高さの上限は生け垣よりも低く設定されている。恐らくは角度によって、その抜け道が見つかる事がないように意図した作りになっていたのだろう。
取っ手を含めた下部に至っては、擬態するように塀と同じ素材で隙間のない戸が付けられている。しかし途中からは格子状に切り替わっており、その正面に立つと遠くに向かいの通りが見えるような不思議な形をしていたのであった。
「よっと、ボーッとしてないでお前も来いって。こんくらい登れるだろ」
「マジで立派に犯罪だよな、この絵面……」
「大事の前の小事って言うだろ!気にすんな!」
「それは周りにフォローされる時に言われるものであって、当事者が開き直って口にして良い事ではないと思う……」
不謹慎な事にヨリは段差へと足を掛けて、悠々と門を乗り越えていく。というのも折角の格子はくり抜かれた塀の天井部分にまでは伸びておらず、何もない空間がポカリと開いてしまっていた。
その隙間は人が通り抜けるのに十分な余地を与えており、実際にヨリが体を横にして少し頭を下げれば、あっという間に扉の向こう側へと降り立つ事ができたのだった。
幸い、その先に続く道も高い塀で囲まれている為に見咎められる事はなさそうである。しかし悪びれもしないで行動に移すヨリをどう見れば良いのか、來見は判断しかねていた。
「お前も中学で裏門くらい飛び越えた事あるだろ?早くしろー」
確かにクラスの解散が早かった為に、裏門が開いていない状態で待たされたような記憶はある。その上で管理人が来る前に、痺れを切らして塀をよじ登って門を越えた経験もある。しかしそれは校則違反ではないからこそやれた事であって、私有地をこのように行き来するのはさすがの來見にも罪悪感があった。
「置いてくぞー」
「……いま行くって!よっ……と」
ここで迷っていても仕方のないことは分かっている。來見はヨリに急かされた事で腹を決めると、勢いを付けて扉に手を掛けた。
戸と格子の切り返し部分は足を掛けるのに最適で、華美な装飾がない門扉は体を預けても服が引っ掛かる心配がない。痛む心以外には特に問題が起きる事もなく、來見は門を乗り越えたのであった。
「……うん。良いぞ、来い」
細い通路、それを囲む高い塀に体を預けて通りの様子を窺っていたヨリは、行き来を禁止するように張られたチェーンを潜り抜けて、來見に外へと出る許可を出す。
「この辺に監視カメラ付いてたら終わりだな、俺ら……」
「ないない。俺が通ってる間、誰も止めて来なかったし。……オイ、そんな目で見るなっつーの」
端から見れば不審者極まりないその姿に來見は内心胸を痛めるが、続けられたヨリの言葉には少しの反省の色も浮かんでいなかった。反射的に胡乱な目を向けてしまう來見であったが、しかし果たして文句を言える立場なのか自分でも分からない。
狼狽えるヨリに渋い表情を浮かべるのに留め、來見は逃げるように足早に館を後にするのだった。
見覚えのある通りに出た事で、漸く來見は足を止める。
外れとはいえ周囲は住宅街に違いないのだが、通りの多い車道に面していない事もあって辺りは静けさに包まれている。來見は思わず周りの景色を繁々と眺めながらも、白い息を吐いて佇んでしまっていた。
「やーっと止まったよ。そうやって無駄に慌てるから怪しまれんのに……どうした?何かあったか?」
駆け足になっては急に立ち止まる來見の行動を不安に思ったのか、ヨリは気遣わしげに声を掛けてくる。口にしている内容は規則違反に手慣れているような最低な部類のものであったか、來見にはそれを言及する暇はなかった。
ヨリの相手をするよりも、目の前の光景を視界に収める事に忙しかったのである。
「……未来と変わらないもんだなって。見覚えがあって記憶通りで。あんまり過去に飛んできた実感が……湧かないかも」
「道路工事やら新築なんか頻繁にするもんでもないからなぁ。鏡でも見れば分かるんじゃね?男子、三日会わざれば……ナントカって言うし」
「腑抜けた顔に逆戻りって事じゃん……自分の顔で分かるもんかな?」
ヨリの言葉に來見は思わずペタペタと自分の顔を触る。ある程度、体を動かして感じた事だが、來見は中学生の自分の体に違和感を覚えていない。身長が縮んだことによる目線の高さの変動も慣れていなければ酔いそうなものだが、それもない。
恐らくは高校生であった意識と中学生である意識がどちらかに寄ることなく、均等に混ざり合っているからこそ不自然さが無いのだろう。來見はその結論に一人納得すると、帰路を行く為に視線を上げるのだった。
「……あ」
しかし思わぬ光景に來見の思考は止まる事になる。こちらに向かって一人、歩いてくる少女。來見の通う中学校が指定する、黒のセーラーの上にダッフルコートを身に纏った女生徒は、見間違う事もなく良く知っている顔をしていた。
「あれ……來見くん?」
「……祝」
「あっ、うん!こんにちは」
中学生時代の祝 蕗沙。彼女は來見が自分の名前を覚えていたのを驚くように目を丸くした後、にこりと笑って挨拶を述べる。そういえば中学生の自分は祝とほとんど関わりがなく、名前を呼び掛けた事など数えるほどしかなかったかもしれない。
寒さから鼻を赤くした祝を來見は思わず凝視する。來見はどこか心が浮わつくのを感じつつも、彼女に話し掛ける事を止められなかった。
「祝は今、帰りなのか?」
「うん、ちょっと残って勉強してたから。……あっ!こんにちは」
「ご親切にどうもー」
祝は來見に返事をしつつも、側にいたヨリに気付くと慌てて軽く会釈をする。肩に掛けていた鞄をわざわざ両手で持ち直して挨拶をした祝に好感を持ったのか、ヨリは微笑ましいものを見るように笑顔で会釈を返していた。
2人の様子をどこか客観的な視点で眺めていると、ヨリは來見に視線を寄越してくる。何かを合図するように目を合わせられた來見が疑問符を浮かべていると、ヨリはニヤリと笑い――何か余計な企みを口走ろうとしている従兄を止める為に來見が口を開く前に、ヨリは高らかに声を上げていた。
「佑斗ぉー。お友達、送ってやんなよ。そろそろ一人歩きには危ない時間だろ?」
「ちょっ……!」
「お、お構い無く!それに、そうしたら次は來見くんが帰る時に一人になっちゃいますから……!」
慌てた來見を見て祝も遠慮するべきだと判断したのだろう。前のめりになって断りを入れていたが、その態度に來見は勝手に傷付いていた。
ヨリの独断は咎めたいが、祝を送りたくない訳ではない。むしろ進んで付いていきたいところでもあったが、何故だがそれを忌避する心もあった。
來見の中には複雑で自己中心的な思考が渦を巻いていた。しかし間違いない事と言えば――祝本人から即座に否定された事で落ち込んでいる心は、確実に存在していたという現実であった。
「コイツは俺が、後から回収するから大丈夫。な!佑斗」
「……でもそれなら、最初から3人で行けば良いんじゃ……」
「オイ!俺が折角、気ぃ利かせてやってんだから、ここは素直に2人で行けよ!」
來見はつい合理的な提案を口にしてしまうが、ヨリは咎めるように強い力で肩を抱き込んでくる。激しい剣幕で、しかし小声で捲し立てるヨリは確かに気を遣っているのだろうが、來見はあまり気が進まなかった。
「いや、でも何か……2人きりは気が引けるというか……何故か物凄く心臓が痛いというか……」
來見は祝を安全に送り届けたい気持ちはあるが、2人きりになりたいと望んでいる訳ではない。特に今の自分にとって、その状況は明らかに荷が重かった。
こそこそとヨリに相談を持ち掛ける來見を、祝は不思議そうに見つめている。理由は不明だが來見はその視線にすら、気まずさと痛みを感じてしまいそうになっていた。
「それは単なる緊張によるトキメキな!あの子、この間言ってた同じ志望校の子だろ!どうせなら仲良くなってこいよ!」
お前が思ってるよりも、人生に出会いは少ねぇんだぞ!と忠告をするヨリの言葉は妙に真に迫って聞こえる。元から異性の少ない高専から編入したのにも関わらず、ヨリは今も侘しい大学生活を送っているのだと思うと、夢も希望もないような気がしてきてしまう。
哀れみから思わず思考を明後日の方向に飛ばし掛けた來見であったが、ヨリから背中を叩かれる事で何とか気を取り直す。そしてヨリに気合いを入れられた反動で、來見は祝の前に付き出されていたのだった。
「じゃ!俺は一回、家からチャリ取ってくるから!」
一仕事終えたような晴れやかな顔で、ヨリは返事も聞かずに颯爽と立ち去ってしまう。
状況から推理するに、館までの行きの道は眠る來見をおんぶして徒歩で来たという事なのだろう。荷物を抱えた状態でよく來見を館の中まで運べたな、という感心や、そういえばヨリに祝や香椎の話をした事があったな、と記憶を辿りながらも來見はやるべきことを思い出す。
不可解なやり取りを見せられた祝は困ったように佇んでいた。放って置いてしまった事に來見は申し訳なさを覚え、反射的に謝罪を口にする。
「なんか騒がしい人でごめん。祝が嫌でなければ、家……の近くまで送らせてくれないか」
祝の家まで、と言いきれる程に來見は強気な態度で振る舞う事はできなかった。改めて拒絶された暁には間違いなく再び勝手に傷付き、落胆してしまうと自分を理解していたからである。
その証拠に來見は祝と目が合わせられず、無意味に拳を握り締めては手の平を広げるなどして平静を失っていた。
怪しげな挙動を繰り返す來見はみっともない事この上なかったであろうが、祝はクスリと笑い声を溢す。その声に釣られて顔を上げた來見の目の前で、祝は小さく頷いて口を開いたのだった。
「じゃあ……お言葉に甘えて。お願いします」
「あ、あぁ。行こうか」
首に巻いたマフラーに顔を埋めた祝の頬は、寒さからか赤くなっている。その自然現象を自分に都合の良い方向に考えそうになる思考を隅に追いやりながら、來見は歩き出すのであった。
「……よし、これでヨリくんにも分かるはず」
「手間かけさせちゃってごめんね」
「いや、こっちが勝手に言い出した事だから。むしろ祝の住所を他人に教える方が……本当は良くない事だと思うし」
來見は早速、譲ってもらった携帯電話を操り、既に登録されていたヨリの連絡先にメールを送っていた。
來見はすっかり忘れていたのだが、このままではヨリは目的地が分からずに迎えに来れない。その事を祝に指摘され、住所を送るように促されていたのである。
「ううん、大丈夫!教えたのはアパートの住所だし……來見くんなら、変な事には使わないでしょ?」
「それは勿論!ヨリくんには、直ぐ消去するように言っておく」
祝にはあまり危機感がないと言ってしまえばそこまでなのだが、随分と來見を信用してくれているようであった。その信頼を裏切りたくはないし、祝には誠実な自分でいたい。異様なほど力強く宣言する來見に祝は一度頷くと、呑気な様子で微笑んでいたのだった。
「祝は普段から、この時間まで学校にいるのか?」
「ううん。いつもはもう少し早く帰るんだけど……キリの良いところまで進めようと思ってたら、いつの間にかこんな時間に」
「そうか……お疲れ様」
話を変えた來見の質問に苦笑する祝は、疲れからかやつれて見える。受験日の本番が迫る中、勉強に打ち込むのは当然と言えたであろうが、時を忘れるほどの集中力は感心を抱きはするものの心配も覚えてしまう。
(そういえば、一般入試はこれからだもんな。俺は運良く推薦で一抜けしたけど……)
緊張しすぎて吐きそうになった3対1の面接は、昨日の事のように鮮やかに思い出せる。中学生の來見にとって、それはまだ数日前の出来事であるから当たり前なのかもしれないが。
基本的な流れは通っていた塾での練習のお陰で無難に対処できていた。しかし予想だにしなかった質問――中学校における道徳の授業で興味深かった話を上げるように促された時は、頭が真っ白になったというおぞましい経験が來見に強く刻まれていたのである。
(今思うと、面接にいた教師の中に柚下先生いたよな。そうか、高2になったら担任になるんだな……)
心の余裕がない状況では試験官の目が真っ直ぐに見れず、口元ばかり見ていた來見だが教師の顔触れは思い出せる。
嘘はつかずとも間違いなく話を盛って語っていた來見の話を、未来の担任は聞いていた。相手はきっと來見の事を大勢いた受験生の一人としてしか認識しておらず、進級した頃には面接の記憶など、ろくに覚えてもいなかった事であろう。
それでも來見が入学した学年で教鞭を振るう事になり、何れは自分の所属するクラスの担任を受け持つ未来を考えると――巡り合わせというものは存在するのだなと感慨深く思わずにはいられなかったのだった。
「私、最近はずっとこの道を通って帰ってるんだけど、來見くんの事は初めて見たかも。さっきの……お兄さんとお出掛け中だったのかな?」
別の事に意識を割いていた來見は、横を歩く祝の声で現実に引き戻される。
思い返せば、ヨリの事を詳しくは説明していなかった。ただ見た目からも明らかに年上だと分かっていたから、祝はヨリを指して兄という表現を用いたのだろう。來見は一つ頷くと補足するように口を開いた。
「うん。従兄弟の家がこの辺でさ。今日は親族で集まる予定なんだけど、俺らは少し外に用事があったから……」
でも、もう終わってるから大丈夫。來見は祝に無用な気を遣わせない為にも、そう付け加える事を忘れない。祝はその言葉を聞くと安心したように胸を撫で下ろし、楽しそうに話を続けた。
「イトコかぁ!良いなぁ。私、年の近い親戚とかいないから、ちょっと憧れちゃうかも。相手が年上だと、やっぱりお兄ちゃんみたいな感じ?」
「うーん。兄貴がいたら、あんな感じなのかなと思わなくもないけど……」
実際の兄としてのヨリを知らない為に、どのように表現すればいいのか來見には分かりかねていた。そもそも來見の知るヨリは伯父夫婦の元で生まれ育ったからこそ、今の性格になっているのである。
生まれついての嗜好は存在するだろうが、來見の両親から生まれていれば環境の違いから全く別の人格が形成されていたであろう。
その場合は弟である來見に対してどう振る舞うかは全くの未知であり――正直に言えばあまり良いイメージができなかったのであった。
「……兄貴と言うより、多少タカったりしても許される年上の友達みたいな感じかも」
「うーん、仲の良い先輩とも少し違う感じだ!楽しそうでいいなぁ」
「たまに会うだけの仲だから、それなりにやっていけてるだけなのかも。試しに一緒に暮らし始めたら、急激に仲悪くなったりしてな」
ちょっと鬱陶しいところあるし、と冗談めかして來見が続けると祝はわざとらしく険しい顔になり目を閉じて両耳を塞ぐ。來見を非難するようなポーズを取った祝は、そのまま思いの丈を叫んでいた。
「あー!夢のないこと言わないで!私はこの世の兄弟、姉妹はみーんな仲良しなんだって、そんな幻想を抱いてるので……」
「幻想って、自分で言ってるし」
自覚しながらも夢を見ていると吐露した祝を、來見は思わず揶揄してしまう。それも織り込み済みであったのだろう。祝は來見と視線を合わせると、堪えきれずに吹き出していた。
顔を見合わせて2人は笑う。自分で正しく認識できていたかは別として、來見の精神年齢は中学生の頃のそれと変わらない程までに下がっていた。それは直前にヨリという、気安い相手と会話していた事も要因の一つだったのかもしれない。
しかし何よりも重要な点は、その現象は中学生の來見が高校生の來見に上書きされてはいないのだという事実を示していたであろう。
その一方で、精神が肉体に引っ張られていると捉える事もできるのかもしれない。それでも今のところは現在と未来の意識がうまく融合しているのだと捉えても、良いように思えたのであった。
「來見くんが、あんな風に翻弄されてる感じ……初めて見たかも」
そういえば、と祝は思い出したように会話を切り出す。しかし、その言葉は來見にとって意外なものであった。確かにヨリは傍若無人に來見を振り回してくる傾向があったが、彼が関わってこない中学校生活においても來見は香椎などに無茶を言われたりする事があった。
何よりも高校生時代は未来からのメールに悉く弄ばれており、事前に立てた対策も無に帰する事が度々あった。來見は平時は事なかれ主義であるものの、それを越える苦労人気質であるという自認が、既にできつつあったのである。
しかし今の來見は祝との接点が殆んど存在していない。客観的に見た――しかも取り繕われた外面と実態が乖離しているのは仕方のない事と言えただろう。來見は一人、納得するのであった。
「物静かで、しっかりした人ってイメージだったから……いや、同じクラスになったこともないのに、何言ってるんだろうね、私!」
祝は口が過ぎた事を恥じるように俯いてしまう。それでも空気を悪くしたくはなかったのだろう。眉尻は下がっていたものの、表面上は笑みを絶やさずに明るく振る舞おうと努めていた。
(祝の事を一個人として認識したのは、願書の説明を受けた時だっけ。俺もそれまでは人伝に……先生から同じ志望校の生徒がいるって聞いてただけ、だったから)
高校受験をするにあたって、受験生はそれぞれの志望する高校ごとに集められて願書の提出方法を教示されていた。來見の通う中学校から伊斗路高校を希望していたのは自分を含めて3人だけであり、それが香椎と祝だったのである。
祝は一人だけ別のクラスであった訳だが、そんな状況で香椎という、人好きのする男が横にいたからこそ來見は相対的に口数の少ない人間として映ったのかもしれない。実際に來見が祝に対して行ったのは軽い挨拶くらいで、世間話などは香椎ばかりが振っていたのであった。
「でも、それは短い間で俺に……良い印象を持ってくれてたって事だろ?それなら俺は、普通に嬉しいよ」
來見は素直に思った事を口に出す。それはもしかすると、言いたい事は勿体振らずに言ってしまった方がいいという心理が何処かで働いていたからなのかもしれない。
手遅れになる前に、すべき事は恥ずかしがらずに行動に移す。來見は以前にもまして躊躇いというものを、しなくなっていたのだった。
「そ、そっか……!ふふ、良かった」
(……高校生の祝と、中学生の祝。やっぱりどこか、振る舞いが違って見えるよな……それとも俺の感性が変わっちまったのか?)
良し悪しを比較している訳ではないが、祝は來見に対して遠慮がちな態度を取っているように思える。それは未だ関係を深めていない現時点においては当然の事であったが、來見に一抹の寂しさを与えていた。
楽しそうに話す姿は変わらない。ただ、それは同級生に対する友愛に留まるもので――あのバス停の近くで文化祭を共に回るのを約束した時のような必死さも熱も、何一つとして感じる事はなかったのだった。
「もう、ここまでで大丈夫!結局、家の前まで送ってもらっちゃったね」
「こっちが勝手に言い出した事だから。気にしないでくれ」
祝の言葉通り、2人は住宅街に建てられたアパートの前で会話を交わしていた。
來見の家や伊斗路駅、及び伊斗路高校からは遠く離れた場所。通行人の邪魔にならない歩道の端へと寄って、2人は立ち止まっていたのだった。
「ありがとう。來見くんも、ちゃんとお兄さんと一緒に帰ってね。夜道は危ないから」
「あぁ。……祝と話ができて良かった」
祝を安全に送り届けた気の緩みからか、來見は口に出さずにいようと思っていた事まで溢してしてしまっていた。
脳裏に過る、祝を交通事故から守ろうと行動した当時の記憶。今、感じている疲労感はあの日とは比べるまでもなく矮小ではあったが、確かに目的を達成できたという喜びが來見を油断させていた。
「あっ、いや……いきなり変なこと言ってごめん。何でもないから……」
來見の言葉を受けた祝は、目を丸くしては瞬かせていた。その発言は脈絡がなく、意味が分からなかった事だろう。祝は気味の悪さや不信感を來見に抱いてもおかしくなかったのだが、彼女は気にも止めずに静かに微笑んでいた。
「……何だか久し振りに、こんなに長く人と会話した気がする。ずっと勉強詰めで、そんな時間なかったから」
「うん」
俯いた祝は白い息を吐きながら、小さな声で話を切り出す。やはり來見の気のせいではなく祝は疲労しており、それでも手を休める訳にはいかなかったのだろう。
長い目で見れば、例えどのような高校に入学したところで自己研鑽と管理ができていれば、どんな大学にでも合格する事ができただろう。一般的に、様々な意味で良いと謳われる大学に入学できなかった事で人生が閉ざされる訳ではないし、意外と職は選べるものである。
しかし未だ中学生の身である祝からすれば、より良い高校に通いたいと思うのは当然であっただろうし、人生がかかっていると深刻に捉えていても可笑しくなかった。その心境を思えば限界まで自分を追い込むのも仕方のない事と言えたかもしれない。
「イトコのお兄さんも、それに気付いてて……私に息抜きをさせようとしてくれたのかも。來見くんと話をする事でね」
「……どうだろう。でも、それで祝の気が少しでも楽になったのなら良かった。それはヨリくんも同じだと思う」
正直に言えば、ヨリにそのような深い考えは無かったように來見は思っていた。それでも祝が前向きに受け取ったのならば、敢えて強く否定する必要もないかと判断する。
來見も、そして恐らくはヨリも。祝という一人の少女に元気を与える助けになれたのであれば、それを喜びと感じる以外には抱くものはなかったのだった。
「うん!すごく……良い気分転換になったよ、ありがとう」
「俺は、何も。……あんまり根を詰めすぎないようにな」
謝辞を述べる祝に、來見は無難な言葉を返す。既に多大な努力を積み重ねているであろう彼女に、頑張れとは言いたくない。正しくは――何かを強いるような言葉を口にする事で祝に嫌われるのを恐れて言えなかった、のだが。
「うん!じゃあね!」
「あぁ、また」
來見の内心を知らず、祝は朗らかに手を振ってアパートのエントランスへと去っていく。來見は徹底して弱さを見せようとはしない祝の姿に、文化祭の時に泣き腫らした顔をしていた姿が重なって見えていた。
(結局……最後まで、勉強が辛いとも疲れたとも言わなかったな)
弱音を吐けるほど來見とは親しくないのだから当然である。だが、それは自分の頼りなさを証明されているようで寂しくもあり悲しくもあった。
それでも來見は、今の彼女に掛けるべき相応しい言葉を持っていない。自分の顔が苦悩で歪まないように、悟られない事を祈って――來見は祝に手を振りながら、ごく普通の別れを演出したのだった。
「……おわっ!」
祝を見送り、余韻に浸るかのようにぼんやりと突っ立っていた來見だったが、ポケットで震える携帯電話にビクリと体を強張らせる。恐る恐る確認すると、それはヨリからの電話でありメールアドレスだけでなく番号までもが予め登録されていた事を來見に知らしめていたのだった。
「もしもし」
「もしもーし。あと5分くらいで着くぞー」
「分かった。……近くにコンビニがあるから、そこの前にいるよ」
了解、と返答が聞こえたのを最後に來見は電話を打ち切って、漸く場所を移動する。会話の最中に周りを見回した事で目についたコンビニへと移動しながら、來見は考えを巡らせ始めていた。來見自身、殆んど来たことがなく馴染みのない通りを物珍しく思いながら。
(俺に過去を変えさせて、助けてきた人達はメールの差出人にとって重要ではなかった)
一人になった事で冷静になった頭の中で、シドの言葉が反響する。別にあいつらが死のうが生きようが、そいつにとってはどうでも良かった――その発言は來見にとって衝撃的で真意を測りかねる内容だった。
(でも、メールが送られてきた事には意味がある筈だ。それがただ、俺の為ではなかったというだけ。偶然、俺が選ばれただけ……)
思い返してみれば、來見という人間の感性が未来でも変わっていなければ、香椎の部活での騒動を解決する為に指示を出していた筈である。致命的な事にはならないから敢えて言及せずにいたと考えていたが、それは恐らく間違いであったのだろう。
(香椎の事件は……一連のメールの流れがなかったら見過ごしていたかもしれない。あれは多分、色んな経験を得て人を観察するようになったから気付けた事だった)
父親と出掛けた先で巻き込まれかけた爆発事件に関しても、文化祭における祝が泣いていた理由にしても。來見が無視せずにはいられない出来事が、悉く軽んじられていた。その異常性に來見は、やっと目を向ける事ができたのである。
(メールの本当の目的は……)
來見は未来からのメールを通じて、多くの人と縁を結んだ。知己の関係の者とは、より深く分かり合えるようになった――と思っている。それら全てが勘定に入れられていたのだとすると、差出人が何を考えていたのか予想がつくような気がしてくる。
「この携帯電話を持つ者を、将来的に都合よく動かす為に……しがらみを増やそうとした?」
予言めいた内容は來見に、それが本物であるという確信を抱かせるため。そして友人を利用したのは都合が良いという点もあったからだろう。予め手を回して仕組むような必要もなく來見の間近で起こる事件は、確かに危機感を抱かせるには十分であった。
(俺は結局、助ける対象が無関係な人だとしてもメールの言う通りに行動した。考える暇がなかったのも一因だけど……心の何処かで負い目があったから)
友人だけを選んで助けるのか。都合の良い時だけメールを利用するのか。來見は未来から与えられた情報を活用して以降、ずっと良心に訴えられているような感覚があった。
それは一度、過去を変える為に行動したのであれば、責任を取らなければならないという暗示に近いものであり――差出人からのマインドコントロールを受けているも同然だったのである。
「俺は……」
來見は握り締めた携帯電話に視線を落とし、次に強く瞼を閉じる。
様々な情景が脳内で甦る。事が終わる度に届く感謝のメールに、初めて過去を変えた時の祝の姿。今まで來見に頭を下げた人や礼を口にした人々。
友人達は本来なら交わることのない道にいたのかもしれない。それを來見が行動したせいで、差出人の陰謀に巻き込んでしまっていた。
「俺はこれ以上……誰かと親しくなるべきじゃ、ないのかも」
不用意に口にした言葉は、來見の心身を蝕んでいた。考えるほどに暗くなり沈んでいく思考。これからどうするべきなのか見えない未来。
大きくため息をついた來見に、不意に掛けられる声があった。
「おーい、帰るぞー」
「……うん」
來見は携帯電話を懐にしまうと、自転車に乗るヨリに近付く。不穏な空気を感じ取ったのかヨリは訝しげな顔をしていたが、來見は全てを無視して歩を進めていくのであった。
ヨリの家に辿り着いた2人は、いつの間にか帰宅していた親達に出迎えられ、その流れのまま食卓についていた。
來見は基本的に両親や伯父夫婦の会話に相槌を打つばかりで、たまに促されては学校の話をする。
來見は普段通りの振る舞いをするように努めていたが、度々ヨリの探るような視線が突き刺さるのを感じていた。しかし自分の行いを顧みた時に、事情を知らない大人達の前で立ち入った話はできないと考えたのだろう。來見を気にする素振りは見せるものの、結局ヨリと話し合いをする事はなかったのであった。
「それじゃあ、俺は先に失礼します。お休みなさい」
「おやすみー」
「お休みなさい」
大人達に断りを入れた來見は用意された客間に向かい、布団の上で体を休める。まだ眠るには早い時間。大人達は酒が入った為に暫くは起きているのを見越して、來見は足早に立ち去る事を決めていたのであった。
ヨリが風呂に入っている間に寝てしまえば、取り敢えず今日のところは何も言及される事はない。來見は目論み通り一人になる事に成功していた。
横になった來見の目に、不意にチカチカと光るランプが映る。高校生の來見が普段やっていたように、起床タイマー代わりに枕元に置かれた携帯電話。それはメールの着信を告げていたのである。
「……」
來見は側面に付いたボタンを長く押して、内容を見ることもなく携帯電話の電源を落とす。
自分は何も見ていない。何も来てはいなかった。來見は隠すように携帯電話を枕と枕カバーの間に放り込んで、敷き布団の面に押し付ける。
色々と考えなければならないのは分かっている。それでも今の來見には気力が存在していなかった。
來見は何も考えずに眠れるように祈りながら、強く目を瞑る。それは正しく逃避行動に他ならなかった。




