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平成トランスポーター  作者: 夏名
39/54

16-1 下らない妄想

暴力的な表現があります。

 2022年。

 颯真(ふうま)來見(くるみ)は薄暗い室内で話し合いを進めていた。元より來見に協力する心づもりであった颯真は、事件を解決する為に自分の握る情報を開示していたのである。


 颯真は身の回りの家具に頓着がないのか、ドラム缶の上に何の変哲もない板切れを乗せたものをサイドテーブル代わりに使っているようだった。その上、床には直接本が積まれているという有り様。

 代わりにパソコン周りのデスクは綺麗に整頓されていたが、来客を想定されていない室内に存在する椅子は颯真の座っている一脚だけであり、來見は壁に背を預けて立っていたのであった。


「まずは(ほおり)の失踪についてだが……昔、祝が交通事故に遭いかけたのは覚えてるか」


「それは……高校の時の?」


 果たしてそれが現在の状況とどう関係してくるのか、來見は分からないままに言葉を返す。颯真は一つ頷くと話を続けるために口を開いた。


「あぁ。祝の命をお前が助けた、物損事故。当時トラックを運転していた人間は脇見運転をしていたと認め、その後勤めていた会社をクビになっている」


「人身事故じゃなかった割りに、厳しい処分だよな。特に世間の注目を集めるような事故でもなかったのに」


「その通りだ。そして、その違和感を増大させる事実がもう一つある。……運転手の男は積み上げたキャリアに見合わない厚待遇で、直ぐに再雇用されていた。しかも勤務していた会社から見ると、本社に当たるところで」


 言葉を切った颯真を見て、來見は思索に耽る。運転手の男が、そうまでして引き留めたい人材であったという事なのだろうか。それにしては一度解雇されている事実が気に掛かるが、辞めさせてしまってから何かしらの問題が噴出した可能性もある。

 來見は気付けば思考を整理しながらも考えを口にしていた。


「突出した運転技術を持っていた、とか。……いや、それならそもそも事故を起こしたりはしない……のか?」


「……男の現在の勤め先は合駕嵯(ごうがさ)商会。多くのグループ会社を傘下に持つ、世間でも有名なIT系の大企業。何にせよ運送業とは職種が違いすぎる」


「転職先としてはあり得ない、か。偶然、本社の人間の目に留まったその人が、実は特別有能で才能を開花させた可能性は?」


「ない」


 幾つかの可能性を提示する來見を、颯真はバッサリと切り捨てる。來見の知らない情報を手にしている彼が断言するのならば、間違いはないという事なのだろう。気を取り直して、來見は客観的な事実だけを述べる事にする。


「なるほど、要するに……結果だけ見れば事故を起こしたのに、身の丈に合わない栄転をしてるわけか。不思議な事に」


「あぁ。実に……不可解だ」


「でも、それが祝の失踪とどう関係してくる?」


「……慌てるな。一つ一つ整理すべきだと考えたからこそ、この話をしたんだ。ここまで聞いて想像できる事といえば、何だ?」


 早く本題に入ってくれと言わんばかりの來見の態度に、颯真は一つため息をつく。その仕草は來見の浅はかさに呆れ、責めているようにも見えた。

 しかし今の來見に傷付き反省している暇はない。投げ掛けられた質問に考えを巡らせる事にこそ、時間を割く必要があった。


「合駕嵯商会は事故を否定的に捉えなかった。それどころか……功績として見ていた可能性がある」


「その仮定を、悪意を持って解釈するとどうなる?」


「……合駕嵯商会の中でも……上層部に近い人間が。祝の交通事故に関わり、指示をしていた可能性がある……?」


 運転手は事故ではなく、故意に祝の命を狙っていた。そして失敗した責任を取る形で解雇させられたものの、実行に移した褒美として高い地位を与えられた。恐らくは口封じも兼ねて。

 そんな人事は、本社である合駕嵯商会に勤める人間にしかできそうもない。


 飛躍した考えのようにも思えるが、颯真は静かに頷き肯定する。そして喉を潤す為にペットボトルを呷ると、再び口を開いて話を続けた。


「……仮定はそのままに話を次に進めよう。男の勤めていた会社の名前は白砂(しらさご)運輸。……お前の両親が運転していた車と事故を起こしたのも、そこの会社だったな」


「あれは……運転手が突発的な脳卒中を引き起こしたために、起きてしまった事故だ。会社が同じなのは偶然だろう。病は、そう都合良く起きるものじゃない」


「ここまで来てお前は……人を疑わなさすぎる。いや、分かっているのに考えないようにしているのか」


 颯真が見出だした関連性を示唆しているのにも関わらず、來見は現実から目を逸らすかの如く否定する。しかしその饒舌さが動揺を表していると颯真は理解しているようだった。

 颯真は來見を事実と向き合わせる為に、腹の立つほど論理的な考えを並べていく。


「診断を下す医者に金を握らせれば済む話だ。まして合駕嵯商会の人間が指示していたとなれば……莫大な金が積まれた事だろうな」


「……過去の祝の事故も、俺の両親の事故も。合駕嵯商会の傘下の人間を使って仕組まれていた事だった。それなら、祝の失踪も……?」


 繋がり始めた情報に、來見は必死になって全体の道筋を明確に整頓しようとする。そんな姿もお構い無しに、颯真は畳み掛けるようにして來見の記憶を試していく。


「お前も祝の失踪については調べていただろう。その最後の姿が捉えられた場所と時間は覚えているか」


 來見は他の誰にも負けないほど、祝の行方を捜索していた自信がある。だからこそ当然、その質問には直ぐに答える事ができた。


「あぁ、覚えてる。その時間帯に……付近をトラックが走っていた事も、知ってる」


「監視カメラに映った最後の姿から割り出される、祝が通った可能性のある軌跡。その中には……白砂運輸の集配時間と経路が重なるところがあった」


「……決定的な場面は捉えられていない。でも、どこか別の場所で隠されて……外から見れば、ただの荷物としてしか映らなかったからこそ……」


「忽然と姿を消してしまったように見えた。考えてみれば単純な話だったわけだ」


 颯真は確信しているようだった。確かにその前提を元に映像の再検証を行えば、祝が誘拐された場所とタイミングにおいて大体の目星が付けられた事だろう。

 祝はトラックで誘拐された。考えの一つにはあったが、その根拠となるものは來見には発見できなかった。しかし今となっては、それしか方法がないようにも思える。


「もしかして和久本(わくもと)の妹と、その恋人が亡くなった現場の近くも?」


「彼らが亡くなった場所は港……コンテナ埠頭だ。人気のない時間と場所を選んだとは言え……抗争が行われるのだから、当然近くの道路は見張られていた筈だ」


 颯真は同じ考えを持っているのだろう、決して來見の推理を否定しない。しかし自分でも自信がないのか、來見に粗を探させるように――あるいは納得を持って颯真の意見を受け入れさせる為に、一から説明しているようにも見える。

 真剣な顔で話を続ける友人の言葉を、來見はただ待つことにした。


「あの辺りは入り組んだ……複雑な地形の埋立港湾となっている。どんな形状だったのか、覚えているか」


「彼らが死亡した地点は確か……周りと比べて少し張り出したような立地の港だった筈だ。……そうか、何も狙撃するのに同じ(場所)にいる必要はない」


 來見は脳裏で事件現場付近の港湾地帯の形状を思い浮かべる。海から見ると一直線に並んでいる訳ではなく、凸凹とした停泊地。存在する幾つかの港は全てが直接繋がっている訳ではない。ある所は流れ込む潮を閉じ込めるかのように三方を囲んだ、複雑な地形をしていた。


「ギリギリで狙撃が可能な距離。海を挟んだ位置にある港や埠頭。封鎖されていなければ問題なく通れる場所で……」


「被害者の死亡地点から考えられる狙撃範囲。その中にはやはり白砂運輸の集配ルートと重なっている道路がある。距離に方向、時間帯からしても……可能性は高いだろう」


「決まった時間に決まった経路を取っているからこそ、非常時には疑われにくくなる、か……発案者と狙撃手は相当の恐れ知らずだろうな」


 來見はいっそ感心しながら、その手腕に舌を巻く。世間の信用を盾に取った悪辣な方法ではあるが、確かに証拠さえ出なければ簡単に容疑者から外れた事だろう。常識的に考えれば、第一に疑わしいのは現場で抗争を行っていた穐生楽(あきうら)組と皐羅宜(さわらぎ)組に違いない。それらの団体は清廉な一般企業を調査するよりも、注力し追及しなければならない存在に違いなかった。


「和久本の妹とその恋人の死亡状況は、どれだけ情報を洗っても……間違いなくあの場所と時間で殺された事を示していた」


 來見は捕捉するように自身の持つ情報を話し始める。それは八把(やつは)からもたらされたものでもあり、2人の間でも確信していた事でもあった。

 颯真は静かに聞き入っている。それは未知の情報がないか照らし合わせているようでもあり、頷いては先を促していた。


「勿論、抗争に気付かずに巻き込まれた可能性もあった訳だが……立ち入りが禁止されている場所に自発的に赴いて留まるという行動は、不自然にしか思えなかった」


 見渡す限りのコンテナ埠頭。違反してでも敢えてそこに留まる程の理由が、來見には分からなかった。海が見たければ相応しい場所があるだろうし、現場からの景色が飛び抜けて優れている訳でもない。

 但し、それに関しては穐生楽組に潜り込んでいた八把が一つの推測を示していた。それは颯真とこれまで交わしてきた議論からしても、恐らく合っているように思えていたのである。


「でも穐保楽組が合駕嵯商会の人間と通じていたのなら、説明がつくかもしれない。穐保楽に属する人間が、連れてきた2人を狙撃しやすい場所へ立たせ……白砂運輸のトラックに運ばれて来た人間が抗争に乗じて狙撃する」


 一時的に停車させていた可能性もあるが、より疑いが掛けらないような立ち回りを心掛けたとしたならば。それは恐らく走行中のトラックの助手席、或いは荷台から行われた。

 その凶行は走行速度を緩めていようが、かなりの精度が必要とされたであろう。だが現実に考えて、不可能ではなかった筈だった。


「……そして穐保楽組は皐羅宜組に対して死体を抗争で生じたものと嘘をつき、狙撃手についても虚偽を述べた」


 來見の言葉を引き取り後を続けた颯真の推理は、概ね合っていると言って良いだろう。しかし來見は更に正確性を上げる情報を持っていた。

 それは八把から伝えられた情報。和久本 白梛(はくな)が恐らく兄に関する事で脅されていたという状況にあったこと。そして穐生楽組でも上層部と末端の構成員では与えられている情報が違うという点。

 総括すると、段々と見えてくるものがある。來見は颯真の意見を僅かに修正をする為に口を開いた。


「うん。でも、恐らくそれを正確に把握していたのは穐生楽の上層部だけで……抗争に参加していた多くの構成員からすれば、紛れもない事実だったんだと思う。必死に隠していても、嘘はバレるものだから」


 どれだけ取り繕ったところで、嘘というものは分かる人には見抜けてしまう。來見が昔に対峙した帰史陀(かえしだ)は正にそんな雰囲気の底知れなさがある人間で、勘が鈍ってさえいなければ簡単にこなしてしまうだろうという不思議な確信があったのである。

 証言する者には一切の情報を与えないことで、虚偽と自覚する事さえさせない。本人は事実だと思い込んでいる嘘を敢えて語らせ、真実を煙に巻く。だからこそ帰史陀や八把、そして誠道(せいどう)は覆い隠された全貌を明らかにする事ができなかったのではないだろうか。


「だが、そうなると皐羅宜組の人間は犠牲者の2人と同じ場所にいた事になる。彼らを見つけられなかったのは……不幸としか言いようがないな」


「……抗争をしに来ている時点で、地形的な不利を取られないよう、互いに睨みを効かせていた筈だ。囲まれでもしたら一気に決着がつく事になるからな」


 巡回のせいで近付けない場所もあった。だから把握できていなくても仕方のない事だ、來見は颯真の疑問にそう答えながらも声音に悲しみが滲むのを止められなかった。

 この事実を知った時、和久本 白梛とその恋人の関係者――特に帰史陀は取り返しのつかない深い傷を負うのではないだろうか。後から事件の調査の為に後ろ暗い道を選んだ誠道とは違い、帰史陀は事前に打てる手があったのかもしれないと延々と思い悩む羽目になる。

 それは今現在と変わらないと言えばそうかもしれない。しかし改めて自身に手落ちがあったのだと突き付けられる形になるのは、実に耐え難い仕打ちのようにも思えた。


「そこは穐生楽組が……いや指示を出した黒幕が一枚上手だったんだろう。今まで皐羅宜組の追及を躱せたのも、伊達に日陰者として飯を食ってきた訳ではなかったという事で」


 來見の感傷に気が付いたのか、颯真は慰めるような言葉を口にする。確かにその2つの組織がこれまでに尻尾を掴ませなかった事実は隠蔽技術の優秀さを表しており、憤懣やるかたないが認めざるを得ない鮮やかな手管に違いなかった。


「……ここまでの仮定が事実だったとして、穐生楽組と合駕嵯商会の人間が手を組んでいる理由はどう考える。双方のメリットは本当に存在しているのか」


 颯真は來見と結論を同じくしている筈だが、矛盾を潰す為だろう。念入りに疑問を消化しようとする。

 そして恐らくは、提示した質問は來見だからこそ答えられると思っていた。來見はその期待に沿う為にも、信憑性の高い推理を述べていく事にする。


「穐保楽としては金が積まれたのなら断る理由がない。契約を交わした時点で、大企業の弱みを握った事にもなる。共倒れにさえならなければ……裏切りようがない、良い顧客だと思っただろうな」


 穐生楽組の上層部が何処まで考えていたかは不明だが、利益を得る傍らで結果的に対立する組の頭にも大打撃を与える形になった。一石二鳥では済まない幸運は、穐生楽組が合駕嵯商会の人間と親密さを深める事を益々前向きにしたことだろう。


「合駕嵯商会の方は?」


「……正直に言えば、このご時世に反社と手を組むなんて正気とは思えない。暴対法が施行されて以降、各地の団体は年々その力を落としている訳だし」


 代わりに法の対象から外れる不良集団――所謂準暴力団(半グレ)などが勢力を増している現状もある訳だが、今は関係のない話だとして横に置いておく事にする。そんな來見の思考を読み取ったように颯真は頷き、要点を挙げていく。


「万が一、その契約が明るみになったとして……穐生楽組には揉み消せるだけの力はもうない。それなら、合駕嵯商会の側にメリットはない筈……か」


「あくまで企業としての話はな。それでも手を組んでるというのなら……何か個人的な理由で、独断で決行した事になる」


 來見は颯真との議論で提示された内容の、概ね全てに同意していた。乱暴な論理かもしれないが、莫大な金を用意できるのならば、何か手抜かりがあったとしても箝口令を敷く事ができたであろう。今までに決定的な情報が出てこなかったのは、縮小傾向とは言え穐生楽組の持つ影響力が各方面に通用する程には残っていた上で、その勢いが金の力で増強された結果だったのかもしれない。


「糸を引いているのは合駕嵯商会に勤めていて、隠蔽しながらも巨額を動かせるほどの人間か。複数犯か単独犯かなのか……未だ動機も分からないけど」


「……恐らく幹部クラスのな。いっそ現代表取締役である合駕嵯 阿尊(あそん)がそうだと言ってしまいたいところだが……彼は犯人からは外れると思う」


「理由は」


 來見の問い掛けに颯真は視線を泳がせる。それまでは一切見せる事のなかった躊躇いを感じ取った來見は、それでも背を押す為に口を開く。今の來見には、より多くの情報が必要だった。


「確信がなくても良い。その考えに至った経緯を教えてくれ」


「……今から話すのは、どれだけ調べても裏取りができなかった情報だ。あくまで俺の記憶頼りのものでしかない事を前提に聞いてほしい」


「分かった」


「……高校2年の時の文化祭。俺は祝が、祝の父親らしき人間と交わしていた会話を偶然耳にした。内容はある契約について……」


 説明を促された颯真は、ゆっくりと語り始める。途中、過去を思い返すように中断する事もあったが、颯真は自身が聞いた情報の全てを來見に伝えていったのだった。




「こんがらがってきたけど……その話を信じるなら、祝の父親は祝を処分しようとした事があって、それがあの時の交通事故だった?」


 祝と、その父親と思われる男との間で交わされた会話。そして、その直後に行われた部下らしき男との密談。2つの話を統合した後に弾き出された結論を來見は口にする。


「多分な。だが一度目のそれが失敗したから時間を置いた。立て続けに事故に遭えば、さすがに怪しまれる」


「そうこうしている間に、契機となる電話があって……部下の男の言い分を考えると、祝に情が湧いた事もあり……結局は処分を取り止めた」


「契約も成立しているしな。俺の調べた限り、それからはずっと彼らは関わりを断っていた。そうなると……今になって祝に危害を加えるとは考えづらい」


 電話の内容は分からないが、祝にとっては幸運だったのだろう。もしかするとその切っ掛けが存在していなければ、遅かれ早かれ最悪の計画が実行されていたのかもしれない。

 來見が嫌な考えを打ち消すように首を振っていると、颯真はそれを歯牙にもかけずに推理を続ける。


「祝の最初の交通事故だけは父親の指示によるものだ。……だが依然として、お前の身に起きた一連の不幸は……合駕嵯商会に勤める権力者によるものだと考えられる」


「うん……部下との会話に出てきた、阿尊って名前。それが聞き間違いじゃなければ……祝は巨大企業を取り仕切る、合駕嵯 阿尊の血を引いている事になる」


 颯真の言わんとする事を來見は薄々理解していた。合駕嵯 阿尊、合駕嵯商会の現代表取締役。彼の後継者と目される子供は、表向きには一人しか存在していなかった。矛盾する情報から導き出される結論に、來見は思わず目を伏せる。


「そうなると、途端に怪しい人物が浮かび上がって来る。合駕嵯 阿尊の一人息子とされている、次期代表取締役。合駕嵯 (じん)


「……合駕嵯 仁にとっての祝は。不動だと思っていた自身の地位を脅かす恐れのある、唯一の存在。だから、処分しようとした……?」


「俺はそう思う。合駕嵯 阿尊の指示の下に行われた一度目の交通事故と、お前の両親が巻き込まれた交通事故。首謀者が異なっていようとも手口が似通っていたのは、敢えて真似したか……親子だから、思考が似ていた」


 最後の推論に根拠はなかったのだろう。それでも親子という関係性から、双方の考え方が類似する事は可笑しくないのだと颯真は何処か実感を滲ませて語っていた。


 颯真との討論を通じて得た結論は実りが多く、納得できる部分も確かに多い。合駕嵯 仁も予測した犯人像と重なるところが存在していた。

 しかし無視するには大きすぎる違和感もあった。來見はその疑問を解消する為にも、情報を精査しなければならなかったのである。


「でもそれは……祝を害する理由にはなっても、俺に関わりのある人達を害する理由にはならない」


「さっきも言った通り、組同士の抗争に割って入り……穐生楽と関わるリスクを負ってまで得られるリターンが分からない。企業が成長する為に手を組まざるを得なかったとでも?」


 既に世間に名を馳せていた企業が取る選択とは思えない。それとも來見の想像よりもずっと昔から手を組んでいて、関係を清算しようにも不可能な状態だったのだろうか。それを合駕嵯 仁がこれ幸いと利用したのか?

 他にも疑問は残る。そもそも和久本 白梛(はくな)は祝とは面識がない。そして姉である蓮下(れんげ) 陽彩(ひいろ)を人質としてまで飛織(とおる)を組に引き込んだ理由は何だったのか。全てが謎のままであった。

 もしかするとそれらはまた別の手の者によるもので、心身が疲弊した來見が立て続けに不幸に見舞われたと勘違いしているだけなのか。思考を飛ばしかけたところで、颯真がそれを遮るように声を上げた。


「……お前だよ」


「俺?」


「祝にとって、お前は命の恩人で……特別な存在だった。もし合駕嵯 仁が祝の命を奪うだけでは飽き足らず、苦しめたいと願っていたのならば……」


 苦々しげに続けられた颯真の見解は來見の頭を真っ白にさせた。しかし脳は勝手に活動を再開し、おぞましい推論を導き出している。その直視し難い結論に來見は抵抗を始めてしまう。


「……わ、からない」


「思考を止めるな。お前が苦しんで、それが他ならぬ(自分)のせいでそうなっているのだと突き付けられたら……祝は自分自身を痛め付けられる事よりも苦しむだろう」


 そういう人間だと、お前自身がよく理解している筈だ。

 皆まで言われずとも分かっている、祝の性質はあの頃と変わりない。祝の選んだ進路ですら、その善良さと正義の心を表していた。

 來見は仁への嫌悪感が祝に対する感傷よりも凌駕しかけている事を自覚する一方で、耐えきれずに戸惑いを口にする。


「祝が……合駕嵯 仁の地位を奪うなんて考える筈ないのに。そんな身勝手な、下らない妄想のせいで、こんな事になってるのか……?」


「……俺の考えでは、お前にメールを送っていたのも合駕嵯 仁だ。つまり、そいつは何らかの方法で未来を知る事ができていたのかもしれない」


「未来で、合駕嵯 仁にとって危惧していた出来事が実現していたからこそ。徹底的に祝を追い込む為の手を打った……」


 來見は気付きたくなかった真相を直視しなければならない時が来ているのを感じていた。しかし既に多くの被害が出てしまっている今、考えを止めることは――もはや許されてはいなかった。


「交通事故から祝を救うように仕向けたのは、祝を生かして生き地獄を味わわせたいから。そしてそれは、祝にとっての特別な人間をわざと作る為でもあった……」


 合駕嵯 仁は、父親が祝を巻き込もうとした交通事故についても、当然知っていたのだろう。それは隠されていた()の存在を知る事ができている時点で、造作もない事だった筈だ。

 そして、その事故をより効率的に効果的に利用しようとした思考の果てが、來見に祝を救わせるという過去の改変だった。


「あぁ、そのどちらも苦しめる為に。……最悪だな、悪意に満ちたマッチポンプだ」


 颯真は眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言葉を溢す。初めて見る友人の憎悪と憤怒に満ちた形相を、來見は知らしめられた真相を前にして呆然と眺める事しかできなかった。




 現時点で行える颯真との情報交換と整理を終えた來見に残されたのは、あと一つの行動だけだった。その為に向かわなければならない場所がある。來見は壁から背を離し、別れの挨拶を口にした。


「ありがとう。もう行くよ」


「……持っていけ」


 言葉少なに颯真の元を去ろうとする來見に、カード状の物体が投げ渡される。宙に舞う透明な板を危なげなく掴み取った來見は、ひっくり返して観察を始める。中心に合駕嵯商会のロゴマークの刻印が彫られた以外には特筆すべき点のないそれは、プラスチック製にしか思えなかった。


「これは?」


柏木(かしわぎ)アイソレーションへ侵入する為のカードキーだ。裏口から入って右手の、最上階直通エレベーターで使え。この時間帯なら、合駕嵯 仁はそこにいるだろう」


 予め想定していたのだろう。來見は自分の行動が見抜かれている事に苦笑しながらも、少しだけ穏やかさを取り戻した気持ちで謝辞を述べる。


「何から何まで、ごめん」


「……止めたって行くだろう」


「それは、そうだな」


 諦めにも似た表情を浮かべ、颯真は視線を下に落とす。否定することはおろか気休めすら口にできない立場の來見は、ただ押し黙って沈黙が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。


「……俺に原理は分からないが、カードキーが使えるのは3箇所。最上階直通エレベーターと、その先にあるエレベーターホールの扉。そして、社長室……ロックの解除が可能なのは、そこだけだ」


「ありがとう。製作者にも、そう伝えといてくれ」


「あぁ」


 カードキーの使用方法と場所を指定する颯真に來見は頷きを返す。もし穏便に侵入する事ができなければ、元より來見は騒ぎも厭わないつもりでいた。しかし颯真がその手段を用意してくれたお陰で、合駕嵯 仁と対面できる可能性は当初よりもずっと高まっている。

 來見は感謝と共に、溢れた思いを口にしていた。


「お前は長生きしてくれよ」


「うんざりするまで生き長らえて、畳の上で本に埋もれて死んでやるよ」


 まるで今生の別れのような挨拶を口にする來見だったが、颯真は敢えて指摘する事を避けたようだった。それでも安心させようと思ったのか優しい言葉を口にする颯真は、友達思いが過ぎていると言っても良かったかもしれない。


「……社長室と言っても、代表である柏木は既に帰宅している。今は合駕嵯 仁しかいない筈だ。あいつは本社から出向して来ている癖に、柏木よりも権力を持っているからな」


 勝手に社長室へ出入りするのが許されているのも、その地位の高さから可能である振る舞いなのだろう。颯真の説明からも幾つかの背景が想像できる。合駕嵯 仁はその権力を傘に、柏木アイソレーションでの業務や運営にも口を出していたのかもしれない。柏木という人物はお飾りとでしか機能していなかったのではないだろうか。

 とにかく今は、無関係な人間を巻き込まずに済む事を安堵しておくべきなのだろう。來見は妄想もそこそこに口を開く。しかし気の利く言葉は出てこない。ただ、簡素な相槌を打っていた。


「うん。……じゃあな」


 掛けるべき言葉を見失った來見は、それだけを言い残すと今度こそ歩を進める。対する颯真はまた会おうとも、さよならとも返すことができなかったのだろう。できない約束を嫌うように一つだけ頷くと、背を向けて指輪の嵌まった手を小さく振る。


「……さっさと出ていけ」


 來見はふと、同じようにして図書室の資料室から追い出された高校時代を思い出す。つい小さく笑ってしまうが、自分のやるべき事を思い、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「ありがとうな」


 様々な感情が呼び起こされるのを抑え、返事を必要としない言葉を掛ける。そのまま、互いに随分と変わってしまった事を痛いほど実感しながらも、静かに颯真の元を去るのだった。




「……あれ」


 颯真の元を離れた直後、階段を下りきった來見の前には一人の男の姿があった。どうやら自分に用があるらしいその人物との再会を意外に思いながらも、來見は声を掛ける事にする。


「どうしたんです。まさか俺の骨を拾いに来た訳じゃないでしょう」


 手元のスマートフォンに視線を落としていた八把は、今ここにいる事は全く本意ではないのだと、ありありと表情に浮かべながら顔を上げる。

 理不尽な態度を取られたところで、いつもの事なので気にしない。それよりも來見は先を急ぐ用事があった為に話を進めることを優先していた。


「……情報と引き換えに契約したんでな。あの人が到着するよりも早く、お前を合駕嵯 仁のところまで送らなきゃいけなくなった」


「……颯真が?」


 來見はつい先程、別れを告げたばかりの友人の名を口走るが八把はどうでも良さそうに肩を竦める。そのまま踵を返すと先導するように歩き始め、視線だけを來見に向けた。


「誰だよ、そいつは。何でもいいから早く来い。先を越されても良いのか?言っておくが俺は、あの人を止めたりはしねぇぞ」


 八把の言うあの人とは帰史陀以外にあり得ない。來見は和久本 白梛の真相が彼に伝わった事を察すると同時に、一刻も早く行動しなければならない事にも気付いていた。

 面倒臭そうに言葉を続ける八把は情報を手に入れた以上、契約を交わしたとはいえ律儀に颯真の言葉に従う必要はなくなっている。來見がその場で足踏みをしていても全く構わないというのが八把の本音だったであろう。


「……お願いします」


 來見の返事に八把は不満げに鼻をならす。來見に対して行動を催促したのは厚意からのものではないが、それでも筋を通すつもりはあるのだろう。車の停めてある方向を顎で指し示すと、來見に付いてくるように促したのだった。




 再び沈黙に包まれた薄暗い室内で、颯真はパソコンに向き合っていた。作業しながらも不意に人差し指に嵌めた指輪を触ってしまうのは、ここ最近で付いてしまった癖だった。

 颯真の指の根本から第2関節に向かって、その3分の2を覆ってしまう程の体積を持つ指輪は、装身具にしては少し存在感がありすぎる。肌とのコントラストで浮き上がっているようにも見える黒の指輪は、明るい空間で見れば人目を引いて止まなかった事だろう。


「……カードキーは確かに、渡しましたよ」


 自分以外に誰もいない空間で、颯真はぽつりと独りごちる。

 颯真は事前に、來見へ例のカードキーを渡すように頼まれていた。その人物は表立って行動できない立場にいた為に、颯真が仲介役として名乗りを上げ來見に託す事を約束していたのである。


「さて……」


 颯真は遠隔で白石(しらいし)のパソコンを操作し、復旧が不可能な程にクラッシュさせる。事前に感染させていたウイルスで、しかも白石が普段使用しているものだけではなく、そのフロア一帯のネットに繋がる電子機器、その全てを巻き込んで。

 それは以前に皆本(みなもと)が人事異動の際、データ管理の不備によって苦労を強いられた原因でもあり、全く同じ手口によるものだった。颯真は人を使ったアナログな方法でも諜報に努めていたし、ネットを含めたあらゆる場所で情報を収集していた。今回のカードキーの作成においても、白石が何気なく同僚と交わしていた世間話を盗聴していたお陰で、完成に至ったという経緯も確かに存在していたのである。


「……悪いな、白石」


 颯真は数年にわたって対面しておらず、もはや画面越しにしか知らない友人の顔を思い浮かべる。

 既に退勤しており、今頃は自宅で寛いでいるであろう白石はこれから起こる騒動に直接巻き込まれる事はないだろう。数日の間、勤務先は混乱に陥るかもしれないが命が危険に晒される事はない筈であった。


「……よし」


 颯真はやるべき事を全て終えるとパソコンの中身を初期化し、全てのデータを破壊する。2度と復旧できないように念を入れる必要があるが、その方法についても颯真には考えがあった。


 颯真は椅子に座ったままくるりとパソコンに背を向けると、勢いのまま近くに置いてあった巨大なドラム缶を蹴り倒す。上に載せていたテーブル代わりの板が外れ、重力に逆らう事なくペットボトルやイヤホンが転がり落ちる。そしてドラム缶の中を満たしていた液体が床に広がる事も厭わずに、颯真は泰然として来るべき時を待っていた。

 やがてその耳は慌ただしい足音を捉える。次の瞬間には扉が開かれ複数人の男達が室内に雪崩れ込んでいた。


「お前が情報屋だな?何を掴んでいるのか、全て吐いてもらおうか」


「……お前らに言うことはない」


 銃口を突き付けられている状況に慌てる事もせず、颯真は嵌めていた指輪の側面をなぞり、予め仕込んでいた細工を遠隔で操作して起動させる。指輪型のウェアラブルデバイスは問題なく動作し、頭上のスプリンクラーが回転を始めていた。

 武器を携帯して強気であっただろう人間が降りかかる液体に狼狽え怯んだ姿はどこか滑稽に見える。颯真の口元には状況にそぐわない笑みが浮かんでいた。


「……古今東西、悪人は地獄行きだと相場が決まっている。だから……」


 目的の為に手段を選ばなかった自分は紛うことなき犯罪者である。しかし目の前にいる人間達もそうである事は明白で、放っておけば來見の邪魔をするのだと想像できるからこそ逃がす訳にはいかなかった。


「お前らも一緒に来い」


 颯真は後ろ手に隠していたライターを付けると、何の躊躇いもなく落下させる。炎は既に床へ広がっている灯油をなめるように燃え盛り、降り注ぐガソリンはその勢いを加速させた。

 これならば全てを消し炭にできるだろうと確信した颯真は、どこか穏やかな気持ちにさえなっていた。


「……悪いな來見。嘘ついて」


 來見が目的を達成する事ができるように、助力を頼む旨の契約は果たした。その上でこの先に起こるであろう混乱を予想し、蓮下 飛織には家族を含めて身を隠す手段も伝えた。賢い彼ならば井迎(いむかい) (くぐる)についても、きちんと保護に向かうであろう。全ての責務を果たした颯真は静かに目を閉じていく。

 最期に映った光景は逃げ場を失い、慌てふためく侵入者達の姿。身体に感じたのは引火する可能性も忘れ、混乱した末に発砲された銃弾がもたらした痛みだったのだろうか。何れにしても迎える末路は変わらない。

 颯真は家族へ先立つ身勝手さを詫びると同時に、突き刺すような熱を全身で感じると完全に意識を失ったのだった。




「今、何か……」


 車内で異変を感じ取った來見は振り返り外の様子を窺おうとする。しかし法外な速度で先を進む状態では何が起きたのか把握する事は難しく、來見はただ焦燥感に襲われるばかりであった。


「これまで尻尾を掴ませなかった奴だ。とっくに逃げ仰せてるだろ」


「まだ何も言ってないけど……颯真から何か聞いてたんですか」


「……チッ」


 八把も内心、動揺しているところがあったのだろうか。來見の指摘に舌打ちをすると、口を滑らせた事実を無かったことにするように黙りを決め込んでしまっていた。

 こうなってしまえば、もはや口を割る事はないだろう。來見は不安は残るものの颯真について聞き出すのは諦め、別の話題を振ることにする。その切り替えは颯真の無事を信じているからこそ、できた事だったのだろう。


「和久本には説明するんですか」


「どうだかな。あの人の判断に任せる。俺はどうでも良い」


「……そうですか。解決した暁には、話すのが筋だとは思いますけどね」


 來見の言葉に八把は顔をしかめるも返事はしない。

 和久本 隼成(はやせ)は妹を喪う数年前から国内にはいなかった。それは見方を変えると穐生楽組の手が届きにくい場所にいるという事でもあり、日根(ひね) 誠道が生きている限り恐らくは騒動に巻き込まれる事はないという状況を示していた。

 彼もまた兄として真相を知りたいと願う一人であった筈だが八把の反応を見る限り、その未来を迎える事はないのかもしれない。知らない方が良いこともある。今の帰史陀はそのように判断する可能性が非常に高いように思えたのである。


「君は……この後どうするんです。帰史陀さんと合流するとか?」


「全容が分かったんなら穐生楽にいる必要はもうねぇ。……ただ裏取りは必要だ。あの人の前で合駕嵯 仁を拷問して、真偽を吐かせねぇとなぁ」


「その合駕嵯 仁は俺が殺すかもしれないのに、先に向かわせて良いんですか」


「あ?端からお前は俺達と一緒に合駕嵯 仁を仲良く捕まえるつもりはねぇんだろうが。どういう意図の質問だよ」


 八把は眉間に皺を寄せ、苛立たしげに舌打ちをする。そして來見の無意味な問い掛けを封殺するように、自身の考えを言葉にしていった。


「通すべき筋は通す。そもそもアイツからの情報がなけりゃ、ここまでは分からなかった。なら優先順位が一時的に変わるのも、仕方ない」


 來見が口にした殺意について、八把は何の感慨もなさそうに聞き流す。今だけは見て見ぬ振りをしてくれるという事なのだろう。

 ただ帰史陀を出し抜くような形で來見を送り届ける事だけには葛藤があるようで、非常に歯切れが悪くなっていた。


「……あの人もそう言うだろう。だからこれは裏切りじゃねぇ」


 わざわざ口にするあたり、相当気にしているのだろう。八把の自分に言い聞かせるような口振りに、來見は人間味を感じて微笑ましく思ってしまう。

 およそそれは冷ややかな表情を浮かべ平気で残酷な所業を行う人間に抱くには、似つかわしくない感情であっただろう。しかし、もはや來見も同じ穴の狢である。それならば道を踏み外している人間に親近感を覚えているのも、仕方のないことだったのかもしれなかった。


「君は相変わらず、昔のままの苛烈な人間だと思えば存外丸くなってたり……大概ややこしい人ですよね。誠道くんが手を焼いているのも、分かる気がする」


「別に俺は変わってねぇ。そもそも自分以外のどうでもいい人間を理解できる日なんて来る訳ねぇだろ。そんな事に時間を割くのは、非効率で不毛で無意味だ」


 要するに來見は興味がない八把の事など何も分かっていない、そう言いたいのであろう。運転席から投げ掛けられた言葉は、遠回しに來見が八把に対して関心を抱いていない事を指摘していた。

 実際に來見は八把を守ろうとは考えておらず、嫌悪する事もなければ特に好ましいとも思わない。來見が守るべきだと考えているのは香椎(かしい)を初めとする善良な人々に留まっていた。正しく言えば、それほど多くの人々にまでは手が回らない事も指し示していたのだが。

 兎にも角にも來見と八把の間にあるのは徹頭徹尾、利害関係の一致による協力体制だけであった。


「少なくとも今回の事は俺の中で筋が通っている。あの人もそれを把握していて最後には許可を与える。お優しい外野にわざわざ理解を示してもらう必要はねぇな」


 特に言い返さずにいる來見を横目に、八把は議論を完結させようとするが、舌の根も乾かぬうちに全く真逆の事を口にしている。指摘せずにはいられなかった來見は意見を口走ってしまっていた。


「他人の事は分からないんじゃなかったんですか?実際のところ帰史陀さんは、そうは思っていないのかも」


「あぁ?俺はあの人の右腕だ。思考回路も何もかも、理解してるに決まってんだろ」


「それは……(たむろ)にいた時に帰史陀さんの意向を無視して、暴走していた人が言う事ではないですね」


 八把がこれ程までに帰史陀を信奉する理由は分からないが、そのあまりの熱烈っぷりに來見は何かグロテスクな物を見ている気持ちになる。それでも冷静に批評できてしまうのは、やはり來見の中に横たわる八把への無関心さがそうさせていたのかもしれない。


「そういえばアレは……俺にとっては随分都合の良い騒動だった。どう転んでもああなってただろうが、屯の奴らの結束を高めるのに使えたからなぁ」


 その点だけは日根を褒めてやっても良い、と嘲笑する八把に來見は冷ややかな視線を向けてしまう。過去の自分が必死になって最悪の未来を回避しようとした行動が無駄だったのだと証明されているようで――しかし否定する事ができない自分がいる事実が來見の胸を深く突き刺していた。


「……君の勝手に付き合わされる帰史陀さんが可哀想だ。甘やかされるのに慣れてるから、振り回される側の心労が分からないんでしょうね」


 だから誠道に嫌われるのだ、とは言わないでおく。そんな言葉を聞いたところで八把は全く動揺しないだろう。しかし來見が帰史陀について知ったような口を利いた事だけは気に障ったようで、次の瞬間に八把は來見に銃口を突き付けていた。


「……それ以上、余計な口を叩くなら殺す」


「黙ります。……その心労も真相が分かる一歩手前まで来た今、きっと解消されますよ」


 外野の意見はどうでもいいと宣うわりに、いざ意見(揶揄)されると激昂しかける。そもそも過去の行動原理も帰史陀の格を保つ事と名を知らしめる為だった点を考えれば、何処までいっても他人からの評価が気になって仕方ない人間なのだろう。

 來見は自由に生きているようで息苦しい生き方しかできていない八把を哀れにも思いながら、目的の場所へ辿り着くまで黙り込む事にしたのだった。




「ありがとうございました。君も気をつけて」


 柏木アイソレーションの近く、既にそのビルが目視できる距離。後は自力で近付くしかないところまで送り届けてもらった來見は、僅かに開いた運転席の窓ガラスに向かって声を掛ける。


「事を済ませるなら早く行け。どうせなら派手に死んでこい」


 改造されたスモークガラスは隔たりとなって八把の表情は窺えない。ただ颯真との契約を遵守しようとしているのか來見の行動を邪魔する気はないようで、ぞんざいに投げ掛けられた言葉はむしろ來見の健闘を祈っているようにも聞こえていた。それは紛れもない勘違いで、実際には後から来る帰史陀が楽になる為の犠牲となれ、という意味に他ならなかったであろうが。


「……では、お達者で」


 來見の言葉を聞き終えるや否や、八把は車を発進させる。大方の予想通り帰史陀と合流して、合駕嵯 仁を尋問する為の捕縛の準備に移るのだろう。

 來見は彼らよりも先に仁と出会い、確認しなければならないことがある。足早に目的地へと歩を進めると、颯真の助言に従って裏口からの侵入を試みるのだった。




(正直に言えば、黒幕が合駕嵯 仁だと断定するには……性急だっただろう)


 それこそ、祝に権力が渡る事を良しとしない人物。その上で合駕嵯 仁に近しい合駕嵯商会の幹部など、探せば条件に当てはまる者がいてもおかしくはなかった。


(でも、颯真だってそれは分かってる筈だ。その上で合駕嵯 仁を名指ししたのなら……賭ける価値はある)


 合駕嵯 仁と対面し、直接問い質す。もしも人違いだと分かったその時は無理矢理にでも口を割らせて、情報を吐かせる。來見はこれ以上の無関係な人間へと広がる被害を防ぐ為に柏木アイソレーションへと赴いていた。


(まだ明るいな……)


 時間帯としては既に終業時刻を迎えていても可笑しくはないのだが、ビルの中は未だ照明が灯っている。それはつまり各種のシステムは作動しているという事で。進路を阻むことなく自動で開く裏口の扉から、來見は容易く室内へ身を滑らせていた。


(人気はない。カードキーを翳すのは……アレか)


 裏口と言うだけあって、受付や大きく開けたフロアの様子などは一切見えない。静かな廊下の一画で來見は息を潜めて様子を窺う。

 身を隠す場所もなかったが問題なく前進できると判断した來見は、素早く右手の最上階直通エレベーターまで走る。そしてホールボタンのように取り付けられた液晶パネルに向かい合うとカードキーを翳していた。

 上部にテンキーを備えた制御ロックは問題なくカードキーを読み取る。そのまま起動したことを知らせるように液晶に光が宿ると、閉じていたエレベーターの扉がゆっくりと開かれていく。


(このテンキーは非常用か?颯真が暗証番号を知ってたら俺に教えてた筈だよな……一定時間でパスワードが変わるタイプなのかも)


 來見の考えが正しければ、予め暗証番号が分かっていても時間の経過によって無駄になる可能性が高い。

 そして託されたカードキーに合駕嵯商会のロゴが刻印されている事からは、その本社という立場から傘下である柏木アイソレーションに存在するロックを解除できる権限が持たされているのだと推測できた。


(このカードにハッキングできるような機能があるとは思えない。回数は限定されるもののグループ会社のセキュリティに対して使用できる、マスターキーとしての権限が付与されている……のかもな)


 それはいくら上に立つ者に持たせるとしても、やや度を越した権利のように思える。しかしこうして実物として存在しているという事は実際に使用者がいるも同義であった。もしかすると本社の人間は、傘下の者に対して普段から好き勝手にその権威を振るっていたのかもしれない。


(……合駕嵯 仁を失脚させたい(始末したい)第三者から譲り受けたのか、予備の鍵をくすねてきたのか。どっちにしろ、危ない橋を渡ってるな)


 來見は颯真が数々の危険な行動を取っていた事を実感してため息をつく。しかしそうさせた原因が自分にある事を思い返して一旦、思考を放棄した。今するべきなのは後悔ではなかったのである。


 來見は自らを運搬させる為に、無人の昇降機に足を踏み入れる。息をつく間も無く背後で扉が閉じられるのを理解すると、身体が持ち上がる感覚と共に天を仰ぎ、その先に待つものを睨み付けるのだった。


(楽観視する必要もないが、侵入はバレていると思った方が良いだろうな)


 エレベーター内の操作盤には開閉ボタンのみが存在し、インジゲーターには階数の表示はなく自動で乗客を運んでいる。

 目につく限りには監視カメラも存在していない。しかし普段から直通エレベーターを限られた人間にしか扱えないように電子制御しているという事は、その使用履歴がデータ上に残されている可能性を示していた。


(そもそも未来が分かっているなら、俺の行動も筒抜けなのかもしれないが……)


 來見は自分の侵入が既に把握されている事も考慮しながら、手慣れた仕草で銃の安全装置を外す。グリップを強く握り込むのは動揺を抑える為で、未だに心が乱れている事を再確認させられているようだった。


(でも行くしかない。……多分、機会は今しかない)


 最上階のホールに着いた瞬間、妨害する人間が飛び出して来ても可笑しくはないと思っていたのだが意外にも辺りは静けさに包まれている。

 來見は固めた決意を前に肩透かしを食わされたような気持ちになりながらも、先程と同じようにして閉ざされたホールの扉をカードキーで解除する。その先にある社長室へと歩を進め再び鍵を開ける事に成功すると、來見は勢い良く室内へ飛び込み銃で狙いを定めるのだった。


(……誰もいない)


 來見は扉を遮蔽に安全確認を行うが、見える範囲に人影はない。素早く立ち位置を変え死角を覗き込むも、やはり社長室は無人のままだった。


(何か……焦げたような臭いがする。煙草じゃないな、紙でも燃やしたのか)


 室内を一瞥すると、応接用らしき革張りのソファとテーブルの中央に鎮座するやたらと派手な灰皿に目を奪われる。

 灰皿の中には吸殻と呼ぶには大量の灰が積み重なっており、手帳など大量の紙束を燃やしたような有り様になっていた。

 読もうにも不可能な状態だが、手を翳すと僅かに温かい。他に得られる情報はないかとソファに指を滑らせると、残る僅かな温もりから人の気配を感じ取れた。


(さっきまで、ここにいた。なら……)


 目ぼしいものがないか來見は再び室内に目を向ける。すると社長用のデスクの向こう側に、更に奥へと続く扉らしきものが存在している事に気付いた。


(取っ手も引き手もないけど、ロックがあるな……駄目元でカードキーを使ってみるか?)


 來見はエレベーター前に設置されていた制御ロックとよく似た液晶パネルに、カードキーを翳してみる。3回までしか使用できないという制限のせいなのか、やはり反応を返す事はなかったのだが何故かその扉はゆっくりと開いていた。




「こんばんはー」


 まず最初に來見の目を引いたのは巨大な筒のようなものであった。表面は黒い布で覆われ、表わになっている上下は基盤らしきもので挟まれており、そこから接続されたおびただしい数のケーブルが辺り一面に伸びている。

 しかしじっくりと観察をする前に、注意を向けなければならないものがある。それは中身の隠された筒の横に立つ、小麦色の髪と不思議な色合いの瞳を持つ男であった。


「ここまで来たって事は、答えを見付けた訳だ」


 男――合駕嵯 仁は來見に向き直るとにこりと笑う。來見に銃口を突き付けられている事に少しの焦りも見せない仁は、左手に携えた銃を鏡合わせのように構える。その腕には切り付けられたように走る一筋の傷跡があった。


「それじゃあ話してもらおうかな。答え合わせを始めよう、來見」


「……お前に主導権を握られるのは気に食わない。俺が素直に話せるように、必要な事があると思わないか」


「時間ないんだろ?先に殺し合い始めてたら直ぐに皐羅宜の奴らが来るぜ。それならお前がさっさと喋って、俺が正解か答える方が早いと思うけどなぁ」


 仁の口振りに來見は蟀谷を微かに震わせる。腹立たしい事この上ないが、その言い分は尤もであり確かに時間の短縮を考えれば合理的なのかもしれない。迷いを見せた來見の心を読み取ったのか、仁は聞き分けのない子供を説得するかのように穏やかな声を掛けてくる。


「大丈夫だ、俺は嘘はつかない。間違いは指摘してやるさ、その方が面白いからな」


 もしも仁が今までに起きた事件に一切の関わりがなかったとしたら、このような口は叩けない筈である。そもそも訳知り顔で來見を待ち構えていた時点で、少なからず事態に介入していた事が分かる。


「……発端は10年前、祝の交通事故未遂から始まっていた」


 來見は徐に口を開く。

 無関係の人間を脅すような状況に陥らずに済んだ事を心の何処かで安堵しながらも、非常に不本意ではあるが仁の提案通りに推理を披露する事にしたのであった。

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