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平成トランスポーター  作者: 夏名
34/54

14-2 怨嗟の声

血の描写があります。

「お疲れ様ー」


「よっ、準備できてるぜ」


 場所は西棟の2階。來見(くるみ)たちが普段使用している教室から出てきたのは、撮影用の衣装を着ている(ほおり)香椎(かしい)だった。その手伝いをしていたと思われる建井(たてい)連城(れんじょう)も室内におり、目が合うとヒラヒラと手を振り挨拶をしてくる。撮影までの時間を潰す為に何か作業をしていたのだろう、机の上には幾つものスケッチと絵の具を乗せたパレットが広げられていた。


「その衣装……ってことは」


「おう!無念の末に死んだ地縛霊……って奴だ。良い画になるようにしねぇとな」


 來見の疑問に答える香椎はテンションが上がっているのか、朗らかに笑ってピースサインを向けてくる。その体を包んでいるのは前合わせを左前にした薄手の着物であり、所謂死者が身に着ける白装束だった。

 衣装と合わせるように香椎の顔色は夏場とは思えない程に青ざめ、唇は紫色になっている。それは香椎の隣に立つ祝も同様で、おどろおどろしい雰囲気を出すための工夫が施されている事が見て取れたのだった。


「随分元気そうな幽霊役って言いたいところだけど……ここまで血色悪そうに塗られてると、良い感じに具合悪く見えるな」


「手先が器用なのってすげぇよなぁ。俺はこういうのサッパリだから、されるがままだったぜ!」


 どこか知性の欠如した感想を述べる來見に、香椎は親指を立てて高らかに自身の力不足を宣言する。中身のない会話をする2人を祝はにこにこと見守っており、実に長閑な空気が広がり始めていた。


「お化け役って言うから、頭に三角に折った布でも付けるのかと思ったって話してたんだよね」


「視覚的にも分かりやすいから良いと思ったんだけどな。ツッキーが絵面がギャグすぎるからナシだって」


 祝が楽しそうに話を振ると、香椎は残念そうに経緯を語る。來見も実際にその提案が通った場合を脳内で想像してみたが、ここは鑑賞者を怖がらせたい場面であるという意図に基づくと確かに似つかわしくはない。少し間抜けすぎる外見にも思えてしまう。

 制作した映像を小学生が見る事も考えるとトラウマになるような過激さは控えたいところではあるが、だからといって敢えて笑いに走る(不似合いな衣装を選ぶ)必要もないと判断したのだろう。できる限りの範囲で、しかし拘れるところは拘っていきたい。そんな月退(つきのき)(はやし)の考えが伝わってくるようだった。


「うん……全編通しても幽霊が出てくるのはこの場面くらいだし、演出的に怖さを優先したんだろ」


「かなり怖い感じで撮るみたいだしね。監督がそう言うなら、私たちが口を出す事ではないから」


 來見の言葉に頷いている祝も特に不満はないのだろう。そもそも何か非難できるほど撮影について詳しくないという前提があるのかもしれないが、全面的に監督に従う姿勢を見せていた。


「いやー大抜擢だな、俺ら。爪痕残していこうぜ!」


「わっ、私はスケジュールが偶然合っただけなんだろうけどね……?」


 來見の話を聞いているのか、いないのか。とにかく香椎は役を演じるという滅多にない経験を前に浮わついており、祝と肩を組む勢いで前向きな発言を口にする。

 一方の祝はその言葉を受けて否定するように慌てて両手を振って、演者として選ばれた事を気恥ずかしそうにしている。それでもやる気は十分だったのだろう。勢いよく顔を上げて体ごと香椎に向き直ると、大きな声で意気込みを口にするのであった。


「で、でも完成したら、どんなホラー映像になってるか楽しみ!……頑張ろうね!」


「おー!」


 照れを誤魔化すように宣言された言葉に、香椎は乗り気で拳を突き上げる。その士気の高さは大変良い事ではあるのだが、熱意のあまり頬が紅潮し血色が良くなってしまっていた。


(おぉ……今にも生き返りそうな幽霊だ……。これはこれで生霊染みてていい……のか?)


 一度褒めた手前、野暮なことは口にしない。それでも内心、果たしてこの生命力溢れた男に幽霊の演技などできるのだろうかと、心配になる思いはある。


(まぁ、最終的にツッキーと林が編集で何とかしてくれるだろうから……良いか!)


 自問自答の結果、來見は勝手に一人で納得する。演者として出てくれる生徒とのスケジュールの兼ね合いもあっただろうが、最終的に香椎を幽霊役として起用したのは他でもない監督である。

 脚本の内容からしても取り返しの付かない事にはならないだろうと、來見は香椎と祝の活躍を見守る方面に思考を切り替えたのだった。




「ごめん、少し待って……」


 場が和み、良い雰囲気の中で撮影を始めようとしたところで、問題が発生する。声の主は主演である更田(こうだ)のもので、彼は台本を握り締めて身を震わせていた。


「自分、マジで怖いのはムリで……」


「台本読んでるならオチは分かってるだろ?そう怖がんなって。絶対呪われたりしねぇから」


 どうやら更田は今から撮影を始める七不思議が、月退や林が一から創作した話ではない――元となった話があるという事実を前にして、怖じ気づいてしまっているようだった。

 月退がどうにか宥めようとしているがあまり効果はないようで、折角調子が出てきたというのに気落ちしている様子が窺えたのである。


怖い(こういう)のは理屈じゃないって言うし……全部の撮影が終わったら、皆で一緒にお祓いでも行こうか?」


「賛成……」


「ついでに文化祭で成功するように、お祈りでもしておこうか」


 祝の言うお祓いとは、神社に向かい参拝する事を言っているのだろう。幸いなことに伊斗路(いとみち)高校からそれほど遠くない場所に、大きくはないがそれなりに立派な神社が存在していたのである。

 更田は弱々しく返事をしながらも、続く林の提案にもゆっくりと頷いて同意する。そして他のクラスメイトに迷惑をかけてはいけないと思ったのか、頬を叩いて深呼吸をし始めていた。


「一応、役どころとしても怖がるのは変じゃない……よな?」


「おー。逆に真に迫ってて良い画が撮れるかもしれねぇし、取り敢えず一回やってみようぜ」


 來見も何とか助け船を出そうとして思い浮かんだ考えを独りごちると、耳聡い月退はそれを肯定しながら更田に声を向けていた。

 しかし返事は返ってこない。更田は顔を俯かせて目蓋を強く閉じてしまっている。その姿は自分が主演である事を再び気負い始めているようにも見えた。

 來見を含めた周りの生徒達は顔を見合せ、どう対応すべきか誰が声を掛けるのか相談し始めていた。それに伴い、感じ取れるほどの気まずい空気がその場に漂ってしまう。

 考えあぐねた末に月退が一歩踏み出したのだが次の瞬間、それを諌めるかの如く割って入る人物がいたのであった。


壮乃(そうだい)が怖いの苦手なのは今に始まったことじゃないでしょ、ありのままやれば良いのよ。そういうところ含めてのキャスティングなんだから」


「よーちゃん……」


「もー情けない顔しな……じゃなくて。今はそれで良いから、ええと……」


 激励する為に声を上げたよるかは、しかし言葉を選ぶように口ごもる。もう一人の主演である彼女は、この場においてただ一人の更田の理解者とも言えたであろう。よるかはそれを自覚しているのかは分からないが、何とか更田を立ち直らせようと気を回しているようだった。


「……逆に考えるの。とにかく、このシーンは噛まなきゃ良いから。むしろ目一杯、弱々しい感じでやってみて」


 月退と林は黙って主演2人の様子を見守っている。監督役である2人の脳内には各々が思い描き理想とする演技がある筈だが、ここは敢えて身を引いてよるかに指導を任せているようであった。それは信頼の表れでもあり、自分達が口を出すよりも演者本人に任せた方がより良いものが撮れると確信している姿にも見える。


「でも急に演技が変わったら、おかしくないか?」


「それも味ってもんでしょ。演じるのはあたし達自身であってそうじゃない……架空の存在とはいえ、人間なんだから。ずーっと同じ感情で動いてる訳ないんだし」


「そう言われると……確かに、そうかも」


 よるかの演技に対する心構えを更田は興味深そうに聞いている。そもそも演者が素人である事は撮影者、ひいては映画を鑑賞する人々も承知しているのだから、細やかな心情の移り変わりなどの高等な技術が求められている訳でもない――筈である。

 更田は色々と考えを巡らせるあまり視野が狭くなり、緊張する事で頭が固くなりすぎてしまっていたようだった。


「ここは敢えてね、敢えて演技に落差を付けるの。途中でちょっと情けないところを見せても最後に格好が付いて、良い話っぽく終わらせれば良い印象になるんだから。要はギャップね!それに何より……」


「何より?」


 滔々と演技論を述べていたよるかは焦らすように一度、言葉を止める。思惑通りに食い付いてきた更田と、ついでに様子を窺っている來見達を一瞥すると、ニヤリと笑って口を開いた。


「大体の女子は、ギャップが好き!そういうのに弱い!……多分」


「なる……ほど……!」


 よるかは言葉の終わりの音量を絞り曖昧にぼかしていたが、感銘を受けている更田は気付いていない。そして案外、よるかの意見は真理をついていたのか女性陣は頷いて同意を示していた。

 更田を説得したよるかの手法は、やはりというべきか來見が立ち直らせた方法と酷似していた。色々と不安を取り除く言葉を掛けつつも結局のところ一番効くのは、こうすればモテるという魔法の言葉。

 更田の原動力があまりにも分かりやすすぎる事に、來見達は苦笑していたのである。


「幼馴染みって奴は、こういう時に操縦……言いくるめるのが上手くてべん……良いよなぁ」


「……今、便利って言いかけたよな?」


「……いやー、この2人を主演にして正解だった。我ながら慧眼だね」


 散見されるクラスメイトへの、やや失礼な物言いに來見は白い目を向けてしまう。月退には惚けた振りで躱されてしまったが、確かにその言葉通り、よるかは更田を鮮やかに手玉に取っているように見えた。

 來見は演技に関して踏み込んだ意見は言えず、単に人気が出るという(可能性)をぶら下げる事しかできなかったが、よるかは更に上手いこと理屈を付けて更田を納得させていたのである。その手腕は幼馴染みであるが故に鍛えられたもので、更田の習性を知り尽くしているからこそ、できた事なのかもしれなかった。


「小さい頃から今に至るまで。ずっと同じ学校に通ってる幼馴染みとか、現実に存在するもんなんだな……」


「だからこそ、(あきら)に目を付けられたんだけどね。丁度良いキャスティングだって大喜びしてたし」


 來見がしみじみと更田とよるかのやり取りを眺めていると、林が相槌を返してくる。予め創作して温めていた話に2人を当て嵌めたのか、2人の関係性を知ってから脚本の制作に着手したのかは不明である。しかし林の語り口から察するに、更田とよるかの存在が月退にインスピレーションを与えたのは間違いなさそうであった。


「脚本だと双子設定だけどなー。突き詰めると遠慮がない男女仲って訳だから、2人にはピッタリの役柄だろ?何せ、いつも通りにしてりゃ良い」


「双子って色んな理由で実際は同じクラスにはならないらしいけどね……まぁ、そこはフィクションって事で」


 双子でも一緒の学校があるかもしれないし、と月退の言葉に続いた林は肩を竦めて補足をする。來見が監督陣の説明に感心していると、何処からともなく香椎が現れ小さな声で耳打ちをしてくる。


「ちなみに、俺の見立てでは……あの2人はお互い脈なし。発展性ゼロ!周りに囃し立てられたとしても、絶対そういう関係にならない……!」


「……わざわざ耳寄りな情報を、ありがとう」


 独自の持論を展開する香椎に、來見は思わず半目になって適当な返事をする。しかしもたらされた情報から考えてみると、恋愛要素を含みたくない脚本としては確かにこれ以上ない配役のようにも思えた。


「きっと昔から距離が近すぎて、意識しようにもできねぇんだ……!こんなにも美味しい関係性だってのに……!」


「またそういうことを……本人には言うなよ?」


 心の底から悔しがっているように見える香椎に、來見は呆れた視線を向けてしまう。香椎は忠告には大人しく頷くものの、続いた言葉は開き直っているとしか思えないものであった。


「迷惑になる事はしないのがモットーだぜ、俺は。……個人的な娯楽(癒し)にはするけどな!」


(そう言いつつも、俺には色々言ってくるんだけどな……)


「……程ほどにな?」


「任せとけって!その辺の見極めは得意だからさ」


 言われずとも香椎が人間関係に気を遣う性質だということは來見も知るところではある。だからこそ、香椎が來見と祝の関係に口を挟もうとするのは、それが最終的に許されると理解しているという事でもあるのだが――自分からその事実を認めるのは癪であった為に來見は結局、沈黙を守る他ないのであった。


「よし、じゃあ撮影するぞー。先生がお待ちだ」


「はーい。幽霊役の映像撮ったら、準備室に移動ねー」


 更田の様子が落ち着いたのを見計らい、月退の音頭で演者達は配置に付く。柔らかい雰囲気を維持しようと思ったのか、林までもが砕けた口調になりながらカメラを回し始めるのだった。




 呪いの廊下


「亡くなった罪人が夜な夜な彷徨い、通行人を憑り殺そうとする呪いの廊下ねぇ」


「私達はその真偽を確かめに聞いて回ってるんですけど……先生はこの話、知ってましたか?」


 更田とよるかは場所を移し、中央棟2階の国語準備室まで歩を進めていた。伊斗路高校の七不思議の中でも、かなり古くから存在しているという噂の真相を確かめるために、生徒よりも学校に詳しいであろう人物を訪ねていたのである。


「今でも残ってるのねぇ。有名な噂なのよ、それ」


「自分は……全然知らなかったな……何でこんな噂が流れるようになったんすか?」


「そうね。過去に在籍していた、ある生徒の発言が発端なんだけど……」


 できれば知りたくもなかった、という表情をありありと浮かべて教師に問い掛ける更田の顔は、ひきつり血の気が引いていた。その怯えた様子を気に掛けつつも、早く真相を明かしてしまった方が良いと考えたのだろう。教師は口を開いて説明し始める。

 更田とよるかは思わず息をのむと、先を促すように身を乗り出していたのだった。


「昔、この学校の近くには家庭裁判所があったのよね。それが移転するって話になった時に初めてその存在を知った生徒が、こう考えたのよ」


 端から噂を知らない更田は勿論のこと、よるかも初耳だったようで注意深く話を聞いている。教師は2人が大人しく傾聴している姿に満足したように頷くと、一度切った言葉を続けた。


「裁判所って事は、そこで有罪になった人がいて……そのまま投獄されて亡くなった人もいる。ってね」


「……うん?それって……」


「シッ!まだ話の途中でしょ、水を差さない!」


 教師の言葉に疑問を覚えた更田は思わず声を溢してしまう。しかし人の話は最後まで聞きなさいと言うような厳しい視線をよるかに向けられては、大人しく口を封じるしかなかった。

 教師は2人の様子を微笑ましく思ったのか、笑い声が堪えられていなかった。にこやかな表情を浮かべつつも、よるかの気遣いを受け取りそのまま話を続ける事にしたのである。


「続けるわね?……その子は、移転が決まったのは罪人達が亡者……地縛霊となり、生徒達に呪いを送るようになったからなのでは?って考えたのね」


「しかもその子は新聞部に所属していたものだから……記事を作って、面白おかしく創作話を喧伝していたのよ。だから長い間、噂として今でも残っているんでしょうね」


 引きの画面(ロングショット)で撮られた白装束の祝が、ひたひたと廊下を歩く。俯いている為にその表情は窺えないが、僅かに見える唇は血の気が引いたような紫色をしていた。ふと、撮影に気付いたように祝が顔をゆっくりと上げると、画面の外から怨嗟にも似た呻き声と裸足の足音が響いてくる。

 激しく画面が揺れた次の瞬間、映像が乱れ撮影者が倒れ伏したように横倒しの景色が映る。断続的に砂嵐が表れるその画面には、赤黒い返り血を浴びた祝の足元が映されていた。

 誰の手によるものなのだろうか、カメラはゆっくりと角度を変えて天井を向いていた。音の無い映像が僅かに続いたかと思うや否や、不気味な耳障りな効果音と共に現れた香椎の手が画面を覆い暗転する。その直前、微かな時間しか映らなかった祝と香椎は血塗れの姿でカメラを見下ろしており――それは見境なく生者を襲う、厄介な亡者の姿を体現していたのだった。


 更田の脳が思い描いたイメージ映像は、教師の語りと共に始まりやがて終わりを迎える。

 更田は勝手に想像しておいて怖くなり、それを掻き消すように首を横に振っていた。一方のよるかは、話を聞いたことで更に深掘りをしたい欲求が高まったようで、勢いよく手を上げると質問を繰り出していた。


「はい!でも、荒唐無稽な話だったら、ここまで噂が残ったりしないと思います!何か他にも理由があったんじゃないですか?」


「良い指摘ね。実はその信憑性を高めるように、当時は風邪が流行ってて……学年閉鎖になりかけていたくらいだったのよ。世間的に見ても特にこの高校だけ患者が多いという訳ではなかったのだけど……生徒達は何か、納得できる理由が欲しかったのかもしれないわね」


 学級閉鎖のその上を行く学年閉鎖になりかけたという事は、相当な数の生徒が罹患していたのだろう。実際には季節性の風邪で、運悪く感染が広がってしまっていただけなのかもしれないが、その余りの被害を前に何かしらの因果関係を見出だしたくなる生徒がいたのも仕方のない事だったのかもしれない。

 考えすぎかもしれないが、初めにその噂を吹聴して回った生徒は校内に蔓延している暗い雰囲気を少しでも和らげようと、楽しい話題を提供しようとした可能性だってある。一概にその生徒をただの嘘つきだと糾弾しても良いものか、当事者ではない更田には判断しかねるところだった。


「荒唐無稽とも言い難いラインだし……こじつけだったとしても、娯楽に飢えていた生徒からすれば確かに受けが良さそうな話かも」


「えぇ、教師陣も驚く程にね。気付けば後から入学してきた後輩達にも伝わるようになっていて……きっと、より怖がらせる為に話を脚色していったのでしょうね」


「なるほど。それで結果的に残ったのが……死んだ罪人が夜な夜な彷徨い、通行人を憑り殺そうとする呪いの廊下、って噂だったって事ですね!」


「呪いの廊下って単語に対して、やたらと説明が多いのは色々と後付けされたからなんだろうな……」


 教師の説明に納得したよるかは、メモを取り出して経緯と結論を書き付けている。何とはなしに口走った更田の考察も採用しようと思ったのか、よるかは一度顔を上げて目を輝かせると忘れないようにペンを走らせていたのだった。


「あの。そういえば、さっきも言おうと思ってたんすけど……」


「はい。どうぞ、更田くん」


 更田は忙しそうにしているよるかを横目に、控えめに手を上げて口を開く。教師は授業の時にそうするように更田の名を呼び、発言を許すかの如く先を促していた。


「よくよく考えれば、裁判所って牢屋……拘置所とは別の所にありますよね。だから裁判所で罪人が獄中死するような事はあり得ない訳で……」


「あっ、確かに!そもそも家庭裁判所で終身刑の判決が出るような、凶悪犯の事件なんか扱わないよね」


「裁判所って単語から連想したんでしょうね。早とちりだったのかもしれないけれど、子供達は面白い話題に飛び付くものだから……真偽は二の次だったんでしょう」


 更田の疑問に、よるかは既存の知識から当然の結論に思い至り納得する。対する教師は生徒達の若気の至りを容認するように、眉尻を下げて微笑んでいた。


「結局、嘘だって分かってて楽しんでたんだなぁ……」


 拍子抜けした更田がぼやくように感想を口にする。その姿からすっかり噂話に対する恐怖が薄れている事に気付いたのか、よるかは期待した表情で更田を見つめていた。


「学校の七不思議って、全部そんなもんなのかもな。後から盛りに盛った適当な作り話でも、ちょっと怖くてインパクトさえあれば噂として残り続ける……みたいな」


「ロマンはなくなるかもしれないけど、七不思議の出所を解明していくのも面白いでしょ?ネタが割れれば怖くもなくなるし」


「まぁ、噂は当てにならないって証明にはなるかも……?」


 実際に起きた事実を元にした、地域に残るような民間伝承とは違い、学校という一種の閉鎖空間で残る話となると、より奇妙で衝撃的な瞬間的に心を揺さぶる印象深いものが相応しいのだろう。それが恐怖という感情に寄っている事は更田としては実に遺憾であったが、真相が判明する事で恐怖心が和らいだのは確かに間違いなかったのであった。


「言い出したあたしに感謝してくれても良いのよー。具体的に言えば、みかんゼリーとか!奢るとか!」


「……腹減ってるなら今日は帰るか!もういい時間だし」


 母さんが夕飯の用意してるし!と続けるとよるかは話をはぐらかされたと思ったのか頬を膨らせる。教師はそんな2人の様子を見て、微笑ましそうに笑いながら口を開いていた。


「帰り道は車に気を付けなさいね。それから夏休みだからって羽目を外しすぎないこと!」


「はーい!さよならー!」


「ちょっとゼリーは!?先生、さようなら!」


 一足早く準備室から出ていく更田を、よるかは声を上げて追い掛ける。更田は聞こえない振りをするように、一目散に昇降口へと走り去っていくのだった。




「はいカットー。今日の撮影は終了でーす」


 林の声を皮切りに、緊張感の漂っていた空気が和らぐ。

 主演の2人は勿論の事ではあったが、特に協力してくれていた担任教師の疲労は計り知れないものだったであろう。様子を窺う為に開けられた国語準備室の扉の先で、一気に湯飲みを呷っては糸が切れたように脱力している姿を來見達は目にしてしまったのだった。


「き、緊張した……」


「いやー良かったっすよ先生!ご協力、ありがとうございました!」


「うんうん、演技が初めてとは思えなかった!先生すごーい」


「そ、そう?それなら良かったわ」


 更田とよるかの称賛に担任は照れたように頬を赤く染める。心の中ではお世辞に過ぎないと捉えているところもあるだろうが、今は一仕事終えた疲労感もあり、正直に賛辞を受け取ろうと思っていたのかもしれない。

 演者達の和気藹々とした様子を見て、月退を筆頭に來見達は国語準備室から少し距離を取る事にする。撮影終わりで高まった興奮が収まるのを廊下で待ちながら、残された人間で閑談に興じ始めるのであった。


「これ、本当にうちの高校に残ってる話なんだな……」


「徹頭徹尾、マジな話。先輩方も面白いこと考えるよなぁ」


「当時作成された新聞も残ってるらしいよ。コピーして、貰っても良いかもね」


「へぇ、歴史的文化遺産って感じだなぁ。面白ぇー」


 感心する來見に、月退と林が口々に話を続ける。一足先に幽霊役としての出番を終わらせていた香椎も興味があるようで、腕組みをしながら相槌を打っていた。


「それでも実際はどうなのか、夜中にカメラを仕掛けて確認したかったところではあるんだけど……許可が降りなくて」


「本格的なホラー撮りたい訳じゃないしなぁ。廊下のシーンは後から薄暗い感じのフィルターかけて、それっぽく演出するだけで良いだろ」


 質を求めつつも実現できない現状に林は未だ不満そうにしているが、対する月退は撮影を禁止された事への未練は特になさそうであった。月退は慣れた様子でそういうのはまた今度な、と肩を叩き、林も渋々といった様子ではあるが教師を前に文句を口にする事はない。

 このように2人の意見はすれ違う事があっても、互いに無理に我を通そうとはしないのだろう。林は残念がる姿は見せるものの、折衷案を受け入れる事への忌避感はそれ程存在していないように思えたのだった。


「うん。万が一、何か映ったら不味いものが確認できたら……それはそれで問題だろうしな」


「薮蛇かもしれねぇしなぁ。責任取れない事は最初から止めとくに限るぜ」


 確率は低いだろうが、來見が起こり得るかもしれない可能性を口にすると、香椎も林を窘めるように同意する。

 勿論、言われずとも承知していたのだろう。林は2人の言葉に気を悪くする事もなく頷くと、手にしていたカメラを片付けながら話を続けるのであった。


「残念だけど仕方ないからね。それじゃ、さっきも言ったけど……今日の撮影は終わりだから。各自解散ってことで」


「また来たい人は見学でも良いから来いよー。お疲れ!」


「はーい」


「お疲れ様ー」


 月退の号令を受けて、演者と見学者達は解散していく。香椎が衣装を着替え、血糊を落とす為に女性陣からクレンジングを借りているのを横目に、來見は支度が終わるのをのんびりと待つことにしたのだった。




「バイバーイ」


「神社はまた今度、皆でなー」


 帰り道。解散と言いつつも結局は集団で纏まって移動していた來見達は、正門を出ると今度こそ散り散りに去っていく。別れの挨拶もそこそこに來見は香椎と祝と歩きながら、撮影の感想を話し合っていた。


「撮影面白かったなぁ。ちょい役でも出れたし、完成すんの楽しみだ」


「お疲れ。とは言ってもまだ他の……クラスの授業シーンの撮影とかもあるけどな。先は長そうだし、手伝えるところは手伝わねぇと」


「ハイハイ、分かってるって。オカンかお前は」


 労いつつも自分の出番が全て終わったかのように満足してはいけないと釘を刺す來見に、香椎は軽口を叩きながら肩を竦める。祝はそんな二人を見て笑いを溢すと、話を変えるように口を開いた。


「來見くんは、また見学に行くの?」


「うーん……主演でもないのに頻繁に顔を出すのもなぁ。行くとしてもあと何回か、邪魔にならない限りは……行くかも?」


「配慮の固まりだ。でもそんな風に考えすぎなくても、月退くん達は来てくれただけで喜ぶと思うよ?」


「そうそう、お前は気にしすぎだっての。ま、呼ばれたら行く位の軽い気持ちでいれば良いかもな」


 來見は決して行かなくても良い理由を探している訳ではないのだが、そのあまりの歯切れの悪さに祝は困ったような顔を向けていた。手助けはしたいが邪魔にはなりたくないという思いを分かっていたのだろう。祝はそんな強迫観念じみた來見の気遣いを汲みつつも和らげるように軽く窘め、香椎も矢鱈と思い詰める必要はないと指摘していた。


「うん……俺は部活で忙しい訳でもないからな、ヘルプがあったら行けるようにはしておくよ」


「うん、それで良いと思う」


「そうそう、周りの顔色は窺うべき時に見りゃ良いんだ」


 來見は視線を上に向けながら、協力と過干渉の境界を見極める難しさに考えを巡らせる。それでも幾分か軽くなった気持ちで返事をすると、祝は嬉しそうに香椎は至極当然といった表情でその結論を受け止めていた。


「じゃ、俺こっちだから」


「またね!」


「事故るなよー」


「おー、またなー」


 香椎が軽く手を上げ、自転車に乗るのを見て來見と祝は別れの挨拶をする。緊張が解け気の抜けた來見の声に影響されたかのように香椎がのんびりと遠ざかって行く姿を見送りながら、残された2人は駅へと歩を進めるのであった。


「そういえば机の上に色々置いてあったけど、祝たちも教室で何か作業してたのか?」


「うん!垂れ幕のデザイン決定が大詰めに入っててね。でも丹胡(にこ)ちゃんがスランプになっちゃったみたいで……」


「建井が……それで撮影を待つ間に祝たちの意見を聞いてたんだな。……大丈夫そうか?」


「うん、監督たちの意見も聞けたお陰で構想が固まったみたい。直ぐに下書きに移るって言ってたよ。それにね……」


 2人はポツポツと会話を交わしていく。祝は多くの話題を持っており、來見は途中から相槌ばかり打っていた気がするが、それでも話しているのは楽しかったのだった。




「それじゃあ、気を付けて」


「うん!來見くんもね。また今度!」


 もはや定番となったように、來見は祝をバス停まで送っていた。バスに乗り込んだ祝に軽く手を振り返すと、來見は自宅へと足を進める。


 そんな2人の姿を遠くで眺めていた人影があった。その人物は気配を殺して2人に背を向けると、車道へと歩を進める。駅前ではよく見られる、一時的にしか停車する事を許されない路肩。そこに頃合いを見計っていたかのように一台の車が走り込んでいた。

 男は自動で開かれた扉に従い、その身を車内に滑り込ませると、座席に体を預け徐に足を組んだ。男が落ち着いた様子をバックミラーで確認すると、運転手は手元で扉を閉める操作を行い車体を動かす為にアクセルを踏む。

 心地好い車の振動を感じながら、男は大きく息をつくと考え込むように目を閉じていた。




「先程、バスに乗り込んでいった女生徒。彼女が……そうです」


「そうだな」


 運転手が恐る恐る話題を切り出すと、呼び掛けられた男は言葉少なに返事をする。程よい冷房の効いた空間は快適であるはずなのに、漂う雰囲気は実に重苦しい。居心地の悪さをひしひしと感じながらも、運転手は勇気を振り絞り再び口を開いていた。


「既に……準備はできています。どうなさいますか」


「……」


 運転手の声が聞こえていないという訳ではないのだろう。黙り込んだ男の複雑な心境を察した運転手は、気を回すつもりで更に言葉を続けた。


「あらゆる手段は用意させていただきました。しかし勿論、何もしないという選択肢も……」


「少し黙れ」


「……はい、申し訳ありません」


 むしろ何もしない事を選んで欲しいという運転手の願望が、声音に滲んでしまっているのは自分でもよく分かっていた。それを鬱陶しがるように、男は意見を封殺しようと鋭く言葉を投げ掛ける。

 上司に当たる人物に不愉快な思いを抱かせてしまった事を反省し、運転手は口を閉ざす。するとややあって沈黙を破るように鳴り響く音があった。


「はい、合駕嵯(ごうがさ)です。……はい。えぇ、構いません」


 携帯電話を懐から取り出した男は、静かな口調で応対する。運転手は壁に徹するように口を噤み、しかし呼び掛けられれば直ぐに応じられるように耳をそばだてて意識を向ける事にした。


「……では19時30分で如何でしょうか。……えぇ、そのように」


 失礼します、と電話を切り上げた合駕嵯を運転手は丁度信号で停車していた事もあり、バックミラー越しに確認する。合駕嵯も当然それを承知しており、わざわざ運転手と目を合わせる為に鏡へと視線を向けていた。


「……食事会の予定が入った。今日は撤収させなさい」


「……!はい!承知致しました!」


 合駕嵯の言葉に運転手は喜びも露わに、待機していた者達へと作戦の中止を通達をする。合駕嵯はあからさまに機嫌を良くした運転手を冷やかな目で見つめていたが、その口から発された一先ずの不干渉という宣言の前には痛くも痒くもなかったのである。


「祝 蕗沙(ろさ)……私の行く手を阻む、唯一の可能性を持つ者。今日のところは見逃すだけだ。だが、いつか必ず……」


 不意に、怨嗟に満ちたような重々しい合駕嵯の声が響く。それは祝の安全を確保して有頂天になっていた運転手が我に返るのに、十分な恐ろしさを帯びていた。


「必ず、処分する。……今はまだ、その細やかな人生を謳歌していると良い」


 忌々しげに、額に皺を寄せて合駕嵯は呪いの言葉を吐き捨てる。これ以上の言及は避けるべきだと判断した運転手は、最早何も語らず運転に集中する事を決めた。

 背筋が震えるような恐ろしい合駕嵯の声音は、運転手の耳にこびりつくようにして残っている。それでも祝が束の間の安寧を得られたことに対して、運転手は神というものに感謝せずにはいられなかったのであった。

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