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平成トランスポーター  作者: 夏名
33/54

14-1 映像制作

 とある日の昼下がり、來見(くるみ)はカフェ早味(はやみ)へと足を運んでいた。

 扉を開くと客の来店を告げるように、取り付けられた鈴が鳴り響く。その音を聞き付けてやって来た店員は、目を丸くして來見に話し掛けていた。


「あれ、來見くんだ。いらっしゃい」


「こんにちは。あの、中で人と待ち合わせしてるんですけど……」


 來見がおずおずと話を切り出すと、周編(すあみ)は思い当たる節があったのか、一つ頷くと口を開く。


「ああ、奥の席の子かな。どうぞ、ごゆっくり」


「ありがとうございます」


 先に入店していた待ち人は、予め後から人が来る事を伝えていたのだろう。周編は店内の奥まった方向へ視線を向けると快く送り出してくれた。

 來見はそんな周編の態度に軽く会釈をすると、念のために他の席も確認しながら奥の席へと向かう。入り口からは見えなかったが周編の示した言葉通りの場所に、馴染み深い芥子色の短髪が見える。座っていた友人はその吊り目気味の三白眼に來見の姿を映すと、手を上げて挨拶を行っていた。


「悪い、少し遅れた」


「いや全然、俺らが早く来ただけだから。こいつも、まだ飯食ってるし」


「……」


 來見の第一声が謝罪だった事に、月退(つきのき)は特に気にするところはないようだった。むしろその対面に座っている(はやし)の様子を顎で示して、呆れた目で眺めている。

 その林はと言うと、來見に視線を向けられた事に気付くと無言で頷きながら隣の椅子を動かして席を勧める。口の中には食べ物が入っているようで、一頻り咀嚼すると流し込むようにしてコップを呷っていた。


「脚本できたんだって?お疲れ様」


「おう、仮だけどな。一応、形にはなった」


「基本的にツッキーが書いて、林が手伝いだっけ」


「そうそう。演者には一応、先に読んでもらってる。予め内容を知ってれば演技プランも立てやすいだろうし、大幅な変更がなけりゃそのまま撮影に移れるからな」


 月退が座っている場所はソファ席になっており、2人の荷物が一つ分の座席を占領するように積み上げられていた。そのため來見は勧められた通りに林の隣に腰を下ろす事にする。

 月退と言葉を交わしながら居住いを正していると、横から伸びてきた林の手が來見の目の前に紙束を差し出していた。


「……取り敢えず読んでみてよ。率直な意見を聞きたいから」


「それじゃあ、失礼して……」


 飲食を終え一息ついた林に言葉を掛けられながら、來見は恭しい手つきで紙束を受け取る。固い表情を浮かべている友人につられて、來見もどこか浮わついた気持ちになりながら手元の脚本を眺めていた。


 未だタイトルの印字はなく表紙にはただ一言、仮とだけ書かれている。そのコピー用紙の束から見た目よりも感じる重さを両手で受け止めながら、來見はゆっくりとページを捲った。


「同じクラスに所属する双子の男女。2人が夏休みの自由研究の題材に選んだのは通学している高校の七不思議について。2人は調査を進めていく中で、意外な真実を知ると共に小さな事件に巻き込まれる――」


 あらすじに書かれている文章には、更に続きがある。それが一番重要な事なのだと強調するように太文字で載せられた文は、以下のように続いていた。


「――恋愛要素はナシ!話の軸がブレるから!」


 概要に目を通した來見の脳裏には、先日出会った双子のきょうだいの姿が過る。そして当然のように爆発事件の事も思い出してしまいそうになるが、來見は沸き上がった感情に蓋をした。

 今すべき事は感傷に浸る事ではなく、同級生の手伝いをする事。一度止まり掛けた手を再び動かし、來見は気持ちを切り替える。そしてクリップで簡素に綴じられた紙に載せられた文章を読み進める事に、いつしか時間を忘れて没頭していたのだった。




 隅から隅まで脚本に目を通した來見は、表紙を表にして机の上に置く。いつの間にか置かれていたお冷で喉を潤していると、月退が落ち着かない様子で身を乗り出し、口を開いていた。


「……で、どうだった?」


「うん。こういう……脚本形式で文章を読むのは初めてだったけど、すごく面白い内容だった。きっと良い作品になると思う」


 來見の言葉に月退と林は揃って大きく息をつく。気が抜けたように座席に身体を預けている姿を眺めながら、來見はふと頭に浮かんだ疑問を投げ掛けていた。


「ちなみにコンセプトとかは、あったり?」


「在学中の中等生、及び来年受験に来るであろう小学生が見ても大丈夫な、校内案内も兼ねた内容で……」


 林の言う小学生が見ても大丈夫、とは過度にグロテスクだったり、ショッキングな内容ではないという意味なのだろう。とはいっても、あまりにも下品だったり鑑賞に適さない中身になっていた場合は、そもそも教師陣による審査を通る事ができていない筈である。

 最終的な責任者にあたる大人達が、來見よりも先に内容を確認していない訳がない。要するに、その点に限っては既に子供に見せても問題ないと判断されていると思って良さそうであった。


「あとは在校生も興味が沸くように、あんまり行った事がねぇような場所の紹介もな。文化祭ついでに色んな所を回って貰うのも楽しいだろ?」


「あぁ、意外と普段行く教室って限られてるからな。用が無かったら一度も通らない廊下とか、結構ありそうだ」


 言葉を続けた月退の言い分に、來見は過去の出来事を思い返して肯定する。例えば、体育祭の時に訪れた屋上に香椎の部活内における騒動に首を突っ込んだ際に出向いた部室棟など。

 平常時では、用もないのに彷徨いていれば怪訝な顔で見られてしまう。そんな場所へも、文化祭という非日常的な期間の間ならば、雰囲気に当てられて探検へと繰り出せるような勇気が持てる気がしてくる。

 月退と林の作り上げた脚本を映像化し多くの来場者に鑑賞してもらう事は、その絶好の機会を後押しするのに最適な教材のように思えていた。


「それから、ちょっとした教訓な。説教臭いのは避けたいから、そんなに言及しねぇけど」


「まぁ、ありきたりな事だからね。人の嫌がる事はするな、口が過ぎる言い方はするなっていう……」


「いやぁ……すごい。ちゃんと出来てるんじゃないかな。良い脚本だよこれ!」


 月退と林の言葉に、來見は思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。様々な面から懸命に取り組んだ姿勢を思い語彙力のない言葉で褒め称えるが、肝心の2人は照れ臭そうに目を逸らすものの、困ったように眉尻を下げ浮かない表情をしていたのである。


「あんまり絶賛されると、それはそれで心配になるんだけど……」


「だよなー……よし、ケチ付けてみてよ。ご意見、改善点、大募集中!」


「えっ?そう言われてもな……」


 机に肘を乗せ頬杖をついて考え込むように目を瞑ってしまった林に、打って変わって目を輝かせて批判を求める月退。來見は期待するような視線を受けてしまった事で、唸りながらも知恵を絞り始めていた。


「……文面で読むのと映像で見るのとでは、印象が変わりそうだよな。これに関しては一度撮影してみない事には何とも言えないけど」


 來見はまず、改善点というよりも純粋に思った事を口にしていく。脚本には映像に使用する特殊効果やカメラワークについてなど、かなり詳細な指示が書かれていた。しかし正確な、完成品となる映像というものは月退や林の脳内にしか存在していないと言って良いだろう。

 思っていたものと違う、という意見が後から出てくる可能性もあったが――表立ってそのような事を言う者はいないと思われた。むしろ問題なのは月退と林の間で意見が割れないか、完璧を求めすぎる事がないかという心配だったのである。


「まぁ、思った通りのものが完璧に出力できたら苦労しねぇよな。その辺はボチボチ、演者とも相談しながら妥協しつつって感じで」


「編集する時に(あきら)と俺は揉めるかもしれないけど……その辺の禍根を現場に持ち込んだりはしないよ。大事なのは、まず完成させる事だから」


「そっか……まぁ、最終的に2人が決めた事なら誰も文句は言わないと思うよ。意見も、こうして聞いてくれてる訳だし」


 來見は2人の言葉に安堵しつつ、いちクラスメイトとしての意見も述べておく事にする。多くの人間は月退の計画した話に乗る形で陣頭指揮を任せていた。だからこそ積極的に協力する事はあっても、監督役を任せておいて非難するような事はしないだろうと、言葉にして安心させたかったのである。


「よし、それじゃあ他は?」


「うん……あえて指摘するなら、ここの……地の文で内面の説明をしてるところ。ここは台詞にした方が観客からしても分かりやすいかもな。表情で演技するのは少し……荷が重いかも」


「素人役者だしなー。ひでぇ棒読みじゃない限り採用するつもりだけど、学生に俳優みてぇな演技を求めても困るだけか」


「お客さんも、そこまで高等なものは求めてないだろうしね……少し手を加えて心情は口に出してもらおう。尺はまた後で取り直そうか」


 自身の些細な指摘で脚本が変わっていくのに、來見は困惑と共に気後れしてしまう。その様子に気付いたのか、月退はわざとらしく大きな声を出して笑顔で來見に話し掛けていた。


「ホラ、次の意見!俺らが無理やり出させてんだから、遠慮すんなっての」


「2人だけだと行き詰まるからね……迷走しないように話の芯は変えないから。好きなだけ、言うだけ言ってほしい」


 林もそうであったが月退は意見を取り入れる事に少しも苦は無いようで、むしろ嬉しそうに來見の発言を引き出そうとする。余計な手出しによって脚本が纏まりのない物に変貌する事はないのだと責任を負うような言葉を口にする2人を前に、來見は自分の影響力を過度に捉えていた事に気付き忸怩たる思いを抱いていた。


 思わず言葉を詰まらせる來見に、それでも月退は言葉を促す。林は手元の自分用の脚本に走り書きをしながらも來見に目を向け、新しい意見を待っているようであった。


「……あとは、文体が大人っぽいというか……読みやすいけど、演者の素の口調に変えて貰った方が、演じやすいかもな。言葉遣いは小学生も見るから気を付けないといけないけど」


 手渡されたのは叩き台に近い脚本と理解しつつも、來見は言葉を選びながら話していく。意見としてはごく当たり前で誰からでも出てきそうな主張だったのにも関わらず、月退は大きく頷いて感心しているようであった。


「あー確かに、その方が演技も自然になりそうだな。後で個人的に直してもらうか」


「ニュアンスが変わらないなら、言い方を変えてもらっても構わないからね。無理に難しい言葉で喋る必要もないし」


 月退と林のやり取りを眺めながら、來見は大きく息をつく。今のところ他に思い付く意見はなく、もはや打ち止めとなっていた。


「あえて難癖を付けるなら、それくらいかな……これ、本当に参考になってるのか?」


「なってる、なってる。お前がご意見番を引き受けてくれて助かったよ」


 不安げな來見を前に月退は何処からか取り出した扇子で自分の肩を叩きながら、楽しげに笑っている。林はそんな月退に同意するように頷くと、奥二重の垂れ目を來見に向けて口を開いていた。


「断られる可能性もあると思ってたけどね……好きじゃないでしょ、面と向かって批評するの」


 林の指摘は内心、來見も同意するところではあった。今回の事は他人への非難を口にするようなものではない上に、相談役として來見を指名してくれたという選択に報いなければという思いがあったからこそ、辛うじて成し遂げられた事だったのかもしれない。

 幸い、本の内容を批評する事は読書研究部でもあった為に、経験を活かせた形になったとも言える。ただ、創作者本人を前に意見を口する事は來見にとって初めてであり――殊の外、精神を疲弊させていたのは間違いなかったのである。

 本人に言う訳にもいかない内心を呑み込んで、來見は否定も肯定もしないで苦笑いをしてしまう。すると月退がにやりと笑って、からかうように話し始めていた。


「でも來見は頼まれたら断れないもんな?いやー、クラスで唯一の読研部だからって、目ぇ付けといて正解だったね」


「頼まれたら、そりゃ手伝いくらいするよ。こういうのはクラスの皆で作るものだし」


「良ーい心掛けだ。な、撮影する日も顔出しに来いよ」


 來見の態度に満足そうに頷いていた月退は、ふと思い付いたように言葉を発する。予期せぬ提案に來見が目を丸くしていると、林も賛同するように声を上げていた。


「うん、時間のある時だけでも良いからさ。気になるところがあったら、その都度教えて欲しい」


「……それなら、邪魔にならないように隅で見てようかな。何か手が必要な時は、声を掛けてくれれば手伝うよ」


「あぁ、カンペの手伝いとかね。頼もうかな」


 考えを巡らせるが、断る理由も特になかった為に來見は申し出を承諾していた。來見の控えめな態度に、むしろ仕事を振った方が気楽にいられる(その場に居やすい)と思ったのか、林が気を回すような提案をする。來見は有り難くその気遣いを受け取り、何度も首を縦に振っていた。


「よし決まりだな、それじゃあ……早ければ明々後日の10時!学校集合な」


「いや、その前にクラスの皆に脚本見てもらうから……あんまり意見が集まらなくて脚本に大幅な変更がなければ、その日になるって事で」


「あぁ、分かった」


 携帯電話でスケジュールを確認しながら宣言する月退を横目に、林はあくまで予定だと念を押す。そんな林の補足に頷きながらも、來見は不意に浮かんだ疑問をつい口に出してしまっていた。


「でも今まさに改訂してるのに、そんな素早く手直しして全員に読ませられるのか……?」


「直しはパパッと終わらせるとして……脚本を携帯で送るには無理があるからなぁ。クラスの奴らには学校に来てもらって、直接意見を聞くしかねぇな」


「生徒会みたいに、意見募集の目安箱でも置いておこうか。締め切りまでに脚本を見れなかった人は……ドンマイって事で良いのかな……」


 月退の口振りでは脚本の手直し自体に時間は掛からなさそうなところに、來見は内心おののいていた。しかし林の歯切れの悪い意見と不安げな様子を見て、その動揺を押し込める。それよりも林が抱いている、満場一致で撮影を開始できない可能性への心配を取り除く必要があると思っていたのであった。


「うん。そこは期日もあるから、仕方ないよ。割り切る事も必要だと思う」


 どうやら林は撮影を強行する事を後ろめたく思っている節があるようだが、そこまで気を遣わなくても良いのだと來見はいちクラスメイトとして念を押す。

 月退と林は確かに映像制作を推薦した責任者として、その完成までの日程管理などを細かく監督する必要があった。何せ他のクラスメイトにとっては殆んど経験がない事で、手を出せない領域であったから。

 しかしそれはつまり、詳しい作業は全て丸投げされている状況であるという事で――火付け役とはいえ2人に集中する形で多大な負担を強いてしまっていた。だからこそ、そんな2人から多少の無茶を言われたところでクラスメイトが口煩く文句を口にするような事は起こらないだろうと、來見は半ば確信していたのである。


「……そうだな。さっきも言ったけど映像を完成させる事が一番大事だ。皆に対して不義理なのは完璧なものを作れない事じゃなくて、未完成で形になってないものを出してしまう事だから」


 林は來見の言葉に胸を撫で下ろしたように、自分の述べた発言を反芻する。横で聞いている月退はやっと本質に気付いたのかと、どこか生暖かい眼差しで林を眺めていた。

 志を共にして映像制作に挑んでいる2人だが、そのスタンスには違いがある。そんな当たり前の事を今更ながら実感しつつも、來見はまた一つの質問を投げ掛けていた。


「ところで、演者の方は大丈夫なのか。事前に脚本を読んでもらってるとはいえ、改訂した台詞を覚える暇がないような気がするけど」


「あいつら器用だから平気だろ。いきなり全部撮る訳じゃないし、何とかなるって」


 ひらひらと扇子を扇ぎながら返答する月退は、随分と呑気に見える。林も同じ意見なのかと視線を移すと來見の意図が伝わったのか、首を上下に振って答えていた。


「そこまで大幅な変更にならない事を祈ってもらうしかないけど……まぁ何とかなるよ、いざという時は俺達で何とかする」


「2人がそういうなら大丈夫……かな?」


 一抹の不安を抱える來見とは違い、責任者である2人は割りと雑に楽観視しているようであった。それは創作活動をするにあたって、あまり悲観的になりすぎず心の余裕を持つべきだという月退と林の共通認識があったからなのかもしれない。


(演者を信頼してるって事だろうけど、過信し過ぎてる訳でもなさそうだし……2人に任せておけば大丈夫そう、だよな?)


 何より、張り詰めた空気の中で演技をしたり、作業する事になるよりかは良いのかもしれない。最悪、期日にさえ間に合えば良いかと、來見は納得していたのであった。


 來見の意見に得るものがあったのか、月退と林は晴れ晴れとした面持ちで脚本の修正に取り掛かり始めていた。來見は自分だけ何も頼まずにいるのは店に対する礼儀に欠けていると思ったために、周編を呼び出しデザートセットを頼むことにする。

 ここに来る度に甘味を食べているような既視感を覚えながらも、コーヒーの香りを楽しみ料理に舌鼓を打つ。そして脚本を広げた友人と共に台詞の添削や、より自然な言い回しを考える作業を数時間かけて行うと、今日という一日を心地よい疲労と共に終えるのだった。




「おはよう」


「おはよー」


 來見が脚本を読んでから3日後。大半のクラスメイトの確認作業を終えた上で、にわかには信じ難い速さで脚本の手直しが為された結果。月退の口にした予定通りに撮影が行われようとしていた。

 責任者と演者に來見。この場に集まっているのは最低限の、ごく限られた人間しかいなかった。それでも和気藹々と撮影が行われるのだろうと高を括っていた來見だったのだが――目の前に広がる雰囲気は中々に重苦しく、息が詰まりそうな緊張感に溢れていたのである。


「緊張してんなー」


 月退は扇子で自らを扇ぎながら、揚々と更田(こうだ)に話し掛ける。校内は人気がない為にそれなりの涼しさではあったが、季節はまだ夏の暑い盛り。冷房が恋しくなる程に、漂う空気は纏わりつくような湿り気を帯びていた。

 それぞれの教室で空調を付けることはできるが、今いる廊下にそんなものはない。林も暑さからか普段は下ろしているオリーブグリーンのうねった髪を、後頭部で結んでいたくらいだった。

 來見は一人、団扇でも持ってくれば良かったと後悔しながらも、目の前で行われる会話に耳を澄ませていたのである。


「そりゃあ、こんなの初めてだし……」


「部活でも注目されながら走ってたりすんじゃん?一緒一緒」


「俺の専門はショートスプ……短距離走だから、本番はあっという間に終わる種目だし。記録測る時は走ってる事だけに集中してるし、そもそも他に横で走ってる選手もいるし……」


 更田は腕に付けた時計の位置を直すかのように何度も触り、落ち着きのない様子を見せる。陸上部である更田は小さい規模とは言え大会にも出場した経験がある筈だが、比べるまでもなく勝手が違うのだろう。タイムを計測している時は考え事をする余地すらないが、初めての演技となるとそうもいかない。

 一度主演になる事を了承した手前、撮影を滞らせたくはないのだろう。しかし心の整理が付いていない更田は、見るからに戸惑いを隠せずにいた。

 そんな友人の姿に、月退は意外だったのか目を瞬かせる。そして発破を掛ける為にも再び口を開いていたのだった。


「体育祭の時、恥も外聞もなく人前で踊ってたじゃん。あれができるんなら余裕だって」


「……いや、周りガン見じゃん!最悪、恥を晒した映像が永久に残ることになるじゃん!全然違うじゃん!」


 月退のあんまりな言い分に、更田は猛烈な勢いで反論する。体育祭の応援団による舞の披露とは違うと主張されると、確かにその通りではあった。

 気分を高揚させる音楽は流れず、むしろ雑音が入らないように映像に映らない人間までもが注意を払わなければならない。そして大所帯で並んで踊っていた時はある程度分散されていた人々の視線が、演者である自分ばかりに注がれる事になる。

 慣れない環境で未だ経験の浅い演技を行うというのは、どれだけ事前に練習していても不安に思う事だろう。なかなか集中しきれずに余裕を欠いてしまうというのは、來見でも想像できる事であった。


「……今のはツッキーの言い方も良くないよ」


「そうかぁ?普段からモテてぇって言って、目立とうとしてる奴が言うことじゃないだろー?」


 見かねた來見が釘を刺すも、月退は平然とした顔で肩を竦める。普段の更田の言動を顧みればこそ、月退の指摘は尤もなものだったのかもしれない。しかし素人の演者に対して取る態度としては、厳しすぎるとしか思えなかったのである。


「うっ……ごめん……」


「……んー。読み合わせからやって、少し緊張解すかぁ」


 もしかすると月退は軽口を叩いて緊張を解そうとしていたのかもしれないが、対する更田は萎縮するように語気を弱めてしまっていた。その様子を見て、撮影どころではないと思ったのだろう。月退は更田に準備を整えさせる方法として、台本を読む事を提案していた。

 月退が撮影係である林に断りを入れようと離れたところを見計らい、來見は更田にそっと忍び寄る。鞄からおずおずと台本を取り出し、ため息をつく更田に向かって來見は口を開いていた。


「……ここでバシッと決められたら、画面越しの不特定多数の人達に更田の良いところ見てもらえるよ」


「あぁ。そりゃあ簡単にできれば、苦労しないけどさ……」


 必要以上にプレッシャーを与えず、且つやる気を出してもらえるような励まし方。來見はその方法を頭の中で模索しながらも、肩を落としてしまっている友人に何とか立ち直ってもらおうと言葉を続けていた。


「じゃあ、どういう姿なら、皆に格好良いと思ってもらえると思う?」


「うーん、そうだな。……普段からイケてる、いつもの……自分……?」


 歯切れは悪いが更田は確固たる、高い自己評価を持っているようだった。その根拠のない自信が一体何処からか湧いてくるのか、つい茶化したくなる欲求が高まるが呼吸を整える事で何とか自制に成功する。

 普段ならば軽口を叩いていたところだが、撮影に割ける時間も限られている。兎にも角にも更田にはやる気を出してもらわなければ困るため、今は余計な事を口にするのは避けるべきだと來見は判断していた。


「……そうそう、いつも通り。自然体でやれば良いよ。上手くいけば、これを機に……」


「これを機に?」


 ふざけるのを我慢した來見は、真剣な表情を作り話を合わせる。更田は真面目な内容だと思ったのか興味を惹かれたようで、來見に視線を向けて続く言葉を待っていた。


「そうだな……例えば、ファンクラブとか……設立したり、しなかったりするかも……」


 考えを巡らせた上で出てきた、苦し紛れの來見の言葉に、更田はハッと何かに気付いたように目を見開く。そして考え込むように手を顎に当てると、小さな声で何かを呟き始めていた。


(あまりにも……雑すぎる……!)


 一方の來見は深刻な顔をして何を仰々しく話しているのか、その悲しさを覚える程の語彙力のなさに内心打ちひしがれていた。それでも、第三者から見れば途轍もなく間抜けな絵面だと理解しつつも、雰囲気だけは深刻な状況を保つ事に努める。

 果たしてそれが功を奏したのかは不明なところではある。しかし次の瞬間、更田は重々しい表情を浮かべると來見に向かって力強い言葉を放っていたのだった。


「つまり……ガチ恋勢の、リアコの量産……!?」


「えっ、あっ……そ、そうだな?多分」


 動揺も露わに消え入るような声で弱々しく同調した來見であったが、もはやその声は更田の耳に届いていないようだった。

 物思いに耽っている更田は気付いていないようだが、もう一人の演者は2人のやり取りを呆れた様子で見つめている。冷ややかな視線に晒されながらも、來見は涙を飲んでその処遇を受け入れていたのだった。


「フフフ……次のバレンタイン。自分は比類なき数のチョコ(プレゼント)を受けとる、勝利者となるだろう……」


 黙り込んでいた更田は、ややあって口を開く。発された宣言はアホらしくはあるが、やはりと言うべきなのか自信に満ち溢れており、先程まで漂わせていた弱々しい雰囲気は嘘のように掻き消えていた。


「よーく見ておけよ!その輝かしい未来への……第一歩をな!」


 盛大に決め台詞を口にした更田は、力強く親指を立てて來見に得意気な顔を向けてくる。その態度からして、あからさまに調子に乗り悪ふざけをし始めた友人の姿を認めた來見は、知らず知らずの内に半目になっていた。


「おー、頑張れー……」


「あぁ、見えるぜ。自分が女子にモテまくる未来がな……!」


 もはや他に言うべきことは無いと判断したために、來見は途端に扱いを雑にする事に躊躇いはなかった。更田もその変わり身の早さは特に気にしていないようで、軽口を叩ける程には余裕が出てきているようだった。曇らせていた表情は一転して明るくなり、垂れ下がっていた眉は何時ものように筆で描いたような勢いのある角度に戻っていたのである。


「……あいつ、演者へのメンタルコーチ枠で雇うか?」


「それ、ものすごく適任だと思う」


 預かり知らぬところで、そんな会話が月退と林の間でされていたが來見は終ぞ気付く事はなかった。当の來見は更田を立ち直らせる事に成功した余韻で気が抜けていた為に、小声で交わされた話し声にまで意識を割くのは不可能だったのである。


 主演である更田の肩の力が程よく抜けた為だろうか、現場の雰囲気は和やかなものに置き換わっていた。月退と林はその好機を逃すまいと撮影の開始を宣言する。來見は画角に映らないように身を引きつつ、カンニング用の台詞を書いたスケッチブックを手に側で控える事にした。


 放課後という設定の為に、更田ともう一人の主演である望搗(もちづき) よるかは制服で、鞄を持っている。2人の準備が完了したのを確認すると、林はカメラを回し始めるのであった。




 音楽室の怪


「音楽室の七不思議について?」


 白石(しらいし)は更田の疑問に首を傾げる。ここは東棟の最上階、丁度音楽室の向かいにある高校1年生の教室の前。

 更田とよるかは放課後の吹奏楽部が練習している最中に、クラスメイトを呼び出して廊下で話し込んでいた。

 声を掛けられた白石は準備の真っ最中だったようで、床には巨大な楽器ケースが、そしてロッカーの上には練習に使用するであろう専用の器具が置かれている。教室は冷たい空気を逃がさないように出入り口である扉は閉め切られていたが、防音仕様ではないため微かに楽器の音が廊下まで漏れ出ていたのであった。


「うん。自分達は夏休みの自由研究で、学校の七不思議は実は七不思議じゃな(ただの噂に過ぎな)かった!って題材で調べてるんだけどさ。その真相というか……何か知ってる事はないか?」


「誰もいない音楽室……そこでは夜な夜な演奏会が開かれ、その音楽が外に響き渡っている!七不思議の定番中の定番よね」


 更田の言葉に続いて、よるかは何故か得意気に腕を組んで補足をする。そんな2人の言葉を受けて、白石は考えを巡らせるように視線を上に向けると徐に話し始めた。


「んー……その七不思議自体、初耳なんだけど。現実的に考えて可能性があるとしたら、コレかなぁ」


 白石はロッカーの上に置いてあった一つの音楽機器を指差す。表面に取り付けられた透明なカバーの奥には中心に針のようなものがあり、両側には細かな目盛りが描かれているのが分かる。三角錐の形をしたその用具は、更田にも見覚えのある物だった。


「これ、メトロノームっていう……練習する時、テンポを合わせる為に使う道具なんだけどね。ホラ」


 白石がメトロノームの下部から飛び出ている大きなつまみ(ゼンマイ)を数回捻り(巻き)(振り子)を留め具から解放すると一定の速さで音を刻み始める。しかしそれは音色と呼ぶにはあまりにも単調で、演奏会という単語からは掛け離れているように思ってしまう。

 よるかも釈然としない気持ちは同じだったのか、肩を竦めると共に疑問符を浮かべながら言葉を溢していた。


「うーん。演奏って言うには、ちょっと……」


「しょぼいな!」


「まぁ、そうだよねぇ」


 2人の言葉に白石は気を悪くした様子もなく笑う。しかしまだ言い残している事があるようで、白石はメトロノームの上に軽く手を乗せると説明を続けていた。


「問題なのは……このメトロノーム、見ての通りネジ巻き式なんだよね。だから、練習が終わったらネジを最後まで回し切るまで放置するんだけど……」


「なるほど……?」


 白石の言葉に、要領を得ない更田は間の抜けた返事をする。そんな更田を横目に白石はメトロノームの速度を変えられる遊錘(おもり)を摘まんで、一番下までその位置を落としていた。


「……うわ、うるさ!」


 白石の手から解放されたメトロノームは、出し得る最大の速度で振り子部分を左右に振る。それに伴い鳴り響く音は非常にけたたましく、直ぐにでも止めたくなるような五月蝿さだった。


「だよねぇ。で、部活終わりの音楽室の棚には、何台もこんなのが並んでたりするんだよ。大体が古い備品だから、本当は付ける筈のカバーとかが無かったりするし」


 更田の耳を慮った白石は振り子を抑えて音を止めると、のんびりと説明を再開する。その言葉を受けてよるかは一つ閃いた事があったのか、人差し指を立てて真偽を確かめるように意見を口にしていた。


「分かった!つまり……音楽室を閉めた後も、鳴ってたりする事があるんでしょ!」


「そうそう。まぁ防音はしっかりしてるから、音が漏れたりはしない筈なんだけど……そこは多分、窓を閉め忘れたりした人がいたんだろうねー」


「微かに聞こえた大量の……不揃いなメトロノームの音を外で聞いた人が勘違いした、と。なるほどなぁ」


 音の出所らしき場所を見ても下校時間が過ぎていれば消灯されており、一瞥したところでは無人にしか思えない。窓も全開にされていたのならまだしも、僅かな隙間が開いているだけであったならば、音楽室は最上階に位置する事もあり黙視では確認できなかっただろう。

 これらの要素が組み合わさると、時間帯としては日が暮れた頃に、無人の音楽室で単調ながらもたくさんの音が響いている事になり――七不思議として語られている話と合致する点が、幾つも存在しているのだと証明されていた。


「これで音楽室の謎は解決って事ね!白石、協力ありがとう!」


「いえいえー参考になったのなら良かったよ」


「うーん、最初から謎が解明できたのは幸先が良いわ。よし、次行こう!次!」


「うわ、引っ張るなって!」


 七不思議の一つ目の真相を早期に、しかも簡単に解明できた喜びで、よるかは興奮して更田の腕を引っ張り次の目的地へと歩を進める。更田は引き摺られるようにしながらも、白石に向かって口を開いていた。


「部活、頑張れよー!邪魔して悪かったなー!」


「大丈夫ー2人も頑張ってねー」


 遠ざかっていく2人を、白石は微笑ましげに見送る。手をヒラヒラと振る友人に軽く手を上げながら、更田は白石と別れるのであった。




「カットー」


「良いね!噛まなかったし、演技も全然おかしくない」


 林が掛け声と共にカメラを止め、月退は素直に演者を褒めていく。更田とよるかが嬉しそうに飛び跳ねているのを横目に、一連の流れに出演していた白石は頬を掻きながら疑問を投げ掛けていた。


「演技っていうか、いつも通り喋っちゃったけど大丈夫?」


「バッチリ。ガチガチに緊張してるよりは全然良い!問題なし!」


 親指を立てて健闘を称える月退の力強い言葉に、白石は安堵したように眉尻を下げる。脇役という事で軽い気持ちで引き受けたとは白石の言であったが、流石に初めての経験で戸惑っていた部分も大きかったのだろう。

 それでも白石の演技は來見の目から見ても非常に自然体であり、あまり練習できていないと言う割りには感心してしまう程の出来に見えていた。吹奏楽部に所属しているという事で、ある程度人前で何かを披露するという経験値があったからこそ、スムーズにこなせたのかもしれない。


「白石は意外と、役者の才能あるのかもな」


「うわぁ、お世辞だ!ありがとー」


 來見の言葉を世辞として受け取っておきながらも、褒められた事は純粋に嬉しかったようだった。白石は機嫌が良さそうにニコニコと微笑むと、満更でもなさそうに片手で後頭部を掻いている。


「ちなみに、この七不思議って本当(マジ)のやつ?」


「残念ながら、うちの高校にそんなもんはありません。古今東西、どこにでもありそうな七不思議を選んで、理屈は白石に考えてもらいました……」


 來見の質問に月退は、わざとらしく悲しげな表情を浮かべて答えを返す。言われてみれば音楽室に関わる奇妙な噂は、來見が地元の中学校に通っていた頃にも聞いたことがあった。飾られている音楽家たちの肖像画と目が合うだとか、無人の筈なのにピアノが勝手に鳴るなど。後者においては今回の脚本に綴られている話とよく似た内容と言えるだろう。


「へぇ、後付けなのか……よく尤もらしい理屈を考え付いたな」


「ナモにも手伝ってもらってねー納得してくれたのなら、頑張って考えた甲斐があったね」


 來見は脚本の内容は知っていたものの、その裏にあったやり取りにまでは気が回っていなかった。月退と林が主立って制作に取り組んだのは間違いないが、それに伴って様々な人間の手も借りたのだろう。採用された七不思議は幾つかの候補の中から、理屈をつけなければならないという兼ね合いも視野に入れて、選出された事が窺い知れたのだった。


「その節は本当に助かった、ご協力サンキュー!」


「雑な感謝だなぁ……」


「どういたしましてー。それじゃあ、撮影頑張ってね!」


 月退のおざなりな感謝の言葉に、來見は思わず白けた視線を向けてしまう。しかし白石は皆本(みなもと)と膝を突き合わせて一生懸命に理屈を考えた期間があっただろうに、朗らかな笑顔で來見達を激励するばかりだった。


「おう、それじゃ次に行くか。邪魔したなー」


「部活、頑張ってな」


 カメラが回っていた時と同じように、白石は手を振って撮影班一行を見送る。來見は示し合わせた訳ではなかったが、先程の更田のように手を上げて別れの言葉を述べるのだった。




「……終わったか?」


 廊下でざわめく人々の喧騒が消えた事に勘づいた皆本が、閉め切られていた教室の中から顔を覗かせる。室内では数人の部員が練習に励んでいたが、あまり大きな音を出さないように消音器を付けるなどして、自主的に気を遣っている姿が見えた。


「終わったよー閉じ込めちゃってごめんね」


 白石が手入れ用品や機材を手に教室に戻り、撮影の終了を告げると皆一様に肩の力を抜く。緊張していたのか、だらしなく椅子の背もたれに全身を預ける者や、ずっと我慢していたのか席を立ってトイレに走る者もいた。

 そんな様子を見れば、白石も部員達への申し訳なさが先に立つ。撮影に直接の関わりはないものの、明らかに平常時とは違う空気になっていた。その事で少なからず迷惑をかけていたと理解していたのである。


「まぁ、勝手に籠ってただけなんだけどな。俺らが偶然映り込んだ映像でも使うかもって言われたから、遠慮しただけで」


「みんなシャイだからねぇ」


 スペースを確保する為に教室の隅に並べられた机の上に楽器ケースを置いていると、皆本が続けて声を掛けてくる。

 白石を含む吹奏楽部の部員達は、参加を表明しているコンクールが近いという事もあり日々練習に明け暮れていた。しかし残念ながらこの教室にいる生徒達はそのメンバーに加わる事はできなかった。元々の部員数が多い為、事前に行われたオーディションで落選してしまったのである。

 それでも彼らは腐ることなく、気持ちを切り替えて文化祭の発表会に向けての練習に打ち込んでいた。月退を始めとするクラスメイト達はそんな状況を理解しており、自分達も大変だというのに白石は忙しい部活の合間を縫って撮影に参加してくれたのだと、感謝さえしてくれていたのであった。


「今度、教室で授業風景を撮るらしいんだよね。人数が足りなかったら皆のこと連れて行こうかなー」


「……せめて同学年にしてやれよ?」


 白石の提案に皆本は拒否さえしないものの、やんわりと釘を刺してくる。言われずとも部員を無理矢理に召集する気は端からなかったのだが、2人の会話が聞こえたのかあからさまに目を逸らした後輩を見ると、からかいたくなるのもまた事実であった。


「座ってるだけだから、学年が違っても誤魔化せたりしないかなー。あ、サンダルが映ったら、色が違うからバレちゃうか」


「はいはい、そもそも撮る時に人手が必要かなんて分からないだろ。お前も、こいつの妄言は気にしなくて良いからな」


 楽しそうに画策する白石に、皆本が流れを断ち切るように話を纏める。その言葉を向けられた後輩は何度も首を縦に振り、先輩からの無茶振りに巻き込まれずに済んだ事を安堵しているようだった。


「冗談だってーでも、ナモは呼んだら来てくれるよね」


「……演技しなくて良いならな。ホラ、休憩は終わりだ。練習に戻るぞ」


「はーい」


 白石は慣れない撮影で疲れを感じてはいたが、それを癒すためにも練習に戻る事にする。後輩がいる前で何時までもだらけていては、示しがつかなくなってしまうと自分の立場をきちんと理解していた。

 椅子の半分より前の部分に腰を下ろして背筋を伸ばす。そして楽器を手に譜面台の高さを調度よい目線に調節し直すと、高らかに音を鳴り響かせ始めるのであった。




 無人トイレにいる透明人間の謎


「次は何の七不思議?」


「透明人間がトイレでイタズラして……電気を付けたり消したりする謎!」


 更田の疑問に、よるかは素早くハキハキと答える。2人は最上階に位置する音楽室とは打って変わって、地上に当たる一階の東棟にいた。学生達が普段使用する教室ではなく、保健室や美術室などの特別教室が立ち並ぶ静けさに包まれた廊下。そこには、確かに何か不思議な現象が起きてもおかしくないと思わせる、独特な雰囲気が漂っていたのだった。




「はいカットー」


「……撮影終わるの、速っ」


 カメラが止まったのを良いことに來見が思わず口走ると、林はその指摘を予想していたのか苦笑する。演者達は撮影にすっかり慣れたのか、月退と台本を読みながら次のシーンの打ち合わせをしているようであった。


「まぁ原理は分かってるし、絵面も地味だから尺いらないよね」


「原理って?俺が見た脚本には書かれてなかったような……」


 一人置いていかれたように呆然としている來見を不憫に思ったのか、林は理由を説明していく。來見が興味深げに話を促すと、林は手元のカメラで映像を確認しながらゆっくりと言葉を続けていった。


「うちの高校のトイレ、センサーライトでしょ。人が入ると感知して電気が点くっていう」


「うん」


「要するに赤外線に反応するから、ちょっとした事で普通に誤作動起こすんだよね」


「なるほど、それで透明人間か……他所でもありそうな話だな」


 林の言葉に來見が相槌を打っていると、何処からともなく無言の月退が姿を現す。そして2人の会話を聞いていて林が言葉足らずだと思ったのか、補足をするように話を引き継ぐのだった。


「もしくは中に入ってた奴が全く動いてなくて、明かりが消えちゃったパターン。人の出入りがないと消えたままだからな」


「あぁ。それで、用が終わって身動ぎした瞬間に電気が点いたのを廊下にいた人が偶然見ただけ、とか……そういう話か」


「怖さもロマンもねぇからカットでーす。本編でもナレーション付きの映像で、さらっと流すだけだな」


 來見が納得して感嘆の声を漏らしていると、月退は扇子で自分の肩を叩きながら映像の構成を説明する。脚本を見ただけでは把握しきれない時間の配分の仕方に新鮮な気持ちで触れながら、來見は内心それを上手く実行している月退と林に舌を巻いていた。


「ちなみに、この七不思議も……?」


「うちの学校にそんなもん、ありませーん」


「……だよなぁ。聞いたことないし」


 來見の問いに、月退は軽薄な態度で否定する。來見が眉尻を下げて苦笑していると、林は映像に問題がないと確認できたのかカメラの側面のモニターを閉じながら、会話に加わろうと口を開いていた。


「これも、よくある噂話から選んだからね」


「ちょっと怖い、どこにでもある噂話か……。そういえば昔、根も葉もない作り話が近所で蔓延してたっけ」


「お、良いね。詳細は?覚えてるか?」


 軽い気持ちで溢した來見の言葉に、月退は殊の外、心を惹かれたように食い付いてくる。もしかしたら映像作品にも反映できるネタが転がってきたとでも思ったのだろう。來見は期待に応えられるか少々の重圧を感じながらも語る事にしたのだった。


「俺が小学生の頃、従兄弟が度胸試しに呪いの館に行く!とかやってたんだけどさ。その家って大きくて見た目が少し変わってただけで、全然普通の家だったよなって思い出して」


 來見は幼少期の記憶を思い返しながら説明を述べていく。呪いの館と呼ばれていたその家は住宅街の外れに存在しており、和風建築が立ち並ぶ中では目を引く西洋建築だったのである。おまけにその外観は当時では中々お目にかかれないパステルカラーの水色で塗られており、分別のない子供が悪しように言い立てるのに格好の標的となっていたのだった。

 広い敷地は高い塀で囲われ何時訪れても閉まっている門の隙間からしか、その建物を眺める事はできなかった。従兄はその場所に忍び込んで何か証になるものを持ち帰って証明しようという、今思えば犯罪紛いの行為に挑戦していたのである。


「あー何かあるよな、そういうの。周りが勝手に言って盛り上がってるだけで、実態は全然違うっていう」


「子供は適当な事を言う生き物だし……怖がる癖に呪いとか謎とか大好きだから」


「でもな次の奴は正真正銘、うちの高校にある噂だぜ」


「……えっ!?どれ!?何だ!?」


 月退と林の言葉に気を取られていた來見は、突如として発された衝撃の事実を危うく聞き流しそうになる。遅れて意味を理解した來見は慌てて脚本を捲り該当するシーンを教えてもらおうとしたのだが、2人は顔を見合わせるとにやけた表情を浮かべるだけであった。


「行けば分かる!ついてこーい」


「移動するよ」


「あっ、待てって!」


 慌ただしく場所を変えようとする2人を來見は急いで追い掛ける。來見の言葉に、別に逃げてはないと返事をしながら足を進める月退の背に付いていくと、あっという間に目的の場所へと辿り着いていたのだった。

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