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平成トランスポーター  作者: 夏名
30/54

12-2 郷愁

 木陰から日差しの下へ出るために、再び少女に帽子を被らせた來見(くるみ)は駄菓子屋の店構えを観察する。

 駄菓子屋はシャッターで戸締まりを行っているようで扉がなく、外からも店内の様子がよく見えていた。気軽に立ち寄れる雰囲気があるのは、開放的な設計がそうさせていたのだろう。

 來見達はほんの僅かな距離を歩き、ゆっくりと店内に足を踏み入れていた。


「こんにちは」


「こんにちは、お邪魔します」


 店主に話し掛けられた來見が挨拶を返すと、少女も小さく会釈をする。中年の男性はレジの置かれたカウンター内で椅子に腰掛け、二人の姿をにこやかに見つめていた。

 爆発事件など初めから無かったかのように、店内は穏やかな空気が流れている。


(初めて来たのに、懐かしい感じがするな。家からは遠かったけどよく遊びに行ってた駄菓子屋と、同じ匂いがする)


 來見は郷愁に駆られながら店内を物色する。当たりが出たらもう一つ貰える菓子類に、冷蔵ケースに納められた派手な色の甘い清涼飲料水。見覚えのある数々の飲食物に來見は思わず口元を緩めていた。


(くじ引きが好きな奴もいたな……あれ、今にして思えば度が過ぎると将来ギャンブラーになりかねないよな)


 天井からぶら下げられている金券くじを眺めながら、ふと昔の事を思い出す。

 金券に相当する点数が書かれたくじは、運が良ければ購入金額よりも多くのリターンを得られる可能性もある。小遣いの少ない子供が夢を見れるという事もあり、運試しの好きな者がこぞって挑戦していたのである。


(ああいうのは、その場では一喜一憂できるけど……ちゃんと計算すると結局損してたりするんだよな。悲しいことに)


 來見のその思考は、ある程度長じた為に得られた知見だったに違いない。子供というものは何時の時代も変わらなかったりするもので――同じように目先の欲に囚われては痛い目を見て成長し、振り返った時に当時は馬鹿だったと笑い話にするようになるのだろう。


 少女は興味深げに、初めてのものを見るように店内を眺めていた。邪魔をしてはいけないと思いこちらからは話し掛けずにいたのだが、來見が会計の為に移動すると慌てて背を追い掛けその様子を窺っているようであった。


「お会計お願いします」


「はいはい」


 來見は幾つかの商品をカウンターに並べていたのだが、店主は即座に暗算をして代金を述べる。設置されたレジは、もはやただの銭入れと化していた。

 長年勤めているからこそ、いちいち値段を確認しなくとも計算できるのだろう。來見は感心しながらも財布を取り出していると、不意に気付く事があった。


(何かを……すごい見てるな。アメか)


 少女はカウンター上に袋ごと乗せられていた、糸引き飴を熱心に見つめていた。一つのタコ糸に一つの飴。大きさにバラつきのある飴が括りつけられた糸は途中で縛るように纏められており、どの糸がどの飴に繋がるのか分からないようになっている。


「あと、このアメも二つお願いします」


「はいよ、好きなの引いてみな」


 來見から何か欲しいものがあるか聞いたところで、恐らくこの少女は答えないだろうという事は勘付いていた。しかしこうも明白に態度に出しているのならば話は変わってくる。

 來見はすかさず追加で注文をして、少女にくじを引くよう促していた。


「二つ引いていいよ、一つは俺のだけど」


「うん……」


 僅かに屈んで目線を合わせると、少女は頬を染めてくじに手を伸ばす。運が良かったのか少女は当たりである大玉と、決して小さくはない普通の大きさの飴を引き当てていた。


「これ……」


 少女はおずおずと大きな方の飴を差し出してくる。しかし來見は少女が当たりを引き当てた際に、目を輝かせていたのを見逃してはいなかった。


「俺は小さい方が良いな。大きい方を貰ってくれるか?」


「……ありがとう」


 少女はきょろきょろと來見と飴に視線を行き来させるが、好意に甘えることにしたのだろう。言葉少なに感謝を述べると、嬉しそうに飴を口に放り込んでいた。


「お店の入り口で待っててくれるかな、直ぐに行くから」


「うん」


 來見は少女との距離を空けるが、視界の隅にはその姿が映るように立ち位置を移動する。店主に代金を支払いながら、來見は質問を投げ掛けていた。


「……あの子、迷子かもしれないんです。見覚えがあったりしますか?」


 恐らく迷子ではないと知りつつも、その体で來見は質問する。土地勘がある以上、この辺りに住んでいてもおかしくはないと思ったのだが、そう簡単にはいかないようであった。


「兄妹じゃなかったのかい。……いやぁ、悪いけど分からないねぇ。警察に相談した方が良いんじゃないのかい」


「ですよね……ありがとうございます。もう少ししたら連れて行こうと思います」


「うん、それが良い。遊んでたら、そのうち心も開くだろうよ。はい、毎度あり」


 店主は來見の目論見を見透かしているように励ますと、丁寧な所作でお釣りを手渡す。それは來見が少女に良からぬことはしないだろうと信用しているという事であり、その言葉に知らず知らず勇気づけられていた。


「待たせてごめん、行こうか」


「うん」


 少女は口からタコ糸を垂らしながら、飴を口で転がしている。やはり聴力が少し弱いのか、小声で交わされた來見と店主の会話は聞き取れていないようだった。

 こちらを見上げている少女を見て、危ないので飴が溶けた頃を見計らい、糸を口から外すように注意する事を心に留める。來見は同じように飴を口内へ放り込むと、再び公園へと足を進めるのであった。


(と、その前に……)


 來見は少女と歩きながら辺りを一瞥する。公園と駄菓子屋の間は非常に短い距離しかなかったが、來見は目的のものを見つけることができた。


(住所、住所……よし。これを送れば、父さんも分かるかな?)


 道路標識や看板を見つけられなかった來見は、電信柱に掛けられた街区表示板を確認する。そこに表記された住居表示を覚え、公園の名前と共に父親へ送信することを忘れないようにする。

 実は先程、來見の使用した自動販売機にも住所表示ステッカーと呼ばれるものが貼ってあり、電信柱が無かったとしても住所を確認することは可能だった。しかし当時の來見はその存在を知らなかった為に、電信柱を頼りに何とか現在地が判明したことに安堵するばかりであった。




 今度こそ來見達は再び公園に戻ってくる。木陰に入ったところで、少女は促されずとも帽子を首に掛けていた。


「飴から糸、外せるか?」


「うん」


 來見は少女をベンチに座らせると、飴から糸を外すように指示をする。大人しく従う少女に手を差し伸べ、飴から分離されたタコ糸を受け取ると、自分も歯で飴を抑えながら糸を取り外す。


「ちょっと待ってて」


「うん」


 生じた2つのゴミをまとめて袋に詰めると、來見は少女に声を掛け水飲み場に走って行く。遠くからでも注視されているのを感じながら、來見は駄菓子屋で購入した玩具を作り上げていくのだった。


 完成した玩具を、まずは両手に一つずつ携えて來見は少女の元に赴いた。実物を見ても何に使用するのか見当もつかないのか、少女は首を傾げている。


「これ知ってる?水風船って言うんだ」


「水風船……」


「そう、割れやすいから気をつけて」


 來見は限界近くまで水で膨らませた水風船を、少女の手のひらの上にそっと乗せる。少女は初めて見た玩具に興味が沸いたのだろう、その感触を確かめるように両手の親指で表面を撫でていた。


(俺が小さい頃は投げ合って遊んでたけど……さすがに着替えもないのに子供を水浸しにするのはな)


「落としたらすぐに割れるんだ。ほら」


「わっ……」


 來見がアンダースローの形で優しく投げると、言葉通りに水風船は着地と共に破裂する。乾いていた土には水飛沫の跡がくっきりと残り、濡れた部分が黒く染まっていた。

 水や泥が跳ねないよう、それなりの距離を取って着地させたのだが、破裂音に驚いたのか少女は思わずといったように声を上げていた。しかし自分もやりたくなったのだろう、言葉には出さずとも來見と手元の水風船に視線を行き来させていたのである。


「まだあるから、投げても良いよ。濡れないように気をつけてな」


「うん!」


 少女はベンチから降りると、小さく掛け声を上げながらオーバースローで水風船を投げる。來見よりも遠くで破裂させられた事が嬉しかったのか、少女は顔を明るくして來見を見ていた。


「ナイピッチ!……ええと、良いパワーだな」


「うん!」


 投球を褒めたところで伝わらないと思った來見は、慌てて言い直す。上手い言葉が見つからなかった來見は冷や汗をかいていたのだが、少女は特に気にしていなかったのか賞賛されたこと自体を喜ぶように笑っていた。


 その後も來見は少女に丁度いい加減の水の入れ方を教えては、飛距離を競うように交互に水風船を投げていく。

 合間に父親へメールを送り、少女に水分補給をさせながらも暫くの間、遊び続けていたのだった。




 心行くまで水風船を破裂させた二人は、土の上に散らばった残骸を集めていく。そうして一通り掃除を終えると木陰にあるベンチへと戻り、休憩の時間を取っていた。


「よし、これでどうだろう」


「ヨーヨー……?」


「うん。初めて作ったから不恰好だけどな」


 來見は最後の一つである水風船に輪ゴムを取り付け、水ヨーヨーに改造していた。幸いと言うべきか、一通りの用具が駄菓子屋で安く売られていた為にできたことであったが、來見は内心失敗するのではと冷やひやしながら作りあげた作品だった。


「割れ……なさそうだな。はい、あげる」


「ありがとう……」


 自分の手で何度か弾ませ、具合を確認してから少女に渡す。割れやすく作る傾向のある水風船とは裏腹に、水ヨーヨーは割れにくくする為に、膨らませ過ぎず水の量も調整する必要があった。

 しかし気を遣って取り組んだだけあって、素人が作ったにしては何とか形になっているようであった。


 少女が夢中になって水ヨーヨーで遊ぶ姿を眺めながら、來見は思考を巡らせる。そろそろ、この少女を家に帰すべきだと考え初めていた。


(父さんからメールも返ってきたし、そろそろ集合できる筈だな)


 來見の携帯電話には、今まさに此方に向かっているという旨のメールが届いていた。その文面を思い返していると一つ脳裏を掠めることがある。


(この子の対応を任せたら、何とかしてくれたり……しないかなぁ。子供を上手く丸め込む方法とか知ってそうだし)


 來見家に幼い女の子はいないが、子育てを経験している父親ならば來見よりも余程上手く相手ができるだろう。

 少し複雑そうな家庭について触れるのは短慮であろうし、少女自身がどれほどその事について理解しているのかも分からない。それでも父親なら現状の打破ができるのではないかと、來見は勝手に期待していた。


(爆破事件についても、まだはっきりとした進展はなさそうだし。安全な所まで送って行かないとな)


 通信制限が掛かってしまう事も厭わずに、來見はネットで情報を収集する。來見達のいた広場では再び爆発が起きたような証言が記されていたりもするが、まだ事件が発生して間もない為か真偽が定かではない情報ばかりが目に付く状態であった。


(間違いないのは、怪我人が数人出ている事と犯人がまだ捕まっていないって事で……物騒だな、全く)


 來見はふと桟雲(さんうん)銀行での出来事を思い出す。振り返ってみれば、あの事件は現職の警察官にも怪我人が出ていたというのに、あまり大きく取り上げられていなかったように思う。

 それとも一時的には盛り上がったが、時の流れですっかり忘れ去られてしまったのだろうか。來見にすれば非日常的な体験であっても、世間ではそうではなかったのかもしれない。


(そもそも知る事ができなければ、大きな事件だったとしても存在しないのと同じか。今回のは……どうなんだろうな)


 考えに耽るほど世の無常さと、自分とは無縁な出来事に対する人の無関心さを痛感してしまう。來見は首を横に振り、胸に浮かんだ嫌な思いを断ち切ろうとする。そうして再び視線を上げると、不意に視界に映る人影を見つけたのだった。


(父さん……じゃないか。この辺に住んでる人かな)


 いつの間にか來見達の対角線上、距離としてはかなり離れているベンチに男性が座っていた。とは言ったものの時期としては全くおかしなことではない。むしろこれまで閑散としていた事の方が珍しく、來見は驚きはしなかった。


「あっ……」


「ん?」


 何かが弾ける音と少女から上がった声に、來見は素早く視線を戻す。地面には輪ゴムから外れてしまった水ヨーヨーが転がり落ちていた。遊ぶのに没頭しすぎて、力任せに勢いよく弾ませてしまったのだろう。少女は恐々と來見の表情を窺っていた。


「割れてないから大丈夫だよ。それよりも作りが甘かったな、ごめん」


「ううん……わたしも、ごめんなさい」


 あまりにも悲しげな顔をするものだから少女に非はないのだと慰めようとしたのだが、むしろ來見が謝罪した事に益々気落ちしてしまったようだった。


「……土が付いちゃったから、一回洗おうか。そしたらまた作り直すよ」


 來見は少女を叱る事はできなかったが、取引をするように条件を出して、その見返りとして水ヨーヨーを修理する案を提示する。この物言いならば無闇に気に病むことはないのではないかという、実験的な発言ではあったが効果は覿面だったようであった。


「……うん!」


 少女はそれほどまでに手製の玩具を気に入っていたのだろうか。來見の言葉を聞くと機嫌を持ち直し、飛び跳ねるようにして水飲み場へと駆けていく。


 來見はゆっくりとその背を追う。はしゃぎ過ぎて転んで――うっかり砂場を仕切る枠に頭を打ち付けたりしないか、心配になりながらも直ぐに助けに行ける距離を保っていたのだった。


「できた!」


「うん、じゃあ一回貸して……」


 來見は表面に付いた水滴を拭おうと、少女の手から土が洗い流された水風船を受け取ろうとする。

 両手で差し出されたそれを掴もうとした、その瞬間。背後から何かが爆発する音と、少し遅れて左足に走る鈍い痛みを感じ取っていた。


「……っ!」


「わっ……」


 來見は反射的に少女を腕の中に囲い、地面に伏せていた。頭を下げつつ振り返ると、四方に吹き飛ばされたベンチと何かが地面の上で燃えているのが分かる。


「さっきの……人!?」


 のたうち回るように蠢いている影は、判然としないが先程見掛けた景色から察するに人でしかあり得なかった。

 あまりの出来事に固まりかけるが、少女の存在を思い出す。來見がすべき事は一刻も早くこの場から離れ、通報することであると理解していた。


「頭は下げたまま掴まってて!ここから離れる!」


「う、うん」


 來見はそのまま少女を抱き上げ、しかし凄惨な現場は見せないように視線を下げさせる。

 來見達が座っていたベンチにはペットボトルやゴミが置き去りになってしまっていたが、緊急事態の中で悠長な行動をする訳にはいかなかった。

 そもそも來見の脳内は、少女を安全に避難させなければならないという考えが多くを占めていた為に、そこまで気が回らなかったのである。




「おじさん!今の、聞こえてましたか!」


「あ、あぁ。どうしたんだい」


「そこの公園で爆発があったんです。危ないから、近付かないで……規模によっては避難した方が良いかもしれません」


 來見はまず駄菓子屋の店主に忠告をしに行く。公園は樹木が多く植えられていることもあり、延焼する可能性が高かった。

 どう行動するのが正しく、効率が良く周囲に情報を広められるのかは分からない。來見はひたすらに急き立てるようにして言葉を口にしていた。


「爆発……?燃えてんなら、消火器でも持っていくべきかな」


「危険ですから、止めた方が良いと思います。……他にも爆弾が設置されているかもしれない」


 店主を諌めながら來見は考えを巡らせる。今にして思えばここは住宅地で、つまるところ人が多い。無差別に多くの人間を爆発に巻き込みたいのならば、うってつけとも言える場所であった。


(最初に、人が多いところは危ないって推測してたのに……忘れてた。何をしてんだ、俺は)


「とにかく、まずは避難と通報を……パニックになるかもしれないけど、すぐに近所の人にも伝えないと」


 來見は差し迫った状況も忘れ自責の念に駆られそうになるが何とか思い留まり、すべき事を口にしていく。來見の言葉を受けた店主は焦りを見せず穏やかに頷くが、しかし鋭い視線を向け口を開いていた。


「うん……そうだね。でも君は先に逃げなさい。後は私がやっておこう、子供が残る必要はない」


 店主は決して反論を許さない口調で語り掛けていた。恐らく何を言ったところで、この人の意思は変わらないだろうと思わせる――若者の犠牲を許さない、諭すような物言いだった。


「……ありがとうございます、お願いします!」


 來見は店主の貴重な時間を浪費させない為にも、店から走り出していた。感謝はすれど謝罪の言葉は口にしない。謝ってしまえば、來見達を逃がし自分は残ることを決めた店主を見限ってしまうのと同じ事だと、頭の片隅で理解していた。

 そしてそれを認めるのは、彼の判断を軽んじているも同義である。だから來見は詫びる言葉を口にしない。

 初めから自身の死を勘定に入れて行動する人間など早々いる筈ではないのに、店主がそうであると思いたくはなかった。称えられるべき勇気ある行動の果てに、死が待っている事など考えたくはなかった。それは転送装置(トランスポーター)に後押しされて行動する、自分の姿と重なって見えてしまったから。

 來見は走りながら、考え付く最悪の事態に見て見ぬ振りをするのだった。




「もしもし!」


「もしもし?どうした、そろそろ着くけど……」


 來見は何とか片手で少女を支え、もう片方の手で携帯電話を操作していた。一回のコール音で電話口に出た父親に、畳み掛けるように言葉を発していく。


「待ち合わせ場所、変えるから!公園は、爆発して危ない!」


「……待ちなさい、もしかして怪我をしたのか?」


「大丈夫だから!とにかく、公園には近付いたら駄目だからな!」


 走っているために息が上がりながら話す來見とは対照的に、父親は冷静な口調で無事を確認しようとする。そんな様子にも気付けずに、來見は必死に新しい待ち合わせ場所を考えていた。


「……爆発事件って、さすがに警察には知れ渡ってるよな!じゃあ、駅で!人が多い分、警備とかしてるんじゃねぇかな!」


 爆発の直後、警察官が出動していなかった時分は、まだ混雑している場所は危険と言えたであろう。しかし駅という――機能停止すると多大な被害が広範囲に及ぶ巨大な交通機関が、事件が起こってなお無警戒に放置されている筈がない。

 それはある種、來見の希望的観測に過ぎなかったが、もはや他に安全で最適な場所が思い浮かばないのも事実だったのである。


「駅なら、父さんも迷子にならないよな!そこにしよう!」


「……分かった。さっき降車した駅でいいね。道中気を付けて」


「あぁ、また後で!」


 他にも何か言いたげで、声色から分かるほど不安げな父親との会話を切り上げ、來見は少女を両手で抱え直す。公園での爆発の音は距離的にも聞こえていた筈であるのに、少女は未だ状況が飲み込めていないように瞬きを繰り返すばかりだった。

 されるがままの少女に、來見はやはり心配よりも恐怖が先に立つ。勝手にその将来を憂いそうになりながらも、來見は先を急ぐのであった。




(まだ詳しい内容は全然載ってないな。でも名前は出てないけど怪我人ってのは、さっき火だるまになってた……)


 來見は何度も携帯電話で公園の名前を検索しては情報を収集する。そして思い返そうとする度に、脳裏に刻まれた情景が――火に包まれた人影のような姿が鮮やかに蘇ってしまう。

 來見は強く目を瞑り、その悪夢のような光景を頭から追い出そうとする。今、深く考えるとドツボにはまってしまうような気がしており、恐ろしくて現実を直視することができずにいた。


(今は父さんを待とう……余計なことは考えたくない)


 駅構内は人で溢れ返っていたが、利用者が混乱している様子はない。しかし爆発事件の影響はあったようで、來見の推測通りかは分からないが数人の駅員が巡回している姿が見受けられていた。


「いたいた、おーい」


 人を避けるように壁際で佇んでいた來見は、聞き馴染んだ父親の声に顔を上げる。急いで来たのであろう、額から流れる汗をハンカチで頻りに拭い取っていた。


「うん、父さんは大丈夫だった?」


「自分の心配をしなさいね、全く。父さんは平気だよ」


 來見の言葉に父親は呆れながらも、朗らかに返事をしていた。そして來見の無事を確かめるように全身を眺め回す。すると少女の存在に気付いたのだろう、一瞬目を丸くするが直ぐに全て把握しているとでも言うように頷いていた。


「こんにちは、君が佑斗(ゆうと)の言っていた女の子だね。僕はこの子のお父さんです」


 予め連絡していたお陰か、父親は優しく少女に話し掛ける。しかし少女は來見の背中から一向に出てこない。

 來見の体力の問題もあり少女には既に腕から降りてもらっていたのだが、離れる事を嫌がるようにぴたりとくっついていたのである。


「うーん……」


 來見は思わず唸ってしまう。事前に父親と交わしていたやり取りでは、警察官も爆発事故で手一杯であろうし代わりに自宅まで送って行こうという話になっていたのだが、反応は芳しくないようだった。


「いきなり知らない人に会わされて、驚いちゃったよね。……おじさんに話し掛けられるのは、怖いかな」


 それでも父親は気にせず少女に言葉を投げ掛けていく。初対面における手応えの悪さから、てっきり口を利いてくれないのではと考えていたが予想は外れたようだった。

 少女はおずおずと顔を覗かせ、小さな声で返事をしていたのである。


「大丈夫……ちょっと、びっくりしただけ」


「そうか、ありがとう。君はこの辺りに住んでいるのかな、僕達がお家まで送って行っても、大丈夫?」


「……うん」


 心変わりしたのだろうか、それとも來見と遊んで満足してくれたのか。少女は葛藤するように暫し沈黙していたが、最終的には父親の提案を受け入れ、一つ頷いていた。


「よし、それじゃあ行こうか。ここからの帰り道は分かるかい?住所でも構わないよ」


「うん……切符を買わないと」


 少女の言葉を皮切りに、來見達は券売機へと移動する。少女と父親が並んで切符を購入している姿を後ろから眺めながら、來見は一人考えを巡らせていた。


(この辺の子じゃなかったのか。確かに道に詳しい割りには駄菓子屋の事は知らなさそうだったけど……)


 二人の手続きが終わるには、まだ時間がかかるようだった。

 少女の矛盾しているようにも思える振る舞いに疑問を覚えた來見は、その隙に一から情報を整理していく事にした。


(まず間違いないのは、土地勘があったという事。でも自宅はこの辺りじゃないってことは……引っ越したんだろうか。住んでいた期間が短すぎて、辺りを探索するまでには至らなかったとか)


 道は覚えられたとしても、その通りに何があったのかまでは記憶に残らなかったという事なのだろう。

 勿論、元から興味を抱けなかったという可能性もあるが、それは自宅へ帰りたがらなかった態度とは相反する思考のような気がしていた。

 外で遊びたいのならば相応しい場所を探すだろうし、買い物をしなくとも見て回るだけで暇を潰せるのにも関わらず、それを全くしなかった事はあり得ないように思えたのである。


(人見知りの気があるから、駄菓子屋には近寄らなかったのかもしれないけど……いや待てよ、あの道路には通学路の標識は無かった。それなら、わざわざ通ろうとしないと覚えられない道だよな)


 集合住宅の地に通学路の標識がないというのもおかしな話であるが、來見の見た景色の中に確かにそれらは存在していなかった。

 來見は預かり知らぬ話ではあるが、あのアパートには出入り口が2箇所存在していた。郵便受けやゴミ置き場などがある、駄菓子屋に面する正面口側と、その丁度反対側に位置する出入り口。後者である居住者が利用する駐輪場、駐車場に続く経路に面している道路にこそ、通学路の標識が建てられていた。

 それも駅へ続く方向にしか建てられておらず、高層ビル方面へ進む道には存在していなかった。何が言いたいかと言うと、要するに來見の認識は正しかったのである。


(そうなってくると……偶然、道を覚えていたのか?例えば俺たちみたいに、展示会を見に行く時に通りがかったとか。その帰りに、あの公園で遊んだのかもな)


 これは來見の勝手な妄想が前提となっているが――親との時間があまり取れなかった少女にとって、揃って外出できる機会はかけがえが無く強烈に焼き付いた思い出だったのではないだろうか。

 そしてその展示会の行きか帰りに高層ビル前の広場でカプセルトイを見つけ、何か気に入った動物――恐らく身に付けていた持ち物から察するに猫のフィギュアあたりを目当てに小遣いを貯めて、今日という日に回しに来ていた、という事なのかもしれない。


(親と来ていないのは、さっき推測した通りだとして……そうか友だちとも一緒じゃないのか)


 少女は基本的に促されるまま行動する性質だが、來見に対してそうだったように言葉少なで引っ込み思案な雰囲気があった。もしかすると、そんなところが同年代の子供からは近寄り難く見られていたのかも知れない。

 初めは來見の父親に警戒していたところからは、大人に対する苦手意識も垣間見えたように思える。それでも直ぐに会話ができる社交性は存在していたために、人嫌いとまでは行かないのだろう。


(……普通に、一人行動が苦にならない子なだけかもしれないけどな。あんまり悪い方に考えるのも失礼か)


 來見は悲観的な考えを止め、長所に目を向けようとする。まだ幼い子供が一人きりという点は好ましくないが、複雑怪奇な路線図を読み解き電車を乗り継いで、目的地まで来た行動力は素晴らしいと言えただろう。恐らくその道中も他人の力は頼らなかったのではないだろうか。


(一人で事前に行き方を調べて、ちゃんと目的地に辿り着けてるんだから年の割りにしっかりした子だよな。……そういえば結局、目当てのものは当てられなかったんだろうか)


 來見はふと爆発事件が起こる前の少女の様子を思い出す。少女は逃げてくる人々や騒動に気付かず、來見が抱き上げるまでカプセルトイの前でしゃがみ込んで一心不乱にレバーを回していた筈である。

 もし中断させてしまったのなら悪いことをしてしまったと心苦しく思うが、事は一刻を争う状況であった。仕方のないことであると割り切ってくれると信じ、言及は避けておく。

 実際に謝ってしまうと少女が気に病むと分かっていたので、來見は心の中で謝罪をするのに留めていた。


(この子がまた遊びに行けるよう、早く事件が解決して欲しいもんだな。……今度は親と一緒だと良いんだけど)


「よし、買えたね。佑斗はカードの残金、大丈夫?」


 不意に來見を現実に引き戻すように声が掛けられる。少女は切符を小さな手で握り締め、父親はICカード乗車券の入金が必要かどうかを問い掛けている。來見は二人に近付きながら口を開いた。


「大丈夫、行こうか」


 來見達は改札口を通り、タイミング良くホームに滑り込んで来た電車に乗り込む。空いていた椅子に座った少女は乗り換え案内や停車駅が表示される、車内案内表示装置を頻りに気にしていた。やはり聴力が少し弱かったのだろう、視覚で情報を得る事を第一にしており、耳で聞き取る車内アナウンスを頼りにしていないようだった。


 暫く電車に揺られていると、少女の降りるべき駅に到着する。奇しくも帰る方向は一緒で、本来なら來見親子はそのまま乗り続けるところだったのだが、少女を一人で帰す気のない二人は共に途中下車するのであった。

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