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平成トランスポーター  作者: 夏名
28/54

11-2 夢のある話

「もー!すぐに一人でどっか行くんだから!おバカ!」


「お姉ちゃんのこと、ちゃんと待ってたよ?」


「もー……あさのちゃーん……」


 來見(くるみ)颯真(ふうま)は幼子に駆け寄る同級生――望搗(もちづき)よるかの姿を遠目に眺めていた。

 初めは強い口調で叱ってはいたが、酷く心配していたのだろう。弱りきったように妹である、あさなを抱き締め頭を撫で回していた。


「保護してくれてありがとうね。よるかちゃん、すごいパニックになってたから……」


 來見はよるかと共に夏祭りに来ていた(ほおり)に話し掛けられていた。その他にも建井(たてい)連城(れんじょう)と祝が普段の教室でよく話しているグループが揃っており、示し合わせたように全員が浴衣姿だったのである。


「俺は特に何も。気付いたのは田中(たなか)くん……あそこの人達だし、望搗の下の名前もうっかり忘れてたしな」


 來見が説明をしながら田中へ視線を向けると、向こうもこちらを見ていたようでしっかりと目が合ってしまう。田中は一連の流れから騒動が解決したのだと理解し、一つ頷くと軽く手を挙げ去っていく。

 來見は他の(たむろ)の人間にも軽く目配せされながら、手を振り返して見送っていた。


「4人もいたのに、はぐれちゃうとは思わなくて……無事に見つかって本当に良かった」


「公園で遊びたくなるくらい元気が有り余ってたんだろうな。はぐれたのは、祭りの時にしか見れない通りの物珍しさとかもあっただろうし……テンション上がってたんだよ」


「うん、私たちも同じくらいね。次からはちゃんと手を繋いでおかないと」


 おずおずと言葉を続けた祝を慰めるように、來見はあさのの様子から推測した事を述べていく。しかし祝自身は言い訳が許される状況ではなかったと痛感しているようで、落ち込みながらも二度は無いことを誓い決意を新たにしていた。


「ほら、お兄ちゃんたちにお礼言いなさい」


「なんで?」


「なんでも!」


「いいよいいよ、気にしないで」


 よるかがあさのを連れ、來見と颯真に感謝するよう促すが妹にはその必要性が分からなかったのだろう。しかし幼い子供の言動を咎めるつもりはなかった。

 申し訳なさそうな顔をするよるかを横目に、來見の断りに同意するように颯真が頷いていると、不意に掛けられる声がある。


「よっ、ちゃんと会えたみてぇだな」


「おう……お前どんだけ買い込んで来たんだ」


「見ろよこれ!じゃんけん勝ったから2本貰ったんだぜ。1本やるよ」


 遅れて合流した香椎(かしい)は大量の食品を納めたビニール袋を腕に吊るし、その両手にはチョコバナナを掲げていた。

 2本食べたくて勝負したのではなく、単に運試しをしたかっただけなのだろう。未練がましい素振りは見せず、むしろ処理を頼むように來見に一つ押し付けていく。


「くれるって言うなら貰うけど……議波(ぎば)は?」


「コンビニ。すぐ来るよ」


「おーい、良いもん買ってきたぜ。皆でやらねぇ?」


 徐に立ち食いをし始めた香椎の言葉通りに、議波が背後から音もなく姿を現す。手にはこの時期になると大体の店頭で見掛ける事ができる、お徳用、大容量などと銘打たれた花火のセットと火消し用のバケツが握られていた。


「花火やる!」


「こらぁ!」


 子供らしく自分の欲望に素直と言うべきか。あさのは物怖じをしない性格のようで、初対面の人間に要望を出すことに少しの躊躇いも感じられなかった。

 遠慮を知らない妹に対して即座に飛ぶよるかの叱責に、議波は笑うと片手を振り口を開く。


「いいよ、やろうやろう。花火やるには、まだ明るいけどなァ」


「……バケツに水汲んでくる」


「火、買うの忘れてたわァ。來見ー花火バラしといて」


「はいはい」


 香椎が食事を行い颯真がバケツを手に水飲み場へ歩いていく中、來見は素早く食品を平らげる。そうして手を空けてから、コンビニに戻る議波から手渡された花火を開封していった。


「私も手伝うよ」


「ありがとう。じゃあこれ、頼んだ」


 祝に手伝いを申し出られた來見は、いくつかの束を渡す。二人はしゃがみ込んで、種類ごとに混ざらないようテープを剥がし一つ一つ分けていった。


「祝はもう、何か食べた?」


「焼きそばと、かき氷食べたよ。あとはお土産にわたあめ!來見くんは?」


「まだ全然。串焼きとか食いたいなぁ……信じられないくらい高いんだけどさ」


「夏祭り価格だからね……でも年に一度しかない機会と思えば、許せちゃうかも?」


 会話をしながら、わざわざ綿菓子の袋を掲げて見せてくれた姿に微笑ましさを覚えながらも、來見は言葉を続けていく。

 屋台で買える串焼きの希少性に言及しながらも、実は花見のシーズンなど探せば年中何処かしらで購入できる事実には触れなかった。祝も当然その事には気付いていただろうが、二人にとっての話の主題はそこではなかったのである。


「確実に記憶には残るしな。花火とか……風流より食い気と金欠の思い出が強烈なのは少し釈然としないけど」


「心に残るのなら、どんな出来事でも無駄じゃないよ。勿論、明るくて楽しい方がより良いけどね!」


 笑い声を溢しながらにこりと笑顔を向ける祝に、來見は心が温まっていくのを感じる。少し日付は遡るが、屯や帰史陀(かえしだ)という癖の強い人間達と相対したことで疲弊した精神が癒されるような心地でもあった。


「他に夏祭り特有のものと言えば……りんご飴とか?」


 微笑んで作業と同時に言葉すら止めた來見を見て、祝は次の話題を提供する。気を遣わせてしまったことに思い至った來見は申し訳ない気持ちになるが、祝はどこまでも楽しそうに話をしていた。


「……りんご飴は買うなら帰りじゃないとな。デカすぎて全然減らないから」


「美味しいんだけど色んなものを食べ歩きするには、ちょっと大きすぎて困っちゃうよね。ずっと手が塞がっちゃうし」


「うん。単純に同じようなものを食べたいなら小さいやつ……あんず飴とかでも良いんだけど。祭り気分を味わうなら、やっぱりりんご飴だろうな」


「作ろうと思えばお家でもできるんだろうけど、屋台で買う方が風情があって良いよね」


 単に話を合わせているだけかもしれないが、祝が自分と近い価値観を備えていることに來見はひっそりと喜んでいた。しかしその胸中を自分でも正しく理解できていた訳ではなかった。

 この時の來見は内容は何でも良く、ただただ祝と会話をすることは楽しいな、と浮かれているだけであったのである。




「お前は花火をやる前に……買ってきたものを食ってからにしろよ」


「食いながらやるー」


 颯真の指摘に香椎は悪びれもせず言葉を返す。香椎はその行動は見逃されると分かっており、実際に颯真もため息をつくだけでそれ以上の言及はしなかった。

 しかしそうはいかないのが女性陣である。建井は軽く握った手を口元に近付け躊躇いがちに、連城は両手を腰に当て容赦なく思った事を口にしていた。


「小さい子の前でそれは、行儀が悪い気が……」


「そうそう。教育に悪い」


「うるせー祭りの日くらい無礼講だわ。な、あさのちゃんもそう思うだろ?」


 香椎は遠慮することなく、暴論のようにも正論のようにも聞こえる意見を言い放ち、あまつさえ幼子を味方につけようと画策する。

 それは建井と連城に対するある種の信頼も表しており、これくらいの言動なら嫌われない、本気で怒られる事はないと理解しての振る舞いだったのだろう。


「ぶれいこう?」


「……わたあめ食べながら、花火やりたいよなー?」


 香椎は何処からともなく、そっと綿菓子の詰まった袋を取り出してあさのに語り掛けていた。

 先程見た、祝が手にしていたものよりも小振りなそれを目にした幼女は目を輝かせ、大きな声で返事をする。


「たべる!」


「あさのちゃーん!」


 もはや制御できない妹の姿に、よるかは悲痛な叫び声を上げ顔を青ざめさせる。あさのちゃんが駄目になる、と狼狽えている姿は周りが甘やかすからこそ自分だけは毅然とした態度でいなければならないという、重圧から来るものだったのだろうか。


「こんなに喜んでるのに取り上げるのは、ちょっとね」


「今日だけなら……良いのかな?」


 あさのを見た連城と建井は香椎の手腕に舌を巻きつつも、動揺しているよるかを心配する。よるかは未だどうするべきか迷っているらしく、あちこちに視線を行き来させるばかりであった。


「……香椎が悪いよ、よるか。香椎のせいだからセーフ」


「そうそう。俺のせい、俺のせい。普段はこういう事したら駄目だって、ちゃんと教えれば良いんだよ」


「うーん……うん、あさのちゃんも楽しそうだし、そういうことにしておこう!」


 連城に責任を丸投げされた香椎は笑ってそれを受け入れる。二人の言葉によるかは悩みながらも心を決めたようだった。

 随分と年が離れているとはいえ、よるかもまだ子供には変わりない。親のように厳しく言い聞かせることができないのは仕方のないことだっただろう。


「……賑やかというか、騒がしいというか」


「静かすぎるよりは、元気がある方が良いと思わない?」


 來見はつい目を細めて同級生たちの戯れを見つめる。呆れを滲ませた口調に祝は苦笑していたが、彼女自身は何処までも事態を肯定的に捉えているようだった。


「そう言われると、否定しにくいな……」


「でしょ?」


 同意を求めるように微笑む祝に來見はあっさりと負けていた。その際に生じた僅かな沈黙を破るように、來見は口を開き話を続ける。


「何かここ最近、一気に友達が増えた気がしてさ。だからかな……前よりも賑やかな方が好きになったのかも」


 そう思い当たるに至った経緯を回想しながら、來見は理由を述べていた。転送装置(トランスポーター)からのメールがなければ今も知り合っていなかった人や、疎遠のままだったであろう人。紆余曲折あったが、行動した事に関しては何の後悔もしていなかった。


「そっか。來見くんは友達が増えた分、気苦労も増えそうだけど……」


 祝がふと言葉を切る。

 細い指で花火を選り分け、目を伏せながら言葉を語るその横顔に來見の視線は惹き付けられ、半ば覗き込むような形になっていた。


「きっと楽しいことも増えるよ。類は友を呼ぶって言うでしょ?みんな優しくて可愛……魅力的な人だと思うから」


「……そうだと良いなぁ」


 最後の言葉は頬を紅潮させて――まるで來見自身を褒めるように話す祝を見て、つられるように気恥ずかしくなる。

 何やら気になる単語も聞こえた気がしたが、敢えて指摘することはなかった。二人して明確な答えは避け、誤魔化すようにへらへらと笑い合うだけだと直感していたのである。


「直近だと文化祭でしょ、その次は合唱祭に修学旅行とか……今からワクワクするね!」


「うん。……何事もなく、楽しく過ごせたら良いなぁ」


 空気を変えるように声を上げた祝に頷き、來見は細やかな希望を口にする。しかしそう簡単にはいかないだろうという事は、ぼんやりと理解していた。

 花火の仕分けを終え、未来の事を思い気分が落ち込みそうになった瞬間、友人の声が耳に入ってくる。


「準備できたぞー!」


「……こっちもできた!花火、向こうに持っていこうか」


「うん!」


 香椎の呼び掛けに來見は大きな声で返事をする。來見は一時の不安を忘れ、準備を整えた友人達の輪の中へ祝と連れ立って行くのであった。


 予想外な大所帯になりながらも、來見達は花火を楽しんでいた。

 地面に絵を描くように花火を持つ手を動かしてみたり、危険な持ち方で複数の花火を同時に着火する人物を注意したり。

 高速で回転するねずみ花火から全力で逃げたり、逆に近付こうとし過ぎる幼女を慌てて避難させたり。

 全員で線香花火を持ち、誰が最後まで保つのか競争しながら携帯電話で記念の写真を撮ったり。


 存分に遊んだ來見達はゴミをまとめ清掃をすると、自然な流れで解散することになった。後日、代金を渡すことを宣言しながら女性陣は帰っていく。その別れ際に見た祝の浴衣姿を目に焼き付けるように見つめながら、來見は手を振っていたのだった。




 2022年、都内のとある繁華街。

 田中はすっかり酔っ払った豆多(まめた)に肩を貸して歩いていた。帰る方向が一緒だからといって、酔っ払いの世話を押し付けられていたのである。


「何で弱ぇのにバカみてぇに飲んでんだよ、お前は」


「奢りで飲む酒ほど美味いもんはねぇだろ!タダ飲み最高!」


「うるせぇ!耳元で叫ぶな!」


 飲み相手は気付けば10年以上の付き合いになっていた、元屯の面々であった。

 二人に限らない話ではあったが10年ほど前に屯の集まりに参加していた仲間の多くは、俗に言う不良からはすっかり足を洗っていた。何かしらの職を得て、それぞれの道を進んでいたのである。


「どうせ後で吐く癖によ……そんなに手応えあったのか?その……何たら試験は」


「一級建築士学科試験な。順調だよ、多分……早く理想の家作りてぇなぁ!」


「だから叫ぶな!アホ!」


 田中は豆多を叱り付けながらも、過去の思い出を回想する。

 直接言われた訳ではないがこの豆多という人間は、家や学校に居場所がなかった為に屯に居着くようになったと風の噂で聞いたことがあった。

 自宅というものは本来、体を休め安らぎを得るための場所であるはずだが、恐らく豆多にとってはそうではなかったのかもしれない。

 執拗に家というものに拘るのは、自身の厳格な管理の元で理想的な設計を提供したいという腕試しのような面もあったと思われる。しかし第一の理由は自分だけの居場所(テリトリー)を誰にも邪魔されることなく、全てにおいて好みを詰め込んだ理想郷として作り上げたかったという事なのだろう。


「ま、上手くいってんなら何よりだ。今日は奢ってやったんだから、次はお前の番だからな」


「おう。バンバン仕事受けて、ドンドン奢ってやるよ」


「へーへー。精々しがないリーマンに、恵んでやってくださいよ」


 自分を卑下するような言葉を口にするが、不思議と悪い気分ではない。

 昔は髪を上げていれば周りを威嚇できると思い、背を丸めて肩で風を切っては意気がっていた。そうやって日々を過ごすうちに、より居心地の良い場所を探していたら屯に流れ着いていたのである。

 そんな自分も今やその他大勢に紛れるような、平凡な姿を取っていた。坊主頭に黒マスクだった豆多も不潔に思われない程度には髪も眉毛もしっかりと生やして、少なくとも見てくれからは粗野に感じられることも無くなっていた。

 田中はその変化を弱くなっただとか、愚かだとは微塵も思っていなかった。むしろ平穏に生きる為には必要だったもので、それを気付かせてくれた屯と帰史陀という存在に感謝すらしていたのである。


「……ん?」


 ふと、ある人間が田中の目を奪う。アパートに付随する鉄骨階段の踊り場で、小麦色の髪の男が煙草を吹かしていた。

 髪の色や形は昔とはかけ離れている。地上から見上げているために距離がある事から、見間違いの可能性も否めないのかもしれない。しかしその面立ちは非常に見覚えのある様相だった。


「……シド?」


「あぁ?」


「いや、今そこに……」


「シドはもうどこにもいねぇよ」


 思わず口走っていたその名前に、豆多は冷ややかな口調で否定する。置いていかれた子供のような顔をする豆多に、田中は掛ける言葉を見失ってしまった。


「豆多……」


 豆多とシドは当時、屯の中でよく連んでいた仲であった。兄弟のように過ごしていた人間が突然消えてしまった傷は、今でも深く残っているのだろう。


「……気持ち悪い。吐く」


 しかし、しんみりとしかけた空気は豆多が嘔吐き始めたことで瞬く間に破壊される。田中はそれまでの湿っぽさを忘れ、慌ててその歩調を早めた。


「おい!ここで吐くなよ!」


「オエッ」


「便所連れてくから、そこで吐け!服にかけたら殺すからな!」


 揺さぶられたことで益々気分を悪くしたのだろうか、豆多は顔を青ざめさせながらも田中の脅しに目を光らせる。


「あ?お前が俺に勝てる訳……ウッ」


「閉じろ閉じろ!口開くなバカ!」


 本格的に口を手で覆い始めた豆多に恐々としながらも、道端で放置したりはしなかった。

 いつまで経っても飲酒の限度を学ばない、どうしようもない人間でも腐れ縁の友人だと認識しており、多生の面倒は見てやろうという気持ちは持ち合わせていたのである。


 田中は豆多を担ぎ直しながら、思い出したように上を――シドらしき人物のいた場所を一瞥する。そこには初めから誰もいなかったかのように、空っぽの空間が広がっていた。


「いない……気のせい、か。……そうだよな」


 田中は自分に言い聞かせるように、言葉を口に出していた。黙り込んだ豆多も何も語らない。二人はトイレを求めて、ふらふらとネオン街から消えていくのだった。




 田中達が去っていったネオン街。そのビルの狭間、薄暗い裏通り。來見は八把(やつは)と情報交換をしていた。


「今から直接出向かないと、情報を渡す気がない?」


「あぁ、お前以外の人間が来たら二度と関わりを持たねぇと宣言された。変装しようとすぐにわかるから、無意味だと」


「……俺の顔が割れてるのか」


「余程腕の良い情報屋なのか……あるいは以前お前が仕事で殺し損ねた奴、とかな」


 來見は情報屋を名乗る人物に考えを巡らせる。八把の意見は尤もで、鉄砲玉である來見に関わったことがある人間だった場合、その目的は明らかであった。


「もし後者なら、罠に掛かりに行くようなもんですね」


「取りやすいように首に油でも塗って行くか?……で、どうする。行くか、止めるか……こっちから嵌めるか」


「最後のは止めておきましょう。こちらから向かいます」


「好きにしろ」


 八把は懐から折り畳まれた紙切れを取り出す。來見は指で挟まれ、ちらつかされたそれを受け取ると内容を確認した。

 目を通し記されている住所を記憶すると、八把が刺青の入った腕を伸ばしライターを差し出してくる。ありがたく火を貰い、用の済んだメモを燃やし尽くすと言い訳のように口を開いた。


「情報が手に入る可能性があるのなら、行かない選択肢はない。フカシだったとしても、それはそれで良いでしょう」


「勝手に死ぬのは良いが情報は残しておけよ。骨は……まとめて吹き飛ばすか」


「まぁ、君は拾いませんよね。……最善は尽くしますよ」


 相変わらず帰史陀以外への興味がない八把に苦笑しながらも、努力するとは述べておく。自分の代わりに伝手を辿ってくれた時点で、何も文句は言えないと來見は理解していた。




 記された住所が比較的近くだった事もあり、來見は日付が変わる前には目的の場所へ辿り着いていた。


 來見は慎重さをかなぐり捨て、足音が響くことも構わずに階段を上っていた。というのもアルミ製の階段は体重をかける度に軋んだ音を立て、注意を払っていても意味がないと悟ってしまったのである。

 外からの侵入者を探知する為に、わざとそう作り上げたのか。あるいは偶然だったのか。どちらにせよ來見を待つ居住者にとっては都合が良く、屋外の異変を察知するのに一役買っていただろう。


 3階まで上ると來見は立ち止まる。未だ上に続く階段はあるものの、指定された入り口はこの階の扉だった。

 罠が仕掛けられている可能性を鑑みて観察するが、外から見る限りそのような様子はない。扉に耳をつけて中の音を探っても良かったのだが今回は止めておくことにする。些細な振動で爆発するような仕掛けであったのならば、まだ扉に手を掛ける動作の方が後の被害が少ないと考えたのである。


(さて鬼がでるか、蛇が出るか……)


 階段の手摺部分に独立する鏡を置き、扉を開いた時に中の様子が窺えるよう調節する。

 懐から銃を取り出し、セーフティを外しておく。壁に背を付け右手に武器を、左手でドアノブを掴むとゆっくり回し次の瞬間には勢い良く扉を開け放った。


 爆発は――することはない。人気も感じられない。鏡で室内を確認しても、だだっ広い無機質な廊下が広がるばかりであった。


(殺す気はない……のか)


 それならばまだ話し合う余地がある。來見は未だ念のために用心をしているが、情報屋は本当に、ただ取引をするだけのつもりなのかもしれない。


(……行くか)


 この場は取り敢えず、來見が向かわなければ話が進むことはないようだった。警戒はしたまま、油断することなく室内へと足を踏み入れる。

 扉を開けたままにして逃走経路を確保すべきか、外から来るかもしれない援軍の足を少しでも妨げる為に閉じるべきか。來見は迷ったものの扉を閉めることにした。騒ぎを無関係な人間に気取られたくない上に、情報屋の慎重さからしても少しでも情報が漏れることを嫌う性質だろうと推測したのである。


(まぁ、いざとなったら爆発させるか。……窓があればそこから飛び降りれば良いし)


 懐に忍ばせている手製の爆弾の存在を確かめ、來見は深呼吸をする。やや楽観的ではあったものの、來見は自分の直感を信じることにした。これまでにもそうやって切り抜けてきた経験とそれに付随する自信もあり、最終的には何とかなると無意識に高を括っていたのである。


 廊下には幾つかの扉が並んでいる。來見は手前から中を覗く事に決め、先程と同じように注意深く確認していく。入り口から一番離れた奥の部屋に情報屋がいると思っていたのだが、その予測は外れたようだった。


 薄暗いその部屋は発光するパソコンの画面によって、辛うじて視界が確保できていた。窓には遮光用のブラインドが掛けられ、内からも外からも光が漏れることがない。

 複数のモニターが並べられたデスクの前には、來見に背を向けた状態で座っている人物がいた。


「祝 蕗沙(ろさ)は若くして見事、司法試験に合格し……若手の検事として順風満帆なスタートを切っていた」


 男は突然、話し始める。無防備なその背中に來見は銃口を向け、続く言葉を待った。


「検事となる前の司法修習でも非常に優秀で……現役の人間から補佐を頼まれるほど引っ張りだこだったらしい」


 知っている。祝は人柄の良さもあり、何処に行っても人に囲まれていた。だからこそ、その失踪には多くの人間が心を痛め未だ捜索願が取り下げられていない。


「だが來見 佑斗(ゆうと)の失踪事件について調べるようになると……ある日突然、その後を追うように祝も失踪した」


「何故、今更。祝は過去について調べるようなことをした?」


 知っている。そして、その疑問はいつまでも來見から消えることはなかった。声が震えないように、動揺を悟られないよう慎重に言葉を発すると、男は鼻を鳴らして話を続ける。


「調べられるような立場になったから、行動した。自分の正義に従うように、ごく自然に」


「……」


「祝の中では終わった事件ではなかった。だから動かずにいられなかったのは、決して不自然なことじゃない……ここにも一人同じような人間がいるしな」


「……?」


 男は柔らかな口調で言い聞かせるように――まるで來見を宥めるかのように説明していた。その態度と、口にした言葉に戸惑いを覚えたのが分かったのだろう。男は來見を刺激することがないように、ゆっくりと椅子ごと振り返る。


「お前……!」


「お前が消息を絶って約10年……随分時間がかかったが、漸くこうして再会できた」


 來見は目を見開いて動きを止める。その見知った顔の男は、武器を構えられていることなど大した問題ではないと言わんばかりに、親しげに話し掛けていた。


「それなら俺も、そこそこ腕の良い情報屋になれたって……自惚れても良いのかもな」


 にこりと笑って友人が――颯真が口を開く。


「久し振りだな、來見……会えて嬉しいよ」


 家族と共に、都外で暮らしている筈の颯真がどうしてここにいるのか。何故、情報屋などやっているのか。來見は混乱状態のただ中に突き落とされ、呆然とするしかなかった。

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