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平成トランスポーター  作者: 夏名
27/54

11-1 伊斗路祭り

「今日は夕飯いらないから」


「はーい」


 來見(くるみ)はリビングにいる母親に声を掛ける。母親はテレビに視線を向けており気の抜けた返事をするが、いつもの事なので特に気にしない。それに、今まさに流れている番組に夢中になるのも無理はないと理解していた。

 画面の中ではつい先日行われた高校野球地方大会、その決勝戦の結果と甲子園出場校の特集が行われていた。選手達の華々しい活躍と奮戦する様子、その中には友人である和久本(わくもと) 隼成(はやせ)の姿もあり――藤打(ふじうち)高校が地方の中で頂点に立った事を示していたのである。


「行ってきます」


「気を付けてーあっ、遅くなるなら連絡しなさいよ」


「分かってるって、じゃ」


 母親の忠告を適当に聞き流しながらも、返事だけはして來見は玄関へ足を進める。夕方に近い時間帯だというのに扉を開けた途端に襲いかかってくる熱気に思わず眉をひそめながらも、伊斗路(いとみち)駅へと歩いていくのだった。




「悪い、ちょっと遅れる!」


 駅に着いた來見の携帯電話には香椎(かしい)からのメールが届いていた。内容を確認した來見は了承する旨を送り返すと、時間を潰す為にも書店へと入ることにする。

 元々寄るつもりだった上に多少入り浸っていても注意はされない、息抜きをするのにも格好の場所。涼しく快適な店内で來見は本を探し始めた。


(確かこの辺りにあるはず……)


「あれ?」


 來見は本棚の並ぶ列を念のため順番に覗き込みながら、それぞれのコーナーを確認していた。そして遂に、目的の場所へと辿り着いたと思った矢先に見知った顔を見つけ、思わず声を上げてしまっていたのである。


「……來見」


 本棚の前に佇んでいたのは颯真(ふうま)であった。向こうも予期せぬ出会いに驚いたのか僅かに目を見開いている。


「よっ、お前も課題の本を買いに来たのか」


「あぁ」


「何にするかもう決めた?」


 ここで言う課題というのは、夏期休暇中の生徒達に課された読書感想文の事であった。予め提示された幾つかの図書の中からどれを読むのか自分で選び、所感や意見を文書にまとめなければならなかったのである。

 因みに、來見が所属している読書研究部では特に課されたものはなかった。休暇明けに何かおすすめの本があれば教え合おうという、相変わらずの緩さだった。


中空(なかぞら) 憧悟(しょうご)の漂流世界。まだ読んだことないから」


「いいね!面白いよ、それ。俺も読んだことない本にするかな、オススメある?」


 颯真は既に手にしていた本を翳すように來見に見せる。読破した題名が出てきたことで來見はつい喜ぶが、内容について深くは触れず少しだけ話題を逸らす。最初に読み終えた時にしか味わえない感情の揺さぶりを、先入観を与える事で邪魔したくなかったのである。


「滑車人は全編にわたって重苦しい話で、読後感が良い……のは深夜行」


「うーん、後者にしよう」


 颯真はそれぞれ指で示しながらも來見と同様に、やや迂遠な表現で図書を紹介する。候補は他にもあったはずだが敢えてこの2つを挙げたということは、颯真にとってより興味深い内容のものだったのだろう。

 後者の題名に対しては、ぼかした表現の上に読後感が爽やかだったと明言しなかったところに含みを感じなくもなかったが、來見はそちらを選ぶことにする。鬱々とした内容も嫌いではなかったが、どうせ夏に読むのなら少しでも晴れやかな気持ちになれる方が好ましいと思っていた。


「……去年も思ったけど、この本屋は何処から課題用の本の情報を仕入れてるんだろうな。全国コンクールの課題図書と被ってる訳でもないのに」


 颯真は不意に疑問を口にする。その言葉に一つ相槌を打つと、來見は棚を見上げた。

 専用のコーナーと化しているそこは派手なポップ広告で飾り付けてあり、様々な高校ごとの課題用の図書が揃えて置かれている。

 高校に入る前は意識していなかったので分からないが、颯真の言う通り少なくとも去年時点でこのコーナーは設けられていた。そして駅前の書店という点を加味しても、異様に豊富で圧倒的な品揃えだったのである。


「情報屋という名の、現役高校生アルバイトとか?それにしては色んな高校の課題を知りすぎてる気もするけど」


 來見は一先ず現実的にあり得そうな意見を出してみるも、あまりしっくり来ない。それは颯真も同じだったようで、首を傾げると別の推測を口にした。


「それか……本屋に直接、高校とか市から情報が行っているとか?」


「まぁ、仕入れの事を考えたら予め知っていないと用意(入荷)はできないだろうし……図書室(高校)とか図書館(公共施設)に何冊も同じ本があるとは限らないしなぁ」


「読めなかったから感想文が書けませんでした、だと課題を出した学校の方も困るか……本屋も売れる本を置ける分には得しかないだろうしな」


 書店と高校がどのような連絡網を持っているのか、二人には知る由もないことであった。それでも少し考えてみれば両者の利害は一致していると分かり、何らかの理由で本を買えない生徒に対する救済措置もできているように思える。

 來見と颯真は差し当たって出してみた結論に、一定の納得を覚えるのであった。


「残念ながら凄腕の情報屋は創作の中にしかいねぇんだ。悲しいなぁ」


「まぁ……夢のある話では、ある」


「何でも捉え方次第か。確かにな」


 自分で答えに辿り着いておいてなお、その現実の儚さを嘆く來見に颯真は慰めるように補足する言葉を口にする。敢えて対比させた言い方を選んだところに來見は笑みを溢してしまった。婉曲な言い回しの中に存在する優しさと、他ならぬ颯真に前向きな意見で励まされたのが殊の外嬉しかったのかもしれない。


 二人はそれぞれ会計に向かうと目的の書籍を購入し、揃って書店から退出する。足元からじわじわと這い上がってくる熱気に出鼻を挫かれそうな気持ちになるが、來見は口を開く。これから香椎と共に赴こうとする場所へと颯真も誘おうと思ったのである。


「なあ、この後暇ならお前も一緒に夏祭り行かないか?香椎もいるけど」


「あぁ、それなら俺も連れが……」


 颯真も夏祭りへ行く予定だったのだろう。詳しい内容を來見に伝えようとした瞬間、その声を打ち消すように他の誰かが大音量で交わしている会話が耳に入ってくる。


「だよな!こういう、でかい祭りはちゃんと物が買えるからいい」


「どっちも楽しいのには変わりないけどさ、町内会レベルの祭りだと滅茶苦茶安く買える分、食いもんはすぐ売り切れるから困るよなァ」


「そういうところはちびっこも多いし、設営中から並んで大量に買うのも何か大人気ねぇしなー」


「まァ、今日はその辺り気にしなくて良いだろ。思う存分、腹一杯食おうぜ」


 香椎ともう一人の少年――彼もまた知り合いであったが、二人は今回行こうとしている夏祭りについて盛り上がっているようだった。

 香椎の言葉通り、今から向かう伊斗路祭りは駅前の街道を祭りの為に封鎖して数日間にわたり行われる、大規模な催し物であった。多くの出店が立ち並び市外からも訪れる者がいるほどで、この期間に限っては毎年のように歩道が人で溢れ返る有り様だったのである。


「……あそこで騒いでる奴な」


「うん、俺の連れもそう」


 颯真がやや呆れた表情でのたまう姿を見て、來見もつられるように半目になって肯定する。離れていても聞こえる大音声に一つため息をつくと、未だ來見達に気付かない友人達の元へゆっくりと歩を進める事にした。


「俺は町内会の祭りも好きだよ。顔触れが大体知り合いだったりして面白いし、忙しく歩き回らなくていいしな」


「分かる分かる、普通にダチが店番してたり親が焼きそば焼いてたりするよな……って」


「よ、待たせたか」


「あぁ、來見か。全然」


 香椎は自然に言葉を返していたが、遅れてその違和感に気付いたのだろう。背後から話し掛けながら、突如として現れた來見に目を瞬かせる。しかし直ぐに状況を理解して軽く手を挙げると、來見と颯真に挨拶をするのだった。


「お前らも偶然会ったクチ?」


「本屋でな」


 もう一人の少年――議波(ぎば)が質問を投げ掛けると颯真が言葉少なに返事をする。この二人は同じクラスということもあり、來見と香椎がそうしたように共に夏祭りに行く事を約束していたのだろう。


「じゃ、揃ったし行くかー」


「おー」


 香椎の号令で、特に打ち合わせることもなく來見達は歩き始める。何か用があればその時になったら言えば良いだろうという緩い空気感の中、夏祭りへと繰り出していくのだった。


「うわァ。相変わらず人、多っ」


「迷子んなったら、公園集合にでもするか」


「賛成」


 議波から漏れ出た言葉に、香椎は即座に適当な案を出す。口々に肯定する來見達は、間違いなく誰かしらがはぐれるだろうと予想していた。


「あ、たこ焼き。俺買ってくるわァ」


「俺もー」


「立ち止まるのも邪魔になるな……少し先で歩いてる。俺なら、遠くからでも分かるだろ」


「いざとなったら携帯な」


 早速離れていく議波と香椎に颯真はその体格を生かした助言を残し、來見は連絡手段を念押ししておく。相槌を打ちながら人混みに姿を消していく二人を見送り、残された來見達は流されるように前へと進んでいった。


 來見が目ぼしい屋台を探すように辺りを見回すと、遠目にも知り合いの姿が散見された。彼らもまた同じように夏の風物詩を味わっているのだろう。顔を合わせる事があれば挨拶しようと考えていると、不意に掛けられる声があった。


「お前、この間の事どうなったんだよ」


「ん?」


「和久本の妹が……どうのって話」


 第三者には言い辛い内容だと思ったのか、颯真は躊躇いがちに言葉を口にする。その様子は言えないのならばそれでも良いと、無理に聞き出そうとはしない姿勢を示しているように見えた。

 しかし來見としては既に解決した話であった為に、包み隠さず結果を伝える事にする。


「あぁ!言ってなかったっけ。解決したからもう大丈夫、その節はお世話になりました」


「……解決」


 來見の言葉に、颯真は噛み締めるようにその単語をおうむ返しに発する。疑問符を浮かべてはいないものの何やら含みのある言い方に、來見は慌てて宥めるように付け加える。


「う、うん。嫌がらせしてた相手……のリーダーと直接話をつけてさ。もう何もしてこないって約束してくれたから……解決」


「直接……?」


 來見は冷や汗をかき始めていた。颯真の言葉には怒りにも似た感情が滲み出ているような気がする。どう言い訳したものか考えを巡らせようとした矢先に、颯真に力強く腕を掴まれ思考が中断されてしまう。


「……もう少し、詳しく説明しろ」


「えっと?」


 來見は咄嗟に薄ら笑いを浮かべ惚けようとするが、颯真は恐ろしく真顔になっていた。その視線は鋭く射貫くように來見を見つめている。


「……公園だな」


「ハイ……」


(誤魔化せなかったか……)


 來見は至近距離で鉄仮面に凝視されるのは心に来るものがあるな、と現実逃避をしながらも最早抵抗する事は止めていた。腕は解放され自由になっていたものの、先導する颯真の背を大人しく追いかけていく。


(屋台って暖簾とのぼりが色とりどりで良いよな……そういえば文化祭の垂れ幕制作、順調なのかな……)


 目に映ったものに対して片っ端から思いを馳せてみるが、事態が変わる訳でもない。引き摺られて連れてこられたような気分になりながらも、逃亡して颯真を怒らせる気にはなれない。

 颯真が覚えている限りは結局こうなっていたのだろうと諦めの境地に達していると、いつの間にか公園に辿り着いていた。

 説明を強いる颯真の眼差しに観念した來見は、全てを洗いざらい話していたのである。




「お前は……」


 事の顛末を聞かされた颯真は右手で額を覆い、呻いている。危ない橋を渡っていた事は否定できない為に、來見は甘んじて叱責を受けるつもりでいた。


「俺が提案した事とはいえ……和久本と引き合わせたせいで、お前が不味い状況に巻き込まれるなら、こんな事はしなかった」


 颯真は來見がトラブルに見舞われたのは、少なからず自分にも責任があると痛感していたのだろう。最終的に來見は怪我を負うことはなかったが、そういう問題ではないと思ったはずである。

 そもそも來見は転送装置(トランスポーター)に背中を押される形で自分から危険に飛び込んでいる為に、あらゆる責任の所在は自身にあると思っていた。

 しかし颯真の立場になってみれば、その心配は理解できることであっただろう。深く考えず行動し、気が回らなかった事に反省する。


「あの時はもっと穏便に済むと思ってたんだよ。……心配かけてごめん」


「首を突っ込まずにはいられなかったんだろうが……そういう行動を取るなら、せめて自分の身の安全くらいは確保してからやれ」


「はい。以後、気を付けます」


 颯真の忠告に來見は殊勝な態度で、小さくなりながら返事をする。頭ごなしに怒鳴るのではなく來見の性格を考慮した妥協案を出している事が、益々頭の下がる思いを促進させていた。


「今回は結果的に何もなかったから……もういい。話を聞く限りでは、色々と考える暇もなさそうだったろうしな」


「颯真……」


 來見が思わず感嘆の声を漏らすと、颯真は大きくため息をつく。それは言いたいことは言ったという合図だったのだろう。

 しかし來見が安堵で脱力しかけると胡乱な目でこちらを見る。視線に気付き慌てて居住いを正していると、颯真は呆れ混じりに口を開いた。


「……反省しているんだよな?」


「反省してます!今後気を付けます!」


「……調子のいい奴」


 必要以上に咎めるつもりはなかったのだろう。颯真のあからさまに弱めた語気を認めた途端、元気になった來見の変わり身の早さに肩を竦めるが、結局それ以上追求することはなかった。




「オイ、あの子ヤバくね?」


「お前なら行けるって、行ってこい!」


「無視されたらどーすんだよ」


「やってみないと分かんねぇだろ!」


 颯真への告解と謝罪を済ませた來見の耳に、不意に入ってくる声がある。

 音の方向へ視線を向けると、何やら怪しげな立ち話をしている集団が見える。颯真もその不審さが目に付いたのだろう、怪訝な表情で言葉を発していた。


「……何か、妙な話をしていないか?」


「うーん。ていうか、あの人……」


 來見は話の内容よりも気になる点があった。その集団――ひいては一人の人物に強烈に見覚えがあったのである。彼らもまた多くの来場者と同様に電車を乗り継いで、伊斗路祭りに来たのであろう。


田中(たなか)くん」


「あ?」


「ヒソヒソ、何してるんです」


「おっ……ちょっ……何、普通に話し掛けてきてんだお前!こんなところ、あの人に見られたら……!」


 話し掛けられた田中は取り乱し、忙しなくあちこちへ視線を巡らせる。それは先日交わされた(たむろ)との協定である、関わりを持たないという規則に違反してしまうという焦りだったのだろう。


「俺から話し掛けてるんだから大丈夫ですよ。それで、どうしたんです。……怪しい話ですか?」


 田中が驚くほどに來見は気軽に話し掛けていた。それは帰史陀(かえしだ)から田中達の献身や彼らなりの努力を聞き及んでいたからなのだろう。來見は特に田中に対して恐怖を抱くことはなかった。


「違ぇよ!濡れ衣は止めろ!」


「そんなつもりは……すみません」


 來見の発言は八把(やつは)の所業を擦り付けられそうになった彼らに対しては、あまりに軽率な冗談に聞こえてしまったのだろう。來見はその可能性に思い至り謝罪をするが、田中は怒ることもなくため息で済ませただけだった。


「ハァ……あそこ、見てみろ」


「……女の子?」


「ガキが一人ってのはヤバいだろ。でも俺らみてぇのが声掛けんのも、それはそれでマズイ事になりそうっつーか……」


 視線の先にはブランコに腰掛ける、浴衣姿の小さな子供がいた。小学校に入るか入らないか位の年頃に見え、確かに放置するのは好ましくない状況に思える。

 だからと言って自分が行くのは気が引けたのであろう。田中は手助けしようと話し掛けに行っても、怖がられ通報されるだけではないのかと悩み苦しんでいるようであった。


「……よし。お前、代わりに行ってこい」


「えっ」


「任せた!」


「よろしく!」


 田中は來見を上から下までまじまじと眺めると、腕を組み厳命する。他の屯の人間も追従し、鼓舞するように肩やら背中を叩いて來見に丸投げしようとしていた。


「……えっ?」


「お前が声掛ける方が数百倍マシだろ。俺らだって面倒ごとは勘弁だし、泣いて逃げられでもしたら状況が悪化するだけだぞ」


「ううん……」


 田中は一向に保身に走っているようにも思えるが、述べた意見は一理ある内容だった。

 結局、言いくるめられてしまった來見は一人少女へと近付く。幼子とのやり取りが上手くいく自信は皆無に等しかったが、出来る限りのことはしようと心に決めるのだった。


「あー……いきなりごめんね。君、一人なのかな」


「……?」


 第一声からして、あまり良くない言い方だったと來見は自責する。一人だという言質を取ってしまえば、そのまま誘拐でもしそうな物言いだと考えてしまっていた。

 首を傾げる少女に來見は質問を重ねる。そもそもこの子が現在どういった状況なのか、何一つ分かっていなかった。


「大人の人とは一緒じゃないのかな。もしかして迷子……」


「お姉ちゃんたちがね!迷子になっちゃったの」


 迷子とは思われたくなかったのだろう。來見の言葉を聞き終える前に少女は大きな声で反論する。その勢いは傷つけられた自尊心を自ら保とうとしているようにも見え、少女はそのまま話を続けた。


「かわいそうだから、待っててあげてるの」


「そっか、ここで待ち合わせしてるの?」


「ううん。でも、そーなんしたら動いたらダメだって言ってたよ」


 何処で得た情報なのかは不明だが、少女はしたり顔でそれらしい言葉を口にする。來見は頷きながら、思考を巡らせていた。


(迷子というか……はぐれたんだな。公園で遊びたくなって、一人で来ちゃったんだろうか)


 仮にも保護者が公園に、幼子を一人置いていくようには思えない。今頃、保護者は必死になって辺りを探し回っているはずである。

 恐らく少女は伝言もせずにふらふらと離れて来てしまった、というのが実情だろう。しかしその予測を言及することはしない。

 如何にして少女の機嫌を損ねることなく、情報を引き出せるのかが最重要であり、どうすればその目標を達成できるのか來見はひたすら苦心していた。


「……おぉーよく知ってるね。賢いなぁ」


「でしょ?ものしりなんだよ」


 少女は褒められたことで気を良くしたのか、満面の笑みを來見に向ける。今ならどんな質問でも気分よく答えてくれるかもしれないと思い、來見はすかさず問いを発していた。


「そんな凄い君のお名前、言えるかな」


「知らないひとに自分の名前、おしえちゃダメだよ」


「……偉いね。確かにそうだ」


 しかしながら少女は手強い。簡単に流されてはくれない警戒心の高さ――あるいはそう仕付けた親の教育に感心しつつも、次に打つ手を考える。


(自己紹介でもすれば知り合いって事になって、教えてくれたりしないかな……いや、理詰めで丸め込むのは子供に対するやり方じゃないような……)


 來見は頭を悩ませながらも、少女との会話を思い返してみる事にする。確かこの子は姉と来ているような口振りだった筈である。


(物は試しって言うし、聞いてみるか?)


 自分の名前は言わなくとも、もしかするかもしれない。來見はあまり期待はせずに、しかし一縷の望みを賭けて口を開いた。


「じゃあ……記憶力の良い君なら、一緒に来たお姉ちゃんの名前も言えるのかな?」


「……よるかちゃん!」


「そっか、いい名前だね。直ぐに会えると良いね」


「うん!」


 來見は騙し討ちのような形で口を割らせてしまったことに罪悪感を抱きながらも、一旦会話を切り上げることにする。少女から目を離さずに、しかし距離を取り始めた來見に気が付いた颯真が近寄ってくると、質問を投げ掛けてきた。


「どうした?」


 田中達に対しては面識がない為に関わりを持とうとしなかったが、少女に対しては自身の体格が恐怖を与えると思い遠巻きにしていたのだろう。それでもやはり一人孤立している姿が気に掛かったようで、不安げに來見の返事を求めていた。


「お姉さんとはぐれたみたい。運営さんに問い合わせてみるよ、保護者が連絡してるかもしれないし」


 來見は颯真に答えを返しながら、携帯電話で伊斗路祭りの実行委員会への連絡先を探し始める。インターネットの検索欄に適当な単語を並べるとあっという間にホームページは見つかり、來見は迷うことなく発信ボタンを押していた。




「……ん?」


 來見が携帯電話を耳に当て応答を待っていると、颯真の携帯電話が鳴り始める。ポケットから取り出して確認すると議波の名前が表示されており、颯真はこいつも迷子になったのかと雑な予想を立てながらも電話口に出ることにした。


「……もしもし」


「おー待たせてて悪いんだけど、ちょっと問題が発生してさァ」


「どうした?」


 電話の相手は画面で確認した通り、紛れもなく議波であった。問題と言いつつも深刻な様子ではないことに首を傾げ、颯真は続きを促す。


「それが、1組の望搗(もちづき)とばったり会ってさァ。妹が迷子になったらしくて、困ってるんだよな。お前らも一緒に探してくれない?」


「……ちなみに、そいつの下の名前は」


 颯真は非常に既視感のある状況に一つ瞬きをすると、來見へ目配せをする。


「うん?」


 視線を向けられた來見は疑問符を浮かべながら、問い掛けるように声を発していた。どうやら來見が問い合わせをする義務も、議波が人手を募ることに労力を費やす必要も無くなったようだった。

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