10-1 二枚舌
暴力的な表現、流血描写があります。
來見は誠道に大人しく従い、車に乗せられていた。武器を取り上げられ、両手親指の関節に手錠を掛けられている。
入念に身体検査を行い隠し持っていたGPSを破壊した上で、連絡手段すら奪い取る。更には目隠しをされても全く抵抗をしない來見に気味の悪さを覚えながらも、今は気にしないことにした。この機会を逃せば、もう二度と來見と出会うことは無いだろうと直感していたのである。
「降りるぞ」
目的地へと到着した為に停車した車内で、誠道は來見に声を掛ける。しかしその口は未だ開かれることはなかった。
隙を窺うように息を潜めて動かない來見の腕を掴み、車から引き摺り下ろす。突然の衝撃に來見は僅かにたたらを踏むが、それでも直ぐに姿勢を正した。
一連の動作から、最低限の体幹は鍛えられている事が分かる。來見が油断ならない人物であると、誠道は認識せざるを得なかった。
「……行くぞ」
誠道は言葉少なに來見を連れて行く。道すがら部下達を建物の外から中にかけて、あらゆる場所へと配置し哨戒を怠る事がないよう指示を飛ばしていった。
この建物は交通の便が悪く人目に付きにくい場所に立地していた。誠道達の中でも極一部の人間しか存在を知らず、密談をするのにお誂え向きの場とも言えただろう。
誠道はたった一つの理由の為に、今日この場を整えていた。それは当然、來見の逃亡を決して許さず身柄を確保するためであり、ひいては士気が高く信用の置ける部下をわざわざ選定しておくほどであった。
「異変があったら直ぐに言え」
「はい、ごゆっくり」
誠道は來見の目隠しを取り、その体を個室へ押し込みながら部下を扉の外で待機させる。釘を刺すと恭しげに言葉を返した部下を見て、誠道は一つ頷く。そのまま自分も個室の中へ身を滑らせると、ぴたりと扉を閉ざすのだった。
「どうしてお前がこんな風に……落ちぶれているのかも聞きてぇところではあるが、まず確かめなきゃならねぇ事がある」
誠道は來見をパイプ椅子に座らせ、二人きりの空間で尋問を始める。当の來見は逃走経路を探すように周囲に視線を走らせていたが、誠道が口を開くと目を合わせてくる。
「1年前、白梛を……和久本 隼成の妹を殺したのはお前か」
「いいえ」
「お前はその死に、少しでも関わっていたか」
「いいえ」
真摯な瞳で來見は即答していく。その姿に嘘偽りがないように感じた誠道は、深く息をついていた。それは來見本人から否定の言葉を聞けた故の、安堵のため息だったのかもしれない。
「白梛の死は知っていたか」
「……はい」
「何か知っていることはあるか」
躊躇いがちに肯定した來見に、誠道は矢継ぎ早に質問を投げ掛けていく。誠道のあまりの眼光の鋭さに怯んだのか、あるいは先程から示している通り初めから反抗する気が無かったのか。どちらにせよ、來見は驚くほど従順に回答する姿勢を見せるのだった。
「恋人と共にいたところを組の抗争に巻き込まれ――誤って両名とも狙撃された、と。……但し二人が何故その場に居合わせたのかは、未だに分かっていない」
來見は誠道の様子を窺うように一度言葉を切る。顎をしゃくり無言で続きを促した誠道を確認すると、來見は目を伏せ再び口を開いていた。
「狙撃手は抗争をしていた組が奥の手として雇った――仲介業者に紹介された流れの者だった」
來見は気後れしたように重い口を開く。言葉を選んでいるのか忙しなく視線を泳がせながらも、誠道が軽く咳払いをすると我に返った様子で語り続けた。
「当事者ではなく無関係な堅気を巻き込んでしまった責任を取るためにも、両組は狙撃手の捜索及び拷問をしようとしたが……仲介人ですら、その消息を掴むことはできなかった」
「……随分と詳しいな。それならこれも知ってるか?雇った組の名前は穐生楽……お前にも縁があるらしいな、しかも随分と昔――10年くらい前から」
「……」
滔々と話していた來見は、誠道の言葉にたちまち押し黙ってしまった。しかし未だ激しい動揺を態度に表さない來見に、誠道は揺さぶりを掛けるためにも話を先に進める。
「10年前、桟雲銀行を襲撃した須州酒が銃の入手経路として利用した組。そして当時、手当たり次第に子供を薬で食いもんにしてた、ユウラっていう女が所属していた組」
來見は現実逃避を行うかの如く、目を瞑ってしまった。その姿に苛立ちを感じる事はない。しかし知らず知らず眉間に皺を寄せながらも誠道は言葉を止めなかった。
「結局……須州酒はそれとは別口で穐生楽組が関わっていたナンバー偽装した車を、そうとは知らずに盗んだせいで厄介払いされた訳だが……その顔を見る限り、初耳ではねぇらしい」
誠道の言う通り、穐生楽組は偽造ナンバーの車を造り出しては裏社会で流通させていた。その実入りは一種のビジネスとして成り立つほどに安定していた上に莫大だった為に、須州酒を通して余計な介入をされることを嫌ったのである。
銃に関しては予め沈黙を約束していた須州酒が、裁きの後も生き残る道はあったのかもしれない。しかし不幸にも想定外のところで穐生楽組に関わってしまったせいで、その道は潰えてしまったのであった。
「……少しツテがあれば、直ぐに分かる事ですから」
「確かにな。……オレはゾッとしたよ、特にユウラが地元から近い伊斗路でも薬を売り捌いてたのを知った時は。一体何人の子供が犠牲になったことか……」
來見はカフェ早味で起こり得る火災を止めようと、あれこれと行動していた時を思い出す。
屋外での小火を見つけてもらおうと、嘘をついて警察が巡回するように差し向けた事があった。その際に偶然逮捕できた不審者が、まさにユウラの毒牙にかかった被害者だったのである。
その事を知ったのは随分と後になってからだったが、それ以前からユウラが好ましくない人物に変わりはなかった。というのも、そもそも彼女は後輩である蓮下 飛織を同じように罠に掛けようとしていた過去があった。
何の罪悪感も抱かずに人々を破滅に導いていく姿に、來見が嫌悪感を持ってしまうのも仕方のないことだったのである。
誠道は暫し苦悩するように渋い表情を浮かべていたが、後悔を追い払うように首を横に振る。今は過去の記憶に思いを馳せている場合ではないと、改めて気持ちを切り替えた。
「……少し話が逸れたな。要するに、オレが言いたかったのは……」
「穐生楽組と間接的に因縁があった俺こそが、和久本妹の殺害犯だと思った訳ですね。件の狙撃手と……最近噂になっているらしい鉄砲玉が同一人物だという、結論ありきの推測でしたが」
「動機は穐生楽組に泥を塗る為、と思っていたが当ては外れた訳だ。どちらも流れ者で身元が分からねぇなら、同一人物でもおかしくないと考えるのは……流石に早計だったな」
「文字通り、俺はただの鉄砲玉ですよ。弾丸が狙撃手に成りはしないでしょう?」
來見は、まるで謎かけのような言葉を発する。自分は白梛の死に関わりはないと述べつつも、敢えてその発言を深読みするのなら狙撃手には心当たりがあると言っているようにも聞こえたのである。
「捨て駒の鉄砲玉とは名ばかりの使い回しの良さらしいがな。それに弾丸と言うからには、人を殺せる訳だ……それは否定しないんだな?」
誠道は念押しするように慎重に会話を進めていくが、結果は芳しくない。來見は肩を竦めると、話を変えるように口を開いた。
「それよりも俺としては、いつの間にか鉄砲玉として有名になってた事の方が驚きですけどね。……正体も割れているし、よほど腕の良い情報屋が付いているようだ」
誠道と再会した際の言葉を聞き落とすことなく傾聴していた來見は、その内容に間違いがないか確認するように言葉を返す。
舞い上がっていたこともあり、うっかり口走ってしまった失言に誠道は眉間の溝を深くしていた。
來見は困ったように眉尻を下げている癖に、失態を犯して決まりが悪い誠道の姿を口元を緩めて見つめていた。しかしその目に郷愁の念を宿しているのにも関わらず、冷ややかな声で忠告をしてくる。
「それから……本人が否定したからと言って、俺が無関係だと鵜呑みにしない方が良いですよ。嘘を付いてるかもしれないんですから」
「なら、それも嘘か?」
「それが必要なら、勿論」
誠道の問いに対する答えとしては、來見の返事はずれている――というよりも明確な答えを返す気がないようであった。実際に嘘を付いて切り抜けてきた場面が幾度もあったのだろう。ただ自ら嘘つきであると明らかにしている姿は、來見を信用してはいけないと注意喚起しているようなものであった。
混乱させるためだったとしても、來見は甘さを捨て切れていないように見える。誠道の希望的観測かもしれないが、その言葉は何が真実かは自分で考えるのだと、促しているように聞こえていた。
「……お前は助けを求める人間に、わざと間違った情報を与えるような奴じゃねぇ」
「良くも悪くも、人は変わるもんですよ」
「オレはまだ、こうなる素質があった。でもお前はそうじゃねぇ。あんなお人好しが望んでこんな世界に身を落とすとは……」
誠道の言葉に、來見は追及を避けるように再び目を伏せる。どうして、何を思ってこのような末路を辿ってしまったのか、誠道に推し量る事は難しかった。だからこそ直接問い質す。
「10年前から何があった……いや、何をされたんだ?」
「……今日はお会いできて本当に嬉しかったです。でも、もう二度と会えないことを願ってます」
「いいや、まだ暫くお前にはここにいてもらう。本邸から迎えを寄越させてから……」
「それから、このセーフハウスの場所は既に割れてます。早めに引き払って、次からは使わない方が良いですよ」
噛み合わない会話を繰り広げながら、二人はゆっくりと立ち上がる。誠道は既に銃を抜いており、足止めをするためなら発砲すら厭わない姿勢を見せていた。
「……帰史陀にも会ってもらおう。まだまだ聞き出せることはありそうだからな」
「帰史陀さんにも、よろしく伝えておいてください」
來見は丸腰であるのにも関わらず、何をしでかすか分からない妙な雰囲気を漂わせていた。誠道は冷や汗が背を伝うのを感じながらも、互いの行動を制するように睨み合う。
ふと人々が混乱しているようなざわめきが耳に入ってきたと知覚したその瞬間、けたたましい音を立てて來見の背後の壁が破壊されていた。
「な……」
誠道は一瞬怯んでしまったが、迷いなく來見へ発砲する。しかしその甘さ故に、胴体ではなく足元を狙ってしまったのが運の尽きだった。來見は事前に全て見透かしていたように銃弾を躱し、穴の開いた壁に向かって身を躍らせ姿を消していた。
「逃がすな!」
誠道は声を荒げて廊下へ飛び出し部下に指示を飛ばすが、随分と返事が少ない。しかしそれも当然の結果であった。ここまで入り込まれてしまったという事は、既に数人の部下が始末されている事実を示している。
「……生きていれば良い!來見を止めろ!」
廊下では倒れ伏した人間を横目に、侵入者と交戦している部下達の姿が目に映る。銃撃の痕と爆発によって壊された壁など激しい攻防が繰り広げられた様相を一瞥するも、誠道は加勢はせずに真っ直ぐ來見の背を追う事を選ぶ。迷いなく進む來見はその逃亡を助ける為に周到に破壊された部屋を突っ切り、外へと向かっているようだった。
「チッ」
誠道は舌打ちを抑えられなかった。厳重な警備を敷いたはずであったのに、あっさりと侵入を許してしまった自身の不甲斐なさに苛つきを覚えていたのである。
「……誠道さん!」
「足が使えるならそのまま付いてこい!外はどうなってる!」
先程、扉の外で待機させていた部下が慌てて駆け寄ってくる。その体に目に見えた大怪我がないことに安堵しながらも、誠道は情報を共有しようと声を掛けた。
「穐生楽組の奴らと交戦しているようですが、今は連絡が途切れてしまって何とも……まさか正面から殴り込んでくるとは」
「……そっちは陽動だ、経路的にも來見は裏から逃げるだろう。オレ達はこのまま追うぞ」
「せめて通信網が生きていれば、先回りするよう手を回せたのですが……」
「グダグダ言っても仕方ねぇ。足を止めるなよ」
誠道は考えを巡らせ部下と話しながらも、走ることは止めはしない。舞い上がる煙の中、來見の姿を見失いそうになりながらもその道すがら、連れていけそうな人間を集めていく。誠道は徹底的に交戦を避け、ひたすらに來見だけを追っていた。
來見の通った跡には、嵌められていた手錠が落ちていたりはしなかった。それは未だに來見の抵抗をある程度は封じられているという事であり、誠道にとって逆転の目が潰えた訳ではないと理解する。
「こんなことなら、足も縛りつけておくべきでしたね……」
「そこまですれば、対等に話すことはできなくなる。手錠をかけて連行している時点で、何を言ってんだと思うだろうが……」
あくまでも誠道は旧友として、融和的に会話がしたかった。誠道は無闇に争う気は無かったが、それでも來見の内心が分からないうちは最低限、自由を奪っておく必要があったのも事実であった。
大人しくしてもらう為にも枷は掛けなければならなかったが、逃げずに協力的な姿勢を示すのなら直ぐに解放するつもりではいたのである。
「実際に話してみて分かった。あいつはまだ友人に対する情くらいは持ち合わせているらしい……あいつ自身は未だにオレらへ武器を向けてねぇしな」
「ですが……來見を助ける為に突入してきた奴らに、何人も怪我を負わされました!丸腰で、逃亡を優先しているから向かって来ないだけです!」
「本心は直接聞き出しゃあ良い。……その為にも絶対に捕まえる」
そこまで言って話を切り上げた誠道に、部下はもどかしげな目を向けていた。それでもこれ以上の進言は無駄だと思ったのだろう、口を閉ざし足を動かすことに専念しようと決めたようであった。
先を急ぐ來見の進路には、不思議と障害が存在していなかった。來見を効率的に逃がす為に――導くように予め破壊工作がされているところを見るに、余程入念に下調べされていた事が窺える。
誠道はどこから情報が漏れたのか後程確認することを誓いつつも、なかなか縮まらない來見との距離に焦燥感を隠せずにいた。
「不味いですね、このままでは外に出てしまう……撃ちますか」
「止めろ。屋内で撃ち合っている時点で手遅れだろうが、まだそこら中に壁を破壊する為の爆弾が取り付けられてる可能性がある。誘爆したら死ぬぞ」
部下が口では許可を求めつつも既に來見へ照準を合わせていたのを、誠道は咄嗟に諌めて止める。それは本心ではあったが來見をできるだけ傷付けたくないという建前でもあった。部下はそれを見透かしていたのだろう、不服そうにして構えを解くことはなかった。
「ですが……」
「撃つならオレが撃つ。お前の下手な射撃だと殺しかねないから止めろ……これは命令だ」
「……分かりました」
部下とやり取りをしている間にも來見は、そして誠道達はとうとう屋外へと出てしまっていた。しかしそれを悪手とは思わない。外でなら心置きなく発砲することが可能になる上に、打ち損じる気は更々なかった。誠道には銃弾を的確に命中させる自信があったのである。
「許可なく死ぬなよ……」
誠道は身勝手な意見を口にしていると自覚しつつも狙いを定める。外は暗く、破壊工作によるものか光源という光源は全て機能を失っていた。それでも訓練された誠道の目は直ぐに慣れる。動く物体を見失うことはなく、冷静に引き金に指をかけた。
当たる――そう確信して発砲したその瞬間、來見の盾になるように突如として割り込む影があった。
「……!タイヤを潰せ!」
暗闇に紛れて飛び込んできたのは漆黒の車体であった。誠道は辺りを一瞥していたら気付けただろうその物体へ、即座に破壊の指示を出す。來見に着目するあまり視野が狭くなっていた事実に苛立つも、誠道は精神を落ち着かせるように深く呼吸をした。
当然のように防弾仕様の車へ來見は駆け込んでいく。タイヤも特別製なのだろう、中々パンクさせる事ができずにいると余裕を見せつけるように運転席から出てくる人間がいた。
「……死ね、屑」
溢された言葉と同時に軽い音が響くと、隣に立っていた男が――先程まで随行していた部下が崩れ落ちていた。そのあまりの射撃の精密さに、警戒する間も無く額を撃ち抜かれている。
誠道は動揺で視界が揺れるが即座に銃口を犯人へと向け、その姿を捉えた。
男は猛禽類のような瞳で此方を射貫いていた。非常に見覚えのある――蛇蝎の如く嫌っている顔を認識した瞬間、誠道は怒りで我を忘れてしまった。
「來見以外は殺して良い!そいつは……八把は殺せ!」
「は、はい……!」
目の前であっさりと仲間が死亡したことに狼狽えていた他の部下達も、誠道の指示で我に返る。しかし僅かでも生まれてしまった隙は八把が車内に戻るには十分であり、車は來見を乗せて急速に発進していた。
「クソが……!」
最後の抵抗とばかりに誠道は弾丸を撃ち込む。距離を開けられていくのにも関わらず、誠道は正確に窓に当てていく。ヒビが入り、後少しで割れる。そんな手応えを確かに感じていたのだが、残念ながらそれが実現することは無かった。
「……來見を助けに来たのは、穐生楽組だった。それなら來見は協力する形で狙撃手になり、穐生楽組がそれを隠蔽してたのか……?」
正しい関係性が把握できない。誠道は來見の確保という任務の失敗と、状況の不可解さに途方に暮れるばかりだった。
「弾切れだな。血が上りすぎた単細胞がやりそうなことだ」
八把は車内でハンドルを握りながら、ぽつりと呟く。車体に当たる銃弾の音は既に消えていた。そのことから誠道が銃身に込められた弾丸を、全て撃ち尽くしたのを理解したのである。
「……助かりました。君が来るとは思っていなかったけど」
「日根のバカ面が拝められるんなら、行かない理由がねぇよ」
窮地を救われた來見は薄々気付いてはいたものの、はっきりと口に出された誠道の行動原理に苦笑する。今回に限っては本当にそれ以外の理由がないのであろう事を察すると、別の話題を振る為に口を開いた。先程の誠道とのやり取りを見て生じた疑問を、解消したい気持ちがあったのである。
「ものすごく怒ってましたけど、何をしたんです。あれは部下が撃たれた事だけへの怒りではなかったでしょう。皐羅宜組……帰史陀さんの元から穐生楽組へ勝手に移ったとは聞いていたけど」
「組を抜けるには理由がいる。手っ取り早く皐羅宜組には邪魔だった……他所から入り込んでいた人間を殺して、絶縁宣言しただけだ。そういえばそいつは日根の付き人だったかもなぁ」
「それはまた……」
來見の脳裏には、ありありとその情景が浮かんでいた。実に素早く鮮やかな手腕で、そして質の悪いことに詳しい説明もなしに一方的に行ったのだろう。
誠道からして見れば八把が暴走しているようにしか思えず、同僚を殺された事に怒り狂い憎悪を抱くのは当然の結果だったのである。
「あいつがこっちの世界に来て1年は経ってんのに、いつまでも節穴だったのが悪い。……さっきも始末に負えない屑を連れてたしな」
八把は忌々しげに顔をしかめて、今しがた撃ち殺した男について言及する。余程腹に据えかねたのか、罵倒が留まるところを知らない。
しかしその口振りは穐生楽組の者としては凡そ相応しくないものであり、皐羅宜組である誠道を叱咤しつつも激励が含まれていた。
八把は元より來見に対して気を遣うような情緒を持ち合わせていなかった事もあり、誠道に対する不満を口から吐き出していく。
「正面から物量で押したとして、そこまで派手な事をすれば即座に情報が共有される。その兆候が現れる前に内側から爆破され……同時に外から切り崩されている時点で、獅子身中の虫を疑うべきだろう」
「あれほど近くにスパイがいたとは思ってもみなかったんでしょう。元々、一度懐に入れた人にはとても優しい方でしたから」
「それで寝首を掻かれたら世話ないな。救いようのねぇ間抜け野郎が。帰史陀の足手まといになりやがって」
八把は苛立ちも露わにハンドルを指先で叩いていた。その姿を見て、怒りのあまり頭の血管が切れる事を心配した來見は然り気無く話題を変えようと口を開く。
いくら二人が相容れない者同士だとしても、誠道が中傷され続けるのも八把が誹謗を口にし続ける姿も、來見には耐え難いものだったという理由もあった。
「それよりも、捕まった時の拘束が思ったよりも緩くて助かりました。俺の身動きが封じられていたら、お互いにもっと酷い状況になってただろうから……」
「温いんだよ、あの甘ちゃんは。殺すまではいかなくとも取れる手段は腐る程あっただろうに……その結果、爆発で木っ端微塵に死んだ奴らが少なく済んだのは確かかもしれないが」
誠道が來見に与えた制限は信じられないほど、極端に少なかった。それは八把の言う通り誠道が合理より感情を優先した故のものであったが、実の所その判断に誠道自身が助けられていたのである。
もしも部下の意見を聞き入れていたら今よりもずっと凄惨な状況になっていただろうし、それが目的でもあった。八把に射殺された男はスパイとして混乱に乗じて、少しでも皐羅宜組の勢力を減らそうとしていたのである。
「大丈夫なんですか。穐生楽組の手の者だと知っていて撃ち殺したとなれば、後々不都合な事になるのでは」
「今日の俺の最優先事項はお前の送迎だ。その過程で何がおきようと問題じゃねぇ。むしろ皐羅宜組の人間として死ねた事で、職務を全うできたと言えるだろうが」
「……一番の理由は、帰史陀さんに奸賊が近寄っているのが気に食わなかったから、でしょうに」
來見の言葉に八把は当然といった様子で、無言で顎を突き出し返事をする。
スパイと悟られずに消える事は確かに一流の仕事を遂行したと言って良いだろう。八把はその手伝いをしてやったと捉えてもいい。
しかしそれが表面的な理由でしかない事は、八把の根源的な主義と態度がありありと示していたのである。
「お前を奪還するのにどれだけ無駄な人員が使われたか、考えたくもねぇな……普通、捨て駒の兵隊はこんな待遇受けないはずだが」
「……」
「まぁ、お前の立場なんぞ俺の知ったことじゃねぇ。何でも勝手にやりゃあ良い……俺は俺がやるべき事を成すだけだ」
來見は八把の疑問を黙殺する。しかし八把としても些末な問題だったのだろう。追及されないことに來見はひっそりと安堵しながら、その言動に気付けば笑みを溢していた。
「君は変わりませんね。帰史陀さんの為なら何でもするし、それが許されると思っているし……それを理解してくれていると信じて疑わない」
「当たり前だ、あの人は本物なんだから。俺程度の考えは見通しているし傅かれるに足る価値がある。……それもカタギを死なせてからは陰っちまったがな」
「白梛さんの死から、随分と塞ぎ込んでしまったと聞いています。表面上は問題ないように見せているようですが……辛いですね」
「それも直に終わる。アレの死は帰史陀を弱らせる為に仕組まれた茶番に違いねぇ……さっさと真相を明らかにして俺が終わらせる。あの人の右腕たるこの俺がな」
その為に皐羅宜組を出たのだから、そう決意を口にする八把の目は興奮で爛々と光っている。帰史陀の為なら手段は選ばず、不可能な事はなく――自分に成し遂げられないものなど存在しないと確信すら得ているようだった。
「……すいません。今回も白梛さんについての情報は得られませんでした」
「皐羅宜組でも掴めなかった事が簡単に見付かりゃ苦労しねぇ。だからお前なんかと組んでんだ、とにかく手当たり次第に調べるしかないだろ」
來見は一呼吸置くと本来の目的である情報共有を始めた。それは誠道と再会した倉庫での調査結果であり、二人は利害が一致した事で協力体制を敷いていたのである。
「……失踪した祝については、真偽は怪しいが情報を握ってる奴と渡りをつけてる最中だ。異様に警戒心が高く、仲介の仲介が必要とかいう面倒臭ぇ奴らしい」
「後ろ暗いことを生業にしているなら、それくらいが丁度良いですよ。……むしろ期待できるかもしれませんよ、そう警戒する程には危険で貴重な情報ってことでしょう」
「どうだかな……とにかく、進展があったら連絡する。お前もそうしろ」
「勿論です。お願いしますね」
必要な言葉を交わし終えた二人は会話を切り上げる。自ずと車内は静寂に包まれ、気まずさはないが寒々しい空気が辺りを支配するようになっていた。
「ここで良いです。そちらの組長さんにも手助けを感謝していたとお伝えください」
「必要ねぇよ。あのジジイも、お前の雇い主に言われてやってんだろ」
「……さぁ、どうだか」
降車しながら來見は目を伏せ、曖昧な言葉を口にする。八把からすればその様子は、追及を逃れる為にはぐらかしたように見える。だが來見自身も実態を理解しておらず、困惑していたような姿にも思えた。
しかし八把は、当然そんなことに興味を持てない。詮索を避け車を発進させようとハンドルを握る手に力を込めると、釘を刺すように掛けられる言葉があった。
「誠道くんと鉢合わせても、先走っては駄目ですよ。君たちが殺しあって悲しむのは帰史陀さんだ。お互いきっと後悔する」
「どうしてそう言い切れる?俺は後悔するとは思えねぇ。あいつを殺したらスッキリするだろうよ」
「それは誠道くんが帰史陀さんに忠誠を誓っていないからですか。白梛さんの死の真相を調べる為に利用されている事が、それほどに気に入らない?」
來見の指摘に八把は黙り込んでしまう。図星だったという事もあるが、それを認めて日根を批判してしまうと、そっくりそのまま穐生楽組を利用している自分に返ってくると理解していたのである。
目的の為に手段を選ばないのは認めてもいい。ただその利用される対象が帰史陀だという事がどこまでも不服で、要するに日根を嫌うのはごく個人的な感情の問題でしかなかった。
「……心を読むのは止めろ。気色悪い」
「そんなこと、俺ができる訳ないじゃないですか」
「なら未来予知か?その能力で、是非とも情報を集めて来て欲しいね」
居心地の悪くなった八把は意趣返しのように揶揄していた。途端に口を閉ざし表情を暗くした來見を見て、僅かに溜飲を下げる事に成功する。しかし來見はその往生際の悪さを示すように、再び言葉を溢していった。
「……過去のことなら時間をかければ、いつかは全てを明らかにする事だってできるでしょう。でも未来の事なんて分かるはずがない」
「わざわざ言われなくても分かってる、冗談が通じねぇのか?」
「大事なことでしょう。俺も君も、今の自分が知っていることしか分からない……でも未知を既知にする事ができたら、取れる選択肢は増え未来も変わる」
「説教も哲学も止めろ……分かった、忠告は受け取っておく。日根を出会い頭に殺したりはしねぇ、これで良いか」
八把は遠回しなのか直球なのか分からないが、とにかく來見が諌めようとしているのが分かり同調しておくことにする。適当でも返事をしておけばこの面倒な会話が終わると信じ、うんざりしながらも肯定的な姿勢を示してみせた。
「はい。それじゃあ、お気を付けて」
「チッ。自分だけ言いたい放題言いやがって……どっかで半殺しにでも遭ってろや」
言質を取った達成感に溢れにこやかな笑みを浮かべる來見に、舌打ちを返しながら八把は車を発進させた。暫くは会わないだろう事に清々としながらも、最小限の罵倒のみに済ませただけ感謝してほしい程だった。
「そう。未来の事なんて、分かるはずが無い……」
來見は一人、言葉を呟く。
分別がなかった頃の自分を恥じるように、あれ程不良を嫌っていた誠道が、帰史陀という皐羅宜組の元にいる。その数奇で、ある種の不幸な結末は例え自分で決めた道であったとしても、納得できるものではなかった。
そして勿論、和久本 白梛の死も、祝の失踪も、あるいは自分の現状も。
「情報を、集めないと。祝ならまだ……間に合うかもしれない」
自分に近しい――正しくは近しかった人間が災禍に見舞われる。來見にそれが耐えられるはずもなかった。




